「指揮官Part2」の連載を開始しました。
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(プロローグ)

ハル「あいつ一機で、敵を全滅する気だぞ。神懸(がか)りの反射神経、悪魔の指だ。」
ゲン「無理。70パーセントくらいでやられる。見てろ。」
赤い悪魔「脇からごちゃごちゃうるさい!」

仮想空間では、夜昼の隔てなく戦闘が繰り広げられる。いつでも好きな時に参戦して、頃合を見て消えて行く。撃ち落されたらゲーム・オーバー、24時間は同じMAPではプレーできない。撃墜数、生存時間が経験値として、プレイヤーに加算されていく。その証として階級がプレイヤーIDに付加されていった。

ハル「あれだけの腕があるのに、階級はいつ見ても"大佐"だ。 どうしてだろう」
ゲン「生存率が低すぎる。死ぬまでプレーするからさ。」

撃墜数では群を抜いていても、必ず墜数されるまでやめないので、なかなか昇進できずにいる。MAP上での所属チームへの貢献度も低い。実戦部隊としての評価は高いが、全体の戦略に関わっていないため将軍職にはなれない。

ゲン「AG23に地雷。」
ハル「どういう意味、あいつがそこを通るってこと。」

ハルは、指を躍らせるようにして、自チームの指揮官に電文を送る。

ハル「"赤い悪魔"、AG23ポイントを通過との情報を入手、至急地雷の敷設(ふせつ)をお願いしたい。"紅の悪魔"さえ撃墜すれば、我が国の勝利は火を見るよりも明らか、指揮官殿の上級MAPへの進級も確実の事と思います。」

ハルには優れた反射神経は無い。唯、舞うようなタイピング技術と、それを凌駕する作文能力がある。瞬く間に言葉を紡ぎ出し、敵に罵声を送り、味方を鼓舞する。

ハル「そろそろ"赤い悪魔"がAG23を通るぞ。開けてビックリ玉手箱。当たるも八卦、当たらぬも八卦。」

間もなく、ディスプレーが閃光を放ち、スピーカーが爆発音を響かせた。

ハル「ファイヤー。」
ゲン「当然さ・・・。」

僕が指揮官ならば30パーセント以下の被害で撃墜できた。ハルはゲンのチャットから、そんな呟きを感じ取った。すかさず、ハルの手元に指揮官から貢献ポイントが送られて来た。これでハルも少尉に昇進、晴れて将校の仲間入りである。
ハル「何だか悪いなあ。君の戦略を伝えただけなのに。君の鬼神の如き謀略があってこその"赤い悪魔"撃墜なんだ。僕だけ昇進するのは気が引ける。」
経験値は指揮官が功績に対して配分する。貰ったものはどうにもできない。

ゲン「生涯二等兵。」

ゲンは生存ポイントを稼ぐしか手がない。人並み外れたIQはあっても、鈍臭い指と、必要最低限の言葉しか発しない言語中枢が、足枷になっている。それでも、ネット上でハルと出会ってからは、幾らか自分の作戦をゲーム上に繁栄させる事ができるようになった。このチームの指揮官が、次々とポイントを上げる裏には、ゲンの力があった。

赤い悪魔「汚い手を使いやがって、どこのどいつだ。」

"赤い悪魔"は、それほどの戦績を上げられないままに、大量の地雷を踏まされて吹き飛んでしまった。1発や2発なら耐えられるが、あれだけ大量の地雷を仕掛けるという事は明らかに誰かが狙ったに違いない。

ハル「反射神経だけじゃ、目に見える物しか避けられない。こっちの作戦勝ちだよ。君の行動パターンは全て解析してある。今度会う時は十分に気を付ける事だ。」

"赤い悪魔"は音も無くチャット・ルームから消えていく。行動を解析したなんて、単なるハッタリである。それでも相手を疑心暗鬼にさせるには十分だ。

ゲン「"赤い悪魔"を仲間にできないか。」

唐突なゲンの申し出に、ハルは戸惑った。
その時、ハルも気付いた。ゲンが考え、ハルが発する、"赤い悪魔"が動けば、僕らはMAPを支配できるかもしれない。

ハル「司令官になる事も夢じゃないな。」

ハルの言葉に頷きながらも、ゲンはもっと大きな夢を描いているのだった。

(地雷戦)

ハル「懲りもせずにまたやられてる。」

あの日以来、"赤い悪魔"は出撃するたびに即撃破されていた。

ゲン「行動解析プログラム出来ちゃったよ。」

ハルとゲンはそれぞれの端末の前で笑う。"赤い悪魔"の反射神経はずばぬけていたが、行動パターンはすぐに読み取れた。ゲンは、それをプログラム・ロジックに組んでしまったというのである。

ハル「"赤い悪魔"には何度もメッセージ送ってるんだけど、返事はいつも同じ。バカヤロウかウルセ〜だよ。表現力疑うよなあ。」

今まで無敵を誇っていた"赤い悪魔"を毎回撃墜しているのだから嫌われて当然とも言える。撃墜とは言っても、通り道を予想して地雷を敷設するだけだが、面白いように引っ掛かった。

ゲン「"赤い悪魔"が欲しい。」
ハル「僕たちだけじゃどうにもならないって事だね。」
ゲン「駒が必要なんだ。」
ハル「それならば、一機(騎)打ちを申し込む。ゲーム共通の掲示版に思いっきりド派手な果たし状を掲げてやるさ。必ず乗って来る。プライド高そうだし。」

このゲームは一般的には団体戦だが個別に対戦プレーする事も可能だ。経験値には加算されないが、"名"を売るには絶好の場所と言える。"名"を売れば、コマンダー(指揮官)から引き抜きの声が掛かり、団体戦でも重要なポジションが割り当てられる。

ゲン「"赤い悪魔"を僕と君で育てる。」
ハル「"赤い悪魔"をコマンダーに昇級させて、後は経験値を配分させれば良いわけだね。」
ゲン「GOOD」

ゲンは必ずしも経験値を求めているわけではない。二等兵のままでも構わないと思っている。"赤い悪魔"という擬似人格を複数の人間で支える。"赤い悪魔"というブランドをゲーム内でのTOPに押し上げるのだ。そこで名前を売り、バーチャル世界に打って出ようと狙っている。オンラインゲーム"コマンダー"のトッププレイヤー"赤い悪魔"の名を利用して、自分の思想を表現したかった。つまり、"赤い悪魔"という大看板が必要だった。仮想空間における実績とは何か。ハッキングのような犯罪行為によって名を売ろうとする者もいる。しかし、そのようなやり方は愚の骨頂である。親しみやすく、若い世代に強くアピールするには、ネットゲームという表現方法が最も効果的であった。
ハルはまだ、そんなゲンの考えを知らない。それでもゲンと組めば、何か面白い事がやれる。そんな思いに胸を膨らませていた。

(赤い悪魔)

「"赤い悪魔"に告ぐ。
君の行動パターンは、すでに見切った。これ以上の参戦は無意味である。何故ならば、こちらは"赤い悪魔"行動解析プログラムを全指揮官に配布する用意があるからだ。これまでの実績でも判る通り、このプログラムが全指揮官に行き渡れば、"赤い悪魔"は二度と戦場を駆けることはできない。
そこで申し出なのだが、君に一機(騎)打ちを申し入れたい。もし君が勝てば、このプログラムを消去して、今後一切"赤い悪魔"の邪魔はしない。しかし、もし君が負けた時は、僕たちの仲間になって欲しい。"赤い悪魔"の"名"は僕たちに譲って戴く。
金曜の夜8時、個人戦用125番MAPにて待つ。
"踏むと痛いぞ、地雷君"より。」

***

ハル「来るかなあ。」

ハルは胸をドキドキさせながら、"赤い悪魔"の入室を待つ。

ゲン「鈍速型長距離砲装備ユニットを配置。」

ゲンは、ひたすら戦術に没頭している。来るか来ないか心配しても始まらない。必ず勝てる準備をすれば良い。
敵は高速移動形の最新機動兵を使用してくる。策はない、ひたすら機体の性能と反応速度が勝負だ。その分、コストが高いから、余裕がない。こちらは地雷戦略が基本だから、機動兵に金を掛けることはできない。"赤い悪魔"が地雷に捕まった瞬間に長距離砲をぶちかますだけである。"赤い悪魔"が通常移動すれば、砲台ではとても追尾する事はできないのだ。
デジタル時計が数字をカウントする。ロビーには観客が集まり出した。"赤い悪魔"を支持するファンは多い。一機で敵陣に突撃を掛けて、華々しく敵機を撃墜していく。細かい戦略など気にせず、パイロットの技能だけで戦う個人戦を好むプレイヤーは多い。その中でも群を抜いた戦闘能力を持ち、知名度の高いのが"赤い悪魔"だった。

ハル「"赤い悪魔"は地雷君に恐れををなして逃げ出した。所詮、高度な戦術の前では、一機(騎)駆けの武者など通用しない。それが証明された。"赤い悪魔"は今日を最後に、この戦場から去ることになる。」

ハルの挑発文は、ゲーム内の掲示版、チャットを駆け巡った。ギャラリーの中からは失望のメッセージが返ってくる。"赤い悪魔"は敗北を認めたのか。もう二度と戦場に立つことはないのか。時は無情にも流れていくばかりである。
その時、"赤い悪魔"登場のテーマソングが流れる。音楽ファイルさえ登録すれば、自作の曲を流せるシステムになっている。チャットを洪水のように文字が溢れた。そのどれもが"赤い悪魔"を賛美する言葉であった。爽快感の無い策略タイプは、人気の点では分が悪かった。

赤い悪魔「"赤い悪魔"参上。
"赤い悪魔"が戦場から逃げることはない。
去る時は、死す時のみ。」

"赤い悪魔"が見得を切るのと同時に、プレイがスタートする。二者は限られた3次元空間で敵機破壊を目指して戦うことになる。与えられた資金を、罠に継ぎ込むか、高性能な機体に投資するかは、プレイヤーの判断に委ねられる。団体戦では、敵総司令部の破壊が目的となるが、個人戦では敵機体を撃墜するだけで良い。
"赤い悪魔"は異物索敵機能を強化した機体でこの戦いに望んだ。地雷探知機装備である。地雷を気にしていたのでは、持ち前の機動力を生かせない。目視で戦える白兵戦ならば、補助機能は要らない。目と指とそれを繋ぐ神経だけで十分なのだ。 しかし、索敵能力にも限界がある。周囲の僅かな範囲しか検知できない。
思うように動けない。敵を視界に捕らえさえすれば誰にも負けない。1対1で"赤い悪魔"に勝てる奴はいない。罠をかわすこと、先に敵を発見すること、それだけに集中すれば良い。
敵に体を晒す。たとえ見つかっても、敵の攻撃を避ける自信はある。逆に、敵の発砲角度から敵機体の位置を算定することができる。だから、ゆっくりと地雷を踏まないように歩く。後は、向こうの方がこちらの位置を探り当てて、攻撃してくるのを待てば良い。 "赤い悪魔"に焦りはない。唯、神経を研ぎ澄ませるだけである。 時折り、センサーが地雷を感知する。ひとつひとつそれを破壊しながら進む。地雷の撤去は簡単だが、その都度敵に居場所を教える事になる。敵は"赤い悪魔"の行動を逐一監視しているのだ。 嫌な予感がする。地雷に導かれるようにして、歩かされているような。パン屑を突付いて歩く雀、その先には紐で繋がれた支え棒、棒が支えているのは大きな笊(ざる)である。"赤い悪魔"は頭上を見上げた。浮遊機雷が散乱している。足元の地雷と浮遊機雷の座標が重なり2次元センサーではひとつの点になっていた。
号砲が耳を突く。敵は浮遊機雷を狙い撃ちしてきた。散乱している浮遊機雷が誘発して、足元の地雷を破裂させた。"赤い悪魔"が飛ぶ、機雷の破片を避けることはできないが、地雷の威力に比べればまだましであった。
右足の膝から下を失う。機体全体に無数の傷を受ける。被害は少なくは無いが、戦えないほどではない。ゆっくりと着地する、ロングライフルを松葉杖にして、その場を移動した。片足では、機動力は落ちるが、いざとなれば空中戦に持ち込める。空中戦ならば足の故障の影響は無いが、燃料消費量が多いため最後の時まで残しておかなければならなかった。
"赤い悪魔"は杖を頼り、ひょこひょこと移動する。先ほどの発砲で敵の位置はほぼ特定できたが、この足で追い詰めるのは、難しかった。
それでも、少しずつ間合いを詰めていく。もう一歩というところで、敵は長距離砲を撃って来た。射程ではライフルよりも大砲の方が優っている。その都度"赤い悪魔"は、ジェット噴射で弾をかわした。弾を避けるのは簡単だったが、燃料の残量を考えると余裕が失われていくようであった。

赤い悪魔「このまま、一気に間合いを詰めて、勝負するしかない。」

燃料があるうちに、やらなければ、結果は目に見えていた。
背中のジェットを噴出させる。"赤い悪魔"が天を駆けた。敵が視界に入って来る。敵の正体は大砲に形ばかりの車両が付いた自走砲である。機動力と言えるほどのものはない。射程距離に捕らえさせすれば、1発で仕留められる相手であった。
小さな雑魚ユニットが、"赤い悪魔"に張り付いて来る。どうでも良いトラップ(罠)であったが、確実に機動力が削(そ)がれていく。敵の"玉"は、無数の駒に守られているようだ。間断なく発射される敵の砲弾を避けながら移動するため、ジグザグに動かなければならない。足元には地雷が点在している。
もう少し、もう少しで射程範囲に入れる。"赤い悪魔"が宙を舞う。ほんの僅かな差で弾を避けて、飛ぶ。もう燃料に残量が無い。

ハル「思ったよりも良くやったが、ここまでだ。」

そんな言葉が流れた瞬間、"赤い悪魔"を狙った砲弾が、明らかに反れた。その時、"赤い悪魔"には、まばゆい光りに照らされるように1本の道が見えた。これまで、正確に狙って飛んで来た弾が外れたため、弾避けの動作をせずに次の行動に移れた。敵との間に隙が出来たのである。
"赤い悪魔"は真っ直ぐに飛び、一気に射程内に飛び込んだ。

"赤い悪魔"「もらった。」

"赤い悪魔"のロングライフルと、敵の砲弾が同時に火を吹いた。
"赤い悪魔"は機体を後方に捻りながら錐揉みしながら落ちていく。敵自走砲は、燃料タンクを直撃されて、機体を炎に包まれていた。"赤い悪魔"は神業の如き反射神経で弾丸をかわしていた。 すかさず勝利のテーマが流れて、"赤い悪魔 Win"の文字が表示された。
敵自走砲は間もなく爆発する。"赤い悪魔"は燃料切れのため、戦場に身を横たえていた。結局、機体破損率において、"赤い悪魔"の判定勝ちという事になる。
傷だらけの機体を横たえた"赤い悪魔"の映像がアップで映し出される。その姿がギャラリー(観客)の共感を呼ぶ。感覚を重視して戦う"感応型プレイヤー"が"策士型プレイヤー"を撃ち破ったのだ。ギャラリーの望む結末にロビーは湧き返った。

(タカ)

ハル「どうして外したんだ。」
ゲン「"赤い悪魔"に傷は付けたくない。」

ゲンは、わざと弾を外す事で、"赤い悪魔"に勝ちを譲った。"赤い悪魔"にしても、それに気付かぬはずはなかった。できれば、無傷なまま"赤い悪魔"を手に入れたい、とゲンは思っていた。負けて消えるのは自分たち。そして"赤い悪魔"として生まれ変わるのである。

ハル「なるほどね、今日この日から、"赤い悪魔"の不敗神話が始まるというわけか。」

しばらくすると、"赤い悪魔"からハルに直接に連絡が届く。

赤い悪魔「くそ、舐めたまねしやがって。
引退だ、もうこんなゲームやめてやる。」

その文字からは悔しさが滲み出ていた。

ハル「もし、君が負けを認めるのならば、僕の話を聞いてくれないか。」
赤い悪魔「イカサマ野郎、何が狙いだ。」
ハル「約束通り、"赤い悪魔"の名前を頂きたい。」
赤い悪魔「勝ったのは俺だ。」

勝たせてもらったのは、自分が一番良く知っていた。名前を取られても仕方がない。しかし、"赤い悪魔"という"名"には愛着がある。ゲームを止める事は出来ても、その"名"を他の誰かに使われる事には耐えがたいものがあった。
名前を奪われる事は、それまでの実績、過去を全て譲る事を意味した。名を無くした者は、仮想空間において一からの出直しを意味していた。

ハル「そこで提案なんだけど、僕らと組まないか。
条件は今まで通り君が"赤い悪魔"を使う。ただし、今後は僕たちの指示の元で動いてもらうことになる。もし、気に入らないことがあれば、その時は引退すれば良い。」

ハルの申し出に、"赤い悪魔"は心を動かした。立場はどうあれ、"赤い悪魔"を失わずにすむ。もう、この名前を使うようになってから3年になる。"赤い悪魔"は、もうひとつの人格であった。
赤い悪魔「いいだろう、負けたものは仕方がない。」

ハル「よし、決まりだ。」
ゲン「これで、もう"赤い悪魔"に地雷は踏ませない。」
赤い悪魔「まだほかにもいるのか。」
ハル「作戦はゲンが立てる。僕が宣伝担当で、君が実戦を受け持つのさ。
今日から"赤い悪魔"は三人で動かす。
つまり"赤い悪魔"は僕らのチーム名、三人合わせた擬似人格になるんだ。」
赤い悪魔「良くわかんないけど。
俺はタカだ。よろしくたのむ。」

どうやら、"赤い悪魔"改めタカを味方に引き込むことに成功したようだ。三人の力を集結すれば近い将来、"赤い悪魔"を将軍に育てる事ができる。そうなれば、軍を組織して様々な人材を集めることも可能だ。ゲンが何を考えているかは伺い知れないけれど、僕は"赤い悪魔"を宣伝して有名にするのが望みだ。そのための基本形が出来た、とハルは思った。

(将軍)

ハル「どこに所属する。」

大佐以下のプレイヤーは、誰か将軍を見つけて何処かのチームに所属しなければならない。場合によっては、傭兵として一回限りの参戦も認められるが、貰える経験値が少ない。

ゲン「竹千代が良さそうだ。」

ゲンは、有能な将軍をリストアップして能力を検討している。幾ら強くても部下に経験値をくれない将軍や、傭兵にチャンスをくれないプレイヤーでは意味がない。仲間内で重要なポジションを固めて、新入りに活躍の場を与えてくれないのも困る。竹千代は、四人の固定的な部下を持つものの、それ以外はフリーに武将を登用するのだ。

ゲン「交渉してくれ。」
ハル「OK。」

ハルは、竹千代と交渉を始めた。流石に"赤い悪魔"の知名度は絶大で、すぐに竹千代から歓迎するとの回答を得た。開戦が近付いたらすぐに連絡するという事だ。

ゲン「タカは喋るな。交渉は全てハルに任せろ。
それから、戦場では僕の指示に従え。」
タカ「・・・。」
ハル「そこまで言わなくても、」

ハルはふたりを執り成すが、タカの無言の怒りが、ひしひしと伝わって来た。

ハル「まずは、経験値を貯めて指揮能力を上げる"赤い悪魔"を将軍にするのが先だ。」

それまでは我慢して欲しい、とハルは願う。タカの操作技術とゲンの戦略があれば、連戦戦勝間違いなしだ。

タカ「早くバトルフィールドに出たい。」

それだけ言うとタカは消える。
ふたりも軽い挨拶を交わすと別れた。

(ブランド)

ネット上、仮想空間では年齢性別がない。だから、ハンドル名が重要になる。もちろん、一回限りの使い捨ての名前を使う者も居るし、敢えて"名無し"と名乗り正体を隠そうとする者も居る。それでは意味がない。一貫した意見・主張・思想を伝えるためには、唯一無二の名前が必要となる。戸籍上の本当の名でも良いのではないか、と思うかもしれない。しかし、これは自らが命名して、自らが育て上げた名前である事が重要となる。
この名前は、個人を指す場合もあるし、団体の場合もある。これは仮想空間上に定義された人格であるから、時には企業名のようなものとなったりもする。
名はブランド(商標)のようなものである、とゲンは考えている。企業が野球やサッカーのチームを持って商品イメージを高めるような戦略である。商品とスポーツは、直接には何の関係もないが、優勝すれば商品のイメージが高まるわけだ。
ゲンは"赤い悪魔"という名前を選び、ブランドとして商品価値を高めようとしている。そのためにネット・ゲームという手段を選んだのだ。

ゲン「ゲームは手段、目的は別にある。」

ゲームとは何か。戦闘である。ルールによって定められた、許された戦闘行為なのである。ゲーム以外において、公然と他者を攻撃する事は認められない。そのような事をすれば、社会全体から逆に攻撃を受ける事になる。しかし、ゲームは違う。理由なく、唯、純粋に勝つ事だけのために、相手を攻撃できる世界なのである。ゲームはスポーツと考えても良いわけだ。いや、ゲームという概念の中にスポーツが含まれるのだ。
つまり、名を売るのに、これほど都合の良いシステムは存在しない、とゲンは考えている。

(竹千代)

タカ「今なら総指令部が手薄だ。突っ込むぞ。」
ゲン「駄目だ。確率は30パーセント以下、却下。それより第一部隊の応援に向かえ、敵の側面に突っ込め。」
ハル「それも危なくはないか。」
ゲン「やられても構わん。敵部隊を混乱させ、釘付けにできれば戦略的意味がある。」

その隙に別の部隊が敵の総司令部を突く。一騎駆けで突っ込むよりも、一部隊で突っ込む方が、格段に成功の可能性は高い。"赤い悪魔"には囮ユニットとして派手に暴れてもらう。

タカ「わかったよ。」

渋々タカはゲンの指示に従う。敵部隊に機首を振り向けると飛鳥のように"赤い悪魔"が跳んだ。

ハル「囮(おとり)には打って付けだな。何と言っても派手だし。」

やることなすこと、人の目をを引く。こればかりは天性のものだ。教育から生まれるものでもないし、金を使って宣伝してもその場限りできりがない。結局は"花"なのである。見る者はそこに何か意味を探ろうとする。注目を集める。"造花"では、すぐに飽きられる。本物を探すしかない。そして選ばれたのが"赤い悪魔"なのだ。
"赤い悪魔"の活躍により、第一部隊は息を吹き返す。その隙に、第2、第3部隊が敵総司令部に突入していた。"赤い悪魔"は大した損傷を受けないまま、プレーを終了した。

タカ「面白くねえよ。雑魚相手に何機落としてもつまんねえ。総司令部狙わせろよ。」

タカは何だかやった気がしない。不満たらたらである。
しばらくすると、将軍竹千代から勝利のメッセージが流れた。

竹千代「この勝利は"赤い悪魔"によるところが大きい。
噂とは違い、チームプレイができるとは嬉しい誤算である。」

そのメッセージと同時に、大量の経験値がタカの元に送られてきた。撃墜ポイントとは桁の違う数値であった。

ハル「これで、"赤い悪魔"の評価が上がる。かなり良い宣伝になるな。この調子で後2,3戦もすれば、将軍に昇進できる。今の内に目ぼしいプレイヤーに声を掛けて、軍の編成の準備をした方が良いかもしれない。」
タカ「何だよう、かってに盛り上がりやがって。」
ゲン「将軍になるまでは辛抱しろ。
軍を組めるようになったら遊撃隊を組織してやる。」
ハル「そうさ、自由に軍隊を編成できるようになれば何でもできる。」
タカ「Boo。」

タカの不満が解消されることはないが、チーム"赤い悪魔"の初戦としては、大成功と言えるだろう。

(独立)

竹千代の元で戦い続け、半月ほどの間に、とうとう"赤い悪魔"は少将に昇進した。これで晴れて、軍を組織する資格を得たのである。

竹千代「これからどうするつもりだ。
やはり、独立するのか。君の戦略と技術、それに名声があれば、集まって来る者も多いだろう。」
ハル「竹千代さんには、大変お世話になりましたが、僕は"赤い悪魔"としてこのゲームの頂点に立ちたいのです。一介の傭兵として終わりたくはない。」
竹千代「うん、そうだろう。そこで相談だ。私を君のチームに移籍させてはもらえまいか。」
ハル「あなたが"赤い悪魔"に。」
ハルは竹千代の申し出に耳を疑った。竹千代と言えば、このゲーム・リーグ内でも優秀な将軍として、名声を得ている。
竹千代「実は私は、ゲーム制作やゲームグッズを売る商売をしている。うちの四天王はみな社員のプログラマーだ。そこで目を付けたのが、ゲーマーの支持を集めている"赤い悪魔"の存在だ。これから、次々とゲームに勝利して、大会を勝ち進む。よりネームバリューを高めて、"赤い悪魔"グッズを売り出したいのさ。」

ハルは驚きを押さえつつ考えた。

ハル「申し出は判りました。でも、少し考える時間を下さい。きっと"赤い悪魔"はあなたたちを失望させないでしょう。」
竹千代「うん、待っているよ。」

(契約条件)

ハル「と言う事なんだけど、どうする。」

ハルは竹千代との遣り取りを漏らさず、ゲンとタカに報告した。何事も三人の合議によって決められなければならない。

タカ「何かいいな。"赤い悪魔"Tシャツとか売るのか。」
ハル「その前にもっと"赤い悪魔"を有名しなけりゃ。」

タカとハルの掛け合いがしばらく続く、ゲンは黙っている。

ハル「ゲンはあまり驚いていないみたいだけど、どうして、乗り気じゃないの。面白そうじゃないか。」
ゲン「竹千代の事は前から知ってた。」

一般には知られていないが、"SHOP竹千代"は首都圏を中心に営業している、マニア向けのホビーショップなのだ。地方の人間には、その名前さえ知られる事が少ない。ネット上では、物理的には北海道と沖縄でも、論理的にはまるで一緒に居るように話ができる。だから、ハルとタカは、地方の人間かマニアとは縁の無い種族かもしれない。

ハル「知ってるって、それで竹千代を選んだって事か。」
ゲン「狙ったわけでもないが、その可能性も否定しない。」

ゲンは"SHOP竹千代"に良く顔を出している。一元の客だから向こうは知らないだろうが、こちらは社長の竹千代以下店長や社員の顔を見知っていた。竹千代にしても、店の宣伝のためにネット・ゲーム"コマンダー"に参加しているわけだから、決して正体を隠しているわけではなかった。

タカ「つまり、"竹千代"もブランドってことか。」
ゲン「わかってきたな。」
ハル「それでどうする。組むの組まないの。」

これは商取引、ビジネスだ。相手を長く待たせるのは失礼になる。ゲンがそこまで読んでいたのならば話は早い。すでに考えはまとまっているはずだ。

ゲン「まずは、契約条件だ。」

全てを"竹千代"に預けるわけにはいかない。折角発足したチーム"赤い悪魔"を簡単に身売りできない。今度の"コマンダー"の全国大会が終わるまで、期間限定で竹千代と組むのはどうだろうか。大会の結果で契約を更新する。フリーな状態を維持しながら、成績次第で値を吊り上げていくのだ。

ハル「具体的な報酬は。」
ゲン「今は気持ちだけで良いさ。」
タカ「まずは、次の全国大会で上位入賞だ。その時は吹っ掛けてやる。」

勝たなければ意味がない。欲しいものは、この手で勝ち取って見せる。自信はある。しかも竹千代の援護が得られれば、軍組織も固められる。勝てば竹千代の名も上がる。手を抜くはずはない。ギブ・アンド・テイク、最も信用できる関係だ。

(商品化)

竹千代「そう、良かった。
お互いにメリットがあると思うよ。悪くない話だ。私にとっても、君、いや君たちにとってもね。」

竹千代は何か含みを残すように言った。竹千代も商売人である。こちらの正体について何か突き止めたのかもしれない。しかし、それは重要な事ではなかった。重要なのは、"赤い悪魔"がまた一歩成長したという事である。

竹千代「チーム・ロゴが居るね。アイコンとかバナーとか。CGのデザイナーがひとり居ると良いんだが。」
ハル「竹千代さん、ゲーム作っているのならば、心当たりありませんか。」
竹千代「知り合いはいるけど、プロを使ったら面白くないね。
手作り感、出したいから。」
ハル「それなら、公募しますよ。大会に勝てば、凄い人が来るかも。」
竹千代「今、使ってるテーマ曲、あれは君が作ったの。
荒削りだけど、良い感じだ。あんなので良い。後はプロにアレンジさせれば良い。原型はあくまで君たちが造るんだ。商品にするのは私たちの仕事、強烈な個性が欲しいのさ。
"赤い悪魔"みたいなね。」

竹千代の話は参考になる。ハルはどんどん刺激を受ける。ゲンと出合った時の感覚に似たものだ。そう言えば、あの曲、タカが作ったのかなあ。感応プレイヤー独特のリズムが心に響いてくる。アクションキーを叩くタカの指が、ピアノの鍵盤を叩くイメージと重なる。
"赤い悪魔"は仮想空間だけでなく、現実の社会においても経験値を積んでレベルUPしていくようだ。しかし、まだまだである。でもこれから幾らでも大きくなりそうな手ごたえをハルは感じ取っていた。

(メンバー募集)

タカ「あれ、適当だよ、出鱈目。気分次第さ。」

タカは自作の曲について、さらりと言ってのけた。

タカ「何だったら、地雷踏んだ時の気持ち、曲にしたけど聞く。」

本人は冗談めかしているが、相当な数を作曲しているに違いなかった。

ハル「音楽ファイルは、サーバーにアップロードしといてくれる。」

赤い悪魔専用のスペース(領域)をサーバー上に確保してある。そこにアップロードされた情報については、仲間同士で共有できるわけだ。情報は公開・非公開とあり、誰でも見れるホームぺージと閲覧にはパスワードが必要な"赤い悪魔"会員専用のサイトがある。どちらにしても僕らはサーバーを介して、離れていても同じ情報に接する事ができる。

ハル「音楽もそうだけど、映像を担当するデザイナーが必要なんだ。公募するつもりなんだけど、他にも欲しい人材はいないかなあ。」
ゲン「3DでCGのモデリングが出来る奴も将来的に欲しいな。」

"赤い悪魔"の公式ページには、必ず専用のアイコンやバナーを用いるが、"赤い悪魔"のイメージキャラクターをCG映像で作れば、ぐっとグレードも上がる。

ハル「そんなの出来たらかっこいいよな。」
ゲン「近い内にゲームの中でオリジナル・キャラクターが使えるようになる。」
ハル「えっ、本当なの。」

最初は、オプションで用意されたパーツを組み合わせて登録するだけだが、容量や規格が合えば、自作機もゲーム内で使用する事が可能になる。ネット上でパーツ作製ツールが公開されれば、そのツールで作られたキャラクターは、ゲームの規格に納まるというわけだ。
現在は、ゲームで用意された機体を選んで使っている。それでも、種類は10種類ほどあった。後はプレイヤーが好みの色を付けるだけである。

ゲン「それより、まず勝つ事だ。」

ゲンは目ぼしいプレイヤーをリストアップしていた。素早く反応できる感応能力は、勿論重要だが、兵士としての資質も十分にチェックしなければならない。仲間同士で馴れ合いの経験値争奪戦をしたり、プレーに手心を加える、"やらせゲーマー"を入れるわけにはいかない。一度、敵味方に別れたら、親兄弟とも戦う心構えがなければ、"赤い悪魔"の組織に組み込む事は出来ないのだ。

ゲン「これはゲーム、純粋に勝利を追求しなければならない。」
ハル「まあ、気持ちは判るけど、そこまでは、ちょっと。」

ハルは、そのリストを参照しながら、ゲンのチェックの細かさに感心していた。後は、このリストに基づいて、ハルがプレイヤーを勧誘するのである。

タカ「ちょっと気になるのがいるんだけど、誘っても良いか。」
ゲン「これから、タカには遊撃隊として動いてもらう。枠は2人までOK。気に入ったのを選んでくれていい。」
タカ「へえ、いいの、気前いいねえ。」

ゲンもタカには、多少気を使っている。タカなしでは"赤い悪魔"の企画は成り立たない。それにゲンは三人一組の小隊を基本に考えていた。3小隊で1中隊9人、3中隊で1大隊27人構成。Vs100のマップならば3大隊の軍が戦う事になる。
総司令部は竹千代が守り、大隊長クラスの幹部は四天王が務める。タカは遊撃隊として、必要部分に投入され、ゲンとハルは竹千代の側で全軍に指示を送る事になる。

ゲン「全国大会に向けて、新体制を固めるんだ。」
ハル「後二ヶ月くらいあるかな。メンバー補充しながら、練習試合をこなさなきゃ。」

何はともあれ"赤い悪魔"は始動した。目標は夏の全国大会、"夢のバトルフィールド"だ。ここで勝たなけりゃ何も始まらない。そして勝つための準備は、怠り無かった。

(感応プレイヤー)

タカは、毎日"赤い悪魔"同志のサイトを覗いてから、重要な伝言が無ければ、ゲーム場に行く。感応プレイヤーは、日頃の練習を欠かせない。"赤い悪魔"の試合の無い日も、少なくて30分、出来れば1時間程度の指慣らしが必要だった。
個人的な訓練では"赤い悪魔"の名を使えないタカは、近ごろ"タカノハナ"でプレーしている。最初から捨てる名前なのだが、気が付くと大佐にまで昇進していた。
タカは、大体同じ時間帯を選んで傭兵として参戦するのだが、この所いつも同じ機体に付き纏われていた。味方機だから構わないのだが、少々気になる。タカの動きに遅れる事なく背後霊のように付いて動き、時には先回りする事もあった。
タカが敵集団に特攻をかける時も側を離れず、敵の攻撃を避けまくっていた。反撃する事はない。かつての強制スクロール型シューティングゲームにおいては、一発も撃たずに、弾除けだけで全面クリアする事が最高のテクニックと言われていたが、背後霊もなかなかのテクニシャンである。
勿論、技術だけではない。機体による優位性もある。その背後霊は、妖精型の機体を使用していた。攻撃用の装備が無く、軽量小型に造られている。機動性においては最高だが、攻撃力は皆無であった。レーダー撹乱などの補助攻撃用として使用する機種である。
つまり、背後霊がタカの周囲で踊っている間、敵レーダーにおけるタカの位置には誤差が生じて、目視で戦う者以外は、正確に狙いを定める事が出来なかった。このゲームで敵を捕らえる手段は二つある。二次元レーダーに点として見るか、3次元ディスプレイの映る実像を目視するかであった。レーダーが使えなければ、後方からの長距離支援火器の攻撃を受けずに済む。目の前に居る敵とだけ戦えば良かった。
タカは、この背後霊とコンビを組んで戦うのは、これが3度目だった。"赤い悪魔"に誘いたいと考えていたのは、実は、この背後霊だったのである。プレーの後、背後霊がロビーを退室する前にタカが声を掛けた。

タカ「なかなか良い腕だな。」

妖精型機種は使いこなすのが難しい。実戦投入に二の足を踏む指揮官は多い。しかも撃墜が無く、戦闘の中心に入らなければならないので生存率も低かった。指揮官の理解が無ければ、経験値を貰えず昇進の可能性も薄い。

テン「ヤッピー、ずっとまってたぞ。」

テンと言う名の背後霊は、パートナーを探し続けていたと言う。
テン「テンが御仕えするに値するのは、"赤い悪魔"かお前くらいだ。」

タカは、ディスプレーの前で苦笑した。タカの正体は知られていない。練習にはおもいきり地味な機体を選んでいた。

タカ「これからも俺とプレーする気があるか。」
テン「ついていくのだ。」

タカはテンに"赤い悪魔"のアドレスとゲスト(お客さん)用のパスワードを渡した。ゲスト用のパスワードは定期的に変更される。正式なメンバーになるかどうかは、これからの活躍次第だ。

タカ「ここに来ればいつでも連絡が取れる。」

タカはテンと再会を約して別れた。

テン「見つけた。テン。テン。見つけた。テン。」

意味不明なメッセージを残してテンも消えた。

(テン)

テン「お前は超能力を信じないのか。」
ゲン「あると言えばある、ないと言えばない。」

タカが顔を出すと、今まさにゲンとテンは議論の真っ最中だった。

テン「タカ様には、超能力がおじゃる。」

タカの紹介で来た、というテンの発言にゲンが異を唱えたのである。

ゲン「もしも100mを10秒切るのが超能力と仮定するならば、タカにも超能力があると言っても良いだろう。しかし、現実には、ほとんどの人間が十数秒で100mを走る事ができる。その数秒を超能力と呼べるかどうかは疑問だ。」
ハル「100mを10秒切ったら、そこは神の領域だ。一般人には伺い知れぬ未知の世界が広がっている。一度で良いから体感したいものだね。」
テン「ハルは詩人、ロマンティストなのだ。」

物怖じしない性格なのか、神経が太いのか。テンは、瞬く間に馴染んでいた。
確かにそうだ。その僅か百分の一秒が勝敗を決する。その領域で勝負する者たちを超能力者と呼んで何が可笑しい。事実、タカの才能とは、そのようなところにあるのだ、とゲンは思った。

タカ「せめて"天才"くらいにしておいてくれよ。謙虚な俺でも流石に"超能力者"を名乗るほど図々しくはないぜ。」
ゲン「ああ、来たか。」

テンについては、一応リストにも上がっていたが、実戦に使えるかどうかは、未知数なので番外にしてあった。

ゲン「タカと気が合うなら、テストしたい。」

テンの能力も見たいし、使うとしたら新しい戦略の可能性も模索したい。金曜の夜に"赤い悪魔"の練習試合がある。そこで実験しようと、ゲンは提案した。

タカ「やるか、テン。」
テン「OK、ボス、でも他人の名前を盗作するのはいけないのだ。」

テンはこのサイトに来て、到る所に"赤い悪魔"の名を目にしていた。勝手に"赤い悪魔"を名乗るのはファンのひとりとして許せなかった。

タカ「ああ、あれか、俺のことだよ、いや俺たちというべきかな。」

タカのメッセージに、テンは仰天する。

テン「#%、*@¥、&」*!!。」

テンはいつもの意味不明なメッセージを発する。どうやら、またひとり"赤い悪魔"が増えたのは確実なようであった。

(最速記録)

ハル「今回の練習試合では、"最速の詰め"を課題に取り組みたいと思います。味方機の損害は度外視して、どれだけ最短時間で敵総司令部を破壊するか。それが、今回のテーマになります。
従って、陣形も攻撃隊の比率を上げて、守備は薄くします。
敵より先に総司令部を叩け。
戦力を一点に集中して、最速タイムをコマンダーのレコードに刻むのだ。
僕らの名前を、歴史に残すんだ。」

ゲンが基本戦略を立てる、竹千代がその指示を兵士たちに徹底させる。四天王が実戦の指揮を取るから、この四人に指示を与えれば、部隊は思い通りに動く。ハルの役目は、戦略の確認と士気の鼓舞である。ハルは本気で、最速記録を狙っていた。

ゲン「魚鱗でいく。」

魚鱗とは、戦闘陣形である。先の尖った三角形の陣形で、一点に攻撃を集中して進む。外側の鱗が剥がれても、次々と中から新しい鱗が現れる。攻撃に適した陣形である。欠点もある。基本的に兵力は敵味方同数だから、戦力を集中すれば、どこかに隙ができる。右に寄れば左、左に寄れば右、真ん中ならば両脇が空く。

ゲン「2部隊+遊撃隊、70パーセントは攻撃に。守りは1部隊残りの30パーセント。」

チーム赤い悪魔の実力と今日の敵を比べれば問題なく勝てるはずであった。しかし最速かどうかは運次第というところである。

***

STARTのメッセージと同時にプレーが始まる。
第1、第2部隊のポンとサキが、錐を揉み込むように、右側から敵の左翼を突いていく。第3部隊のイーは、やや左によって総司令部を守る。カイは、竹千代に張り付くように備えていた。
遊撃隊のタカは、魚鱗の核弾頭として、先端部分に潜んでいる。 味方が敵の総司令部に肉薄した段階で、"赤い悪魔"が発射される仕掛けだ。それまでは、陣形の奥深くに隠れ潜んでいた。
思いもかけぬ赤い悪魔軍の猛攻に、敵は怯む。それでも、敵は、こちらの隙を突いて、右翼の部隊を竹千代の居る総司令部に向けて放ってきた。予定通りの動きである。後は、竹千代とイーが本陣を死守している間に、"赤い悪魔"に敵を撃たせる。スピード勝負である。

ゲン「これで詰みだ。もう少し敵の守備兵力が減ったら、"赤い悪魔"を飛ばす。」

ゲーム内では、敵味方五分五分の条件下にある。機先を制した方が有利であり、一度崩れた均衡を回復する事は難しい。兵力の残存率に差が出て来ると、あっと言う間に勝負がつく。

ハル「この辺で出撃すれば、凄いタイムが出るんだけど。 "赤い悪魔"の名がバトルフィールドに鳴り響く、観客の胸にその勇姿が永遠に刻まれる瞬間だ。最速の悪魔、誰よりも速く総司令部を突く野獣。」

ハルの感情が高ぶり、つい指を突いて言葉が出てしまった。

タカ「ならば、その期待に答えてやろうじゃないか。」

ゲンの指示を待たずに、タカが飛び出す。目の前には、敵の親衛隊が壁を作っている。その壁を破るには、もう少し時間が必要に見えた。

ゲン「馬鹿な、撃たれたらどうする。」

"赤い悪魔"が撃墜されることだけは、何としても避けなければならなかった。たとえ、ゲームに勝っても、"赤い悪魔"撃墜の汚点は拭いきれない。タカは、遊撃隊長であっても、チーム"赤い悪魔"の将軍、大将機なのである。

ゲン「ポン、サキ、タカを守れ。」

タカはふたりを摺り抜けるように、最前線に飛び出して行く。もう誰の言葉も耳には入らない。唯一、タカに寄りそうのはテンの機体だけだった。テンは、タカの周辺をちらちらと舞う。撹乱効果で、敵も狙いが絞り切れない。

タカ「ええい、面倒だ。」

タカが特攻を掛ける。

ゲン「危ない。」
テン「大丈夫だもん。」

敵の攻撃がタカに集中した。完全に避けることは不可能に思えた。何発かは喰らう事になる。撃墜されない事を願うのみだ。次の瞬間に、タカの機体は親衛隊の壁を飛び越えて、敵の総司令部に踏み込んでいた。タカを狙って発射された弾丸は、すべてテンの機体に命中していたのである。

テン「弾避けよりも簡単だぞ。」

テンがタカの身代わりとなって撃墜された隙に、タカは敵総司令部を襲っていた。
目的は総司令部の破壊、それが理解できていればこその、テンの動きである。テンはタカが王手を掛けるための捨て駒になったのだ。

ゲン「こいつ、結構使えるかもしれない。」

あの瞬間に、咄嗟(とっさ)に判断して、動いた洞察力は並々ならぬものであった。見掛けによらず、曲者だな、とゲンはテンを評した。

ハル「やったぞ、タカ。
今ので歴代タイム更新だ。」
タカ「俺、ひょっとして超能力ある。」

ハルとタカは能天気に騒いでいる。兵士たちも新記録樹立に立ち会えた喜びに震えていた。これでまた"赤い悪魔"の格があがるというものだ。これで大会に向けた良い景気付けになる。

テン「タカ様、日本一。ワンダホー、ビュリホー。」

兵士たちは、勝利に酔っていた。連戦連勝向かうところ敵なし。連携プレーに磨きが掛かり、まだまだ成長しそうな勢いである。しかし、そんな湧き立つ"赤い悪魔"の兵士たちを横目に、ゲンは新しい戦略に頭を傾けるのである。

(嘘と真実)

ハル「もし、ロボットに人が乗っていたら、テンがやったような戦略を立てられるかなあ。
僕らは人間がロボットに乗って、悪者を退治するマンガやアニメを見て育った。それが、極当たり前の事だと思っていたけど、これが現実だったらどうだろうか。」
ゲン「あれはロボットが、宇宙服・潜水服、または自動車や飛行機の延長とする考え方からくるものだ。今の技術をもってすれば、ロボットの遠隔操作は十分に可能。戦場に生きた人間を送る必然性はない。すでに軍事的な制圧を済ませて、占領下においた安全地帯にだけ、生身の人間を送れば良い。」

カメラアイから情報を受け取り、操縦者が遠くから命令を送れば良い。物理的に動くロボットは現実だが、操作する者は論理的に仮想空間から指示が送れる。

ハル「つまり、味方の被害を気にせず、純粋に戦略を追求できるわけだ。」
ゲン「僕だって、他人に"死ね"と命令する事にはためらうさ。しかし、状況次第では判らない。今は、勝つための戦略を追究することが重要だ。」
ハル「だったら軍隊はロボットで代用できるのか。」
ゲン「コストの問題がクリアできればね。」
ハル「人が踏み込むのに危険な地域で活動するには、ロボットが有効なんだ。
僕らはここに居ながらにして、アフリカのジャングルも、南極の氷山も、縦横無尽に探検できるわけだね。」
ゲン「SURE。」

良く誤解を招く点があるが、現実が本当で仮想が嘘という理屈は成り立たない。コンピューターネットワーク内で交わされる約束や言葉も、現実と同じように真実である。だから、仮想空間から発せられるコマンド(命令・指示)が、現実社会に反映されたとしても、何の不思議も無いのだ。これは"現実"と"仮想"を"物理的"と"論理的"という意味に置き換えた場合の説明である。"物"だけが真実で、"思考"や"言葉"は嘘なのか。突き詰めれば、そういう問題に直面する。コンピューターネットワーク内に限って言うならば、そこは論理的な真実の世界と言う事になる。

ゲン「ロボットの遠隔操作だけでは完璧ではない。実績データが積み上げられれば、そこから行動パターンが解析される。それをプログラミングする事が出来れば、"AI(人工知能)"によってロボットを制御できるようになる。人が操作して、"AI"が補助する。通常は"AI"に任せて、非常時だけ人間が対応するような併用型も有効だろう。」
ハル「"AI"が進化したら人を超えるだろうか。」
ゲン「多分、"AI"は人とは違う進化を辿るだろうね。」

人はあまりに不完全である。その不完全なものを目指す必要があるだろうか。"AI"は、より完全なものを追究すれば良い。したがって、"AI"が人間になることはない。別の次元を求めて進化成長していく事になるのだ、とゲンは考えている。

(映像)

ゲン「今日の議題は、赤い悪魔の画像選びだ。」
ハル「そうだね、少し脱線したようだ。
早く、赤い悪魔のトレードマークを決めなきゃね。」
ゲン「人間は目から受け取る情報量が最も多い。」

メーセージの文字列だけでは味気ない。やはり、赤い悪魔を象徴するような画像が欲しいところだ。そのためのデザインをハルは公募していた。今日はその審査をするために集まったのだ。審査員はゲン・ハル・タカ・テン・竹千代の五人である。おいおい全員揃うはずだ。
15分ほど遅れてタカが現れる。それを最後に全員が顔を揃えた。

ハル「それでは、赤い悪魔の画像コンテストを開始します。」

ハルは大会を宣言した。集まった画像については、全員が事前に目を通してある。作品は赤い悪魔の公式サイトにアップロードされていて、誰でも閲覧する事が出来た。隊員だけでなく一般の意見も掲示版から吸い上げてある。

ゲン「まずは、赤い悪魔の画像として、相応しい条件を定義する。」
タカ「面倒臭えなあ。俺、適当に選んじゃったよ。」
竹千代「自分たちの"顔"を決めるんだ。慎重に行こう。名前と同じで、一度決めたら、簡単には変えられない。」
ハル「名前から来るイメージを尊重しなければいけないと思う。
そうすると、"赤"と"悪魔"だ。"赤"は色や炎を表す。薔薇でも良い。比較的、表現しやすいイメージだ。問題なのは"悪魔"の方さ。"悪魔"というイメージをどう表現するかがポイントだね。」
テン「暗いの嫌、恐いの嫌、気持ち悪いのもっと嫌だぞ。」
竹千代「"悪魔"というイメージの中には、強さや狡猾さと言ったマニアックな魅力が含まれているが、その反面、悪役や陰湿と言った負のイメージが付き纏う。」
タカ「でも、ドラマを盛り上げるのは、その魅力的な悪役って奴だぜ。
俺は好きだな。」
竹千代「そう、強さを強調しながら、"悪(わる)"の魅力をアピールしたいね。」
ゲン「映像としてはどうする。具体的に。」
テン「綺麗なの、切れるように冷たいの、触ると痛いくらい棘があるの。」

五人はディスプレーの前で揃って苦笑した。

ハル「それじゃあ、みんなが気に入った絵を3点ずつ発表してくれる。」
竹千代「そうだ、言い忘れていた。画像はリアルタイプ・SDタイプ・擬人化タイプの3種類が必要になる。リアルタイプはゲーム実戦に使用できるような3DCGが可能なもの、SD(スーパーデフォルメ)タイプはアイコンやバナー、マークとして使う愛嬌がある二頭身のものが良い。そして擬人化タイプは、将来を見越しての準備だ。ゲームの世界を飛び出すのならば、いつまでもロボットというわけにもいくまい。"赤い悪魔"をそのまま"人"に置き換えた存在が必要になってくる。」

(阿修羅)

タカ「頭痛くなってきたぜ。」
ゲン「品の無いのは駄目だ。それにしても、どれを見ても"悪魔"のイメージが強過ぎるな。ちょっとグロテスクだ。」
テン「尻尾の矢印、嫌ですう。」
ゲン「牙や爪、獣性が強いのもどうかな。」
タカ「もっと洗練されたやつない。スマートなの。」
ハル「これどうかなあ。」

ハルが一枚の画像を指定した。

ハル「興福寺の阿修羅像がイメージになってると思うんだけど。 僕も前からこの仏像が好きなんだ。このイメージをうまく使えないかなあ。」
竹千代「うまいところを見つけたな。阿修羅王はもともと仏教界の住人だったが、恋人を帝釈天に奪われたことを怒って、帝釈天に戦いを挑んだ。もとは神の一族だったが、戦いに敗れて天を追われたんだ。その後も好戦的な鬼神として崇められている。」
ゲン「ミルトンの"失楽園"みたいに、神の後継者としての地位を人間(イエス・キリスト)に奪われた天使ルシフェルが、天上界から堕ちて堕天使となり、ついには悪魔の王となり、神に刃向かった話に似ているな。」
ハル「この表情、どこか困ったような悲しそうな。阿修羅の物語には、きっと裏がある。隠された秘密があるに違いない。そんな気分にさせられるだろう。それでいて怒りの顔を持っている多面性が良い。それに、何となく少女のような面差し、両性具有な感じも捨て難いんじゃないかなあ。」
竹千代「もともと、"悪魔"の存在は"神"の裏返し、対極に位置するものだ。"神"なくしては"悪魔"の存在は無い。ルーツを辿れば、同じものに行き付くはずだ。」
ハル「昔はみな、"神"畏れ敬っていた。その恐怖の記憶が、人々の心に"悪魔"を造ったんだね。」
タカ「何だかそう言われて見ると、俺に似てるなあ。」
テン「何だかとっても好いですう。」

ハルが提示した阿修羅王のイメージに、みなが乗って来た。

ゲン「でも、この画像は阿修羅を3D(ポリゴン)にしただけだ。
もう一捻り欲しいね。」
タカ「阿修羅のポイントは、三つの顔と六本の手だろう。
これゲームの規格には無理っぽいな。」
ハル「少し考えがあるんだけど、このデザイナーを呼んで、次回発表したいんだ、良いかな。」
ハルの提案に、一同賛成した。デザイナーの参加は必須である。ここでイメージだけを論じてもはじまらない。実際に制作に携わる者の話を聞くのが一番であった。

(翼)

ジロ「あの、はじめまして。」

阿修羅の画像を送って来たデザイナーのジロが挨拶した。次々と審査員が、短い挨拶を返して来る。まさか、自分の絵が当選するとは思っていなかった。"赤い悪魔"という言葉を聞いた時に、まず興福寺の阿修羅像が思い浮かんだのだ。時間が無くて、取り合えずポリゴン化して送っただけなので、とても通るとは信じ難かった。

ゲン「阿修羅のイメージに盛り上がっただけだ。絵はそれほど評価してない。
それより3DCGの技術を高く買うよ。」

いきなり、ゲンがジロを酷評した。初の顔見せなのだから、もう少し相手をリラックスさせてやれば良いのに、とハルは思う。しかし、ネット上では無駄な言葉が、メッセージには不似合いなのも事実なのだ。

ジロ「面目ありません。
それで私、急いで書き直しました。つい、さきほどまで書いていたので、すぐにアップロードしますです。」

気まずい沈黙が流れる。ハルは多面多手の問題について検討して欲しい、とジロに頼んでみた。難しい問題であったが、"赤い悪魔"でデザインを担当するには、それをクリアするだけの感性が望まれた。
回線の具合が悪いのか、サーバーの故障か、画像がなかなか降りてこない。
少しずつベールが剥がされるように、赤い悪魔の画像が現れる。 赤い悪魔の3D画像は動いていた。台座に乗ったまま回転して360度から画像を映し出していた。CGならではの技術である。横顔が映る。憂いを含んだ少女の面差しである。しかし、角度が変わると光の加減か精悍な少年の顔に見えた。顔はひとつでも、見る角度によって男と女の表情を交互に見せていた。
体はメタリック・レッドを渋く押さえた赤銅色、受けた光を穏やかに返している。そして、何よりも、審査員の注目を引いたのが、六本の腕の処理であった。胸の前で合掌するように組み合わされた二本の腕だけを残して、四本の腕は取り除かれていた。代わりにそこにあるものは、"翼"であった。大きく広げられた翼が、すんなりと伸びたやや細身の手足と絶妙のバランスと取っていたのである。

タカ「おお、グレート。」
竹千代「悪くないね。良い出来だ。」
テン「美しいです。」
ハル「完璧かもしれない。」

みなの賞賛がジロに集まる。

ジロ「喜んでいただけてうれしいです。」
ゲン「折角盛り上がってるのに、ケチを付けたくないんだが、羽根は難しいぞ。」

ゲンはデザイン云々よりも、画像の容量や動き、はたまた当たり判定にまで、考えを及ばせていたのだ。ゲーム内で動くキャラクターには、データ容量に制限がある。データ量は、画像の質(色や滑らかさ)と動き(アニメーション)によって違ってくる。容量の大きなものを無理に入れれば処理速度が落ち、キャラの動きが鈍くなる。当たり判定は、文字通りの意味で、羽根に当たり判定があれば当然不利になるわけだ。プレイヤーは自機の当たり判定を正確に把握していてこそ、紙一重で敵の攻撃がかわせる。

テン「どうしても翼が欲しいです。」
タカ「当たり判定は俺にとって重要な問題だ。
処理速度が落ちるのも痛いな。」
ハル「人は、野を駆けることが出来る、海を泳ぐことだってできるんだ。でも、空を飛ぶことはできない。翼を持つことで、人は今まで体験できなかった新しい感覚を手に入れることができるんじゃないかなあ。新しい可能性、人が人を超えるために補助となるパーツ、それが翼だと思うんだ。
このイメージ、検討する価値があると思うが、どうだろう。」
タカ「気持ちには賛成するが、現実問題きついよな。」
竹千代「イメージとしては、かなり良いものが出来上がったんじゃないか。
後は現実への対応だ。ここで議論するより、ネット・ゲームを主催する企業"くじら"に問い合わせた方が早いんじゃないかな。 あの会社には、ちょっと知り合いが居るから来てもらうよ。」

ここまで、赤い悪魔のイメージが固まれば、売り込みもやりやすい。ネット企業"くじら"の営業を巻き込んで、飛躍したいものだ、と竹千代は先を読んでいた。

(ミスターX)

MrX「初めまして、"くじら"の営業担当です。
この度は、ネット・ゲーム"コマンダー"のプレイヤー機の規格について問い合わせがあるという事でしたが。」
竹千代「私とMrX(ミスター・エックス)は、以前同じ会社で働いていた事があったんだ。私は独立、彼は"くじら"に引き抜かれたというわけだ。だから、判らない事があれば遠慮なく聞いてくれ。実はMrXは、赤い悪魔を自作デザイン機体のモデルケースにしたいと考えている。
急ぎ間に合わせて、次の大会に投入したいらしい。」
MrX「自作デザイン機体については、有力なゲーマーから何件か問い合わせが来ているんだよ。それを、次の大会に投入して、一気に盛り上げたい。そのためには、早くモデルを作って、"コマンダー"の規格審査を受けてもらわなければならない。
それにパスすれば自作機登録、ゲームで使用できるようになる。」
ハル「まずは、イメージ画像を見て、感想を聞かせてくれませんか。」
MrX「本体は実にシンプルだ。
問題なのは翼だけだね。
君たちの討論内容は、全てログ(履歴)で読ませてもらった。コンセプトは悪くないと思うよ。少し技術の者たちとも相談したんだが、当たり判定はスケルトン、骨格にしかないそうだ。翼もそうだが、角や装飾に当たり判定はない。翼もアクセサリーとして処理できるよ。容量の問題だが、"くじら"もこのネット・ゲームに社運を賭けている。いくらでも拡張する心算でいるよ。
それとね、これは多分通ると思うが、容量の階級枠を設定しようと企画している。今は、肩に付けた階級章で身分を判別しているけれど、これからはアクセサリーや複雑なデザインなど、階級が上がれば上がるほど使用容量が増えるようにするんだ。」
ハル「例えば、将軍以上の者だけが翼を付ける事ができるとか。」
MrX「うん、アクセサリーはそんな使い方が出来るね。」
テン「テンも将軍になりたいですう。」
ゲン「それならば、技術的な問題は大丈夫なんですね。」

技術的な懸念が払拭されれば、ゲンは納得である。デザインそのものの良し悪しは、他のみんなの意見に任せても良い。

MrX「自作機作成ツールのプロトタイプを置いて行くよ。今は標準仕様になっているけれど、容量の階級枠が認められれば、使用可能容量はUPする。君たちの力ならば、そのツールを十分に使いこなして、凄い機体を作ってくれるだろうね。
期待しているよ。」

MrXはツールとアドレスを残すと消えた。必要ならばいつでも連絡してくれ、という意味だった。

竹千代「案ずるより生むが易し。」
ハル「時間が無くて悪いけど、早速ツールをダウンロードして制作に掛かってくれないか。」
タカ「"くじら"まで乗ってくれば、意外に早く商品になるかもな。
そうなればジロのデザインが店頭に並ぶ、一番目立つよ。」
テン「いいな、いいな、ジロばっかり。」
ジロ「また、徹夜です。」
ハル「今のところ、みなもそうだけど、ジロも無料奉仕だ。あんまり、無理は言うなよ。
よろしくお願いします。」
ジロ「結構、楽しんでますから。」
ハル「次は音楽だ。
タカの曲は全部聞いたけど、短すぎてCMソングみたいだ。
タカの曲をモチーフにして、ちゃんとした曲にしてくれる人を探さなきゃ。」
タカ「ちゃんとしてなくて悪かったな。」
ゲン「タカにはプレイヤーとして、その天才的超能力を発揮してもらえば良い。
音楽は音楽で担当者を探そう。」

ゲンはさりげなく厭味を言うが、タカは気付かない。

タカ「やっと俺の才能を認めたか。」

得意満面である。

ハル「さあ、次は音楽だ。赤い悪魔サイトに集まった音楽を各自、来週までに聞いといてくれよ。」

大きな問題が解決して、安堵したのかハルは大きな欠伸をした。勿論、誰も気付かない。毎日のように言葉を交わしながら、僕らは互いに誰とも会ったことがない。そういう形があっても良いだろう。その知らない者同士が集まり、ひとつの擬似人格を造る。赤い悪魔は、そのようにして造られるのだ。

(才能)

ゲン「音楽はハルに任せるよ。
画像もそうだが、そういうのは苦手だから、宣伝の君が考えてくれ。」
ハル「別に構わないけど。」
ゲン「今、自作機制作ツールのプログラム解析をやってるんだ。デザインはジロに描いてもらうが、最大限に能力が発揮できるように設計するのは僕がやる。」

ゲンはジロと共同で機体作成を急ぎたい、と言ってきた。音楽の方は、他のメンバーでも問題はなかった。

ハル「結構、良い曲が集まって来たよ。
音楽は士気を高揚させるのに、"言葉"と同じような力がある。"言葉"、"映像"、"音楽"、三つをマッチングさせながら、臨場感を盛り上げて行くんだ。」
ゲン「雰囲気作りや、感情の操作は、君の才能だ。」
ハル「才能と言えば、人材公募してみて、埋もれた才能が多いのには驚くよ。」
ゲン「才能なんて、意外にその辺に転がってるものさ。
問題なのは、発表の場だよ。才能に形を与える作業も必要だ。」

多くの場合、才能には形が無い。うまく器に収めないと、商品にはなり難い。

ゲン「僕にしても、ネット・ゲーム"コマンダー"というルールの中では、二等兵以外の何者でもない。このシステムの中で僕の能力は評価に値しないわけだ。ルールとしての器に納められない才能はなかなか表に出ることがない。そういうのを拾い集めて、赤い悪魔の力に変える。
君も判っていると思うけれど、ゲームが最終目的ではない。」
ハル「ジロにしてもそうだね。才能はあっても、商品化できない以上無料奉仕するしかない。ネット・ゲームの中の"赤い悪魔"という企画に乗り、その名を利用する他はないんだ。」
ゲン「全ては"赤い悪魔"が勝つという前提での話だ。」

赤い悪魔が、ネットゲーム"コマンダー"に勝つ、その名が鳴り響いてこそ、成立する企画であった。映像や音楽が素晴らしくても、弱ければ支持を集めることはできない。

ハル「そろそろ、ゲーム・プレイヤーが定員に達してきたよ。
募集を打ち切るかい。」
ゲン「駄目だ。どんどん強いプレイヤーを入れて、チームを強化していかなけりゃならない。今はレギュラーでも控えにまわってもらうこともある。頭数だけ集めても、意味がない。最高のスタッフをそろえなければ。」
ゲーム・プレイヤーだけではない。曲もデザインも、より優れた者が現れれば交代することも有り得る。それはゲンやハルにしても同じであった。

ゲン「少なくとも、そういう緊張感を持ち続けなければならない。」
ハル「実力主義の徹底、厳しいけれど、生き残るためには必要だね。
ほとんど何も無い所から僕らは始める。既存の勢力と戦い、勝ち昇っていくには、並み大抵の努力では覚束ないはずだ。」
ゲン「判ってくれて助かるよ。」

ゲンは生存競争の厳しさを伝えたかったのではない。ふたつ並べれば、どちらかが良くてどちらかが悪い。純粋に良いものを残していきたい、と考えているだけである。ただ、ゲンが思ったことを、そのまま口にすると角が立つ。その辺のところは、ハルに任せたいと思うだけである。

(音楽)

ゲンとジロが不在のまま、音楽担当の人選が始まった。
まずは、タカの作った"赤い悪魔"を、モチーフにして作った曲から審査を始めた。五人ほどの作曲家が選ばれる。どれも、それなりに、素晴らしい曲ばかりだった。

タカ「まあ、良いんじゃない。」
テン「この中から選ぶの難しいですう。」
竹千代「ここまでは絞り込めるけど、決め手には欠けるな。」

みなの意見が、甲乙付け難いという所で纏まった。

ハル「それでは2次審査に移ります。
2次審査は、映像に曲を付けてもらう。今までの"赤い悪魔"のゲーム・プレーをビデオに録画したものを送って、音楽を付けてもらった。」

ハルはそれぞれ5分程度の音楽付きビデオ映像を流す。
明らかにに他とは異なるリアクションを得た一本に出会うことができた。

タカ「4番目のが圧倒的に良かったな。」
竹千代「ゲームにドラマを感じさせる内容だよ。」
テン「リズムとキーのタイミングがあってるみたいですう。」

第2次審査の結果は、エントリーNO4を選ぶことで、一致をみたようだ。

***

ハル「一本の曲を作る能力よりも、場面や状況に応じて、即興で曲を付けられる人材が欲しかったんだ。勿論、音楽だけでも何人かのスタッフが必要になると思うけれど。」
早速、赤い悪魔のサイトに癒し系の曲が振付けられた。
新しく音楽担当に選出されたメンバーが現れる。

ユキ「どう、この曲、気に入ってもらえたかな。」
タカ「ビデオを再生するんじゃなくて、リアルタイムに曲が付けられるのか。」

いきなり見せられた映像に対して、同時に曲が付けられのかどうか、タカは聞いた。

ユキ「いつだってそうだけど、その時の気持ちは、その瞬間にしか表現できないものさ。」

ユキにとって音楽は特別なものではない。日常生活における感情表現でもあった。

タカ「へえ、そうなんだ。
信用しないわけじゃないけど、次のゲームで試させてもらっても良いかな。
音楽はさあ、合わないと弾撃てないし、動けなくなっちゃうから。」

感応プレイヤーは、敏捷性とリズム感が要求される。1発目に発射される弾は、早さが勝負だ。しかし、これが連射となると話が違う。2発目以降の弾は早すぎず遅すぎず一定の間隔を空けて撃たないと、発射命令を受け付けてもらえない事がある。5発連射したのに、間隔が短すぎて、3発しか弾が出なかったなどということも起こり得る。これは発砲だけでなく、機体の動きにも同じことが言えた。命令は一定の間隔をおいて、順番に実行されるため、早すぎる命令は処理されないことがある。
だから、その処理速度に合わせたリズムを体に刻むことが必要なのである。

ハル「もうひとつ、お願いがあるんだ。
ゲンから頼まれたんだけど、命令に曲を付けて欲しい。
例えば、移動・攻撃・待機・戦闘待機・攻撃開始・突撃・退却なんかの命令を曲にして部隊に流す。プレイヤーが感覚的に動けるようにするのが目的なんだ。
楽曲には、大きく分けて3種類の役割がある。観客(ギャラリー)用のゲーム全体をドラマに仕上げる音楽、各部隊に命令として送る音楽、プレイヤー個人が好みで選ぶ音楽の3種類だ。総司令部が状況に応じて曲を選曲して送る。

ハル「命令曲は慣れてくれば、体が自然に動くようになる。」
テン「パブロフの犬なのだ。」
ユキ「随分と人使いが荒いねえ。
プレー曲はその場で付けるとしてだ。命令曲の方は、命令のリストと意味を書いたものくれる。あんまりゲームのことは知らないんだ。」
ハル「無理言って済まない。
掲示版に載せておくから、コピーしてほしい。
それじゃあ、今度の金曜の夜まで、ということで。」
ユキ「滅茶苦茶、きついなあ。」
ハル「今は形を作ってる最中なんだ。基本の型が出来るまでは、手間が掛かる。後は、欠点を少しずつ補正していけば良いんだけど。最初は大変なんだ。頼む、お願いします。」
ユキ「嘘だよ、こんなすぐに出来るさ。
寝る前にやっちゃおうかなあ。」

こうして音楽監督も決まった。後は大会まで実戦を繰り返しながら、赤い悪魔をチームとしてシンクロさせていかなければならない。しかし、新しいものを取り入れようとした時、必ずその調和は崩れる。再生と崩壊を繰り返しながら、僕らは強くなっていかなければならない。

(はぐれ狼)

ハル「音楽の担当は決まった。
命令曲のことも伝えておいたよ。」
ゲン「ありがとう、こちらも順調に進んでる。
思ったよりも容量に余裕がありそうなんだ。アクセサリー(装飾)とウェポン(武器装備)を拡大解釈すれば、新しいモデルを作れそうだ。少し、テストプレイがしたいから、明日あたりタカに用意させてくれ。」
ハル「もう出来たのか、早いなあ。」
ゲン「実戦投入前にテストが必要だ。」
ハル「どんな感じなんだい。」

そこで、ゲンは大まかな機体能力の説明を始めた。機体の重量は重ければ防御が増し敏捷が下がる。機体に武器を装備する場合は、重量は増すが防御は上がらない。攻撃が上がり敏捷が下がる。だから妖精型の機種が最も速いことになる。しかし、赤い悪魔は速いだけでは駄目だ。強さが欠かせない要素だ。その両方を満たすための作戦が必要となる。

ゲン「輸送部隊を作りたい。」

ゲンは、勧誘リストを示して、その中のひとりを抽出した。

ゲン「このテツという奴を誘って欲しい。」
ハル「このプレイヤーなら階級は将軍じゃないか。
元は自分のチームを持っていたらしいけれど、追放されたって話だ。今は傭兵やってるけど、扱い難いって評判を聞いてるよ。」
ゲン「そこを何とかしてくれよ。固さ(防御)では一番だって数字に出てる。」

テツというのは、重装歩兵の使い手である。文字通り、防御と攻撃力に優れているが、足が遅く、射程が短い。近付かなければ、問題はない。休まず前進しても、ゲーム・プレー中に敵司令部に辿り着くことは、まずない。守備の要である。

ハル「何でも、以前に自分が居たチーム"黒騎士"に怨みを抱いていて、復讐の機会を狙っているらしいよ。動機が少々不純な気がするけど、ゲンが使いたいなら、声を掛けてみても良いけど。」
ゲン「動機なんてどうでも良いんだ。
例え、負の感情であっても、方向性を与えてやれば力になる。そのエネルギーを一点に集中させれば、効果は絶大だ。逆に言えば、負の感情の方が強くて持続性がある。」
ハル「ものは言いようだな。
復讐に燃える執念に方向性を与えて、赤い悪魔の力に変えるってわけだね。"復讐"という言葉には、何処か気分を高揚させる香りがある。あまり、幸せな気持ちは、闘争心を掻き立てないからね。それ頂きだ。何とか、そのテツって人、落としてみせるよ。」

***

テツ「個人戦で自分が負けたら、赤い悪魔に参加する。」

勧誘では、多くのプレイヤーが申し出る条件である。兵隊として従う以上は、将軍が自分より優れたプレイヤーであることを確認したいのが人情というものである。従って、タカも、味方に引き込むために、何人ものプレイヤーを撃破していた。
今回は、ニューモデルのテストを兼ねて、テツとの個人戦である。

タカ「それじゃ、行くぜ。」

タカは慣れぬ機体の感触を確かめるように歩き出した。デザインは、あの時のものよりも洗練されていた。頭は卵型、髪を頭上で束ね、それを長く後ろに垂らしたような装飾以外は、スマートなプロポーションである。羽根もなければ手も二本、期待を裏切られたような、あっさりとした仕上がりであった。しかし、少し動いて見て判ったのだが、機体が軽い。以前使用していた機種よりも随分動きが軽快であった。

タカ「性能はまずまずだな。」

タカ専用に用意した曲が流れ出す。あまりタカがうるさく注文を付けるので、ユキは専用曲を何本か書かされる破目になっていた。タカが気持ち良く、動作を確認するように舞う。敵は重装歩兵、策などいらない。壁撃ちに向かうだけだった。
テツの頑丈そうな機体が視界に入ってきた。レーダーなどいらない。目視の世界で戦うことになる。タカは、テツの射程外に足踏みして、早速攻撃を仕掛けてみた。
タカは右手の人差し指を伸ばしまま振り下ろす。一条の閃光が走った。光線がテツに直進したが、盾で受け止められてしまった。

タカ「ほう、良い感じだ。」

腕がそのままウェポン(武器)になっている。指先から直接弾が撃てるのだ。タカは、乗りに乗って、弾を打ち続ける。あるものはテツの盾に遮られて、あるものはテツを直撃した。しかし、ここからの攻撃では致命傷を与えることはできなかった。
テツが間合いを詰めてくる。槍がビュンビュンと唸りを上げて、タカを襲う。噂通りの良い腕であるが、この機体の性能ならばいとも容易くかわすことができた。タカの攻撃も何発かは命中するのだが、時間内に敵を倒すことは、どうみても不可能だった。
無情にも時は流れて、時間切れ、ゲームオーバーである。

タカ「何だよう、攻撃力落としすぎじゃねえか。」

タカの怒りが爆発した。一応、破損率では、タカの判定勝ちではある。

テツ「これでは納得がいかない。
これでは明らかにこちらが不利だ。」
タカもテツもこれで気が済むわけがない。リターンマッチ(再戦)を望んできた。

ハル「わかりました。再戦を認めますが、これで最後です。
負けたら仲間になってもらいますがよろしいですね。」
テツ「もし、俺が完全に破壊されたら、その時は何でも言う事を聞こう。」

テツにも自身がある。白兵戦ならば誰にも負けない。今まで破壊されたことは一度もなかった。一度もKOされた事のないボクサーの誇りのようなものである。

ゲン「準備できた。」
ハル「それでは、プレー開始して下さい。」

2回戦目が始まる。

タカ「何だこりゃ。」

タカの機体は装備ががらりと変更されていた。左右を不思議な生き物のような手が、踊っていたのである。タカの機体はオリジナルの阿修羅のように六本の腕を身につけていた。通常武器は腕に持つか、肩に担ぐ、胴体に取り付けるのだが、赤い悪魔はそのウェポンを腕として装備していた。
当然、腕(武器)は、装備重量として加算されるので、動きは鈍くなる。それでも、タカの反射神経と重装歩兵の鈍さを考慮すれば、おつりが来る計算である。
タカは駆け足で進む。重量感がずしりと伝わって来る。さきほどの標準形態に比べて、これこそが戦闘形態に進化した赤い悪魔だった。
タカはテツを視野に捕らえると、飛び込んでいった。僅かな差でテツの槍をかわすと、六本の腕を振り下ろす、六つの光りが一斉に火を噴いた。タカはテツの胸を蹴ると、後方に宙返りした。健気にも、テツはまだ倒れない。タカは容赦無く、再び全弾を至近距離から打ち込んだ。流石にテツの重装歩兵も3発目には、地に伏していたのである。

テツ「参ったよ。降参だ。こちらも戦略を立てなければ適わんよ。」

テツは負けを素直に認めた。

テツ「俺も赤い悪魔に入れば、機体をチューンナップしてくれるだろう。
よろしく頼むぜ。」

早速、赤い悪魔を利用しようとする所などは、気に入った。あまり感情だけで暴走されては始末が悪い。赤い悪魔は人材を利用する。彼らもまた赤い悪魔を活用してくれれば良いのだ。

タカ「40パーセントもダメージ喰ってるぞ。」

タカの機体は、脇腹と腿の部分にテツの槍を受けていた。大した被害ではないと多寡を括っていたのだが、数字を見れば驚くべき損傷である。

ゲン「オールマイティの機体は造れない。タカのモデルは、以前より防御が薄い。
離れて戦えばダメージは喰わないから、逃げながら10発か20発撃てば、確実に勝てる。
大体、腕2本でもルール上は勝っていた。お前は大将なんだから、あんな戦い方はするな。」
タカ「やな奴、せめて良くやったくらいは言えないのか。」

腕は取替え可能、もっと強力なものに変更することもできる。武器は、攻撃力・射程・命中の性能により重量が決定される。状況に応じて腕を選択することになる。そして、腕の選択は総司令部に戻るか、兵器を積んだ輸送車両とスタックした場合にのみ行われるのだ。

(擬人化)

音楽による命令伝達は概ね好評だったようである。
古今東西、突撃喇叭・陣太鼓・法螺貝なども命令伝達の手段として用いられてきた。戦場は騒音が激しく、単純な命令ならば大音量によって伝えるのが効果的だったからである。ゲーム内では、騒音はカットできるが、メッセージを送り読み取るまでには、多少時間が掛かる。そこを音楽によって補助するのが狙いであった。

ハル「ギャラリーの評判も上々だ。映画を見ているみたいだって感想もある。プレイ画像を編集して、セリフを入れてドラマにするなんてのも良いね。ビデオやCDにして売り出そう。」
竹千代「それは良い。すぐにも制作に掛かろう。コストは大したことないから、駄目元でやる価値はある。但し、このネット・ゲームの画像で商売するならば、ネット企業"くじら"の許可が要る。話をしてみよう、任せてくれ。
もし、話が決まれば、赤い悪魔のサイトで宣伝してくれるか。SHOP竹千代で独占販売予定!ってな。」
テン「これで、テンも映画デビューですう。」

夢は尽きない。この夢が続く限り赤い悪魔は戦い続ける。

ハル「ところで竹千代さん、相談なんですが、今度テツさんが加入して、レギュラーメンバーの入れ替えが必要になったんです。テツさんは兵隊を含めて1中隊(10人)のセットでの加盟を望んでいるのですが、少し旧竹千代チームの枠を空けてもらえませんか。」

団体戦は百人が基本である。1中隊増えれば、その分だけ誰かが控えにまわることになる。

竹千代「何だ、そんなことか。うちは総司令部の竹千代だけ残しておいてくれれば良いよ。
これは店の宣伝だから譲れない。正直な話、竹千代をプレーしているのは私だけとは限らないのさ。都合の付かない時は代理のものにやってもらっていた。
つまり、赤い悪魔が複数の人格で構成されるように、その中の竹千代もまた何人かの人間で操作されているんだ。
ゲームに関しては、うちの社員は補欠で構わない。人数合わせに使ってくれ。
でも、竹千代だけはレギュラーで頼むよ。あのキャラクターだけは育てたいからね。」

確かに、常に赤い悪魔の総司令部を守る竹千代という名のプレイヤーは、マニア受けしている。過去にチーム竹千代として活躍した実績もあるし、SHOP竹千代のオーナーという素性も人気を集める理由であった。その竹千代もまたひとりの人間ではなく、株式会社を擬人化した姿なのだ。

ハル「なるほど、赤い悪魔は人を利用する、人もまた赤い悪魔を利用する。
僕らは、人もキャラクターも互いに活用しながら成長していかなければならない。
ギブ・アンド・テイク、それが最も信頼できる関係なんだ。」
タカ「俺にも何かくれよ。」
ハル「何、言ってるんだ。
タカ、君が主役だよ。」

ハルは、ゲンや竹千代の考え方を吸収しながら変わっていく。ゲンの論理的思考、竹千代の商魂逞しさ、ジロやユキの芸術的な感性、折角こうして出会ったのだから、互い学びあわなければ損というものであった。

(ガードマン)

チューンナップ(機能調整)した機体を使う、テツとタカが個人戦を繰り広げる。もう、タカがテツを撃破することはない。良くてタイム・オーバー、下手すれば撃破されることもあった。

タカ「固すぎる。」

タカは腕をとっかえひっかえ試してみるが、テツの機体を倒すことはできなかった。テツの機体は重量を増し、敏捷性を落として、防御力を上げている。加えて、武器も強化されていた。その代わり、ほとんど動くことができない。上半身だけでタカを相手にしている。

ゲン「無理なんだ。テツの機体は倒せないくらい強化してある。実戦ならば、こんな壁は避けて通れば良い。動けないんだから。」

結局、個人戦用に機能調整しただけだから、団体戦では使えない。戦場ならば複数のユニットに集中砲火を受けて大破する。個人戦で、相手がタカのように、わざわざ近寄ってくるならば、無敵に近い強さを発揮する。離れて戦えば、破損率で判定勝ちは確実だ。

テツ「良い練習になる。
動けない分、盾や槍の使い方が熟練する。」

ニューモデルは、マネキンのような基本形があり、防具や武器によって膨らんでいく。防御・攻撃・敏捷、その三つを微調整しながら、最強の機体を目指すわけだ。後は階級が上がれば、派手々々なアクセサリーを身に纏うことができる。アクセサリーには重量も機能もない。
ゲームでは、最初に決められたポイントがある。それを各兵士に割り当てて、余った分は燃料・弾薬・兵器に当てられるわけだ。兵士は階級によってポイントの上限が異なる。それによって使える機体、装備できる武器が異なる。100人プレーもあくまで上限であって人数を絞り込むこともできる。少数精鋭も戦略のうちであるが、総合ポイントの中で割り振らなければならない。現実には、強化兵よりも、やはり数が物を言う。
兵士にも種類があって、敏捷の機動歩兵、防御の重装歩兵、中間の通常歩兵がある。攻撃は、兵器装備によって異なる。妖精型のような、機動歩兵の能力をさらに特化したものもある。どれも微妙に機能調整するため、その区別は明確ではない。他に砲兵のような特殊な形態もある。攻撃専門で動きが鈍い。固定のものが多い。威力・射程ともに優れているが、紙のようにもろい。

ゲン「君には、次の練習試合で、大砲の御守りをしてもらう。」
テツ「まあ、約束だから何でもやるが、重装歩兵で移動砲台を守るなんて古臭い戦術だな。」
ゲン「そうだ、君が黒騎士を追われる原因となった、こだわりの戦術だよ。」
テツ「何だと。」
ゲン「古臭いから、間違っているわけではない。やり方次第では十分に有効だ。」

大砲の使い方は、離れた敵を攻撃して、初手で打撃を与えることにある。敵味方入り乱れてしまっては、撃つに撃てなくなる。接近戦になれば無用の長物だ。防御線をしっかりと組み、味方部隊の配置を明確にしなければ、効果を発揮しない。

ハル「大砲戦略を試してみたらどうだ。
うまく行ったら、"黒騎士"戦で使ってみれば良い。
それが狙いなんだろう、テツさん。」

しばらく間がある。

テツ「良いだろう、試してみようじゃないか。」

(大砲戦略)

妖精型歩兵の機体はポイントが低い。その分戦闘力は無いに等しい。使い方はレーダー撹乱などの補助攻撃であるが、他にもある。索敵活動であった。少々、値が張るが高ポイントの索敵レーダーを付けて、要所々々に飛ばしておく。敵が動けばすぐに位置がわかる仕組みだ。

ハル「この作戦では、自走砲の歩みに合わせて、戦略を展開します。
防御線を守って突出しないように。」

配備された三機の自走砲の速度は遅く、兵士たちは歩くようにして進んだ。移動命令のテーマ曲までがスローテンポで流れてくる。同じ命令曲でも場面に応じてアレンジされて演奏される。

テン「GS45ポイントに敵発見、突撃します。」

敵地に潜入して、索敵行動を行っていたテンから連絡が届いた。

テン「マーキング完了。」

テンの応答と同時に、三門の大砲が同時に火を吹いた。 大砲よりも前に敵に撃ち落されたか、砲弾の巻き添えを喰ったか、テンの応答がしばらく途絶えた。

テン「任務完了。 敵1中隊壊滅。」

次々と妖精型の索敵兵から、マーキングの連絡が届く。マーキングは誘導信号を放つため、レーダーによる射撃より格段に命中率が上がる。赤い悪魔軍は、誘導信号を目掛けて大砲を打ち込んで行った。敵の三分の一も破壊しただろうか。そろそろ、敵部隊が接近戦を仕掛けてきた。
テーマ曲が"突撃"に変わる。テンポも上がって来た。鼓動もまた曲に合わせて踊り出す。

ハル「重装歩兵、駆け足前進、大砲を囮にして、敵と交戦しろ。」

もう、この距離では大砲では戦えない。しかし、敵としては、ここで大砲の前進を止めておかなければ、いずれ総司令部に砲弾を打ち込まれることになる。
重装歩兵は隊列を崩さぬように、前進していく。その隙間から、重装歩兵を盾にして、通常歩兵が援護射撃する。最初の砲撃で兵を失っていなければ、敵を摺り抜ける事も出来るのだろうが、すでに兵の損耗が激し過ぎた。
敵は大砲に辿り着く事なく、次から次に重装歩兵の槍の餌食になっていった。

ゲン「やはり、無理だったか、時間内に大砲で、敵総司令部を捕らえることはできなかったようだな。もう少し軽くすれば良かったのか。計算ではぎりぎりのはずだが。
仕方ない、タカ、止めを刺しに出撃してくれ。」
タカ「出番、無いかと思ったぜ。」

赤い悪魔が飛び出す。敵は粗方片付いて無人の野を駆けるようであった。時折り現れる敵を指差すと、気持ち良く倒れていく。通常歩兵相手なら、これで十分だ。やがて、総司令部が見えてくる。

ゲン「ちょっと待った。
射程内に届いた。
タカ下がれ。」

タカが慌てて、たたらを踏む。頭上を大砲の弾が通過するのが見えた。
弾丸が着弾するのと同時に、タカは15スクエアほど飛ばされていた。

タカ「殺す気か。」
ゲン「すまない。
これも実験だ、気を悪くしないでくれ。
赤い悪魔が大破しないように十分気を使ったつもりだ。」

***

ゲン「以上の様に、事前に敵兵力を削ぎ、十分な守りを固めて、休まず自走砲を前進させた場合には、時間内に敵総司令部を、大砲の射程に捕らえることができる、という結論に達した。」
タカ「そんなに面倒なことしなくても勝てるだろう。」
ゲン「その通り、これは極端な大砲戦略で、実験でもある。
しかし、初手で敵に大打撃を与えるのは魅力であり、敵が防御力の強い軍隊の場合には効果がある。まあ、ケース・バイ・ケースだ。
今回はテツの部隊の能力も査定したかった、というのもある。」

十分、納得の行く結果が得られた、とゲンは考えていた。
そろそろ、全国大会も迫っている。赤い悪魔のニューモデルも規格審査してもらわなければならない。今のチームならば、無様な戦い方をすることは、まず無いと思う。駒は一枚ずつ揃ってきた。後は実戦を重ねるだけである。意地でも、この落ち零れ二等兵が天下を取ってやる。ゲンは人知れず闘志を燃やしていた。

(プロモーション・ビデオ)

全国大会を2週間後に控えて、ゲンはMrXの元に、赤い悪魔のデザインを送った。

ハル「規格通ると良いな。」
ゲン「ツールの範囲内だ、問題はない。
機能的には問題ない。」

問題があるとしたら、アクセサリーの容量であった。忘れてはならない翼である。ジロは凝りに凝って、赤い悪魔の翼をデザインしたのだ。プレーに直接影響しないアクセサリーにテストの必要はないが、観客に与える視覚的な効果は重要な要素であった。

ゲン「直にMrXから、結果のメールが届くはずだ。」

デザイン・データをネット企業"くじら"に送り、審査した結果が、メールで届く。ここでも、誰も顔を合わせはしないし、物が動くこともない。

MrX「いやあ、素晴らしい仕上がりだねえ。」

メールで結果を知らせるはずだったのだが、あまりの興奮に、MrXは直接、赤い悪魔のサイトに現れた。メールでもチャットでも同じ様なものだが、チャットに参加して来る、とすぐそこにいるような錯覚を覚えてしまう。現実には、僕らは全国各地のどこかに点在しているのだ。

ハル「審査パスしたんですか。」
MrX「勿論だ。
君たちのところが、少し遅れていたんで心配してたんだが、審査員も驚嘆の声を上げていたよ。ちょっと、デモ・テープ作ったんで見てみるかい。」

MrXは、審査の際ビデオに撮ったデモ・テープをオンラインで流し始めた。
赤い悪魔が軽快に駆けている。少しずつカメラが寄ってアップになる。横顔が大写しになった所で、敵が現れた。赤い悪魔は振り上げた指を前後左右に振り下ろす、その度に閃光が走り、敵が倒れた。腕の動きがスローモーションになり、いつの間にか赤い悪魔の腕は六本になっている。正面に敵総司令部が現れ、そこには最強の護衛兵ドラゴンが守りを固めていた。ドラゴンは牙を剥き、赤い悪魔目掛けて、炎を吹きかけて来る。赤い悪魔は、それをかわすように宙高く跳んだ。
その時、赤い悪魔は、その背後に黒曜石のように光り輝く翼を背負っていた。その大きな翼を羽ばたかせて、赤い悪魔は、六本の指をドラゴンに向けた。六つの指先が巨大な光りに包まれた瞬間までで、そのビデオは終わっている。

MrX「今の曲は。」
ハル「うちの音楽担当が絵を見ながら曲を付けてたんですよ。」
MrX「そんな事できるの。
凄いなあ。イメージ・ビデオ見ながら、即興でイメージ・ソング付けちゃうのか。」

イメージ・ビデオは、実際のプレー・データより、高画質で作られている。ゲームは360度からの映像を瞬時に書かなければならないが、イメージCGならば一方向からの映像だけで良い。その分、丁寧に書き込むことができる。ゲームの宣伝用デモが、実際のゲーム・キャラクターより鮮やかなのは、その所為であった。

ジロ「羽根については、結構悩んだんです。
天使みたいな白い羽、悪魔のような蝙蝠の羽根、鷹や鷲が持つ力強い翼、いろいろ考えた結果、黒曜石に辿り着いたんです。黒光りして、切れそうに鋭い。どことなくデジタルな翼をイメージしてみました。」
ゲン「腕六本プラス翼で問題はないですか。」
MrX「OKだ。
但し、将軍それも一軍の大将のみに許される容量枠ということになるね。」
テン「これも良いですう。」

みんなの話を他所に、テンは赤い悪魔をいじってファッション・ショーを行っていた。ジロは全てのパターンの翼データをデザインしていたのである。テンは、お気に入りの天使の羽を赤い悪魔に装備させ、ばたばたと羽ばたかせて遊んでいた。

テン「その日の気分で羽を変えるですう。」
MrX「ああ、アクセサリーに関しては、そんな楽しみ方もあるね。」
ゲン「本体がパスすれば良いさ。
飾りは、おまけだから。」

それからしばらく、着せ替え人形の品評会を楽しむ赤い悪魔たちであった。ハルは、その姿を眺めながらフィギュアを造って売るのも良いかも知れない、と思った。仮想世界で生まれたキャラクターが物質世界に転生する。何か形ある物を造るのも面白い。待てよ、だとすれば逆もまた真、形ある物(フィギュア)をバーチャルにする。フィギュアをバーチャル空間に創造する事もできるはずだ。名付けて、バーチャル・フィギュア。毎日が刺激に満ちている。ここに居ると何でも出来そうな気がしてくるのだった。

(翻訳ソフト)

MrX「このデモ・ビデオ、もう少し手直しして、全国大会用のプロモーション・ビデオにする予定なんだ。残り半月だから、予選には間に合わないけれど、決勝リーグの頃にはネット上に流せるようになる。」

すでに規格審査をパスしたモデルを使って、CM程度の短い映像を作るのだと言う。

MrX「このモデル、名前は"阿修羅"で良いよね。」
ハル「"阿修羅"か、"あしゅら"・"アシュラ"・"asyura"・"ASYURA"、文字をかなやアルファベットに変えただけでも、違った雰囲気が出て来る。」
竹千代「海外じゃ漢字が流行ってるそうだから、"阿修羅"で良いんじゃないかな。」
テン「もう、海外戦略まで考えてるですう。」
竹千代「ネット上に国境はない。特にゲームの世界ならば、尚更さ。」
MrX「今回の全国大会が成功したら、外国語バージョンも展開する予定だ。」

ネットでは、何処にいても条件は同じ、違うのは言葉だけということになる。

タカ「翻訳ソフトを使えば、何となく意味通じるけどな。」
ゲン「翻訳ソフトには限界がある。
我々人間が、翻訳しやすい言葉で話さなければならない。
つまり、曖昧な表現は許されないという事だ。」

ひとつの単語に対して、複数の訳語の可能性がある。どれを選択するかは、文脈をさぐらなければわからない。状況・雰囲気・習慣などが、判断の手掛かりとなる。例えば、新聞の一面記事について話し合っている場面ならば、その事件の予備知識が翻訳のヒントとなる。知人同士の会話ならば、隠語や過去の人間関係を知らなければ、訳語の選択を誤ってしまうだろう。どの訳が正解なのかは、本人にしか答えることができないのである。

ゲン「我々は、翻訳上使用しても許される言葉を選んで文章を構成しなければならない。」
テン「言葉詰まっちゃうですう。」
MrX「翻訳ソフトは、専門家でも使っているよ。そのままは使えないけれど下訳に用いて、最終的には人間が確認修正するけどね。かなり労力の短縮になる」
ハル「補助的に使うには便利だ。
時々笑っちゃうような訳が出来たりするけどね。
僕も時々は使用するよ。」
ゲン「特に日本語は難しい。無駄な表現が多すぎる。翻訳用に日本語を改めれば、日本語はもっと使いやすくなるかもしれない。」
ハル「その表現の多様さが、日本語の良さなんだよ。」

言葉を機能的に見るか、装飾的に見るかで意見は別れるところである。

ゲン「人間は不完全だ。その人間の言語を機械的に処理しようとする時、どうしても曖昧さがネックとなる。つまり、翻訳ソフトの問題は、そのままAI(人口知能)の問題に繋がる。」

言葉に対する考え方が思考となる。AIは、思考をプログラミングするのだから、翻訳ソフトの進化がAIに反映されることになる。翻訳ソフトが完璧になれば、人工知能も人間のようなという意味では完成に近付く。

ゲン「まあ、不可能だ。理路整然とした機械的な中間言語を造り、それに当てはまるように、各言語を使用すれば話は別だろうけど。」

言葉は世代・性別・時代によって変化して行く。加えて、推理や洞察の要素も必要だ。直訳しても意味が通じるような言葉を、人間が話すように努力するしかない。

MrX「翻訳ソフトの方は、それくらいで良いかな。
それより、プロモーション・ビデオ作成に赤い悪魔のスタッフを借りたいんだ。
あの音楽の人と、CGデザインの人、貸してくれないか。」
ハル「良いと思いますが、うちはそれぞれ担当がひとりしかいないんです。だから、持っていかれると、赤い悪魔が空になる。」
ジロ「もう、基本的な歩兵のデザインは2次元で書いてあるから、後は知り合いに頼むよ。」

ネット企業"くじら"に売り込むチャンスならば、ジロも逃したくはない。積極的に参加を希望した。どうやら、スタッフの心当たりがあるらしい。

ユキ「どうせ暇だから、参加するよ。
私の音楽は瞬間芸だ。燃え尽きるように、噴き上げるように、盛り上がる。
決して枯れることはない。
ちゃんと両方やるから、心配ないよ。」
ハル「当人が承知ならば、どうぞ、お貸しします。
どちらにしても、こんな時のために、もう少し層を厚くしたいと思っていたところなんです。」

ハルは、全国大会で成果を挙げたら、赤い悪魔の人員を増やす予定でいた。

MrX「君たちなら、きっと成功するよ。
"くじら"も赤い悪魔には期待しているんだ。」

MrXが、帰って行く。ジロとユキの所には、メールでアドレスとパスワードが届けられることになる。そのアドレスをクリックすれば、ネット企業"くじら"の作業現場に繋がるはずだ。そこで彼らは自らの能力を発揮する。やっと、才能の行き場を見つけたことになる。これが、赤い悪魔の目的のうちの重要なひとつなのである。

(ゾンビ)

全国大会の予選が始まった。
大会は週末日曜の日中に開催される。エントリー総数30チーム、1チーム100人ならば3000人が参加する事になる。勿論、中には二重登録などの不正を行う者も居る。しかし、登録者とプレイヤーが異なるかどうかは判別しようがない。人体認証で本人確認を行っても、ログインする者と操作する者が同じである保証はどこにもなかった。だから総数3000人とは言っても、中味がどれほどかは伺い知れない。

ハル「ついにきたね。」
ゲン「予選なんて問題じゃないさ。」

ニューモデル"阿修羅"の使用は決勝リーグまで控える事になった。これは"くじら"のMrXからの通達である。少々、障害があり、遅れているのだそうだ。これで決勝リーグまでいかなければ、"阿修羅"のデビューは見送られることになる。大会は四つのブロックに分けて行われ、その勝者4チームが決勝リーグに進める。もし、予選で敗退するような事があれば、赤い悪魔は自然消滅である。

ハル「一応、うちが優勝候補だからね。」
ゲン「抽選結果を見たが、数字的に注意すべきチームは見当たらない。」

いつもの戦略で予選は通過出来るだろう、とゲンは予想した。赤い悪魔の基本戦略は左右のどちらかからタカ率いる主力部隊が攻め、反対側をテツの防御隊が押し込む形になる。

ゲン「予選は、戦略よりも個々の技能で勝負する。」

まともにやっても勝てるだけの人材は揃えている。

ハル「出来るだけ華やかに勝ちたいね。」
ゲン「それより、決勝リーグに残りそうなチームの分析が重要さ。」

そして、予選火蓋が切って落とされた。

***

タカ「変だぞ、敵の動きが怪しい。
全然抵抗しないよ。何か気持ち悪いぞ。」
テツ「こちらは何も見えない。
敵は全く動いてないんじゃないか。」

大会初戦、赤い悪魔は不思議なチームと遭遇していた。敵は動かず、攻撃もしてこない、初期配置のまま微動だにしなかった。タカは当たり構わず、敵を薙ぎ倒していく。敵は、射撃の的のように次々と倒れていった。タカは総司令部を目の当りにして、敵を2,3体残すのみとなった。

ゲン「待て、敵味方の戦力差が20対1以上に開いた場合、救済措置として残存兵の能力が飛躍的にアップするとルールに書いてある。」

味方100人が無傷な場合、敵が5人以下になると、救済措置として生き残った兵士の能力が一時的に上がるというものである。初心者などに向けて設定されたハンディのようなものであった。たとえ能力アップしても、20対1の戦力差が覆る事はない。しかし、悪あがき、個々の戦闘となると話は違う。タカの機体は、残存兵に囲まれていた。

テツ「ゾンビ(残存兵)だな。
時々使う奴が居る。
最初から勝つ気がないのさ、大将潰しが狙いだ。」
テン「妖精部隊は、タカ様の弾除けに向かうですう。」

妖精部隊がタカの機体の周囲を舞う。ゾンビ(無敵状態)は3分間続く。その間、タカの大将機を守りきらなければならない。周囲からは一斉にゾンビに向けて射撃を行うが、恐ろしく固いのである。

タカ「何だか酷い戦いだったなあ。
あれ、何だったんだ。」

恐怖の3分が過ぎて、ゾンビは、その腐肉を地に横たえた。味方は一機も損じる事なく、妖精部隊とタカの機体の損傷を除けば、パーフェクトに近い完勝だった。

(救済措置)

タカ「何だよ、あのルール、滅茶苦茶じゃねえか。」
MrX「あれは、救済措置と言ってね。
極端な実力差を無くすために設けられたルールなんだ。」

近頃、MrXは頻繁に赤い悪魔のサイトに顔を出す。今日も予選初日の陣中見舞いに訪れていた。

ゲン「"競技"としての"ゲーム"を追究していく上では、全く無意味な措置だね。」
MrX「初心者が、ベテランに一方的に負けた時、せめてもの腹癒せにと、組み込まれたシステムだ。最初は三分制限がなく、全滅するまでやったそうだよ。
でも、今では必要の無いルールだという声も多い。
いずれ撤廃されるだろう。」

それでも、初心者にハンデを与えて、ビギナーズラックを体験させてやるのも、会員を増やすためのサービスなのだ、とMrXは言う。

テツ「だが、現実には悪用している奴らが居る。
まともに戦えば、20対1なんて状況になるわけがない。
狙ってやってるとしか思えないね。」
ハル「ゲームを単なる"遊び"として捉えるか、"競技"として一段上を目指すかの分れ目ですね。仲間内で遊んでいるうちは、特殊なルールも良いと思うけど、メジャーを目指すならば、誰もが納得のいくものにしなければならない。」
MrX「人それぞれ志の高さが違うのさ。
唯、限られた時間、楽しめれば良いという者もいる。ルールも仲間内で選べても良いだろう。但し、公式大会となれば、話は違う。少なくとも、"競技"では公正なルールが必要だ。」
竹千代「"玩具"で終わるか、"競技"にまで高められるかの分れ目だな。」
MrX「"玩具"は"芸術"にまで高められるのか、学生の頃に語り合った永遠のテーマさ。」

竹千代とMrXの付き合いは古い。学生時代を供に過ごして、"玩具"の持つ可能性について、共に模索した。その結果が、大型玩具メーカーへの就職である。しかし、ふたりはそこでも壁にぶつかった。

「"玩具"は所詮"玩具"なのか。」

彼らが求めていたものは、一過性の子供向け玩具ではない。単なる消耗品を次から次へと垂れ流すことが目的ではなかった。確かに、その消耗品が子供に夢を与えるという事実も否定はしない。元来、子供は玩具を消化しながら成長するものである。しかし、ふたりが探しているものは違う。不変性を持つ”娯楽”、より次元の高い"遊戯"だったのである。それに名を与えるとしたら、"芸術性"や"競技性"という事になる。
しかし、現実に市場は、消耗品に満ち溢れていた。知的好奇心を満たしてくれるような"遊戯"の市場は余りにも狭かった。

竹千代「いろいろ試して見て、今はネット・ゲームだ。」

竹千代にしても、ここまで辿り着くのには、複雑な紆余曲折がある。

MrX「私にしても、"くじら"の一社員だ。
理想を忘れたわけじゃないが、売るために、曲げなきゃならない信念で、今は芯まで、ぐにゃぐにゃさ。
この事は、必ず"くじら"に伝えておく、公式戦ルールの方は改正してもらうよ。」

MrXは、落ちていった。落ちるとは退室とか、接続を切るとかいう意味である。

(見えない敵)

ゲン「あんなルールはわかっていれば対応できる。
タカが全機撃墜より先に総司令部を狙えば済むことだ。
無抵抗だからって敵を全滅させることはない。
問題は別だ。」
テツ「あれが単なる嫌がらせだってことだな。」
ハル「誰かが赤い悪魔を狙っているということなのか。」

赤い悪魔という企画を妬んで潰してしまおうという勢力があるのかもしれない。それならば説明が付く。勝負を捨てて、大将機のみを狙ってくる。タカの機体は、地雷戦以来、撃墜されないことで評判になっている。予選で撃ち落されれば、大きなイメージダウンになる。チーム赤い悪魔に勝つのは難しいにしても、タカの機体だけならば落とせないことはないと判断したのだろう。

ゲン「ゾンビ・チームのメンバーを確認したが、二等兵揃いで戦歴なし。一見ビギナーだが、二重登録の可能性が無いとは言えない。」
竹千代「赤い悪魔が"くじら"に急接近している事実は隠しようがない。中には、赤い悪魔に勝って、成り代わろうと企む者も居るだろう。ネット企業"くじら"もこのゲームに社運を賭けて大々的に売り込むつもりだ。それに便乗しようとする者が居ても不思議じゃない。
"くじら"にしても、勝てない者と組む気はないだろう。」

単純にゲームの中だけではなく、営業的にも赤い悪魔のライバルは無数にいると考えて良い。人材を公募する中で、赤い悪魔の企画の噂は外に漏れたに違いない。担当に選ばれなかった者は他所のチームに流れただろう。だとすれば、赤い悪魔の企画は、すでに公然の秘密、いや秘密でさえ無い。

ゲン「味方が強くなることと、敵が弱くなることは同じ効果がある。」

孫子の言葉である。自らの実力を磨くのと同じ様に、相手の足を引っ張る。嫌なやり方だが、戦略としては有効だ。況して、自分の実力に限界を感じていれば、尚更である。

ハル「僕らはキャラクターを立てて戦う。
だから、そのキャラクターのイメージが力となる。勝負に負けることは許されないが、それ以外にも、ゲーム外での発言、強いてはキャラクターとしての思想にも注意を払わなければならない。」
テツ「勝つだけではなく、そのやり方にも拘らなければならねえってことか。」
タカ「俺、ゲームに専念するぜ。
どうせ戦えば、敵作るに決まってる。
絶対勝つから。」

勝つという行為そのものが敵を作る。仲良くしたければ、逃げるか負けるかのどちらかである。これは、人と人が競う中で、自然な感情というものなのだ。勝った者は上に、負けた者は再戦を、と望む気持ちが向上心に繋がる。

竹千代「何にしても、この戦いは良い教訓になったな。
状況は思っているほど甘くはない。
いずれゲームの外に出て行くつもりならば、気を引き締めて掛からなければならないぞ。」

この全国大会に勝利するという事は、越えなければならない最低限のハードルという事になる。ゲームに勝つ事は嬉しい。しかし、それだけのために人を集めて苦労しているわけではない。いずれ、このブランドを立ち上げて、商品販売を行う。その売れ行きと並行しながら、キャラクターに主義主張を行わせる。社会・政治・経済、時には流行の商品にコメントを出したりもする。仮想空間から現実社会に対して、影響力を持つキャラクターを造り上げることが究極の目的なのである。ゲンの野望は果てしなく広がっていく。

(決勝リーグ)

タカ「敵、大将を討ち取ったり。」

赤い悪魔は、全国大会予選を順調に勝ち進み、ついにCブロックの代表に選出された。回を重ねる度に、タカの大将機へのマークはきつくなっている。逆にタカを囮に使えば、チームの勝利は確実になるのだから、痛し痒しではある。

タカ「このタカ様に勝とうなんて十万年早いんだよ。」
テン「これで決勝リーグ進出ですう。」

決勝リーグに進めば、新しいデザイン・モデルでプレーする事が可能だ。これで、ぐっと視覚的効果が上がる事になる。ネット・ゲーム"コマンダー"の人気も、赤い悪魔の知名度も高まるに違いない。

ゲン「やっと、全ユニットの新デザインが規格審査を通ったぞ。」
サブロー「ユニットのデザインはチームとしての統一性が重要です。」
シロー「デザインはインド神話から仏教美術を題材に作りました。」
ゴロー「大将は"阿修羅"、重装歩兵は毘沙門天を始めとする四天王像、通常歩兵は仏像を、妖精型には羽衣を纏った天女をイメージしています。」

サブロー・シロー・ゴローは、ジローの仲間だと言う。この中では、ジローが実力において抜き出ていたが、他の三人の技術も確かなものであった。

ハル「デビューが遅れた分、デザインの準備期間が余計に取れたわけだ。」

ジローは、"くじら"に行ったきり、戻って来ない。かなり、プロモーション・ビデオのスケジュールがきついらしい。ビデオは間に合わないのだろうか。

ゲン「決勝リーグの参加チームが送られてきた。」

Aブロックが"黒騎士"、Bブロックが"将軍"、Cブロックが"赤い悪魔"、Dブロックが"ドラゴンの牙"という事に決定した。決勝は総当り戦、各チーム3試合して、成績を競うことになる。

ゲン「各チームの能力を分析する。」

ゲンが、各チームの戦闘履歴から敵の特色を洗い出す。
"黒騎士"は、重装歩兵を中心とした部隊を、壁のように押し出して戦う。重装歩兵が主力となるため、通常よりも機体を軽く調整してあった。押せるだけ押して、最後は機動兵を飛ばして、敵に止めを刺す。オーソドックスだが、手堅いチームである。
"将軍"は、通常歩兵に刀を装備させて戦う白兵戦型を得意とする。このゲームでは、銃や弓などの飛び道具よりも、槍や刀などの接近戦武器の方が強力に設定されている。4,5発撃たれて倒れないユニットでも、刀で斬られると一撃ということもある。但し、刀が届く距離まで近付くのは簡単な事ではない。
"ドラゴンの牙"は、巨大戦車を用いて戦う少数精鋭部隊である。ポイントを少数のユニットに集中して割り振り、強力なユニットを作成するのだ。よほど、熟練したプレーヤーを揃えなければ、効果は薄い。ゲーム内では質より量が原則である。

ゲン「敵のプレイ画像は取り寄せてある。
各自見ておいてくれ。」

赤い悪魔は、決勝リーグに向けて動き出した。これまでは、ほんの小手調べ、この大会で優勝する事が最初の目標となる。敵の情報を十分に収集して、戦いに望む。戦いとは、互いの矛を交える前に勝敗が決まっているものである。

***

ジロ「"くじら"のコマンダー・サイト見てくれた。」

ほんの1分ほどのプロモーション・ビデオが完成したのである。
内容は、以前見たものと似ていたが、さらに画像には甲冑を身に纏った中世の騎士と、鎧兜に身を包んだ侍が登場してきた。阿修羅、騎士、侍、三人が三つ巴の争いを繰り広げているところに、虹色の鱗を輝かせながらドラゴンが現れ、巨大な炎を吐きかけるところでビデオは終わっていた。

ハル「決勝リーグをイメージした映像になってるみたいだ。」
ゲン「これは、ただのイメージじゃないかもしれない。
これが決勝リーグそのものなのさ。」

プロモーション・ビデオの制作は遅れていたのではない。決勝リーグ進出者が出揃うのを、"くじら"は待っていたのだ。つまり、阿修羅がニュー・デザインならば、他のキャラクターもまた新しいモデルだとしても、不思議はなかったのである。

(接続を切る)

ハル「やあ、ごめん、ごめん、通信関係がトラブっちゃってさあ。」

ハルは、ここ数日の間、赤い悪魔のサイトに姿を見せなかった。決勝リーグを間近に控えてのこの時期、何日も音沙汰無しのハルを、みんなは心配していた。

ハル「パソコンのOSいじっちゃったら、通信切れちゃうし、ソフト動かなくなるし、大変だったよ。
オンライン切れちゃったら連絡取りようがないし、もう少し障害が長引くようなら、SHOP"竹千代"の電話番号調べて、連絡しようかと思った。」

赤い悪魔のメンバーは、オンラインのみで繋がっている。互いの氏名・年齢・性別・住所・電話番号、何も知らない。知っているのは、互いのハンドル名とメール・アドレス、そしてサイトのアドレスくらいだ。インターネットの接続が切れたら赤の他人、互いに街ですれ違っても気付きもしない。

ゲン「気を付けてくれよ。
まあ、竹千代さんのрネらば、サイトにも広告と一緒に出てる。」

接続が切れれば、ホームページを検索できない。インターネットが切れて、初めてわかる不自由さということになる。

ハル「ネットって一言で言うけれど、通信・OS・ソフト・ハード、全部会社が違うだろう。総合的な事象、障害なのに、サポートは別々で、どこに聞いたら良いのか見当も付かない。」

ハルは、ここ数日の鬱憤をぶちまけるように、苦情を並べ立てた。

タカ「誰にも起こらないとは限らない。
竹千代さんところを連絡所に決めようぜ。」
テン「赤い悪魔後援会事務所ですう。」

重要な局面を迎えようとしている今、主要メンバーが欠けるのは避けなければならない。事故があれば、竹千代に連絡を取り、最善の処置を施す。

竹千代「うちならば、何台かパソコンがあるから、近ければ遠慮なく使ってくれ。
どちらにしても、私たちがやろうとしている赤い悪魔という企画の最大のネックとなる事件だな。
確かに、我々が互いに物理的に近付いてしまっては、面白味のない"遊び"ではある。
あ、失礼、遊びというのは、いい加減という意味ではない。これでも私は真剣に"遊び"というものを考えているし、事実、その"遊び"を商売にしている。 私たちが互いに正体を知ってしまえば、興が冷めてしまうこともあるだろうし、自由な才能を発揮することもできなくなるかもしれない。今の形が、最も居心地が良く、やりやすいのならば、出来る限り、このスタイルを尊重していきたい、と私は思うね。」

みなの考えは様々だろう。赤い悪魔が成功を収めれば、表に出たいと考える者も居るに違いない。逆に、このスタイルだからこそ参加するが、身分を明かすのならば、身を引こうと思っている者もいるかもしれない。
今のスタイルに拘りたいのも事実だけれど、いつまでもこのままでも居られないのも現実だ。その時になって、これまで積み上げてきた物が崩れさらない事を祈るのみである。その意味で、今が赤い悪魔の至福の時なのかもしれない。

(輸送車)

非兵器車両には、補給車と輸送車がある。補給車はユニットの燃料や弾薬、武器が搭載された移動式(仮)総司令部となる。輸送車は、ユニットそのものを運ぶ車両である。どちらも足は速いが、防御力はないに等しい。

ゲン「決勝リーグ第一戦は、"黒騎士"と決まった。」

"黒騎士"と言えば、テツの古巣だ。決勝の相手としては格好の相手である。

ハル「作戦は?」

ハルの問い掛けにゲンは今回の策を説明した。
輸送車を用いるのだ、と言う。輸送車に、攻撃力の高いタカとテツを始めとする重装歩兵を乗せて敵地に運ぶつもりなのだ。輸送車の搬送ユニットの制限は5機だから、タカ+テツ+3体ということになる。

タカ「誰が輸送車守るんだよお。
テツが車に乗ったら、裸じゃねえか。」

どちらにしても、輸送車の足に重装歩兵は付いて来れない。重装歩兵の足に合わせれば、早さが売りの輸送車は役に立たない。

ゲン「輸送車は機動歩兵で守り、その通り道を大砲で援護する。」

大砲を盲撃ちして、進路の敵を排除するのだ。ぎりぎりまで輸送車両を走らせたら、車を捨てて突撃する。"黒騎士"は防御線を固めながら押し出して来る。そこに、輸送車が通れるだけの穴を、敵の壁に開けるのだ。

テツ「俺に戦わせてくれると言うのか。」
ゲン「勝つための作戦だ、特に意識はしてない。」
ハル「結構、ゲンもまわりに気を使ってるんだ。
劇的な復讐劇だな。宣伝して、チームの士気を鼓舞しよう。」
ゲン「テツには期待しているよ。」

さりげなく、ゲンが言う。敵は固い、どちらにしても大砲を用いなければならない。しかし、ポイント・コストを考えると何門も用意するわけにはいかない。それならば、攻撃を一点に集中して、輸送車を用いて、そこに素早く、攻撃力の高いユニットを通過させる。

テン「出番薄いですう。」
ゲン「味方が壁を抜いたら、前回の大砲戦略を使う。
大砲は1門しか使う余裕がないから、この前ほど派手には行かないが、少しは効果があるはずだ。」

作戦は決まった。大会は明日。ニューモデルのデザインが披露される事になる。しかも、決勝リーグの先頭切っての試合であった。

テツ「必ず屈辱を晴らしてやる。」

"黒騎士"は、テツが作ったチームである。その主要メンバーもテツが拾って育てた逸材ばかりであった。しかし、大砲を守って戦うという戦略に嫌気が差したメンバーによって反乱が起きたのである。大砲戦略は威力があり、重装歩兵と組めば強力だったが、足が遅く、引き分けになることが多かった。副将のマコトを中心とする反乱軍は民主主義の名の元において、"黒騎士"内部でクーデターを引き起こしたのだ。
その結果、テツは十人余りの支持者を得ただけで惨敗したのだ。それから、テツとその十人は、"黒騎士"を追われて、傭兵稼業を続けていたのである。

(黒騎士)

敵は、百足(ムカデ)のように左右に伸びて、鉄壁の防御線を構築している。二人三脚ならぬ百人二百脚の行進であった。その歩調は一糸乱れることはない。その防御線は、重装歩兵と機動歩兵が交互に織り込まれている。攻められれば、重装歩兵が戦い、敵領地に踏み込んだら機動歩兵が突撃するというコンビネーションだ。

ハル「敵の動きは予想通り。
落ち着いて計画通りに動いてくれ。」

敵が半分より、こちら側に踏み込む前に、防御線を突破して、輸送車を送り込みたい。

ドライバーA「輸送車、発進しました。」

輸送車が急発進するのを、機動歩兵が取り囲むように走る。
頭上を砲弾が休み無く飛び交う。逆に輸送車は、その砲弾の落下点を追い掛けるようにして走った。

テン「敵の左翼方面の防御線に遭遇、遠くから様子を伺いま〜す。」

妖精部隊は、敵の進軍度合いを報告するのが役目である。残された重装歩兵部隊は、総司令部の防御を固めた。

ドライバーA「そろそろ、敵に遭遇します。
通過ポイントの指示を願います。」

ドライバーAはハンドル名、決して仮名ではない。車両操作に適正を発揮したプレイヤーである。その方面(レース)のゲームでは、名の知れたドライバーだった。

ドライバーA「戦場を駆けてみるのも、悪くないかなってね。」

ゲンから通過ポイントの指示が届く。ドライバーAは迷わず、アクセルを踏み込んだ。後は、敵と障害物を避けながら、燃え尽きるまで、ひたすら走るのみである。
妖精部隊のひとりが、通過ポイントにマーキングする。逃げる間もなく天女にも似たユニットは、無残に黒騎士の槍に貫かれて大破した。その映像が届く。
画面に"黒騎士"のデザインが大写しになった。漆黒の鎧、白銀の鎧、青銅の鎧、それぞれに性能が異なるに違いない。中に一際輝く、金色の鎧を身に付けた騎士が居た。おそらく、大将のマコトだろう。

テツ「相変わらず派手好きな男だ。」

渋好みのテツと派手好きのマコトは、その性格でも合わなかった。

テツ「あの金色のところで降ろしてくれ。」
ドライバーA「これはバスじゃない。」

砲弾が破裂する中、輸送車は走り続ける。
どうやら、防御線を抜けたと思った瞬間、ドライバーAは敵に囲まれていることに気付いた。敵もそうは甘くなかった。

ゲン「車を捨てろ。
乗員は、急いで発進だ。」

ドライバーAは、敵の黒騎士に向かって輸送車ごと突撃を掛ける。爆音と共に車が炎上した。その黒煙立ち込める中、赤い悪魔の大将機が姿を現す。
期待のニューモデル"阿修羅"の登場であった。

(テツ)

敵は動きの鈍い"黒騎士"である。"阿修羅"はフル装備で、このゲームに臨んでいた。

タカ「阿修羅参上。」

黒煙が風に流される。中から"阿修羅"の神々しい姿が現れた。
胸の前にひと組の手が合掌している。ひと組は天を支えるように掲げられ、ひと組は大地の気を吸い上げようと下に向けられていた。
そして、何よりも、その背後には鋭角に黒く輝く翼を背負っていたのである。

テツ「こいつらの相手は俺がやる。
お前は敵総司令部へ走れ。」

テツと三人の重装歩兵は、阿修羅を囲むように身構えた。重装歩兵もかつての雪だるまのようなデザインではない。憤怒の形相を顔に刻み、全身を巌のような筋肉で包んだ、金剛力士像であった。仁王像と呼んでも良い。四天王像とも見紛うばかりの勇姿であった。

マコト「これはテツ殿、ご無沙汰しております。」

敵大将マコトが挨拶を送って寄越す。テツとマコトの間で睨み合いが続く。 その間にも、"黒騎士"の防御線は、じわりじわりと"赤い悪魔"の陣営に進んで行く。時折、砲弾の爆裂音が響くが、効果は限定的なようだ。

タカ「ここで、時間を喰っては、逆に敵に攻め込まれるぜ。」

阿修羅が仁王像の広い肩に足を掛けた。思い切り跳び上がる。敵大将マコトの頭上を飛び越そうとした瞬間、阿修羅の背中で翼が大きく羽根を広げた。浮遊感覚、実際には羽根にそのような効果はないのだが、見る者はまるで阿修羅が天駆けるような錯覚に陥ったのである。

マコト「逃がすか。」

金色の騎士が阿修羅を追い掛けようとした。

テツ「そうはさせるか。
お前の相手はこの俺様よ。」

毘沙門天が金色の騎士の前に立ちふさがった。宿命の対決である。

マコト「くそ、傭兵如きに構っている暇はないのだが。」

マコトは、去っていく阿修羅の後ろ姿を見送りながら焦った。一軍の大将として、立場上、一機(騎)撃ちなどやっている場合ではなかった。しかし、テツを片付けなければ、総司令部に向かえないのも事実である。マコトは仕方なく覚悟を決めてテツに向かった。
残された"赤い悪魔"の四天王を囲むように、黒騎士が攻めて来る。"黒騎士"は、重装歩兵としては、装備が軽い。動きは早いが攻撃力は弱かった。

テツ「接近戦ならば、こちらのもの。」

テツは上半身だけで槍を操り出し、次々と敵を撃破していく。

マコト「相変わらずだな。」

昔からテツは、全体の戦略よりも一機(騎)撃ちに拘る性癖があった。それで、落とさずとも良いゲームを失ったこともある。
金色の騎士は槍を構えた。
金色の騎士と毘沙門天の戦いにカメラが寄っていく。このゲームの見せ場である。両者の個人的な関係を知るギャラリー(観客)は少なくない。どちらが勝つかは見ものであった。
テツの槍が千本の矢のようにマコトを襲う。マコトは十分な間合いを取りながら、的確に突いてきた。もう"黒騎士"大将マコトは、味方総司令部に応援に行くにも、敵総司令部に攻め込むにも、時を逸していた。この戦いで、毘沙門天を破り、"黒騎士"をアピールするしかない。
ふたりは好勝負を展開する。
互いに傷付け合いながらも、致命傷を与えるには至らなかった。

(***)

阿修羅は、ひとり走ったが、敵総司令部は、数体の漆黒の騎士によって守られている。
この守備兵をひとりで倒さなければ、総司令部を陥れることはできない。
タカは戦闘用の曲を選曲した。ユキと何度も調整した曲である。気分が高揚してくる。戦いのリズムがタカの体を駆け抜けた。
阿修羅が舞う。六本の腕が円を描き、また突き刺すように伸びた。黒い翼が、天を覆った。阿修羅が踊る。曲のリズムとタカの鼓動がひとつになっている。
気がつくと、黒騎士たちが屍を横たえていた。
阿修羅は弾むように、黒騎士の総司令部に飛び込んだ。
赤い悪魔、決勝リーグ第一戦、勝利の瞬間であった。

(ゲーム中継)

テツ「結局、止めは刺せなかったよ。」

テツと黒騎士大将マコトの戦いは決着を見ることはなかった。もし、最後まであの戦いを続けていたら、味方の総司令部は黒騎士の突撃機動兵に占拠されていたに違いない。阿修羅の華麗なる戦いで、ゲームは終了したのである。

MrX「良いビデオが取れたよ。」

決勝リーグの全6試合をビデオ化販売することが決定した。

竹千代「当面、SHOP"竹千代"の店頭での限定販売になるが、売れ行き次第で増産する予定だ。」
ハル「テツとマコトの因縁の対決、"黒騎士"と"赤い悪魔"の激突、そして阿修羅のデビュー、見せ場には事欠かないね。」
MrX「まあ、そういうことだ。
ところで、ビデオ化するにあたって、ナレーションが必要になる。
ゲームのルールを解説したり、プレイヤー同士の因縁を説明したりするのさ。
まあ、言って見れば、プロレスの実況中継みたいなものだね。」
テン「もう少し、品良くやって欲しいですう。」
テツ「あれはあれで興奮するぞ。」
MrX「内容は、いろいろ調整するけどね。」
アナウンサーは、くじらで用意するから、原稿をハルに頼みたい。」
ゲン「声も合成で作れるけどね。」

ここまで仮想世界で作り上げてきたのだから、声だけ生を使うのに、逆に違和感を覚える、とゲンが主張してきた。アナウンサーを使うにしても、その声を変換すれば面白くなる。例えば、Aという人物の声を録音しても、その波長を変更すれば、男の声にも女の声にもなる。老人でも子供でも可能だ。 要するに、聞いて心地よい声を人工的に作成すれば良いのである。正しい日本語、イントネーションやアクセントは、アナウンサーの口調をベースに取り入れても良い。唯、声の質に関しては、どのようにでも変調できる。

MrX「バーチャル・キャラクターにバーチャル・ボイスか。
今回は無理だけど、会社に提案してみるよ。」
ハル「これは、ビデオの話だけじゃなくて、ゲーム内のキャラが、それぞれ自分の声で喋ったらゲーム・プレーも盛り上がるな。」
タカ「プレイヤーは、パソコンに接続されたマイクから喋る。その声はボイス・チェンジャーを通して、キャラクターの声となってゲームの中で喋るってわけだな。」
竹千代「各自、周辺機器が必要になるから一般普及は難しいが、技術的には無理なことじゃない。」
MrX「一般普及は無理でも、トップ・プレイヤー同士のゲームでは可能になるかもしれない。実はビデオの普及具合を見て、テレビ放映を考えているのさ。
ネット・ゲームからプロ・ゲーマーの誕生も夢じゃない。
野球・サッカー・相撲、スポーツ中継に継ぐ企画、ゲーム中継を目指しているんだ。」

スポンサーが付けば、ゲーム環境も豊かになる。設備も拡張できるというわけだ。

竹千代「大風呂敷広げるのもいいが、まずはビデオの販売だ。
ビデオに関しては、ゲームじゃなくて、うちの商売だからね。」

竹千代にしてもテレビ放映は、喉から手が出るほどやりたい企画である。やはり、ネットでは圧倒的に参加者が限られる。一般的という意味では、テレビであった。メジャーを目指すという意味ではテレビの存在は無視できなかった。

(テレビ)

MrX「確かに、昔はテレビに力があったな。」

ネット企業の社員、MrXとしては、テレビは過去の物という意識が強い。昔は、という言葉を強調している。

竹千代「今でもテレビの影響力は大きいよ。
確かに俺たちの子供の頃ほどじゃないがね。」

竹千代やMrXは、テレビの発展と共に成長してきた。まさにテレビ世代であった。

竹千代「子供の頃は、チャンネルが少なかったし、何よりテレビ局とテレビ受像機は1対1の関係にあった。テレビは、テレビ局の情報しか写し出さなかったからな。
だから、テレビ局の制作する情報を絶対的に信じたものだ。
あの頃、テレビは"宗教"であり"神"に近かったかもしれない。」

テレビ受像機=テレビ局、テレビはテレビ局の専用機だった。

ゲン「しかし、やがてビデオやパソコン、ゲーム機という新しい媒体が現れた。」
ハル「テレビ受像機とテレビ局の蜜月(ハニムーン)は終わりを告げ、テレビは情報伝達のための共有物(汎用機)となった。」

専用機はある目的に対して限定的に使用されるものである。汎用機は様々な要求に対して対応できるように設計されたものである。

ゲン「情報処理の分野では、ディスプレーはプリンターと同じ分類、出力媒体として定義されている。単に情報を出力するためのハードとして位置付けられているんだ。
テレビ受像機とディスプレーの違いは何か?それはチューナーが付いているかどうかの相違に他ならない。」
MrX「ビデオ、インターネット(パソコン)、ゲーム機、テレビ受像機をディスプレーとして利用する媒体が次々と普及していった。
テレビ局から家庭のアンテナ、そしてテレビ受像機へ、というラインが崩れ始めた瞬間だ。」
テン「テレビはアンテナを離れて自由になったですう。」

テレビ局とセットで普及してきた受像機は、ディスプレイに進化することであらゆる媒体から情報を出力できるようになった。

ハル「今じゃケーブル・テレビを始めとして、衛星放送など他チャンネル化がどんどん進んでいる。
つまり、かつて1対1に近い関係で視聴者に向かい合っていたテレビ局は、少しずつ影響力を弱めているわけだ。」
ゲン「テレビ受像機がディスプレー化する中で、情報発信源としての優位性が失われつつある。」

情報源がひとつしかなければ、それに頼る他はない。しかし、幾つもあれば比較することが出来る。どの情報を選択するかは、視聴者に委ねられる。

MrX「ディスプレーに対して、情報発信源が多様化する。
我々だって、ネット上ならば、個人でホーム・ページを作り情報を発信できるし、デジカメがあればドラマを作って流すことも可能だ。」
竹千代「ディスプレーというハードに対して、様々なメディアがどのようなソフトを発信するか。そういう時代になりつつあるな。」

情報発信源というだけで、同列に並べるわけにはいかない。その情報伝播力には格段の差があることも事実だ。

ゲン「かつてのメディアの主流が、世間話から新聞・ラジオ・映画・テレビへと移り変わっていったように、テレビという存在自体の意味合いを変わっていく。」
タカ「だからって、ネットが主流になるのは難しいぞ。
パソコン使うの面倒だし、それに比べて、テレビは勝手に何かやってくれるしな。」
竹千代「わからないぞ。
子供たちは、テレビでアニメを見るよりも、テレビ・ゲームをやりたがる。
一方的に情報を受け取ることに退屈しているからかもしれない。」

子供たちは、名作アニメを見るよりも、ゲームでモンスターと戦うのが大好きだ。

ハル「与えられる情報に満足するだけでなく、自分で情報を探したり、意見の交換をする、という行為が、KEYになるね。
MrX「ネットは、パソコンの普及と操作性の難易度がネックになっている。
人口は増えつつあるが、今のところ爆発的に一般に浸透するのは難しい。」
ゲン「そこが、パソコンという汎用機の限界でもある。
詰め込み過ぎて、ユーザーを混乱させている。」
ハル「冷蔵庫や洗濯機のような専用機ならば良いけれど、汎用機となると何に使って良いか判らない。値段も高いから、一歩が踏み出せない。」

赤い悪魔の議論は尽きない。
テレビという存在に対する意識の変遷、それぞれの世代や事象を交えながら、赤い悪魔としての考えをまとめていく。こうして、練りこまれた思想が、バーチャル・キャラクター"赤い悪魔"を情報源として発信されるわけだ。つまり、"赤い悪魔"の存在自体が"情報発信源"のひとつとなる。現在の技術をもってすれば、誰もが情報発信源になりうるということなのである。

(将軍)

"赤い悪魔"Vs"黒騎士"戦が話題を呼んだのか、ネット・ゲーム"コマンダー"の人気は鰻登りである。ゲーム自体は参加プレーヤーでなくても、ゲーム・ロビーに入室すれば自由に観戦することが出来た。
第2戦、対”将軍”の試合にロビーは湧き返っていた。

ゲン「接近戦は禁物だ。
それ以外には、特に注意点はない。
敵は早くて強い。しかし、防御は薄い。まさに神風特攻隊だ。」
タカ「わかってるぜ。
早いのならば、任せておけ。」
テツ「あまり先走るな。
途中までは俺たちが守って進む。」

赤い悪魔の士気は高い。チームワークも上々、恐れるものは何もなかった。 しばらく、BGMが流れる中、ゲームは静かに進行する。序盤戦は、互いに相手の動きが見えない。索敵ユニットの報告を待つしかない。

ゲン「天女部隊が消息を絶っている。」

天女ユニットが、所々でレーダーから消えていた。おそらく、敵の機動部隊"忍者"に撃墜されたのであろう。"将軍"は、機動部隊"忍者"と攻撃部隊"侍"に分かれて編成されている。音も無く忍び寄る忍者、天女たちは、その存在に気付く間もなく、やられたのだ。

タカ「やっと3分の1くらいかよ。」

テツの護衛付きでは遅すぎるのであった。適当なところまで進んだら、数機の機動歩兵を連れて独走するしかない。

テツ「何か近付いて来る。」

レーダーに敵の機影が映った。"侍"は軽武装、足が速い。そろそろ遭遇しても良い頃であった。
パカラン、パカラン、パカッ。
不思議な足音を響かせて、"侍"が姿を現した。侍は騎馬部隊を編成していたのである。騎馬は兵士と同じく1ユニットとして編成される。つまり、騎馬武者は2ユニットで構成されることになる。輸送車が1台で5機のユニットを運べるのに対して、馬は1機しか運べないので、効率が悪い。しかし、その分だけ馬力とスピードに勝り、防御力も高い。

ハル「"侍"は機動力も兼ね備えている。
何も馬を使う必要はないはずだ。」
ゲン「気を付けろ。
機能強化しているかもしれない。」

馬上の武者が大刀を引き抜いた。ゲーム内でも最高級の威力を誇る武器、"ムラサマ・ブレード"である。攻撃力No1の肩書きは伊達ではないが、何しろ重い武器であった。これを縦横無尽に振り回すには、騎馬の馬力を必要としたのである。その上、この"侍騎馬隊"装備の強化も施されていた。馬が無ければ、テツと同じの鈍足重装歩兵である。

ミフネ「阿修羅殿との一機撃ちを楽しみにして参った。」

"将軍"の大将ミフネが、タカに対して挑戦状を叩きつけてきた。正々堂々と戦いたいと申し出ているが、そんなに甘い相手ではない。この隙にも、忍者部隊が"赤い悪魔"の総司令部を狙っていた。

テツ「騎馬武者の相手は俺たちがやる。」
タカ「OK。」

いつものように、阿修羅は飛び立とうとしたが、敵は騎馬武者、すぐに追いつかれてしまう。阿修羅は行き場を無くして立ち尽くした。最早これまで、戦うより他に道はなかった。

(天女部隊)

阿修羅が、将軍ミフネの前に立ち尽くす。
万事休す、将軍ミフネの"ムラサマ"が振り下ろされた。
キィーン。
高い金属音が響き渡る。
阿修羅は、六本の腕に剣を構えていた。その六本の剣が一糸乱れず将軍ミフネの太刀を受け止めたのである。独特のリズムが流れる。その曲に合わせるように、阿修羅は剣の舞を踊る。メロディに合わせて、阿修羅のコンボ技が炸裂する。コンボ技とは、特定のキーを、決められたリズムで入力することによって発現する必殺技、特殊アクションの事だ。タカは、コンボ技をメロディにして、曲に織り込んでいた。

ゲン「ミフネの弱点は馬だ。
馬は当たり判定が大きく防御が弱い。
馬から引き摺り下ろせば、刀が重くてミフネは動けなくなるはずだ。」

阿修羅の剣が騎馬を攻める。しかし、ミフネの"ムラサマ"に阻まれて近寄れない。

ゲン「一旦離れろ。
近くに居る機動歩兵は離れてミフネの馬を狙い撃て。」
ハル「将を射んと欲すれば、まず馬からだな。」

ハルの冗談にも、プレイヤーたちは応じる余裕がない。
ミフネの太刀が風車のように、弾丸を弾き続けた。それでも、流石に四方八方からの攻撃に耐え切れず、騎馬が前足を折って倒れた。ミフネが馬から飛び降りた。
この戦略に習って、次から次へと騎馬が破壊されていった。

ミフネ「馬をやられては仕方がない。」

ミフネは愛刀"ムラサマ"を捨てて、"カタナ"に持ち替えた。"カタナ"は"ムラサマ"に比べれば数段落ちるが、接近戦では十分な威力があり、軽かった。 ミフネは素早い動きで阿修羅に襲い掛かった。阿修羅も腕六本では動きが鈍い。オプションの四本腕を捨てて、二刀流でミフネに立ち向かった。

***

その頃、赤い悪魔の総司令部に忍び寄る黒い影があった。
将軍の忍者部隊である。極限まで機動性を高め、武器は"手裏剣"を装備していた。

テン「それでは、みんな行くのだ!」

珍しく総司令部に控えていたテン他十数名の天女部隊が発進する。みな、懐にひとつずつ宝玉を抱えていた。

テン「一人一殺、確実にひとりずつ倒せ。」

天女部隊のメンバーは忍者を見つけると、手裏剣攻撃を避けながら、貼りついていく。抱きつくように接近すると、まばゆいばかりの光を放って散っていった。天女部隊が大事に運んだのは自爆装置である。
花火のようにあちらこちらで、光が広がる。
やがて、それが収まった頃、テンの報告が入った。

テン「任務完了。清掃終わり。」

防御力の低い忍者に対してのみ有効な戦略である。

***

将軍ミフネは、周囲から集中砲火を浴びて血だるまであった。
騎馬に人員を割いたため、ユニットが圧倒的に不足している。加えて、飛び道具に弱いという欠点を露呈していた。
阿修羅は飛び違い様に、ミフネの首を跳ねた。
阿修羅はミフネの首を高く掲げると、敵総司令部に向かって駆けていった。

(賭博)

ハル「残りひとつ勝てば優勝だ。
油断さえしなければ、勝利は確実に思える。
下馬評、オッズも赤い悪魔が断然有利だ。」

成績は"黒騎士"が3敗、将軍が1勝1敗1分け、竜の牙が1勝1分け、赤い悪魔の2勝である。後は赤い悪魔と竜の牙が戦い、勝った方が優勝となる。 竜の牙はユニットが五体しかいない。その分、各ユニットの能力は驚異的なものである。基本的に守って戦い、判定に持ち込む。破損率で敵を上回れば勝利となる。

テツ「この決勝戦がギャンブルの対象になっているって話だが、噂はどうやら本当らしいな。」

テツはネット上で小耳に挟んだ噂が、ハルの言葉によって肯定されたのを見て確信した。

テン「ギャンブルは違法ですう。
でも、時々やるですう。」

MrX「ギャンブルと言っても外馬(そとうま)だからねえ。
うちの企業とは関係ないよ。」

外馬とは、競技者同士が勝敗を争って賭けるものではなく、観戦者が競技者の勝敗を予想して賭ける行為である。従って、ネット・ゲームもプレイヤーも賭博とは一切関係ない。

竹千代「現実には、切り分けは難しい。 何処までが娯楽で、何処からが賭博かは判断が難しいところだ。」

家庭で炬燵に入り、蜜柑を賭けて花札を楽しむ。厳密に言えば賭博でも、それを咎めるものは誰もいない。やはりそれ相応の現金が動かなければ、賭博と定義するには役不足だ。

MrX「ゲームが盛り上がれば、自然発生的にギャンブルが発生する。
必要悪と言っても良いね。」
竹千代「賭博性というのは、遊びを面白くする上で欠かせない要素であることは確かだ。」
ユキ「子供たちには勧められませんね。」

一般論として、未成年者にギャンブル性の強い遊びは良くない。しかし、袋入りカードやガシャポン、食玩(おまけ)に賭博性はないだろうか。

MrX「昔は子供たちの間にもシビアなルールがあって、B玉・メンコ・ベーゴマなんか、負けたら取られた。」
ハル「近頃じゃ、教育上よろしくないって言うんで、そういう遊びはやらせませんね。」
MrX「教育上と遊びってやつは、往々にして相反するものさ。」

(笑)のメッセージが続々と寄せられてくる。
面白いからと言って、矢張り、青少年に推奨できる話ではない。しかし、少なくとも、ここに集まっているメンバーは、自分の物事の良し悪しを判断できる者たちである。賭博を善とするか悪とするかは個々の考えに委ねる他はない。
賭博についての議論は引き続き行われる。誰もが興味ある話題だからである。

(投資と投機)

タカ「株や土地はギャンブルじゃないのか。」

子供向けの玩具がギャンブルならば、投資だってギャンブルと言える。人は、生まれてから死ぬまでギャンブルと隣り合わせに生きていくことになる。

MrX「玩具にはリターン(配当)は無いけどね、株や土地は違う。
まあ、リスクによって、投資と投機という違いはあるだろう。」

玩具にしても投機目的に売買するケースがないことはない。

竹千代「戦後この方、株や土地は投資の対象とされてきた。
けれども、この二十年、投機的な色彩を強めてきていることも事実だ。」
ハル「投資と投機は何処が違うんですか?」

一般的にハイリスク・ハイリターンな商品を投機、長期的に見て安定した配当が得られるものを投資と呼んでいる。

MrX「まあ、相手に心理的な安心感を与えるための表現だと思うね。
本質的にはどちらも同じだ。」
ユキ「土地や株は身近ではないけれど、物価はギャンブルよ。
今日買うか、明日買うか、それが勝負の分かれ目ね。」

土地や株を日々売買する人間は限られるが、物価に対しては誰もが対象となる。

テン「明日買った方が安いですう。」
竹千代「私らは、今日買った方が安い時代に育った。」
ハル「デフレとインフレということですね。」
ゲン「地価が下がれば、株は下がるし、物価も安くなる。」

当たり前の事だとゲンは言う。地代が安いから生産コストも安くなる。企業の資産価値も下がっているから、株が上がるわけがない。

ハル「昔、景気の良かった頃、"土地が買えない者は、その土地を持つ企業の株を買え"と言った経済アナリストがいた。
まさにバブルを象徴する言葉だね。」

地価が上がれば、企業の資産価値が上がる。株が上がり、地代が高いから生産物の価格も上がる事になる。

MrX「商品の売買はネット上の仮想店舗でも可能だが、物理的に商品を生産するには、必ず土地が必要となる。土地は重要な要素と言えるな。」

物理的商品よりも論理的商品に比重を置けば、土地の需要は薄れるだろう。しかし、人間は生物学上、形ある商品が必須である。全てをデジタル化できるわけではない。

ハル「もし、地価が上昇せずに、株が上がるような事態が発生するとすれば、この国の企業は、情報・サービスやバーチャルな産業に軸足を移し始めていることになる。」

物を作らず利益を上げるシステムならば、土地の需要は少なくてすむ。

竹千代「土地・株・物価、これらについては、言いたい事がたっぷりあるだろうが、今回はギャンブルがテーマだから、次の機会に譲らないか。」

メンバーは、まだ言いたそうだが、話を元に戻す事にした。テーマを絞らなければ、はちきれそうなほどの勢いがある。なかなか、真剣に話し合い、考えを深める場が少ないのである。

(寺銭)

ハル「ゲームにおけるギャンブル性という事ですね。」

ゲームとは、遊戯・試合・賭博、いろいろな解釈が成り立つが、決められたルールに基づく勝負事である。

竹千代「ゲームには運(乱数)を用いるもの、腕(技・知)を使うもの、その両方を取り入れたものがある。」

(乱数)とは、ある範囲内の数値から無作為に選ぶ行為、つまりはサイコロのようなものである。(技)は手先の器用さや運動能力、(知)は知識や知能に依存するものとなる。

MrX「運の要素が強くなるほど、ギャンブル性も増していく。」
ゲン「囲碁や将棋のように不確定要素が無いものは、賭けには向かない。 実力が結果となる。素人がプロに勝つ事はない。」

囲碁・将棋には、乱数の要素が無いから、実力伯仲の者同士でなければ、勝敗は明らかである。

竹千代「そうとばかりは限らない。
ルーレットや双六のように運の要素が強すぎても、ギャンブルとしてはつまらない。」

もちろん、勝てば嬉しいが、面白さという点では味気ない。

ハル「麻雀やカードゲームはどうです。
運もあるけど、腕も必要だ。」
竹千代「良いところだ。
麻雀やカードは、短期戦においては、素人でもプロに勝てる。
しかし、長期戦でアベレージ(平均)を見れば腕の差が出てくる。」
ユキ「麻雀なんか続けて何十時間もやる人がいるけど、そんなに面白いの。」

経験者でなければ、語れぬ面白さである。

竹千代「四、五時間も過ぎるとね、ゲームを戦術的に見るのではなく、お互いのツキの流れを読むようになる。
もう一回やれば、今度はツキが自分に来ると思うようになる。」

まさに典型的なギャンブル中毒である。

タカ「麻雀なんかは、普通は賭けなきゃやんないよな。」
テン「タカ様は麻雀なんかやるですかあ。」
タカ「うるさい、俺の勝手だ!」

ゲームにおける運と腕の比率、それを自分の好みに合わせるのが、ギャンブルを楽しむ秘訣と言えそうだ。

ハル「ギャンブルに必勝法はありますか?」

聞くだけ野暮な質問だ。その答えには、その人間の哲学が込められていると言っても良い。

ゲン「無いね。
勝ち続ける事は無いし、負け続ける事もない。
しかし、負けた時点で資金が底を突けば、そこで終わりだ。」
MrX「いや、無い事は無い。
ひとつだけあるんだ。」

メンバーの注目が集まる。MrXは十分に間を置いた。

MrX「寺銭(てらせん)というのを知っているかな。
ギャンブルに場所を提供する。時間でも良いし、ゲーム内で動いた金額の一定率でも良いのだが、寺銭として貰い受ける。自分では遊ばずに、遊びの場を提供する事によって、収入を得るシステムなんだ。」

昔、貧しい寺の住職が本堂を賭博場に貸した事から始まる。寺は寺社奉行の管轄、町奉行は取り締まれない。坊主丸儲けとはこの事である。

テン「ネット企業"くじら"は寺銭取ってるですう。」
MrX「その通り。
自ら勝負するプロは多くない。
実際は、寺銭つまりは手数料を取るプロがほとんどなんだ。」

ゲームであってゲームでなし。MrXは言葉に含みを残した。勝負の世界は厳しい。必ず勝てる保証は何処にもない。勝負の世界に身を置きつつも、自らは勝負しない。寺銭を取る工夫の方が現実的なのも事実である。

☆ 更新 2004/03/25 ☆

(弥勒菩薩)

ハル「今日勝つために、僕らはここまで戦ってきた。
この勝利がゴールではない、僕らの目標はもっと高いところにある。
しかし、最初にクリアしなければならないハードルであることだけは確かだ。
敵を粉砕しろ、赤い悪魔の実力を天下に示せ。
僕らはアイドルじゃない、負けたらクズだ。
まずは、勝って頂点を極めろ!」

ハルの檄が飛ぶ。
みなの心はひとつ。しかし、そこには筋書きは存在しない。自らの手で勝ち取る他はない。

ゲン「敵は五台の重戦車だ。
1台に20人分の能力が集約されている。
20人で1台の戦車と戦おうと思ってはいけない。100人で1台の戦車と戦うのだ。全員で協力して、1台ずつ破壊していく。味方戦力の集中、敵部隊各個撃破がこの戦いの基本戦略だ。」

ゲンが基本的な戦い方を徹底させた。敵は防御が固い。迂闊に近寄れば、味方の損害ばかり増えて、判定負けを喫することもある。

ジロ「能力は別にしても、敵のグラフィックは凄いよ。」

ジロは、竜の牙のグラフィック・デザインを賞賛した。ユニット数が少ない分、その動きは凝りに凝っていた。

テン「今回はテンも機動歩兵を使うですう。」

敵は重戦車、天女ユニットは出番がない。テンも、いつの間にか将軍職に昇格していたので、ジロに頼んでニューデザインを描いてもらった。新作名は"弥勒"(ミロク)、広隆寺の弥勒菩薩、半跏思惟(はんかしい)像がモデルである。

ゲン「菩薩はまだ修行の身だが、将来悟りを開き仏陀になることを約束された者だ。
特に弥勒菩薩は釈迦の後継者とも目されている。」

仏教の世界では、悟りを開いた者を仏陀や如来と呼ぶ。その仏陀は今のところ四人しかいない。大日如来、薬師如来、阿弥陀如来、釈迦如来である。実在の人物は釈迦、ゴーダマ・シッダルタひとりと言われている。菩薩はその下の位で、如来の候補者たちである。

テン「格好良いですう。」

弥勒モデルは、阿修羅モデルより攻撃力において劣るが、機動力に勝る設計になっていた。少々防御が薄いので、テンでなければ使いこなすのは難しいだろう。
テンの実力は良くわからない。天女部隊など、作戦上の特殊行動を取ることが多いので、生存率は決して高くない。通常プレーが少ないので、強いのか弱いのか判断が付かなかった。それでも技術的にはかなり高いものがあるようだ。

テツ「用意は良いか。
それじゃ野郎供、赤い悪魔の出撃だ。」

戦いの火蓋が切って落とされた。
多くのギャラリーの目に曝(さら)される。自分たちの知らないところで、大きな金も動いているかもしれない。赤い悪魔は、ひとりひとりのゲームという枠を超えて、多くの人たちを巻き込みながら動き出していた。SHOP竹千代の販売戦略、くじらのネットゲームの宣伝、その他多くの者たちの才能の売り込み。
その全ては、僕らが勝つことによって花開く。

(紅蓮の炎)

紅蓮の炎が、赤い悪魔の兵士たちを焼き尽くそうとしていた。
赤い竜と緑の竜が、互いに死角をカバーしながら火炎放射を続けている。二匹のコンビネーションは完璧で、赤い悪魔の付け入る隙はなかった。計算し尽された竜の動きであった。炎を掻い潜って接近戦に持ち込んでも、竜の鋭い牙と爪が容赦なく襲い掛かってきた。
さらに、金竜・銀竜・黒竜が総司令部を守っている。
元は重戦車型のユニットなのだが、見事なまでにデザイン化されていた。その動きもまるで生きているかのようである。そのグラフィックに威圧されて、恐怖まで覚えずにはいられなかった。

タカ「敵は思ったよりも手強いぜ。
でかいだけじゃない。訓練された動きをしてやがる。」

味方がひとり倒れれば、戦力の1パーセントダウンになる。しかし、敵ユニットは完全に破壊されるまで、攻撃力が衰えることはない。無傷な状態と瀕死の状態では、同じ能力が発揮できる。つまり、こちらの戦力低下の方が激しい。

ゲン「敵の死角を探せ。
必ず安全地帯があるはずだ。」

ゲームでは、絶対に弾の当たらない場所、安全地帯が用意されていることが多い。但し、その座標は微妙で、ぴったりそこに合わせることは難しい。

テツ「後ろも駄目だ。
尻尾に跳ねられる。」

敵も味方も損耗が著しいが、敵の戦闘能力は開始時と変わらない。

ゲン「背中、多分後頭部の辺が怪しい。
尻尾も炎も牙も爪も届かない。」

タカが六本の腕を振りかざして集中砲火をする。僅かな隙を作った。

タカ「テン、飛べ。」
テン「行くですう。」

弥勒が背に後光を背負いながら宙を舞った。飛ぶというより、浮遊する感じ。UFOの軌跡を見るような不規則な動きであった。弾除けの名人は自機を放物線を描くように移動することはない。必ず最短距離を走る。折れ線グラフ、デジタルな動きをする。
テンが赤竜の背に取り付いた。

テン「思い知れ、ですう。」

弥勒は手にした独鈷杵(とっこしょ)を赤竜の後頭部に振り下ろした。
独鈷杵は密教で、煩悩を打ち砕くための仏具である。両端が鋭角になっていて中心部分が柄になっている。
竜の悲鳴が響き渡る。弥勒はかまわず滅多刺しを続けた。

テン「敵の攻撃届かない、無敵状態です。」

赤い竜は盛んに、爪や尻尾で、弥勒を狙うが、その攻撃は空を切るばかりであった。

タカ「テン、危ない、早く逃げろ。」

完全な安全地帯と思われた赤竜の背中に向けて、隣の緑竜が火を噴いてきた。同士撃ちである。

テン「ひえ〜。」

弥勒は間一髪で、赤竜の背を飛び退く、一瞬遅れて、灼熱の炎に包まれた赤竜が、断末魔の悲鳴とともに倒れたことは言うまでもない。

(翼竜)

敵が、緑の竜一匹になれば、大した事はない。
互いに補い合っていた死角がなくなり、攻め易くなった。しかも、こちらは敵の弱点を見つけているのだ。隙を作らせるように攻撃を加えて、弥勒に飛び込ませれば良い。攻略のパターンを如何に素早く読み取るかが、勝利への近道となる。

テン「二丁上がり。」

弥勒に後頭部を抉られ、周囲から集中砲火を浴びては、流石の緑竜も耐え切れなかった。
二匹の巨大な竜の骸が横たわる。

ゲン「これで終わりだ。
後はタイムオーバーを待てば良い。」

敵は竜2匹で全体の40パーセントの損害を出している。赤い悪魔は現在破損率が30パーセントに満たない。無理に戦うよりも、時間切れ判定に持ち込むのが確実だった。

タカ「いくら勝つためでも、納得いかねえよ。」

タカがゲンの作戦に異を唱えた。
これは、全国大会の決勝であり、ギャラリーは赤い悪魔が竜を狩る瞬間を期待しているのだ。

MrX「できれば、ここはやって欲しいなあ。」

企業くじらからも催促が届いた。視聴者に受ける場面作りを期待している。
その時、プレー画面が黒い闇に包まれた。
次の瞬間、周囲が炎に包まれる。
先ほどの戦いで傷付いたユニットが、ほぼ全滅した。
天上を見上げると翼竜が黒い翼を羽ばたかせていた。

タカ「撃て。
くそ、油断してた。」

翼竜は炎をひと吹きすると逃げて行く。奇襲用のユニットで防御は甘い。集中砲火には耐えられない。敵の隙を突いて攻撃する、目的を達したら逃げるのだ。

ゲン「今ので、破損率が40パーセントを超えた。
敵の翼竜もダメージを受けてると思うが、正確な数字はわからない。
行くしかないな。」

竜の牙の奇襲戦略はこれまでには、なかったものだ。しかし、敵が出て来ないケースを想定すれば、十分に考えられる策である。
因みに、飛行ユニットは、機動力に優れるが、燃費が悪い。各地に補給地点を確保するか、特攻隊となるしかなかった。今の翼竜は二十人分の能力を集約して、はじめて可能な機体なのである。

ハル「敵は黒い翼竜を含めて、残り三匹だ。
敵のコンビネーションは、赤と緑の竜より完成されていると考えた方が良い。 強敵だ、気を抜くな。
情けをかけたら、地獄の劫火に焼かれるのはこっちの方だからな!」

ハル自身熱くなっている。
戦いを繰り返す中で、ハルも変わっていく。

「アラビアのロレンスか。」

人は乾いた砂漠の中で、徐々に狂気を帯びていくのだ。

(三匹の竜)

赤い悪魔は勝利を目前にして、黒竜による奇襲攻撃を受けた。
その被害は多大なものであり、時間切れ判定に持ち込むには、かなり不利な状況であった。

テツ「隊列を組みなおせ。
重装歩兵は輸送車に乗り込み、機動歩兵と足並みを揃えろ。
全軍一丸となって、敵総司令部左翼に集合。」

もう決戦するより他はない。それでも正面よりは、右か左、どちらかに兵力を寄せる方が、幾らかは有利である。

ゲン「右が金竜、左が銀竜、その上を黒竜が遊軍として舞っている。
まずは、黒竜を撃ち落して、それから銀竜だ。」

ゲンの指示が飛ぶ。
赤い悪魔の軍勢が、銀竜の近くに集結しつつあった。

ゲン「黒竜は一定時間飛んだ後は、必ず総司令部に戻って補給する。
そこを狙い撃て。」

飛行ユニットは、飛び続ける事はできない。補給行動の際に攻撃すれば反撃もできない。

タカ「今だ、黒竜が戻り始めている。」

飛行ユニットは機動性が高く、地上専用武器で射落とすのは難しい。しかし、敵の飛行目的地がわかっていれば、狙い撃つことができる。黒竜は、補給のために総司令部に戻ることができず、同じ場所を何度も旋回していた。

テン「そろそろ落ちるですう。」

黒竜は、その羽ばたきを弱めながら、落下していく。その落下地点で待ち受けていたユニットたちに囲まれて袋叩きに合うのだった。地に落ちた翼竜ほど惨めなものはない。燃料切れで火を噴くこともできない。

タカ「次は銀竜だ。
パターン攻略で行くぜ!」

前回、赤・緑竜を倒したパターンを今回も適応する。一度倒した敵は、パターンに当て嵌めて、次からはそれを適応するのが、ゲームの基本だ。

テン「行くですう。」

弥勒が銀竜の背中に飛び乗り、独鈷杵を打ち込む。すると、銀竜が後ろ足で立ち上がった。近頃の恐竜は後ろ足で立ち上がるという芸当を見せる。その背中を金竜に向けていた。金竜は銀竜の痒い背中を掻くように、弥勒を弾き飛ばした。
敵も同じ手は二度と喰わないということである。
弥勒も、既(すんで)のところで、自分から飛んだので被害は少なかったが、これで攻略パターンも振り出しにもどった。敵も味方も破損率が60パーセント前後である。ひとつ間違えば全滅の危機もあった。

ハル「ここから戦いが始まると思え!
敵は、悪逆非道な暴竜だ。
奴らが守る洞窟の奥深くには、何物にも変え難い宝物が待っている!」

そう、この竜たちを退けて、その奥深くに踏み込んだ時、僕たちは、希望という名の宝を手にすることができる。何としても、竜を倒さなければならない。そこに僕らの未来への扉が待っている。

☆ 更新 2004/04/01 ☆

(曼荼羅)

力勝負が続く。
もう、小技も策も通用しない。
肉弾戦あるのみである。
味方ユニットが1体また1体と傷付き倒れていく。敵の巨竜もまた深い傷を負っていく。炎が吹き荒れて、周囲を赤い悪魔のユニットが、飛び交う。後、どれだけ撃ち込めば、竜を倒すことができるのか、根比べである。集中力を先に切らした方が負ける。いつ果てるとも知れぬ無限地獄であった。

タカ「何か来るぞ。」

巨大な光の塊(かたまり)が、後方から迫って来る。しばし、戦いを忘れたように見惚れていた。

テン「竹千代さんですう。」

4体のユニットが輿(こし)を担ぎ、その上に竹千代のユニットが乗せられていた。

テツ「大日様の御降臨(ごこうりん)だな。」

竹千代のユニットは、この宇宙を遍(あまね)く照らす光明、大日如来をデザイン化したものであった。大日如来は、真言密教の本尊、宇宙の真理を具現化した姿と言われている。曼荼羅図の幾多の仏の中で、中心に御座坐(おんざましま)すのは、この大日如来様である。
ユニットとしては、移動能力が無い。総司令部にあって、ガードを固めるのが役割である。その分、戦闘能力は高い。かなり重いので、SHOP竹千代の社員が四人がかりで担いで来たというわけである。

竹千代「このまま銀竜に突撃する、後は任せるぞ。」

四人の社員は、大日様を担いで、銀竜のもとへ足を進める。炎のために、ユニットが融け始める。それでも歩みは止めない。

竹千代「もっと近付いてから降ろせ。」

竹千代は社長権限で無理な注文をするが、社員は跡形もなくとろけていた。

竹千代「この死は、無駄にしないぞ。」

大日如来は、輿の上に立ち上がると、手に持った錫杖を銀竜目掛けて振り下ろした。強烈な一打が銀竜の眉間を襲う。銀竜は怒りに任せて、大日様に噛み付いた。大日様が銀竜の口を引き裂こうとする。凄まじい戦いが繰り広げられていた。

テツ「銀の方は竹千代さんに任せて、俺たちは金を倒すぞ。」

毘沙門天が矛を振り上げて、金竜に挑み掛かった。もう、毘沙門天・弥勒・阿修羅以外のユニットは壊滅状態にあった。敵の金竜は、微弱ながらも、点滅を始めている。HP(ヒット・ポイント)が25パーセントを切ると、機体が警告信号を発するのだ。

ゲン「三人が対角線上になるように配置しろ。」

例え味方が敵よりも数が多くても、平行に面と向かい合っては効果が少ない。相手の側面や後方にまわると効果は倍増する。一番効果的なのは、敵を囲むようにして攻めるのが一番である。
正面に防御の高い毘沙門天が立ち、斜め後方から阿修羅と弥勒が攻撃する。ヒット・アンド・アウェイ、攻撃したら退く、隙があれば攻める。その繰り返しである。
蝶が舞い、蜂が刺す。
固い敵と戦う場合の基本である。
金竜が、甲高い悲鳴をあげる。
最期の瞬間である。
阿修羅の剣が金竜の脳天に突き立てられた。
側には、半身を引き裂かれながらも、僅かに点滅している大日様と銀竜の巨体が横たわっていた。

ハル「僕たちは勝った。
勝利の雄叫びを上げろ。
全国から集まった精鋭たちを薙ぎ倒して、見事栄冠を手にしたのだ。」

それが、赤い悪魔にとって初めての勝利の瞬間だった。
ここから始まる。全てはこの勝利からなのだ。

(メルマネ)

全国大会から数ヶ月が過ぎた。
大会は年に二回、次の大会までには、まだ日数があった。
"赤い悪魔"メンバーは、集まっては練習試合を繰り返している。次の大会にも勝たなければならないからである。互いに研究し、技能を磨いていた。

竹千代「笑いが止まらんよ。」

赤い悪魔の全国大会優勝を記念して売り出したTシャツが馬鹿売れしている。ビデオの販売も順調だった。生産量も少ないのだが、マニアの間では爆発的な売れ行きを示している。他にも携帯ストラップなど小物グッズが大受けだった。

竹千代「幾らか儲けが出たから、メンバーにも配当したいんだが、口座番号を教えてくれるか。
大した金額じゃないがね、気持ちだよ。
名前と住所がわかれば会員限定商品を送っても良い。」
ハル「それが、ちょっとねえ。」

ハルは言い淀む。
現金配当ならば、口座番号と口座名義人名が必要になる。現物支給ならば、住所と本名が知られてしまう。もう、ハンドル名ではいられなくなる。

ゲン「ネット・バンクを開設すればメルマネが使える。
商品は私書箱でも作るかな。」

メルマネとは、相手の口座情報を知らなくても、メール・アドレスだけで現金を送金できる仕組みだ。受け取る側は送られてきたメールに対して、承認手続きをすれば良い。メール・アドレスの登録された口座に入金される。

テツ「ネット上で商取引を行うならば、ネット・バンクを開設することをお勧めするね。
勿論、通常の金融機関に対しても、ネットから取引することは可能だが、口座名義人がネックになる。」

相手口座を確認するキーとなる項目は、口座番号と口座名義人名である。

タカ「あのカナで名前を入力するの嫌だよな。
何か間違えそうでさあ、半角・全角が混じったり、ブランク(空白)がずれたり。」

相手の口座を指定する時、普通は口座番号や口座名が必要になる。番号は数字なので間違いが少ない。下一桁にチェックデジットという数字が隠されている場合もある。
チェックデジットとは、下一桁を除く数字を、ある一定の法則で計算した時、下一桁の数字になるというものである。これで、口座番号全体の整合性を取っている。
しかし、名前となると話は違う。入力ミスの可能性は格段に高まるわけだ。半角カナの入力が原則なので、"ヅ"や"ズ"、"ヂ"や"ジ"など打ち間違えることがある。さらに、"五十嵐"などという名前は、"イガラシ"なのか"イカラシ"なのかわからない。ご丁寧に口座名義人名を漢字で指定してくるケースも少なくない。
送金電文を受け取った金融機関では、口座番号と口座名が一致した場合に正常に処理を行う。

テツ「基本的には、名義人の照合はプログラムで行う。
エラーデータがあれば、人間がチェックを行う。」

膨大なデータを人間が処理することはできない。しかし、人間が見れば単純ミスと理解できるケースもある。どこまで認めて、どこから弾くかは、最終的に金融機関(人)が判断することになる。

(口座チェック)

ユキ「金融機関の自動受払機で送金を行えば、相手の銀行・支店を選択して、口座番号を入力するだけで、口座名が表示されるけど。」

通常の金融機関で送金処理を行う場合、口座番号だけ入力すれば、名前を入力しなくても良い。自動的に表示される。

テツ「あれは、口座チェック処理を行っている。
口座番号に該当する口座が現実に存在するか。
あるとしたら、それが誰の口座か、オンラインでチェックしているのさ。」
タカ「だったら、パソコンでも、口座番号入れたら、名前出るようにしてくれよ。」

タカの言い分は最もである。口座チェック処理を行えば、名前の入力でミスすることもないし、第一、振込口座そのものを間違えることがない。

テツ「それが、そういうわけにはいかないのさ。
同じ金融機関の中ならば問題は少ないが、他行つまりは他所(よそ)の金融機関のデータベース(個人情報)にアクセスしない限り、口座のチェックは出来ないわけだ。
金融機関同士ならまだしも、パソコンの一般回線から金融機関のデータベースに口座チェックをかけるのは、セキュリティ(機密保護)上の問題がある。」

技術的には、大した事ではないが、安全上は絶対とは言えない。

タカ「おっさん、詳しいな。」
テツ「誰がおっさんだ、俺とお前のどっちが若いかなんて誰にもわからんぞ。」

言葉や文章だけで人を判断できないのが、仮想空間である。

ゲン「やり方はいろいろある。
口座番号と口座名を本体情報と切り離して、チェック用データベースを作っても良い。
流石にパソコンからハッキングして、本体情報が盗まれたら事だからな。」

コンピューターは、常にセキュリティの問題が絡んで来る。情報漏洩の危険を孕んでいる。勿論、情報漏洩という犯罪は、コンピューターの無い時代にも存在した。しかし、コンピューターという道具を使用することによって、短時間に膨大な情報を盗むことが可能になったのである。
何事にもリスク(危険)は存在する。自動車の発明により、人々の暮らしは目覚しい発展を遂げた。けれども、日々交通事故で被害は跡を絶たない。誰も自動車を廃止しようと言い出す者はいない。つまり、世間は、交通事故というリスクを容認していることになる。

竹千代「使い勝手を考えたら、個人の情報端末(パソコン・携帯)からでも口座チェックができたほうが良い。
しかし、通常の金融機関にメリットがあるかどうかの問題もある。
手数料が絡んだビジネスだから、顧客がネット・バンクに動いても困る。」
テツ「縄張りは荒らされたくないが、個人の情報端末(パソコン・携帯)やネットという新しい手法を無視するわけにもいかない。」

既得権益を守りながらも、世間の反応を伺っている。何処かがやると一斉に同じことをやる。習性のようなものである。

MrX「うちもネット・バンクやってるよ。
赤い悪魔、御用達の金融機関に指名して下さい。」

くじらの社員MrXが、自社の売り込みに駆け付けて来た。企業としては金融機関から金を借りるよりも、金融業始めて金を集めた方が割安である。

(金融の公道)

ゲン「金は論理的な性質を持っている。」

あの紙切れや金属片に、金銭相当の価値を持たせているのは、その国の政府や中央銀行に対する"信用"というものである。つまり、お金の正体は、あの紙や金属ではなく、"信用"なのだ。従って、"信用"があれば、あの物理的な物体(紙・金属)は、必ずしも必要ではない。

ゲン「金に限って言えば、全てデジタルに置き換えることができる。」

現在でも、指定口座に給与振込があり、支払はカードで済ませる。一切、現金に触れることなく生活することが可能だ。

ゲン「だから、金が自由に行き来できるシステムが必要になる。」
テツ「現実には、金融の流れには幾つもの関所がある。そこで手数料を徴収されたり、口座チェックが掛かったりして、流れが滞(とどこお)る。」
ユキ「ちょっとした買い物にいちいち手数料取られたり、送金の手続きが面倒だったり。」

お金は、本来自由に流通すべきなのだが、利用者それぞれの金融機関を経由するために、その都度、摩擦が発生する。その摩擦を関所と言い換えても良い。

ハル「みんなが同じ金融機関に口座を持てばスムーズに金が流れるんじゃないか。
口座チェックもうまくいきそうだ。」
竹千代「確かに。
しかし、金融機関がひとつになってしまったら、自由競争の原理に反するのじゃないか。」

金利や使い易さ、様々なサービスにおいて、競争がなくなるのは良くない。

ジロ「でも、横並びじゃない。」

自由競争を感じさせるほど、各金融機関のサービスに格差があるとも思えない。

ゲン「ならば、切り離せば良い。
金融の自由な流れを実現するための無利子口座と利殖を目的とするための有利子口座をね。」
テツ「入出金、送金、自動引落などの処理を行う流動的な預金に関しては、無利子にして手数料も取らない。そういう金融システムをみんなが利用する。」
竹千代「定期預金や長期預金など、利殖を目的とした預金に関しては、これまで通りに各金融機関が自由競争をすれば良い。顧客は利子が高く安全な金融機関を選ぶことになる。」

預金の性質によってふたつに分離するのである。資産を安全に保管したい。自由に動かしたい場合は、国民共有の無利子口座に預ける。逆に危険を伴っても利殖したいと考える場合は、自ら自由に金融機関を選別して委ねる事になる。利殖を伴う預金だから、保護の必要もない。

ユキ「ただ、単純にお金を払ったり受け取ったりするだけなら、ひとつで良い。
その方がわかりやすくて使いやすいね。」
タカ「幾つも金融機関があって、手順が違ったりすると、面倒だからな。」
MrX「でも、それは民間企業がやるのは難しいぞ。
勘弁してよ。」

金融の公道とでも呼ぶべきものである。この道を通る金は、システムが続く限り、瞬時に遠隔地を行き来できる。その際に手数料が掛からないのは、一般道路と同じである。ひとつの組織内だから、口座チェックも容易となる。但し、利息は付かない。一切、利潤は目的としない。それでも実現したら、集まる金額の量は膨大なものとなるだろう。要払性預金・流動性預金(但し無利子)の一元管理である。
ゲンの頭には、具体的な方策が、組みあがりつつある。
国民ID、相殺口座、ログ(履歴)、人体認証、現金廃止、などがキーワードとなる。簡素でセキュリティに優れ、不正を認めないシステム。理想か現実か、それは人々の考え方次第なのだ。

☆ 更新 2004/04/08 ☆

(グッズ)

配当に関しては、"くじら"のネットバンクに口座を開設することになり、メールで送られることになった。会員限定商品を希望する者は、竹千代のもとに住所・氏名を連絡して配送してもらうことにした。

タカ「俺も携帯ストラップ欲しいよ。」

タカは竹千代にも正体を知られたくなかったので、商品を受け取れない。一般客を装ってホビーSHOP竹千代に行っても、会員であることを証明しなければ限定品は買えない。
タカは、自分の愛機"阿修羅"のストラップを手に入れることができなかった。

MrX「ゲーム雑誌にも、コマンダーの全国大会が記事になってる。」

記事は、ゲームに留まらなかった。パソコンやネットの専門誌。人気グッズを特集した雑誌。Tシャツは、ファッション雑誌の片隅に掲載されていた。

竹千代「全国大会の影響力は大きいよ。 ほとんど口コミに近いんだろうけど、生産が間に合わず悲鳴を上げてる。」

これは大量生産しないところが良い。品薄状態が、逆に購買意欲を高める。このような商品は、追加で大量生産すると酷い目に合う。熱病が蔓延した時に、一気に売り切ってしまわないと、大量在庫を抱えることになる。

MrX「次の全国大会もある。
このグッズでもう少しは稼げるよ。」

MrXは、量産を促しているが、竹千代は慎重に情勢を伺っていた。

MrX「実はね、次の大会から決勝リーグのゲーム中継が出来そうなんだ。」

前回大会の決勝ビデオの売れ行きを見て、スポンサーが現れたのだ。

MrX「深夜の30分枠くらいだけどね。
試験的に流してみたいそうだ。」
ゲン「スポンサーはどこですか。」

ゲンの質問に、みなが注目した。

MrX「玩具メーカーの老舗(しにせ)、ナイフだよ。」

大型玩具メーカーのナイフと言えば、昔は花札やトランプを製造販売していた会社である。それが、つい二十年ほど前に、家庭用のTVゲーム機を発売して、記録的な大ヒットを飛ばした。家庭用TVゲーム機は、他社からも売り出されていた。しかし、ナイフが自社開発したソフト、"スーパー・コング"の大ヒットにより、"スーパー・コング"をプレーするためにナイフのゲーム機を購入するという現象が発生したのである。

竹千代「あの頃は、忙しかったよ。」

竹千代が苦笑する。竹千代とMrXは、かつて大型玩具メーカーのナイフに籍を置いていたことがある。

ハル「スペース・インベーダーから始まったアーケード・ゲーム(ゲーム・センター)の流れが家庭にまでやって来たんですね。」
竹千代「そう、その魁(さきがけ)となり道を切り開いたのがナイフさ。」
ハル「また、あの時みたいな大ブームが巻き起これば面白いけれど。」

ナイフが起こしたTVゲーム機の大ブームは、もはや伝説である。ここで、また、ネットゲームでの大旋風を期待したくなるのが人情というものだ。

テツ「そう言えば、次の全国大会にコマンダーのOB連中が戻って来るらしい。」

ネットゲーム"コマンダー"を初期の頃からプレーしていたベテランたちが、第一回全国大会に刺激されて、カンバックすると言うのだ。飽きてしまったり、様々な事情で、一時期プレーを離れていた者が、全国大会の盛り上がりを見て帰って来る。

MrX「ああ、言い忘れていたけどね、ナイフからもチームが参戦して来るよ。 彼らは、ほとんどプロみたいなものだから、十分気を付けてくれよ。」

次の大会の敵は、コマンダーOBに大型玩具メーカーのナイフということになる。どちらも一筋縄ではいかないが、だからと言って負けるわけにもいかない。TVで中継が始まれば、こちらも半分はプロだ。これが成功するも失敗するも、赤い悪魔の戦いに掛かっている。道が険しいほど、勝利の喜びは深い。ひとつだけ言えることは、赤い悪魔は着実に前へ向かって歩いているということである。

(白い天使)

テツ「OB連中は、かなり派手にやってるよ。」

かつて、このバトル・フィールドを闊歩したプレイヤーが、ぞくぞくと帰って来ていた。技術的には優れたものを持っている。少し、プレーを重ねれば、”感”はすぐに戻る。そう言った連中が集合して、新チームを形成しはじめていた。

タカ「ところで、テン、知らないか。」

前回の全国大会が終了してから、テンがサイトに姿を見せる回数が激減していた。それが、ここ最近は、まるで来なくなっている。チームの者も心配はしてはいるのだが、こちらから連絡する術はない。
チーム"赤い悪魔"は、前回の優勝もあり、続々と優秀なメンバーが集まって来ている。テンは優れたプレイヤーではあったが、穴を埋める人材には事欠かなかった。"弥勒"を使いこなすプレイヤーもちらほらと出始めていた。

竹千代「こればっかりは、どうにもならんよ。」

来る者は拒まず、去る者は追わず、の例えにもあるように、赤い悪魔には何の拘束力も無い。あくまでも有志の集まりなのである。

ハル「ところで、ナイフから参入するチームの情報は入ってるかい。」

ハルはナイフの存在を不気味に感じていた。自らスポンサーを買って出たのである。生半可なチームでコマンダーに参入して来るはずはなかった。

MrX「"白い天使"。」

MrXが現れる。

竹千代「何だ、それは。」
MrX「ナイフが送り込んでくる新チームの名前さ。」

大型玩具メーカー・ナイフのチーム名が"白い天使"。その名前は、明らかに前回優勝者"赤い悪魔"を意識したものであった。白と赤、そして天使と悪魔、まさに対照的である。

ユキ「何だか嫌だね。」

その名前を聞いただけで、何か自分たちが敵役にされたような、不安な思いにさらされるのである。

ハル「イメージ戦略だな。
赤い悪魔に対する、あからさまな挑戦と受け取っても良い。」

厄介な事になる。事情を良く知らない人たちが、字面(じづら)として"白い天使"Vs"赤い悪魔"を見たならば、完全にこちらが不利な立場に立たされることになる。

竹千代「天使と悪魔か。
どちらが大衆の支持を受けられるかは、時代の審判ということになるな。」

竹千代にとっては、商品イメージが何よりも優先した。
大衆は気まぐれである。全部が全部、天使を支持するとは限らない。逆に悪魔が限られた者に強く支持される事もある。メジャーに対する気恥ずかしさと反抗とも言える。同じものを身に付けて安心したいと思う気持ちと、自分独自のものを身に纏い個性を出したいと願う気持ちである。
大衆の支持を集めるよりも、少数精鋭で、根強い支持を獲得するのも戦略のうちである。少なくとも、今の赤い悪魔は、そのような戦い方が相応しい。ネーミングによって苦境に立たされたならば、実力を示さなければならない。勝って赤い悪魔の存在を示せば良い。
しかし、竹千代にも不安があった。敵は全国大会TV中継のスポンサーである。商売をするものにとって、スポンサーほど怖いものはなかった。

(対象年齢)

"白い天使"の噂はネット上を駆け巡ったが、その実態はなかなか明らかにされなかった。それでも、"赤い悪魔"の対抗馬として、次の全国大会を盛り上げるには、絶好の話題であった。TVでのゲーム中継の企画も"コマンダー"人気に拍車をかけるには十分であった。
ベスト4に残れれば決勝リーグに出られる。自分たちのプレーがTVで放映されるのだ。まさにネットゲームの快挙である。各チームはデザインを磨き、反射神経を鍛えながら、その日を心待ちにしていた。
OBチームは、選りすぐりのメンバーを選出して、"グリーン・ベレー"を組織した。デザインは軍隊調のオールド・スタイルを踏襲している。しかし、その戦略、戦術は基礎を十分に叩き込まれた筋金入りのものであった。懐古調のファッションが、ミリタリー・マニアの心を擽(くすぐ)っている。
さらに、要注意のチームが出現した。前大会で、赤い悪魔に敗れた"黒騎士"・"将軍"・"ドラゴンの牙"が混成チームの結成を発表したのである。チームのコンビネーションのバランスをどのようにとるのかは不明なのだが、単純に能力を加算するならば、新たな強豪チームとなるだろう。

テツ「話題性は十分過ぎるほどだ。
喜ぶべきだろうな。」

状況は良い方向に向かっている。周囲の実力は向上して、環境も一歩一歩、メジャーへの階段を上っていた。唯一、懸念材料があるとしたら、赤い悪魔の内部に緊張感が薄れていることであった。前回はとにかく勝つことに集中できた。限られた時間の中で訓練し、ユニットのデザインや音楽を作った。あれこれ考える暇なく突き進んだのだが、基本形が完成してしまうと、余裕が出来てしまう。

タカ「こう、何か、突き立てられるような刺激がないんだよな。
それよりも、じりじり追い立てられる感じ。
早く、大会が始まってくれた方が良いぜ。」

赤い悪魔は、いつの間にか追われる側にまわっていた。

竹千代「相変わらずグッズの売れ行きは好調なんだが、TV放映に合わせてグッズの対象年齢を絞り込まなければならなくなってきた。」

ネット上に年齢制限はない。しかし、頻繁にネットゲームを楽しむとなれば、十代半ば以上ということになるだろうか。だから、赤い悪魔のグッズも比較的対象年齢を上に設定して販売促進してきた。それがマニア受けの要因でもある。

ハル「でも、TV放映が始まれば、視聴者の年齢層も広がる。
ゲームということになれば子供たちも見ることになる。」
テツ「ナイフの狙いは子供たちだろう。
商品をヒットさせるには、子供を巻き込む方が有利だ。」

ゲーム関連で、一般に浸透するような大ヒットを生むには、低年齢層の子供を巻き込む必要があった。大人になればなるほど個人の嗜好は別れるが、子供はみな同じ物を欲しがる。子供に受ける物を作れば、爆発的なヒットとなる。

竹千代「ナイフもスポンサーになる以上、そこが狙いだろうな。」

これは"白い天使"と"赤い悪魔"という単純な図式ではない。メジャーとマイナー、大型企業とベンチャー企業、ミーハーとマニア、大型玩具メーカー・ナイフとホビーSHOP竹千代の戦争なのである。

(深夜番組)

ユキ「でも、そんな深夜番組を子供が見るのかな。」

低年齢層の子供がTVを見るような時間帯ではない。

ハル「ほとんどがビデオ録画になる、と思う。
夜中の十二時過ぎて、生(なま)でTVを視る視聴者は限られてるよ。」

朝、午前6時〜7時に起きると仮定すれば、逆算して午前0時くらいに眠るのが標準的だろう。

タカ「ビデオに録るんなら、夜中の寝ている間の方が都合良いね。
起きてる間にビデオ見て、夜間に新しいビデオを補充するんだ。」

TVそのものを生で視ることが少ない。ビデオに録画して、見たい時に見たい番組を視聴する。そのように考えれば、放映時間帯は裏番組と重ならない、または、深夜の方が良いくらいだ。

ハル「ビデオが溜まり過ぎてCMが季節はずれになる。
スポンサー泣かせだな。」

番組は客寄せ、本当はCMを見てもらいたい。それが民放の宿命である。スポンサーはCMを見せるために、番組に資金提供をする。

ジロ「深夜、疲れきったところを、癒してくれるような番組が欲しいですね。
ゲーム中継も音声や効果音控え目にして、心良い音楽を流す。
絵画を鑑賞するような映像を作りたいです。」

ジロは、自分のデザインに自信を持っている。他のチームのデザインにも優れたものが幾らでもあった。それらが入り乱れて、一枚の絵を作る。それをじっくり鑑賞するのも良いのじゃないか、と思っている。

テツ「俺は、プロレス中継みたいに、がんがん騒いで欲しいね。
一日の締め括りは爽快に終わりたい。」

好みは人それぞれである。同じ映像に対して、どのようなBGMを望むのかは、いろいろあって良い。

ハル「音声切り替えで、うまくやれるんじゃないかな。」

実況中継タイプと音楽映像タイプを選択して楽しむという企画はどうだろうか。

竹千代「正直な意見として、プレーのCG映像を見るだけでも価値があると思うよ。
世代によってはカルチャー・ショック(文化格差)を感じるかもしれん。」

CG(コンピューター・グラフィック)を当たり前に見て育った世代には、わからない感動が、そこにある。

ハル「ゲーム、つまりは競技という観点からだけでなく、映像を見せる、音楽を聞かせる、という視野からもアプローチしたい。」
竹千代「かつては、映画が総合芸術と言われていたが、ゲームはそれに匹敵すると思うね。
すでに、ある部分では重なりつつある。」
ハル「ゲームは筋書きの無い映画だ。」

ハルは、即興でコピーを作る。映画はシナリオによって演じられる。カメラも基本的に一方向からの映像となる。ゲームの映像は、プレイヤー次第で何が起こるかわからない。同じ場面を同時に全方向から表示することも可能なのだ。
どちらにしても、やる以上は陳腐なものにはしたくなかった。あまり低年齢層を意識する気はないし、ゲスト・コメンテーターを並べて座談会をやるつもりもない。映画やドラマだって、放映中に口を挟まれては、興冷めがする。コメントは別の機会に、別の場所でやってくれれば良い。
このゲーム内で表現される映像も音楽も、必ずや人を魅了すると信じているからである。

☆ 更新 2004/04/15 ☆

(たったひとつの名前)

タカ「テンの奴が消えちまったよ。」

タカは、ネット上を検索しまくっている。いろいろな伝手(つて)を頼って情報を集めるのだが、消息は以前として知れなかった。

タカ「わかってるのは、"テン"という名前だけだ。
同じ名前が検索に幾つも引っ掛かるけど、どれも別人だよ。」

ネット上の名前、ハンドル名は短い。赤い悪魔のメンバーもカタカナ2〜3文字程度の名前が最も多い。しかも、人気のある名前は、誰もが使いたがるから、名前が重複することもよくある。

ハル「名前だけを頼りに、個人を特定するという行為は至難の業(わざ)だよ。」
ゲン「主張や思想も、全ては名前に付随する。
だから、名前は重要だ。
できればユニークな名前が望ましい。」

名前は、本来、その人間が誰なのか識別するためのものだが、現実には名前は重複して存在する。これはネット上だけでなく、実名でも同じことが言える。

テツ「況して、ネット上ならば幾つも名前を持てる。
使い捨ても自由だ。」
ヒマンジ「名前は呪いだって言いますからね。」

新人キャラである。名前からして重そうだ。マニアックな雑学が得意分野である。

ヒマンジ「相手を呪うのには、相手の持ち物や、相手の正確な名前が必要になります。
だから、古代、高貴な血筋な人たちは、自分の本当の名前を隠したと言います。
政敵に利用されないために。」

物でも生物でも、それに名前が付くことによって、はじめて存在が特定される。
例えば犬。"犬"という名前では数が多すぎて、どの犬か特定することができない。"ポチ"という名の犬ならば、ある程度限定できるが、それでもポピュラーな名前だから、同じ名前を持つ犬は、他にもいるに違いない。
人間も同じ、苗字だけならば同じ人は沢山いる。フルネームにすれば間違いは少ないが、それでも同姓同名の人間はいるはずである。例え名前に生年月日を付加したとしても、完全に個人を特定できるという保証はない。

ハル「僕らは、自分が自分であることを証明する名前。世界にたったひとつ自分にだけ与えられた名前を持っていない、ということになる。」
ヒマンジ「名前は、呪文としては、かなり強い力を持っています。
それでも、たったひとつの名前としては力不足なんです。」

言葉は、ある事実を限定すればするほど、力を増すことになる。その言葉の力を呪いとか呪文とかいう表現に置き換えても言い。明確な言葉、なにものにも置き換えられない言葉ほど強力である。

ゲン「我々は、自己識別を目的とした、絶対的な名前を持つべきだ。」
テツ「現実には、俺たちは、そういう名前を幾つか持っている。」

運転免許証、健康保険証、年金手帳、それぞれ個有の番号が振られているはずだ。これらのように本人に知らされているものもあるが、知らないところで勝手に番号が振られて、管理されているものも、かなりあるだろう。 クレジット・カードなんかもそのひとつだ。

ゲン「個人が、複数の名を持つことは効率的でない。
全ての人間が、たったひとつの名を持つ必要がある。」

老若男女、その全てが同じ体系に基づく、たったひとつの名前を持つことが重要だ、とゲンは考えている。名前は一元管理されることによって力を発揮する。用途に応じて、ばらばらの名前を用いるなどは、無駄なことなのである。人間が、番号で呼ばれて、管理されることに対して、感傷的になり反対する人たちは多いだろう。それならば、数字でない他のものに置き換えても良い。とにかく必要なのは、その人間を特定できる名前なのである。数字かアルファベットかカナ文字かなどは、どうでも良いことなのだ。

(本人確認)

テツ「ヒトという動物がそこにいれば、誰でもそれをひとりの人間として認識できる。
しかし、それが誰なのか、と言うことになると、証明することは難しい。」

これはネット上だけでなく、実生活でも同じことである。顔見知りならば、大体わかるが、それが事実かどうかは知りようがない。

ユキ「身分証明書を見せてもらえば。」
ゲン「公的機関の発行した証明書じゃないと信用できない。
写真が付いていなければ、確認のしようがない。」

一般的なのは、運転免許証ということになるが、免許証は全員が持つことを義務付けられているわけではない。免許証の顔写真と住民票を結びつける明確な証拠もない。

ハル「今までは難しかったけれど、人体認証の仕組みが出来れば、本人を確認する手段としては、飛躍的に進歩するのじゃないか。」
ゲン「全員が強制的に登録を義務付けられる。
人体認証の精度が、100パーセント個人を特定できるものであればOKだ。」

人体認証とは、指紋や虹彩(目の中の色のついた部分)、血管の配置などによって、個人を認証するシステムである。それを予(あらかじ)め登録しておいて、チェックの度に比較照合して本人かどうかを確かめる。

竹千代「指紋を登録するだけでも、犯罪者扱いするな、と抵抗する者が多い。
国民全体に強制するとなると、大変だな。
番号管理に反対する人たちと感覚は似ている。
具体的な反対理由よりも感情的に嫌なのさ。」

今の世の中、技術的に可能な行為でも、新しい手法に対する拒絶反応から受け入れを拒んでいるケースがある。

ゲン「全員登録して、重複チェックを行う。
重複の無いことを確認した時、はじめてそれがユニークなID(名前)と言える。」

ゲンの言葉には、否応が無い。

ハル「当面、識別コードには番号を、パスワードに人体認証を使えば良いんじゃないか。」
ヒマンジ「今、現在、国民全員に遍く行き渡っているコードがあります。
でも、実際はあれほど強力な呪文を使いこなしてはいませんがね。
あれが、どれだけの呪術を秘めているか、その意味を理解している者は少ない。」

ものは使いようなのだが、ただ番号を振っただけでは、どうにもならない。

ユキ「あの番号に、そんな深い意味があるの。」
ゲン「全てを統一するための、たったひとつの指輪かな。」
ハル「何だか、ハリー・ポッターが箒に乗って飛んで来そうだ。」

みんなヒマンジの言葉に合わせて冗談めかしているが、統一されたコードが真価を発揮すれば、全ての情報はそこに集(つど)うことになる。人体認証によって、全ての人間が、確実にユニーク(同一ではない)な個人であることが確認できれば、そちらが新しい呪文となるだろう。全ては、ひとりひとりが、自分が自分であるための、たったひとつの名前を持つことにより始まる。それが出来て、はじめてシステムは正しく構築される。小手先の芸当を続けていれば、やがてシステムは、複雑化し混乱して、どんどん使い難いものとなるのだ。

(同姓同名)

ヒマンジ「例えば、鈴木太郎という名を、心に念じて呪いを掛けたとする。
しかし、世間には鈴木太郎という名前の人物が何人か居て、誰に呪いが掛かるかわからない、もしかしたら全員に少しずつ影響が出るかもしれない。
同じ名前を持つ人間が多ければ多いほど、呪文は命中率が下がったり、影響力が薄れたりするんだ。」

名前が重複することによる弊害を、ヒマンジは呪文に例えて、命中率や影響力という表現で言い表した。

タカ「普通の人間が、呪いなんか掛けるか。」

一般人が、あまり呪術を信奉しないのも事実だ。

テツ「言いたいのは、現実社会においても、名前が重複すると処理が二重になったり、洩れたりすることがあるってことなのさ。」
ユキ「でも、実生活で同姓同名の人間に出会う確立は少ないよ。
まあ、学校や大きめな会社でも、1組あるかないか。」

確立的には多いとは言えない。近所を探しても、同姓同名の人間が簡単に見つかることはない。

テツ「昔のように社会や世間が狭いうちは問題が少なかった。
何事も手作業ですませ、小さな地域単位で物事を処理している間は、人間の頭(記憶)だけで作業出来た。」

権兵衛さんとこの三女と熊五郎さんとこの婆さんが、同じ"うめ"という名前だったとしても、誰もが顔見知りの社会ならば、不便は無かった。
しかし、人口が増加して、人々の地域移動も頻繁に行われるようになった。
先祖伝来、その土地で暮らす者の比率は、どんどん減少していった。

ハル「人の記憶だけでは到底無理だし、紙の帳簿も膨大な量となり、古くなった物は破棄されていく。」
ヒマンジ「それまで呪術道具だった"紙"・"鉛筆"・"算盤"は、"コンピューター"に取って代わられた。」

人間が処理している時は、同姓同名だとしても、何となく他の情報から、その個人を特定していた。しかし、コンピューター処理では、そういうわけにはいかない。コンピューターは、データを名前の順番に並べて、おそらくは同姓同名の中から、一番上に位置していたデータを読み込んで処理するだろう。

テツ「これが、お金に関わることならば、同姓同名の中の誰かひとりだけが処理対象となり、他の者は未処理となる。
ひとりだけが受け払いの対象となるのさ。」
ユキ「そこで、戸籍上の名前とは別の名前、管理番号もしくはIDが必要になるのか。」

戸籍上の名前も絶対ではない、という事実の証明である。

ハル「現実的には、もう手作業で帳簿をつけるなんて考えられない。」

人間はミスを犯す。コンピューターもミスを犯す。コンピューターのミスには2通りあって、ソフト(プログラム)のミスとハード(機械)の故障である。ソフトのミスは訂正されれば、次から同じミスは発生しない。ハードの故障は修理するしかないが、確率的には少ない。人間はミスを繰り返し、帳簿の量と比例してミスも増える。
ある一定規則に基づいた作業を行うならば、コンピューターの方が優れている。人間にしか出来ないのは、同じケースなのに、何故か意図的に違う処理結果を出すことである。これを"融通"とか"手心"とか"如何様(いかさま)"と呼んでいる。

ゲン「これで証明された通り、コンピューターで個人情報を処理しているところでは、全ての個人に管理番号(ID)を付けて処理している。
今更、人間に番号を振るのを非人間的などと騒ぐのは愚かなことだ。」

ここまで来ると、ようやく、個人がたったひとつの名前を持つことの意味がわかってきたと思う。君たちが、普段使用している戸籍上の名前も、結局は渾名(あだな)やニックネームと代わりはしない。ハンドル名と同列の存在なのである。この名前は、日常生活で不便は無いが、重要な処理において、役には立たないものなのだ。

(昔の名前で出ています)

突如演歌調の曲がBGMと切り替わった。
小林旭の「昔の名前で出ています。」という曲である。

竹千代「どう、良い曲だろう。」
ユキ「竹千代さんの趣味なの。
結構、歳いってたりして。」
竹千代「いや、それほどでもないけど。」

竹千代は答えをはぐらかす。世代が同じというわけでもないが、実は問題提起のつもりで、この曲を流したのだ。この曲は水商売の女性が、職場を転々とする度に、源氏名(職場での仮名)を変えるのだけれど、昔の知人に会いたくて、またその頃の源氏名を名乗るという歌である。

ハル「つまり、重複した名前を持つのではなく、逆にひとりの人間が複数の名前を持つというケースですね。」
竹千代「御名答。」

前回は、ひとつの名前を複数の人間が共有した。今度は、ひとりの人間が複数の名前を持つ場合である。

ユキ「ネット上ではごく普通、実生活でも私生活と職場では違う呼び名を持ってるね。」
ヒマンジ「本当の名は誰にも教えない。
呪われたら困るからね。」

実際にひとりの人間が、様々な呼び名で呼ばれている。

ゲン「人間同士が呼び合う分には問題ない。
しかし、情報処理の分野では不都合が生じる。」

ゲンが例を上げた。
例えば、交通事故を起こして意識不明になる。病院に担ぎ込まれて緊急処置を受けるが、患者は極端なアレルギー体質で、使用した薬の副作用で、助かる命も救えなかった。被害者は運転免許証を携帯していたが、保険証は持ち歩いていない。
もし、免許証番号と保険証番号のふたつの名前(番号)が同じで、その名前(番号)から過去の医療データが検索できたとしたら、このような事故は発生しなかったはずだ。さらに、A病院での治療記録がB病院でも検索できた方が良いだろう。
そのために必要なものは何か?
たったひとつの名前である。
名前がひとつならば、情報を瞬時に集める事ができる。勿論、守秘義務があるし、誰でも自由に検索できるというわけにはいかない。

テツ「金融機関の口座も、幾つでも持てるだろう。」

異なる金融機関ならば口座開設に何の問題もない。同一金融機関でも口座を複数開設することは可能である。

ハル「二ヶ所以上から収入を受けている者は、口座を分けちゃうと、総収入が良くわからないね。」

二つの口座に分かれて入金された現金を、ひとつに繋ぎ合わせるものは、何処にもない。ふたつが異なる金融機関ならば、まず調べることは出来ない。つまり、ふたつの口座は異なる名前を持っていることになる。その人の年間総収入が明確でないと、事務手続き上、困ることがある。使い方によっては、良からぬことにも繋がる。

ゲン「口座にたったひとつの名前を付ければ良い。」
ヒマンジ「口座に呪いを掛ける。
もう、悪いことができないようにね。」
ハル「結局、たったひとつの名前に行き着くね。」

テンの消息を探ることから始まった名前論争も、行き着くところは、たったひとつの名前ということになる。この呪文を唱えれば、たちどころに必要な情報が集まって来る。プライバシーの問題や情報漏洩犯罪もあるから、情報の取得に関しては制限が掛けられることになる。しかし、緊急時や犯罪に対応するには、たったひとつの名前は強力なのだ。人体認証の技術も含めて、たったひとつの名前の有効活用を検討して欲しいものである。

☆ 更新 2004/04/22 ☆

(フィギュア)

MrX「いやあ、素晴らしい、君たち面白いよ。
立場上、支持できない考えもあるが、貴重な人材が集まりつつある。」

MrXは、赤い悪魔で交わされる会話に、密(ひそ)かに耳を傾けていた。さまざまの世代・性別を超えた意見の交換から、新しいアイディアが生まれて来る。MrXは、"くじら"の社員という自分の立場を忘れて共感を覚えた。

MrX「言い難いことなんだけれど、私は玩具メーカー"ナイフ"との交渉担当役に選ばれたんだ。
今後は、ナイフの担当になるから、"赤い悪魔"とは距離を置くことになる。代わりの者に頼んで、なるべく便宜を図るように心がけるから、あまり悪く思わないでくれ。」

前にも言った通り、MrXと竹千代は、玩具メーカー"ナイフ"の社員だった。MrXは、その後、ネット企業"くじら"に移った。ここに来て、ネット・ゲームという分野で両社が協力することになり、そのパイプ役としてMrXが抜擢されたのだ。

ハル「そういう事情ならば、仕方ありませんね。
新しい仕事、がんばってください。」

ハルは不安を覚えていた。MrXという相談役を失えば、ゲーム中継に対する企画や構想の意見を反映させることが難しくなる。玩具メーカーの思惑に乗せられて、低年齢向けの番組にされては、堪(たま)らなかった。

ゲン「第二回全国大会に向けて最終調整に入っている。
特に問題はない。実力も上がって来ている。
ゲームに関して言えば、死角はない。」

企業の参入やテレビ中継を控えて、問題はゲームだけでは解決しないところへ進もうとしていた。単純にゲームの勝敗だけではなくなってきている。迂闊に相手のペースに乗せられては、ゲームそのものが喰われてしまう。赤い悪魔のキャラクターたちが、ナイフに良いように利用されないとも限らなかった。

竹千代「今は慎重に行動しなければならないな。
私のところにも、ナイフから内々に連絡が入っている。」

赤い悪魔のキャラクター・フィギュアを量産しないか、という話がある。阿修羅・毘沙門天・弥勒・大日如来などをフィギュアとして売り出そうとナイフは持ちかけて来た。勿論、全国大会の決勝リーグに残り、ゲーム中継されればという条件付きである。

ジロ「それって、きついですね。」

ジロの創作グループで、赤い悪魔のフィギュアは、すでに製作されていた。ガレージキットと呼ばれるものである。原型を作り、その模(かたど)りに合成樹脂を流して、幾つか同じフィギュアを造る。設備が貧弱なので量産化は無理だが、一品々々手作りなので、仕上がりは良い。手間を考えると、割高な商品だが、マニアの間では結構売れていた。
同じ物を造るならば、大量生産の方がコストは安い。今までは、赤い悪魔というキャラクターを独占的に使えたからこそ商売になった。それを大型メーカーも作るとなれば、勝負にならない。

テツ「俺たちのキャラが"ナイフ"から売り出されて、玩具屋さんの店頭に並ぶのか。」
タカ「嬉し、恥ずかし、ってやつだな。」

赤い悪魔が成長していく過程で、次々と新しい問題が発生して来た。これまでは、自分たちの手作りでやってきた。それが持ち味でもあったのだが、メジャーな世界に飛び込もうとするには、そのスタイルを崩さなければならない。

竹千代「うちも商売だからね。
こんなチャンス逃したくないのも事実だ。」

竹千代も迷っている。しかし、キャラクターに関しては、赤い悪魔のメンバーの賛同がなければ、勝手なことはできないのだ。良い意味でも、悪い意味でも、現実に直面すれば、それぞれの利害や思惑が交差する。純粋にゲームに勝利すれば良い、という段階は過ぎ去りつつあった。

(ブーム)

ブーム、一時の熱情、嵐のように吹き荒れて、風のように去って行く。
あれは何だったのか、問い掛けても誰も答えられない。
それでも、あの時の興奮の余韻が微かに残るのだ。

竹千代「子供の玩具(おもちゃ)は消耗品だって言っただろう。」

竹千代は、商売人として、何とか赤い悪魔をメジャーな商品として売り出したい、古巣の玩具メーカー"ナイフ"を足掛かりにして、一旗挙げたいと狙っていた。しかし、感情的には、そんなに簡単ではない。

竹千代「マニア、有志の者たちが、長い年月を費やして育てた商品がある。
彼らは少年時代に満たせなかった願望を昇華させるために、より品質の高いものを求める。市販されたものに飽き足らず、自分で作っちまう奴も居る。彼らが求めて止まないものは、子供のそれとは違うものなのさ。
勿論、誰にも少年期がある。玩具が消耗品であることは証明済みだ。半年や一年サイクルでまわる子供向けTV番組に合わせて、商品を開発して一気に売る。次のシーズンにはキャラクターを入れ替えれば良い。良い商品とは、爆発的に売れて、すぐに飽きられるものなんだ。」

マニアが育てて来た商品を、メジャーに押し上げようとして、この流れに乗せてしまうと、大変なことになる。最初は珍しさも手伝って、話題にはなるのだが、マニアが練り上げてきた商品に、一般客がすぐに飛びつくかどうかは難しいところである。況して、対象を広げようと年齢層を下げれば、品質が落ちることになる。

ハル「何か凄いなあ、と思って鑑賞する。
でも敷居が高くて、買おうとまでは思わない。
たまに見るだけならば面白い。」
竹千代「商品の品質は宣伝できるが、価格に対する価値観は一般に浸透しない。」
時間を掛けてマニア化してきた人間には判る価値感というものがある。いろいろな店を捜し歩いて、価格を比較検討して、その商品の希少価値を、身をもって体験して来た者だけに通じる価値感がある。

テツ「そういう段階を踏まずに、一気に宣伝と言う名の情報操作によって、ブームに火を付けてしまう。」
ヒマンジ「若者は盛り上がりが好きだからね。
何よりも共感が重要だ。
そこに自己の感性が、どれほど含まれるかは未知数だ。」

マニアが手間隙(てまひま)かけて磨き上げてきた世界に、一般人や子供たちが押し寄せて来る。何だこれは、と憤慨しながら、馬鹿にするな、とマニアが引いていく。

ハル「やがて、熱病のように蔓延した流行病(はやりやまい)は跡形もなく消えていく。
荒らされた市場には、大衆は無く、マニアさえもいない。」

市場は、次の新しい爆発的な商品を求める。

竹千代「玩具は所詮玩具、消耗品なのさ。」
ゲン「まあ、マニアは、被災地を回って、目ぼしい商品の回収を怠らないけどね。」

消えたと見せかけて、姿を消したマニアたちは、流行病の名残(なごり)を記憶に止め、在庫商品を捨て値同然に拾い集める。マニアの魂が滅びることはない。

ヒマンジ「過去を振り返りながら、あのブームも傑作だったな、なんて話のネタにする。」

ヒマンジの皮肉が、玩具マニアの胸を刺す。まるで、丹念に育てあげた田畑を収穫寸前に、台風にもっていかれたような悲しさである。

ユキ「結局、竹千代さんが言いたいのは、赤い悪魔も短期的に盛り上げて、潰されることになるだろうってことなんでしょう。」
竹千代「経験から言わせてもらえば、盛り上がりは、終末の予感。」

潰されるという表現が適当だとは思わない。しかし、それまで土の中で溜め込んでいたエネルギーが陽の目を見ることになった瞬間、一気に発散して、燃え尽きてしまう。しばらくすると、自然消滅するのだ。ほんの一瞬でも認められてしまったことで、逆に気合抜けしてしまうのだ。人は迫害されることによって、結束を強め意思を保つことができる。何となく理解されてしまっては、戦う理由を失ってしまう。

(SD)

第二回全国大会が始まった。
前回優勝者の"赤い悪魔"はシードされている。ゲーム中継の噂を聞き付けて、一気に増えた参加者によって、予選は大賑わいである。"赤い悪魔"も予選開始から1ヶ月後に、ようやく初戦を迎えた。

タカ「俺の出番だぜ。」

訓練の末、体の隅々まで染み込んだテーマ曲を聴きながら、"赤い悪魔"の軍勢は進撃を進めていく。

テツ「まあ、こんなところか。」

描写する場面に事欠くほど、呆気なくゲームは終わる。動きは訓練されて、パターン化されていく。考えなくとも、感覚が自動的に反応する。時折り、変則的なケースが発生した場合だけ、自分で判断を下したり、総司令部の指示を仰ぐことになる。

ゲン「この程度の相手ならば、AI(人工知能)でも勝てる。」

赤い悪魔のメンバーの動きをデータに取り、行動をプログラミングしている。自分たちをモデルにしたAIは、練習相手としては、面白い。自分たちに勝とうとすれば、それは弱点を見つけることに繋がる。さらに弱点を補強して、再戦する。能力の向上に繋がる。

竹千代「それじゃあ、SDモデルの版権をナイフに渡すということで良いな。」

竹千代と、創作集団・ジロは、赤い悪魔のフィギュア化を巡って、議論を続けていた。その結果、版権はSDモデルのみ、原型は創作集団・ジロが造るという条件であった。SDとはスーパー・デフォルメ、一般に、キャラクターを2頭身〜3頭身程度に圧縮したものである。他のメンバーは、この問題に対して、竹千代と創作集団・ジロに一任することにしていた。

ジロ「創作集団・ジロとしても、作品をメジャーに売りたい。
しかし、これまで自分を支持してくれていた人たちを裏切るような物を大量生産したくないんです。
それに、ナイフで商品化された"赤い悪魔"のフィギュアに、製作者の名がどの程度反映されるかもわからない。」

そこで、マニアのためにリアルタイプを残して、SD化されたモデルを一般に売り出す、という妥協案を提出したのだ。さらに原型は自ら手掛ける。

ユキ「SDタイプの方が好きだね。
幾ら何でも、スケール・フィギュアなんて部屋に飾れない。
SDならアクセサリーにも良い。」

スケール・フィギュアというのは、現物を同じ縮尺で大きくしたり小さくした人形である。バーチャル・フィギュアに原寸は無いが、縮尺やプロポーションには拘りがある。

タカ「普通の玩具屋に並ぶなら、俺も買えるぜ。」
テツ「そこまでして、正体隠すのか。」
タカ「人には、誰にも言えない過去があるのさ。」

赤い悪魔内でも個人的にはキャラクター版権に対する意見がある。このバーチャル・フィギュアの版権は、創作者たる"赤い悪魔"とネット企業"くじら"が有していた。この結果、利益が上がれば、"くじら"から一定割合が"赤い悪魔"に支払われる。さらに赤い悪魔内でも、創作集団・ジロが50パーセント取り、残りは他のメンバーの貢献度で割り振られる。
竹千代は、フィギュアが売れれば商品売買益が出るから、版権問題よりも商売が優先であった。そこで、結局は竹千代と創作集団・ジロの話し合いとなる。

竹千代「当面はSDということで行こう。
ジロ、原型の用意をしておいてくれよ。
版権の値段は、全国大会の成績次第だ、わかってるだろう。」

TVに移らなければ、キャラクターじゃなくてガラクタだ。逆に中継を多くの者が見れば、版権は当たり籤(くじ)に化けることになる。大会後にキャラクターは、大型玩具メーカーの手によってメジャーな商品化が行われる。この波にうまく乗れば、SHOP竹千代は、数段の飛躍が望めるのであった。

(引き抜き)

竹千代は、かつてのコネを利用して、大型玩具メーカー"ナイフ"と交渉を進めていく。顔見知りは多いし、手順も心得たものである。独立してから学んだノウハウに、企業で覚えた基礎が加味されて、一端(いっぱし)の商売人になっている。

竹千代「両方の手の内を知れば、また見える世界も変わって来る。」
ジロ「・・・・・。」

創作集団・ジロとしては、竹千代を信頼しながらも、慎重な姿勢を崩していない。竹千代にしても独自の商品開発ならば慎重に行うが、"ナイフ"に委託販売するならばリスクは小さい。当然利益率も低いが、何といっても大量生産、大量販売、数が違う、薄利多売である。自社開発、自社販売では、利益率は上がるが、売れなければ在庫を抱えて倒産まである。

竹千代「"ナイフ"もSDモデルの原型には満足していた。
ジロたちの腕を高く評価している。
MrXも、プロモーションビデオ作成での、ジロたちの活躍をナイフに宣伝しておいてくれたから、その辺の仕事もまわって来るかもしれないぞ。
音楽の方は、もうユキに話がいってるだろう。」

TV中継に辺り、映像や音楽の製作に"赤い悪魔"のスタッフが借り出され始めていた。MrXからの御指名である。"赤い悪魔"の担当を変わったことに対する、お詫びの気持ちも込められていた。それに前回優勝チームから、スタッフが参加すれば、話題になる。好成績を収めれば、製作スタッフに加われるかもしれない。

ハル「前回は"くじら"、今度は"ナイフ"にメンバーを持っていかれるな。」

しかし、前回とは状況が違う。すでにキャラ画像も音楽も完成されている。ここで、ジロやユキを強く引き止める理由は見当たらない。

竹千代「ここだけの話。」

竹千代は、ハルに直接メールを送って来る。

竹千代「MrXは、"くじら"での、ネット・ゲーム事業部の役職を狙っている。
"ナイフ"との提携もMrXの提案からだ。
ゲーム中継がうまくいけば、部長クラスのポストが約束される。
ジロやユキを押さえるのは、子飼いのスタッフを確保したいからさ。」

ちょっと大人の話である。竹千代はこっそりとハルにだけ耳打ちした。

竹千代「君はどうするんだ。
MrXに付いて行くも良し、残るも良し。
だが、いつまでも、ここにいても仕方ないだろう。
まあ、企画が倒(こ)けたら私の所で宣伝担当でもやるかね。」
ハル「アドバイスをありがとうございます。
良く考えてみます。」

ハルは曖昧な返事を竹千代に返した。ゲーム内でのチームワークとは別に、誰もが現実的な側面に立ち向かっていた。赤い悪魔の当初の目的が、個々の才能を発揮する場を見つけることならば、結果的に喜ばしいことである。しかし、赤い悪魔のメインスタッフが次々と引き抜かれていく現状は、寂しい限りであった。
今度は、ハルがゲンと直通メールを交わす。
赤い悪魔のサイトで、チャットや掲示板を用いて、全員が同時に意見を交換するのとは別に、メールでの裏の遣り取りが多くなっていく。仲間内の親交度が増したことと、メジャー進出に向けた利害関係からだ。

ゲン「あの親父の言う通りだろう。」

赤い悪魔もゲーム部門とそれ以外を分けた方が良いかもしれない、とゲンは言う。純粋にゲームを楽しみたいと思っている者や、プレーヤーとして名を売りたいと思っている者も居る。それとは別にゲームという手段を用いて、自分の才能を表に出したいと考える者も居る。後者は、ゲーム自体に拘(こだわ)りはない。"目的"と"手段"、ゲームが目的なのか手段なのか、それによって赤い悪魔はふたつに分けられるべきなのだ。

ゲン「また、ハルとタカ、それに僕の三人からやり直すのも面白い。
それともハル、君も自分の道を探すつもりかい。」

ゲンの問い掛けにハルは答えられない。どっちつかずで、何も決められずに居る。
ゲン、君は何も迷わないのか。
揺ぎ無い自信を持つ君が、心底羨(うらや)ましいよ。

☆ 更新 2004/04/29 ☆ 

(交通事故)

ハル「一寸先は闇(やみ)って言うけれど、あれは本当だな。」

ハルはプライベートな事件をゲンに話した。

ゲン「それで、何ともなかったのか。
まあ、良かったな。」

ハルは、車の運転をしていて、衝突事故を起こしたのだ。幸いに双方共に、致命的な怪我(けが)は無かったのだが、車両の方は大破した。
状況はこんな風である。ハルは2車線道路の左側を走っていた。右側の車線は渋滞して、長い列を作りながらのろのろと動いていた。ハルは直進しながら交差点に差し掛かった。信号は青である。そのまま通過しようとした。 ところが、その瞬間、突然目の前に車が現れた。
"何で"、その時、頭に閃いたのは、その言葉だけだった。
後は、エア・バッグに押しつぶされて何も見えない。ブレーキもハンドル操作もない。恐怖も無ければ、緊張も無い。車は歩道に乗り上げて止まった。
意識は、はっきりしているが、シートベルトが体に喰い込んで、しばらく息が出来ない。急いでエンジンを切らないと爆発する、早く降りなきゃ、とキーを捻るが、ロックされて抜けない。慌てて、シートベルトを外した。ドアから転がり出ると、ボンネットから煙が出ている。
相手の右折車は、前方左側面をへこませ、こちらは正面衝突でボンネットに綺麗なV字型のへこみを作っていた。

ハル「後で調べて見るとあちこち痣(あざ)ができてるんだけど、その時はシートベルトに締め付けられたのが苦しいだけで、それ以外の痛みはない。」
ゲン「多分、あまりに正面過ぎたんで、エア・バッグが最大限効果を発揮したんだな。」

ゲンは他人事のように言う。
ハルはエア・バッグには懐疑的であった。何故ならば、ハンドルも切らずに正面からぶつかって行く奴なんていない、と思っていたのだ。しかし、現実に自分がぶつかると、そういこともあるのかな、と考え直す。因(ちな)みに、エア・バッグは膨れた次の瞬間萎んでいく。
野次馬が集まって来る。
自分は車から離れて腰を下ろすが、野次馬は大破した車のまわりに集まる。爆発したら危ないのに、と思うのだが、他人を注意するほどの余裕はない。

ハル「ぐしゃぐしゃになった車を見ながら、ひょっとしたら死んでいたかもしれないな、と思った。」
ゲン「まあ、もう少し生かしといてやろう、という神様の思し召しかな。」
ハル「僕もそう思った。
そうとでも思わなければ、やってられない。」
ゲン「それで、一寸先は闇か。」

"赤い悪魔"、"くじら"、"ナイフ"、"ゲーム中継"、このところ様々な問題に悩んでいたのだけれど、もしあそこで死んでいたら、もう何も無いのだ。悩むこと自体、馬鹿々々しく思えてきた。

「何か憑き物が落ちた感じだ。
吹っ切れたよ。」

ハルは、もうしばらく"赤い悪魔"に付き合うことに決めた。メンバーはまた集めれば良い。組織の性質上、人の入れ代わり立ち代りは必須である。巣立っていく者は、暖かく送り出してやろう。この先、どうなるかはわからないが、やれるところまでやってやる。どうせ、どうやっても、人間死ぬ時は死ぬ。

(会費)

ハルはせっせと赤い悪魔のサイトの運営に励んでいる。
ジロやユキがMrXの元で働くことになっても、実質的には何も変わらない。彼らも時折、サイトに顔を出すし、新しい会員も増加の一途を辿っている。

ハル「テツさんは、何か目的があるんですか?」

もし、自分に何か発揮できる才能があれば、その場を提供できるようなサービスを始めたい、とハルは考えていた。会員の募集時にも、希望のアンケートを取っている。もちろん、ゲームを楽しみたいのならば、それも良い。

テツ「俺にとってゲームは趣味、本業は別だから、今のままで良い。
まあ、ここでは、ゲームそのものが"目的"のグループに入れてもらっていい。」

何かを求めて赤い悪魔に参加するわけはなく、テツのように趣味として、純粋にゲームを楽しむために集まる者も居る。こちらの方が、実際は多い。プレー技術を磨いて、それでどうこうしたいと考えているわけでもない。
それでも、テツは赤い悪魔での収益の分配や、資金管理などの面で、アドバイザーを務めていた。赤い悪魔は仮想空間に存在する。そこを動く資金にしても形無い0と1のデータに過ぎないが、その資金は"嘘"ではない。現金受け払い機を通過すれば、紙幣や貨幣に実体化するし、実体化しなくとも現金と同じだけの"信用"と"価値"を持っている。

テツ「端末から金を操作するだけならば、片手間でやれる。」

赤い悪魔の会員リストがあって、個々の会員に貢献度の査定が付いている。その評価に基づいて、メールで一斉に金をばら撒(ま)くだけだ。但し、メンバーは同一ネットバンクに口座を持つことが必須である。
後は、SHOP竹千代との連動作業である。グッズのネット販売は、赤い悪魔サイトでも受け付ける。商品名(番号)、住所、氏名で申し込み、指定口座に振り込むかクレジット・カードの番号が指定されれば、SHOP竹千代から商品が発送される。

ハル「ゲーム中継がうまくいけば、これからも会員が増える。
できれば、会費を取ることも検討したいよ。」

会費の額は別としても、今後のことも考慮して有料化を提案したい、とハルは思っていた。

テツ「例えば、月に100円、年一括ならば1000円の会費を設定したとする。
金額的には大したことはない、激安だ。
問題は、金の支払い方法なのさ。
金を支払う場合、ほとんどの場合に手数料が必要になるし、手続きが面倒臭い。
コンビニに行って払えれば良いが、請求書の発送も必要になる。」

僅かな会費に、送金手数料や請求書の発送では割りに合わない。全てオンライン上で処理することがベストである。

テツ「金額が問題じゃなくて、処理の煩雑さに、嫌になる。」
ゲン「金融の公道を、金が走れば、問題は無いけどね。」
ヒマンジ「当面は、会員限定グッズを買わせて会費にするしかない。
TVで人気が出れば、グッズを買うために会員になる。」

オンライン上で金を払うのは、手間が掛かる。慣れた者ならば、そうでもないが、時々しかオンラインで買い物をしない人間には、手続きが複雑で不安が残る。品物の到着まで時間が掛かるし、商品価格+α(送料と送金手数料)が上乗せされる。クレジット・カードがあれば、かなり簡略化されるが、カードが使える場合ばかりとは限らない。

ハル「ゲームは仮想上のもので、参加者もパソコン・ユーザーに限られていた。
けれども、TV中継が始まれば、ファンはパソコン以外にも発生してくる。
オフラインの会員が誕生する。」

赤い悪魔の運営手続きに掛かる手間は大したことではない。論理的な世界では、仕組みをプログラミングしてしまえば、後はユーザがデータ入力した結果を自動的に処理するだけだ。会員が1人でも1000人でもシステムは同じ、手間も同じ、データ量が増減するだけだ。最初にシステム化するまでは難しいが、それはゲンが構築した。

ゲン「オフラインの会員の処理は手作業が必要になる。」

手作業、つまりは人件費が発生する。結局、オンライン会員は無料、オフライン会員は有料ということになる。どちらにしても、会費を払ってくれれば、会員限定グッズを支給すればいいだろう。論理的な世界とは異なり、物理的な世界は何かと金がかかるものなのである。

(物流の拠点)

ユキ「あの送料って言うの、もう少し何とかならない。」

ユキが文句を言う。赤い悪魔は苦情相談所ではないが、多くの場合に、何らかの解決策が見出せる。
パソコンや電話、ネット・ショッピングや通信販売で物を買う場合、必ず付いて回るのが、振込手数料と送料の問題である。今回は送料に焦点を当ててみる。
通常、商品の宅配は、大きさや重さによっても違うが、最低でも1000円前後の費用がかかる。つまり、商品代金+1000円くらいは、みなければならない。

ハル「ネットでの商品価格は、店頭価格より安いことが多いけれど、送料がプラスされると、何だか割高な気分になる。
それならば、店頭で買った方が簡単だ。
どうしても、最寄りの店で手に入らない場合だけ、ネットや通販を使う。」
テツ「"金"の流れは論理的、デジタルに置き換えることが出来るが、"物"の流れは物理的だ。デジタル化できないから、どうしても運送経費がかかる。 物理的な商品を電話回線に乗せて送るわけにはいかないからな。」

"金"は瞬間的に何処にでも送れるが、"物"は人または機械(ロボット)の力を借りなければ動かない。時間もかかる。

ゲン「"物"に関して言うならば、勿論、運送経費がゼロにはならないが、限りなくコストを下げることはできるだろう。」

ゲンには何か腹案があるらしい。
まず、"物流の拠点"というのをある一定間隔に作る。この"物流の拠点"はセンターと呼んでも良い。生産者から商品を集中させて、消費者にむけて分散させるためのシステムだ。このシステムを使用すると、生産者と消費者が個々に商品取引をするよりも、効率的に"物"を動かすことができる。

ユキ「キュウリとキャベツとニンジンを買うのに、それを栽培している農家を三軒まわるんじゃなくて、八百屋やスーパーに行けば一回で用事が済むってことだね。」
ハル「いろんな野菜や果物を生産している農家から、商品はセンターに集まり、仕分けされて八百屋やスーパーという小売店に配られるわけだ。」

生産者が3人いて消費者が3人いる。個別に取引すると"物"は9回動くが、センター経由だと"物"は6回しか動かない。

ユキ「それで次はどうなるんだい。」
ゲン「問題は、客が商品を注文した場合だろう。」

その商品は、仕入れれば必ず売れる商品なのである。すでに売約済みの商品なのだ。売れるか売れないかわからない商品を仕入れて、店頭に並べるのとは話が違う。

ゲン「その"物流の拠点"というのは、ネットや通販で注文された商品を仕入れて、客が受け取りに来るまで保管することを商売にする。」

客は商品を注文する時に、名前と客自身の最寄(もより)の"物流の拠点"を指定する。注文を受けた生産者は、生産者の最寄りの"物流の拠点"に宛先を貼った商品を運び込む。"物流の拠点"同士は日々定期便が走っているので、目的の"物流の拠点"に商品は効率良く運ばれることになる。
"物流の拠点"に商品が納入されたら、メールか電話で客に連絡がいく。客は自分で商品を取りに行く。送料が商品価格に転嫁されるか、商品売買益から引かれるかは商売のやり方だが、コストは恐ろしく削減されることになる。

テツ「産地直送だから、安くなりそうだな。」
タカ「宅配はしないのか。」
ハル「それが希望ならば、注文時に指定すれば良い。
割り増し料金でやってくれる。
でも、実際には、宅配がいつ来るかわからないの、家で待ってるのはつらい。
期日指定でも数時間は誤差がある、それならば最寄りの店に取りに行く方が楽な場合もある。」

勿論、商品の性質にもよる。生活日常品や生鮮食料品は、対象とはなりにくい。それでも多くの商品が効率的に動くようになるはずだ。考え方は集中と分散、ばらばらの生産物を一点に集めて、それを求める客のもとへ分散させる。動く商品は、売約済みの必ず売れる商品のみである。

ゲン「一軒、一軒、のドア口まで商品を運ぶ労力は相当なものだと思わないか。
定期便で、いつも決まった場所から決まった場所に運ぶだけなら簡単だ。」

"物流の拠点"は、こじんまりとした綺麗な商品受け渡し場所と、その裏に商品保管用の倉庫があれば良い。

テツ「コンビニやガソリンスタンド、金融機関に郵便局、全国チェーンで展開している組織ならば、うまく利用できるかもしれないな。」

特別に"物流の拠点"を作らなくても、既存の組織を利用する手もある。運送経費も相乗りできるかもしれない。

ユキ「もう、店頭に商品は並ばないのか。
何だか寂しいね。」

商品は店頭からディスプレイ(画面)上に移動する。商品は3D画像であり360度、何処からでも確認できる。(但し、触れない。)

ハル「いきなり、そこまでは行かないと思うけれど、できないことじゃない。
事実、小規模でやってるところはある。
本屋で、店員に本を注文すれば、無料で取り寄せてくれる。
パソコンで注文して、近くの本屋で受け取ることもできる。
支払いは商品と引き換えだ。」
ゲン「商品の枠を取っ払って、大掛かりにやれば、より効率的にやれるってことだ。」

様々な利害が絡み合い、物事は思うようにうまくいかない。しかし、物事を論理的かつ効率的に考えた時に、これまでの無駄な事象が見えてくる。確かに、今までは、それで良かったものも、技術の発達により、使い難いものになっていく。高度情報化社会に直面して、見直さなければならない考え方が、あちらこちらに現れているのである。

☆ 更新 2004/05/05 ☆ 

(白い翼)

とうとう、大型玩具メーカー"ナイフ"から参入してきたチーム"白い天使"が、デビュー戦を飾る日がやってきた。"白い天使"は初参戦にも関わらず、すでにシード権を獲得していた。最初から、前回優勝の"赤い悪魔"と対等な立場を確保していたのだ。

タカ「なかなか前評判が高そうだ。」
ヒマンジ「昔、家庭用ゲーム機が出始めの頃、ゲームのタイトルにXX名人の????なんてソフトあっただろう。
あの名人たちも密かに参戦しているらしい。
その他にもゲームのテストプレー用に確保している人材が、かなりいるらしいよ。」

噂には尾鰭(おひれ)が付く。どこまでが真実で、どこからが宣伝なのかはわからない。

ゲン「とにかく、プレーを見て、データを取らないと何とも言えない。」
ジロ「なかなか、デザインを見せてもらえないんですよね。」

ジロはMrXのもとでプロモーション・ビデオの作成を手伝っているのだが、"ナイフ"の新チームのデザインは、なかなか拝めない。

ジロ「"白い翼"、それがキーワードらしい。
ネーミングから、デザインの想像はつくものの、やはり現物を早く見てみたかった。
ロビーにギャラリーが集まり始めている。人数のカウンターが鰻登りに上がっていく。

ハル「焦(じ)らすなあ。
流石は、大型メーカーだ、客を待たせるだけの余裕がある。
僕らならば、客を待たせたら、その間に帰っちまう。」

洗練された音楽が耳に届く。癒し系の曲が観客を天上へと導いていく。ゲームが始まる前から、"白い天使"は、場の主導権を確保していた。

竹千代「そろそろ始まるぞ、お手並み拝見だ。」

ゲームのオープニング・メロディーが流れる。
ゲーム・スタートのテロップが表示された。
相手チームが、緊張しながら前進していく。思いもかけぬ籤運の御蔭で、超メジャーなチームと対戦することになってしまった。こんなに多くのギャラリーを前にプレーをする経験など、これまでに無かった。

相手チーム大将「うちのチームだって、これまでに公式戦で五割以上の勝率をあげている。
いくら"ナイフ"のチームでも、初参戦のチームになんか負けるものか。」

冷静になれ、敵も味方もプレー条件は同じ、後はプレー経験の差が勝敗を決するはずだ。
"白い天使"は気配を断っている。ひょっとするとまるで動いていないのかもしれない。相手チームは息を潜めるようにして、敵本陣目掛けて進む。

相手の大将「あれは何だ。」

敵の本陣と思(おぼ)しき辺りに十個の光が円を描くように舞っていた。さらに近付くと、その円の周りを無数の小さな光が点滅している。大きな光輪の周囲を、小さな蛍が飛び交っているようにも見えた。

相手の大将「"白い天使"なのか。」

ついに"白い天使"が、その全貌を明らかにしようとしていた。 相手チームは、その光の渦の中に吸い込まれるようにして、進んだのである。

(天使長ミカエル)

大きな光のひとつひとつの中に人の影が見える。それ自体が光を放っているので、容易にそれが人とは気付かれぬような眩(まばゆ)さであった。その人たちは、何枚もの美しい羽をまとっている。

相手の大将「天使とは、このことか。」

一瞬、戦いのことが頭を離れた。戦うことよりも、その正体を、近寄って、見たかった。その光の中にあるものを確かめたかったのである。
光が舞う。まるで催眠術に掛けられてように、足を進めていく。
次第に、その姿が明らかになっていった。
人影と見えたのは、硬質のガラス、いやクリスタルの輝きを持つ物体であった。絶妙なカットを施されたダイヤモンドの煌(きらめ)きを持つ、その優雅なプロポーションは、見る者を魅了して止まない。
そのデジタルにカットされたスタイルは、二十世紀を代表するロボット・アニメのフォルムにどこか似ていた。そのアニメのキャラクター版権を持つ大型玩具メーカー"ナイフ"ならではのお家芸である。
光輪が回転の速度を増す、事実催眠効果でもあるかのように、相手チームの動きは鈍い。

ミカエル「我が領地を侵すものに天罰を。」

"白い天使"のリーダーと思(おぼ)しき者から指令が降った。十個の光が散る。それぞれの光に、小さな光が付属する。
ミカエル・ガブリエル・ラファエル・ウリエルの四大天使を筆頭とする、熾天使セラフィム、智天使ケルビム、座天使ソロネ、主天使ドミニオン、力天使ヴァーチャー、能天使パワー、権天使プリンシパティ、大天使アークエンジェル、天使エンジェルの十人の"白い天使"たちである。彼らはそれぞれ、2〜3人の小天使を従えていた。
相手チームの部隊は、次々と至福の光に包まれて昇天していく。自ら、進んで召されて行くのである。少なくとも、見る者には、そのように映った。"白い天使"は敵に掠らせることもなく、敵を討ち取っていった。
"白い天使"は、自軍の総司令部を前にして、敵部隊を一兵残らず殲滅してしまった。このゲームは敵の総指令部を落とすのが目的である。自信があれば、一歩も動かず敵が攻めて来るのを待てば良い。

ハル「天に召されていったのか、それとも大虐殺か、どちらにしてもワンサイド・ゲームだ。
"白い天使"の圧倒的な勝利だな。」
ジロ「デザインも見事ですよ。
某有名キャラクターをアレンジして使ってる。
あれなら子供にも受ける。」

普通の者が、勝手にデザインをアレンジしたらバッタもん(類似品)になるが、大型玩具メーカー"ナイフ"ならば説得力がある。

ハル「結果として、"白い天使"は最高のデビュー戦を飾った。 その事実は認めなければならない。」

後は、このゲーム(試合)のデータをもとにゲンに解析してもらい、"赤い悪魔"としての対応を検討しなければならない。

(疑惑)

"白い天使"のデビュー戦の映像を参考にして、ゲンは数日で分析を済ませた。今日は、"赤い悪魔"のメンバーが対策を検討するために集まった。

ゲン「まず、敵の部隊構成だが、ユニット総数が40機。
中心となるのが、大天使の十人、そのひとりひとりに2機〜3機の小天使が付いている。
尚、この小天使は、機動力だけでなく、低いが攻撃力も備えている。」

ユニット数を減らすことにより、一機当たりの能力を引き上げている。単純に見積もっても一機で2ユニット以上の能力がある。

テツ「運動能力はどうだ。」

プレイヤーの操作技術のことである。あの戦い振りを見れば、想像は付くというものだが、知りたいのは、"赤い悪魔"との比較であった。

ゲン「トータルでは、ほぼ互角かもしれない。
個々には優れている者、劣っている者はいる。
要は、戦場での配置、つまり敵と味方の組み合わせだ。」

ゲームにはジャンケンのような要素が含まれている。全てのユニットが全てのユニットに対してオール・マイティ(無敵)に強いわけではない。必ず弱点がある。軍人将棋で言えば、"元帥"が"スパイ"に負けるようなものだ。

ゲン「つまり、敵の苦手なユニットを選んで、向かわせるように配置する。」

ユニットの操作技術や武装などは"戦術"の部類に属するが、どの兵種をどこに配置するのかは"戦略"に属する。

タカ「ちょっと気になるんだが、小天使の動きが、うちの天女部隊に似てないか。」
ゲン「ほとんど、コピーと言っても良いだろう。」

小天使は、大天使が戦いやすいように、援護射撃や補助行動を取る。そのパターンを実戦に取り込んだのは"赤い悪魔"が最初である。小天使や天女部隊は、操作に熟練したプレイヤーが必要なので、なかなか実戦では使えない。それだけの腕があれば、通常はエースパイロットとしても通用するからだ。

テツ「誰だって敵の戦略は研究する。
戦場で、真似をするなと言っても、通用するほど甘くない。」

テツの言うことが尤(もっと)もである。

タカ「違う、そういう意味じゃない。
あのミカエルって奴の動きがあんまり似てるんで、ちょっと似すぎているんだ。」

ミカエルとは"神の如き者"、天使たちを率いる指導者である。タカは、そのミカエルの行動パターンが、ある者に酷似していると言った。

ゲン「プレイヤーの行動パターンを解析すると、大凡(おおよそ)の確率でそのプレイヤーを特定できるんだ。
例え名前を変えてプレーしていても癖が出てしまう。行動パターンと機体能力がわかれば該当するプレイヤーを何人かに絞れる。指紋や声紋みたいなものだな。
確かに"白い天使"のミカエルはテンのプレーに良く似ている。」

ゲンの発言で、赤い悪魔のメンバーに驚愕が走った。

ゲン「あくまで可能性だ。
優れたプレイヤーは突き詰めれば、同じような行動を取るだろう。 似ていても不思議はない。」

ゲンは、それ以上この問題に言及しなかった。それよりも、"白い天使"対策を説明するのに忙しかったのである。ミカエルが誰であろうと、"赤い悪魔"の方針には何も変わりは無い。ゲンにとっては、現在の戦力でいかに戦うか、それだけの事なのである。
ネットゲーム"コマンダー"の第二回全国大会は激戦を続けていた。前回優勝者"赤い悪魔"と挑戦者"白い天使"は順当に勝ち進み、決勝リーグ進出を決めた。残りのふたつの席は、コマンダーOBの"グリーン・ベレー"と混成チーム"スクランブル"が占めそうである。

ハル「これでTV中継出場権は勝ち取った。
後は、視聴者に実力を見せ付けてやるだけだ。」

"赤い悪魔"の中に緊張が走り始める。何といっても素人の集まりであった。いくらネット上のマスクされた状態と言っても、初物は別である。

ハル「生中継じゃない、録画だ。
ゲーム自体はいつもと同じさ。」

ハルの言葉にもチームは、少々上ずり気味である。

(アイドル)

ヒマンジ「おい、見たか。
この前取材に来たゲーム雑誌が、ゲーム中継の特集を組んでる。」

その特集記事では、"赤い悪魔"のバーチャル・アイドル"阿修羅"の写真が、トップを飾る予定だった。

竹千代「どうだい、"阿修羅"の写真映りは。」
ハル「それどころじゃないんですよ。
"ナイフ"は、プレイヤーのひとりを、"アイドル"に仕立てて、売り出そうとしています。」

ゲーム中継の記事のトップには、前回優勝者"阿修羅"を押しのけて、美少女系のアイドルが大写しになっていた。そのアイドルは単なるイメージ・キャラではない。自ら"ミカエル"と名乗り、"白い天使"のリーダー・プレイヤーだと言っている。腕前もテスト・プレーで実証された。間違いなく本物の"ミカエル"である。

テツ「生身の人間を出して来たのか。」

"赤い悪魔"は、これまで極力、バーチャルな表現を重要視して来た。雑誌の取材に関しても、必ず"阿修羅"のバーチャル・モデルを掲載してもらうようにしている。

ジロ「人形みたいに綺麗な子ですね。
歳は15くらいかなあ。」

小柄で細身、目が印象的なほどに大きい。髪はショートで男の子のようにも見える。事実、性別は明らかにされていない。"ミカエル"という名前以外はわからない。

ハル「どこで見つけて来たのか。
可愛いだけならば、そこらにも居るだろうが、"白い天使"のリーダーが務まるほどの技術を持っているとなると話は別だな。」

バーチャルならば、どんな理想的なプロポーションも可能だ。しかし、突き詰めて行けば論理的な世界に辿り着くことになる。生身の人間は、自然の中から作り出されたものである。やはり、そこには神秘性があった。

テツ「もしかしたら、あいつが"テン"だって、そう思ってるのか、タカ。」
タカ「まさか、"テン"ならば、あんなところにはいない。」

タカの思いは複雑である。テンが"ミカエル"ならば裏切り者である。しかし、やっとテンが見つかったと思えば、嬉しくもあった。

テツ「うちのリーダーも絶世の美女だったら、グラビア飾れるのになあ。
タカもそう思わないか。」
タカ「・・・。」

いつもならば、ここでタカが怒りの突っ込みを入れる所だが、返答がない。

テツ「いやあ、悪い。
ほんの冗談だ。」

テツも何だか笑えない冗談に気まずくなってしまった。

ハル「"ナイフ"は、ゲーム中継を通じて、このアイドル"ミカエル"を売り出しながら、グッズの販売促進を進めて行くつもりだろう。」

バーチャル・アイドルは、瞬時に何処にでも、幾つでも、現れる事ができる。しかし、わざわざ足を運んで見るか、と言われれば躊躇する。それに比べて、あれだけの技術を持っている生身の美形のもとへならば、ちょっと怖いもの見たさの意味も込めて、行ってみたい気がする。才色兼備の生身キャラは、簡単には見つからないだろう。
新番組に看板スターで販売促進、従来のやりつくされた手法だが、メジャーがやれば効果は大きい。何よりも"ミカエル"の存在が稀有(けう)なのだ。ハル自身、"ミカエル"には、何か心魅かれるものがあった。

☆ 更新 2004/05/13 ☆ 

(対談)

その憂いを含んだ横顔は大人のようでもあり、はにかむような笑顔は無邪気な子供のようにも見えた。優しい眼差しは少女のそれであり、きりりと引き締まった口元は少年特有である。それでいて赤い唇は、誰もを釘付けにした。

ハル「正体が掴めない。」
ジロ「地上に降りた天使ですかね。」

ミカエルは、さまざまなイベント会場に姿を見せていた。そこにいるだけでも存在価値がある。ビジュアルだけでも通用した。しかし、ミカエルはそれだけではなかった。大人たちと語り、子供たちと遊んだ。

ヒマンジ「どこにでも自然に溶け込み、それでいて一番良い席が与えられる。」

ミカエルが現れると場の雰囲気が支配される。席が無ければ、自分の場所を差し出そうとする者まで出てくる。

竹千代「"アイドル"というよりも"カリスマ"だな。 "赤い悪魔"が食われちまいそうだ。」

それどころか、ネット・ゲームそのものがミカエルの宣伝係りにされそうである。赤い悪魔はミカエルのライバルではなく、引き立て役に降格しそうな勢いであった。

テツ「赤い悪魔と白い天使が、互いに対等に戦っているうちは良かったが、これじゃあ子供向け番組の正義のヒローと悪役の怪人みたいだ。」

ミカエルの人気が、ゲームのTV中継の前評判に拍車を掛ける。普段、ゲームなんてしない人たちまでが、ミカエル目当てに、放映を期待している。

ゲン「御蔭で視聴率は上がりそうだし、良いことじゃないか。」

ゲンはミカエルの存在に冷ややかである。思ったよりも、ゲーム中継が波紋を呼んでいるので喜んでいるくらいだった。

テツ「赤い悪魔としての対抗策はないのか。」

このまま、じっとしてはいられない。決勝リーグが始まる前に、少しでも流れを赤い悪魔に引き寄せておかなければならなかった。

ハル「前回大会のプロモーション・ビデオや対戦映像をネットで流している。
誘いがあれば積極的に、ネット上の討論会にも参加するようにしている。」

映像だけならば、複数の場所で一気に流せる。しかし、討論会(チャットやTV電話)となると、映像だけというわけにはいかない。迂闊(うかつ)な発言をすれば、立場を悪くしないとも限らない。事前に議題がわかっていれば対策も立てられるのだが、アドリブや状況に応じてとなると、同時に複数はこなせない。

Z「いやあ、はじめまして"Z"です。」

そんな時、MrXの後任が、赤い悪魔に現れた。ネット企業"くじら"の社員である。

Z「実はですね、"白い天使"のミカエルと"赤い悪魔"の阿修羅の対談企画が持ち上がってるんですけれど、いかがなものでしょうか。」

ボクシングのタイトルマッチなどは、マスコミを呼んで調印式というのをやる。あんな感じの顔合わせをやりたいのだ、とZは言う。そこで、ゲームの前哨戦をやって欲しいのだ。

ハル「ナイフは何て言ってるんです。」
Z「向こうは乗り気だよ。」

対談は、大型玩具メーカー"ナイフ"からの強い要請に違いなかった。

Z「ミカエル本人は出さずに、ナイフもバーチャルモデルで対談するそうだよ。 調印式の会場で2〜3分のエキシビジョン・マッチをやる。それをプロモーション・ビデオに使いたいそうだ。」

話は、とんとん拍子に進む。もう動き出したものは誰にも止められない。あっと言う間に対談の日取りは決まった。調印式は、仮想空間場で行われることになった。

(調印式)

ハナ「自分がみんなに見られているみたいで緊張するよ。」

ハナは、バーチャル・モデル"阿修羅"の声を担当している。ほとんどの場合、事前に受け取った質問に対して、準備した回答を読み上げるのだが、近頃は"阿修羅"としての個性も備わりはじめてきた。役者が長い時間、ひとつの役を演じ続けると、その役柄になりきってしまうようなものである。ハナの声は、肉声に対して、デジタル調整を加えてある。本人の声とは少し違うが、アクセントや発音はそのまま使用している。

ハル「シナリオも舞台演出も事前に用意できるけれど、直接演じるのはハナということになるね。」
タカ「待てよ、俺だってエキシビジョン・マッチ(模範試合)は担当するぜ。」

この対談という名の調印式で、エキシビジョン・マッチは筋書きの無いドラマだった。

竹千代「どちらにしても、これからこのような機会がどんどん増えてくる。
場数を踏んで慣れておくことだ。」

人は"緊張"するが、すぐに慣れる。一度慣れてしまったら、二度と緊張感を取り戻すことはできない。そういう意味では緊張も決して無意味なものではない。

テツ「そろそろ始まるぜ。」

テツの合図に、全員が"白い天使"と"赤い悪魔"の調印会場にログインした。
まず、調印用のテーブルが目に付く。白いテーブル・クロスの掛けられた安っぽいものではない。豪華なマホガニー調の大きな机である。その左右と正面にゆったりとしたソファーが用意されていた。
正面のソファーには、大型玩具メーカー"ナイフ"のシンボル・キャラクターのペンギンがタキシードを着て座っている。今日の司会役を務めるのだ。
やがて、テーマソングが流れて、"白い天使"、"赤い悪魔"の順でバーチャル・モデルが登場する。前回優勝者の"赤い悪魔"が最後に登場することで、多少は"赤い悪魔"に敬意を払っているのが感じられた。司会のペンギンは、左右に愛想を振りまきながら、握手を求める。

ペンギン「挑戦者の"白い天使"のミカエルさん。
そして、こちらがチャンピオンの"赤い悪魔"の阿修羅さんでございま〜す。」

ふたりは軽く握手を交わすと、ソファーに腰を下ろした。視線が静かに絡み合う。

ペンギン「まずは、ネットゲーム"コマンダー"のTV中継にあたり、互いの抱負などを、お聞かせ願えないものでしょうか?」

ペンギンは左右を飛び回りながらインタビューする。

ペンギン「まずは、ミカエルさんから、どうぞ。」

マイクなどは存在しない。仮想空間にマイクなどは不必要だからである。マイクが必要なのは、端末(パソコン等)の前だけである。

ミカエル「このゲームに関しては、まだまだ経験不足なので、今はまだ頑張るとしか言えません。
ただ、応援してくれるみなさんの期待を裏切らないためにも、ベストを尽くします。」

ミカエルは控え目なコメントを出した。その声は、どうやらミカエル自身の肉声らしい。その謙虚さが逆に、揺ぎ無い自信の表れのようにも思われた。
画面の下半分がチャット・エリアになっていて、次々と一般視聴者からのコメントが送られてくる。ミカエル・ファンからの黄色い悲鳴というところか。

ペンギン「ミカエルさんは、あのように言っておられますが、阿修羅さんからも是非一言お願いします。」

ペンギンとしては、まずは言葉の応酬を期待していた。闘志剥き出しの発言を望んでいるのだ。

阿修羅「"白い天使"の戦い振りは、欠かさず見させてもらっている。
戦略や戦闘技術、どれをとっても素晴らしいものだ。
正直に言って、これまでにない強敵だろう。
しかし、"赤い悪魔"は、チーム結成以来一度も負けていない。
この決勝リーグでも全勝するつもりでいる。」

阿修羅の力強い発言に、ミカエルは愛らしく小首を傾げた。そして心なしか微笑んだように見えたのである。

(エキシビジョン・マッチ)

ペンギン「過激な発言が飛び出しました。
"赤い悪魔"さんから、勝利宣言とも取れるコメントです。
"白い天使"さん、何か反論ありませんか。」

司会者のペンギンは、冷静を装う両者を何とか煽ろうと必死である。

ミカエル「さあ、何とも答えようがありません。
何故ならば、前回の大会に"白い天使"は参戦していない。
"白い天使"の存在が無ければ、"赤い悪魔"の全勝も可能なのでしょう。」

白い天使のいない大会で全勝したからと言って、自慢するには当たらない。単に相手が弱かったからだ、とミカエルは切り返してきた。

阿修羅「そういうことは、勝ってから言うものだ。
実績も無いうちから大口を叩いているようでは、まだまだだな。」

阿修羅は、ふふふ、と笑った。前回チャンピオンとしての揺ぎ無い自信に満ち溢れている。

ペンギン「さあ、盛り上がってまいりました。
この先、どうなることやら。
それでは、舌戦はこれくらいに致しまして、エキシビジョン・マッチに移りたいと思います。
模範試合のルールは制限時間3分間の勝負。実力者同士のゲームですので決着が着くことはないと思いますが、白熱したプレーが期待できるでしょう。」

画面が対談場面から、"コマンダー"の個人戦用のマップに切り替わる。前回優勝者"阿修羅"VS挑戦者"ミカエル"の模範試合が始まるのだ。これが、この対談での最大の見せ場である。 ゲームが音も無く始まる。
最初は、互いにマップの両端にいるので姿は確認できない。
タカには自信があった。個人戦では互いに能力は1ユニット分しか使えない。ということは、ミカエルは通常プレー時よりも50パーセント以下の力しか発揮できないことになる。個人戦のように技量で勝敗が決するのであれば、タカに勝てる者はいない。

赤い光と白い光が接近する。
まだ目視はできないが、互いのレーダーが相手を捕らえた。
注意深く相手の動きを探る。
阿修羅が、一瞬ミカエルの像を見失った。何処かの障害物の影に隠れたのか。両者を結ぶ線上に障害物があると、レーダーから反応が消える。

阿修羅は失った敵を求めて彷徨う。この感覚は前にも経験したことがある。そうだ、あの時、ゲンとハルがタカを仲間に引き込もうとして勝負を挑んで来た、地雷戦の時以来である。ひょっとして、ミカエルは阿修羅の行動パターンを読んでいるのかもしれなかった。

岩陰から白い光が飛び出す。
ミカエルの振り下ろした剣の先から光がほとばしる。その光線は、阿修羅の六本の腕のうちの一本を直撃した。やられた腕が動かない。戦力的には、どうということはないが、判定になれば大打撃となる。
阿修羅が反撃に移る。五本の腕から、次々と攻撃を掛けるのだが、ミカエルはすんでのところで躱した。阿修羅よりミカエルの方が機動力は上のようだ。ミカエルは、攻撃を止めて回避に徹し始めている。

タカ「まさか、負けるのか。」

タカの中に初めて恐怖が芽生えた。このまま判定に持ち込まれれば、負けになる。"赤い悪魔"の公式戦ではないにしても、負けは負けである。自分の不注意で、"赤い悪魔"の名に傷を付けるのは耐えられなかった。
時間はまだある。落ち着け、冷静になれ。攻撃力はこちらが上だ。一発でも当たれば逆転できる。タカは自らに言い聞かせるのだった。

(乱入)

タイマーが時を刻む。
残り時間が1分を切る。
タカの焦りは、徐々に恐怖に変わっていく。
ミカエルは、ただ早いだけではない。明らかにタカの癖を知り尽くしている。阿修羅の攻撃の、先、先を読んで動いているのだ。これでは、回避行動に徹しているミカエルを撃ち落すことは不可能である。
司会者のペンギンは、たった3分間で、両者の決着が着くはずはない、と明言したが、それは間違いである。確かにどちらかを撃破することは不可能だが、判定に持ち込まれれば、両者無傷でないかぎり、結果は出るのだ。
瞬く間に、ふたりの間に、30秒が過ぎる。
もう駄目か。

軍曹「ちょっと待った。」

突如、マシンガンの乱射がふたりを襲った。戦闘服に身を包んだ兵隊が、ふたりを取り囲み、発砲している。その背後には巨大な竜が両の爪を振り上げていた。その鋭い牙の間には、司会者のペンギンが咥えられていた。

黒騎士「決勝リーグの調印式に、我々を呼ばないとはどういうことか。」

ゴールド・ドラゴンの背には黒騎士、シルバー・ドラゴンの背には"将軍"が跨っていた。
TV中継を行う決勝リーグに出場するのは、4チームである。"赤い悪魔"と"白い天使"だけではない。それを、"阿修羅"と"ミカエル"だけで調印式を済ませるとは、許しがたい行為であった。

ペンギン「いえ、これは、ただの対談でして!」

ドラゴンの口の中で、ペンギンが必死に弁解するが、もう誰も聞いていない。これは、もうバトルロイヤルである。
将軍のムラサマ・ブレードが宙を斬る。黒騎士のエクスカリバーが障害物を両断した。軍曹は手榴弾を投げ、ドラゴンは炎を吹きまくった。もはや収拾のつかない事態へと発展していた。

ペンギン「みなさん、楽しんで頂けましたでしょうか。
それでは、"コマンダー"第2回全国大会決勝リーグのTV中継をお楽しみに。」

ドラゴンの口の中で、真っ黒焦げになったペンギンがアップになったところで、調印式は終了した。

Z「危ないところでしたねえ。
"グリーン・ベレー"と"スクランブル"が、うちの会社に苦情を申し込んで来ていたところだったもので、協力して調印式をぶち壊してもらいました。
Xさんに頼んで、ゲーム内に強制突入してもらったんですよ」

このままでは、"阿修羅"が不利だと判断したZが、"くじら"に文句を言って来た"グリーン・ベレー"と"スクランブル"を強引に調印式に参加させたのである。

テツ「これじゃあ、まるでプロレスだ。」

テツは喜んでいるが、ハルは心配の種を増やしている。

ハル「これを、プロモーション・ビデオに使われるのは痛い。
"天使"と"魔王"の戦いで、"魔王"がやられそうになったところを、"魔王"の軍団が助けにやって来たみたいだ。見方によっては、3対1の戦いに見える。
ミカエルが悪に立ち向かう悲劇のヒローになっちまう。」

ハルの予想通り、あのゲーム映像を見たミカエル・ファンからは苦情が殺到していた。中には"赤い悪魔"を卑怯者呼ばわりするものまで現れた。やらせだ、という者もいる。

ゲン「まあ、結果的には、負けそうなゲームを、ぐちゃぐちゃにしたんだから、やらせと言えなくもない。」
ヒマンジ「でも、結構番組としては受けてるみたいだな。
視聴者はかなり面白がってる。」

調印式の企画そのものは成功だったと言える。誰にとって。それは大型玩具メーカー"ナイフ"にとって、それともTVでのゲーム中継の前哨戦としてだろうか。とにかく、不確定要素の中で、予想外の出来具合であった。

ゲン「イメージ戦略の方はハルに任せよう。
それよりタカ、問題はお前の方だ。
行動パターンを変えなければ、使い物にならん、大会まで特訓だ。」
タカ「・・・。」

タカの行動パターンは、完全にミカエルに読まれていた。考えるよりも感覚で動くタカは、行動に癖が出やすい。反応が早いということは無意識のうちに行動をパターン化しているのだ。

タカ「ユキに頼んで新しい曲を書いてもらう。」

"阿修羅"は、大会直前に新曲を発表することになる。曲と行動パターンは密接に関連している。新しい曲で心機一転するより、この難局を切り抜ける方策は見当たらなかった。

☆ 更新 2004/05/20 ☆ 

(新曲)

タカとユキの格闘が続く。
曲のイメージが、戦いのリズムなのである。いつまでも同じテーマ曲で戦っていては、相手に動きを読まれてしまうのだ。新しい技を考案するのと同じ様に、新しい曲を作っていかないと、敵に研究されて実戦では通用しなくなる。

ハル「テンのことは知っていたんだろう。」
ゲン「ああ、前の大会の後、メールで相談された。」
テンは、"白い天使"から誘いを受けた時に、こっそりとゲンにだけ報告していた。
ハル「それで、何て答えたんだ。」
ゲン「エース・パイロットを目指すならば、移籍した方が良い。
"赤い悪魔"に居る限り、お前はサブだ、そう言ってやった。」

ゲンはにべも無く答えた。

ハル「酷い奴だなあ。
引き止めてやらなかったのか。」

ゲンの性格を知りながらも、ハルは少々腹が立った。

ゲン「引き止めて欲しかったら、君に相談するだろう。」

ハルではなく、ゲンに相談したということは、テンの移籍の決意の固さを示していた。ハルに話せば、言葉巧みに説得される。泥沼に落ち込み、修羅場と化さないとも限らない。黙って去ることも出来たが、それでは悲しすぎる。そこで、テンはゲンにだけこっそりと気持ちを伝えたのだ。

ゲン「あいつは、いつもタカの後ろで、その動きを見ながら補佐してきた。
タカは"主"だから、テンの動きを考えて行動することはない。
しかし、テンは"補"だから、常にタカの動きに注意を払っていた。
だから、タカとテンが戦えば、テンの方が有利となる。」

ふたりの能力が同等だとすれば、相手の動きが読めるテンの方が強い。つまり、テンはタカの天敵になりうるのだ。

ハル「そこまでわかっていて、テンを行かせたのか。」

ハルは呆れて、ものが言えなかった。

ゲン「タカもいずれは壁に当たる。
いつまでも無敵ではいられないさ。」

昨日と同じ戦い方で、明日も勝ち続けることは出来ない。常に新しい戦術を編み出さなければ、いずれ敗北という辛酸を舐めることになる。

ハル「大丈夫なのか。
タカが"赤い悪魔"のエース・パイロットだ。
チームの勝利は勿論だが、"阿修羅"には勝ってもらわなければならない。」

まるで他人事のように、タカを分析するゲンに、ハルは不安を覚えた。

ゲン「曲が決まれば大丈夫さ。
あいつは根が単純、いや素直だから、曲次第でどんな踊りでも踊ってくれる。
ハル、忘れたのか、"赤い悪魔"は、あいつの才能を発見したことに始まったんだ。
あれ以上の素材はいない、タカがベスト・コマンドだ。」

ゲンの力強い言葉に、ハルも"赤い悪魔"結成当時の事を思い起こしていた。ゲン・タカ・ハル、三人が始めた"赤い悪魔"が、今では全国大会を制覇して、テレビ中継に進出するところまで来た。プレイヤーとしてのタカの名声がなければ、"赤い悪魔"を組織することさえも難しかったに違いない。これだけの優秀なメンバーは集まらなかっただろう。

ハル「それにしても、タカの能力はそんなに高いのか。」

幾らタカのプレイヤーとしての技能が高いと言っても、ゲンの入れ込み方は、行き過ぎな感じがしないでもなかった。

ゲン「いずれわかるさ、タカは特別だ。」

それ以上、ゲンは答えようとしない。ハルもそれ以上聞きはしなかった。ゲンは何を知っているというのだろうか。"赤い悪魔"さえも、ゲンの書いたシナリオ通りに踊っているだけの存在なのか。ハルはゲンの正体を知らない。ゲンだけでなく、"赤い悪魔"に居る他のメンバーにしても、その誰ひとりとして、素性を知ってはいない。
ハルは急に足元が揺らいでいくような不安を覚える。すべては仮想空間を漂うだけの、断片的な意識の集まりなのか、と実感する瞬間であった。

(原型)

阿修羅とミカエルの対談で行われたエキシビジョン・マッチの映像は、編集されてプロモーション・ビデオになった。今や、ネット上だけでなく、TVのCMにも流されている。視聴者の反応は悪くはない。一体、何が始まるのか、と興味深々である。

ジロ「御蔭でフィギュアの原型製作の依頼が次から次へと来る。」

今度は、黒騎士・将軍・ドラゴン・兵士と言ったキャラクターもフィギュアにして売り出したいという注文だ。それぞれのキャラクター版権は、各チームとネット企業"くじら"が所有しているから、"赤い悪魔"以外のキャラクターは、他所のチームからの許可が必要となる。

ジロ「ここまで来ると、うちで一括してシリーズ・フィギュアの原型を造りたいんだけれど、"白い天使"のフィギュアだけは造らせてもらえないんだよね。」

ジロとしては、"コマンダー"の主要キャラクターのフィギュア原型を一手に引き受けたいと考えていた。製作者がばらばらでは、作品としての一貫性に欠ける。創造者としては耐え難いところだった。

竹千代「赤い悪魔の使用権を完全に"ナイフ"に譲らない以上、白い天使を自由に使うことはできない。
だから、こちらでも白い天使のSDフィギュアならば製作可能だ。」

"白い天使"と"赤い悪魔"はキャクター版権でも争いを続けている。

ジロ「実は"白い天使"のフィギュアの原型が出来てるんですが。 このままじゃ発表できない。」

フィギュアの原型素材は様々なものがあるだろうが、大体は紙粘土のようなものを使用する。問題は、原型が出来てからなのだ。その原型から複数の商品を作り出すためには、原型から鋳型(いがた)を作らなければならない。鋳型から印鑑を押すようにフィギュアを量産していくのである。
次に問題なのは、商品の素材である。紙粘土のフィギュアでは、壊れやすくて商品にはならない。金属ならば、丈夫だが、コストが掛かり過ぎて現実的ではない。実際はプラスチックやビニールという素材が適している。

ヒマンジ「フィギュアと言えばソフビだ。
今、一番人気があるのがソフビ人形だな。」

ソフビとはソフト・ビニールのことである。玩具から貯金箱まで、あらゆるところでソフビ人形を手にすることができる。

ジロ「僕らは、当たり前のようにソフビ人形を手にするけれど、あれは一般の者に造れるものじゃない。原型から金型を作って、特殊な設備や技術が無いと造れない。専門のところに委託するしかないんだ。
それに、ある一定以上の数量を生産しなければ、元が取れない。 カラー・バリエーションというのがあるのを知ってる。あれは同じ金型から、複数の商品を生み出す手法だよ。」

カラー・バリエーションとは、同じ型から作ったフィギュアの塗装を変えたり、素材の成形色そのものを変えて、違う商品として売り出す方法である。マニアやコレクターは、すべての商品を揃えるために、敢えてこのような色違いの商品を高値で取引する。

ゲン「アマチュアは、レジン・キャストでやるしかないね。」

レジン・キャストというのは、フィギュアの素材で合成樹脂のことである。まずシリコン・ゴムなどで原型の型取りをして、その中に合成樹脂を流し込んでフィギュアを作る。この手法だと、アマチュアでもフィギュアの少量生産が可能となる。

(キャスト)

アマチュアがフィギュアを量産しようと思ったらレジン・キャストから始める。それが、商業ベースに乗るようならば、ソフト・ビニールに切り替えていく。だから、玩具メーカーなどは、最初からソフビでフィギュアを作る。

ヒマンジ「キャスト製は中身が詰まっていて重い。
原価が高く生産量も限られるので、商品価格もソフビより高い。」
ゲン「しかも、初心者には製作が難しい。
プラモデルのようにはいかない。
通常の接着剤では接合力が弱い。瞬間接着剤でも完全とは言えない。結局、パーツとパーツの間にワイヤー(鉄線)を通して安定させるようなことをやる。」

俺、不器用だし、とゲンが零す。確かに、キャスト・キットは製作が難しい。どちらかと言うと塗装済み完成品向きかもしれない。

ヒマンジ「フィギュアの中にもいろいろあって、塗装済み完成品とキットがあるだろう。
フィギュアの中にも純粋に"フィギュア"と呼べる物と"ドール"がある。」

塗装済み完成品は、すでに加工する必要の無い物。キットはプラモデルのように、パーツを組み合わせて色を塗る物である。フィギュアは服も髪も同じ材質で造る物、ドールは着せ替え人形のように、様々な付属品が付く。

竹千代「フィギュアは完成品に高値が付く。
プラモデルのようなキットは未組み立てが絶対条件だ。」

通常の市販品ではなく、オークションなどのプレミア市場の話である。無名の個人が製作したキットに値段が付くことは、滅多にない。

ヒマンジ「材質で言えば、圧倒的にソフビが高いね。
原価で言えば、レジン・キャストの方が高いんだけど、同じ原型でもソフビが高かったりする。」

レジン・キャストはマイナー、ソフビはメジャーということになる。

竹千代「実は、私はレジン・キャストのキットのコレクターなんだよ。」

今では有名になったフィギュア・メーカーも、昔は無地の箱に白黒のコピー写真を貼り付けて、レジン・キャストのキットを販売していた。まだ、フィギュアが流行る前のことだ。売れるかどうかわからない商品を、趣味が高じて作ってしまったのだ。

竹千代「その頃の商品が、フリーマーケットやオークションで前世紀の遺物のように出品されている。
まあ、価値云々(うんぬん)の問題ではない。
そいつらを拾い集めて、ごみ箱に捨てられてしまわないように保管してやろうと思っているのさ。」

物にもよるが、10年・20年前の商品である。知る人ぞ知るというやつだ。市場が小さいので、希少(レア)だからと言って高値が付くわけでもない。竹千代のような古くからのマニアが懐かしんで拾い買いするのみである。

竹千代「レジン・キャストは良いよ。
まだ、荒らされていない。
いや、それどころか流行から見捨てられて忘れ去られた存在さ。」

竹千代の話を聞くと、急にレジン・キャストが高級な素材に思えて来る。事実、素材としてはソフビより高価である。しかし、一般的でない。マイナーで市場が小さい。つまり競り合いが少なく価値が上がり難い。

(プレミア)

ユキ「何を言ってるんだか。
さっぱりわからないよ。」

タカのための新曲作りに追われて、漸(ようや)く解放されたユキが、久しぶりに"赤い悪魔"のサイトを覗いて見れば、キャストだ、カラー・バリエーションだ、と意味不明な言葉が飛び交っていた。

ユキ「マニアだ、コレクターだ、なんて言っても、どうせ古くなればゴミ同然に安くなるんだろう。
あんなソフビのウルトラ怪獣に何万円も出すのがいるのなら見てみたいよ。」

TV番組の影響である。希少価値を考えれば、それぐらいの価値があっても不思議ではない。しかし、それを買う人間を見つけるのも、かなり難しい。ユキはタカの相手で気が立っているので手厳しい。

ヒマンジ「あ、痛い。」

ヒマンジが悲鳴を上げた。マニアやコレクターならではの心の痛みである。どんな希少なものであっても、それを知る人が居なければ、確かにゴミくずである。千里を駆ける馬も、それを知る人が居なければ、平凡な馬として一生を終える事になる。

ユキ「ひょっとして竹千代さん、SHOP竹千代で、そのレジンとやらのキットの在庫を大量に抱えてるんじゃないの。」

今日のユキはすごく意地悪だ。

竹千代「ズキッ、ドキッ。」

実は竹千代もガレージ・キットと呼ばれる分野に商売の手を広げようとしていた時期がある。しかし、フィギュアのブームが来たら、結局みんなソフビに移ってしまった。御蔭で倉庫には、少なからぬレジン製キットが眠っている。何とか、元を取ろうとレジン・ブームを狙っていた。

ハル「一般人の僕としては、その価値が良くわからないけれど、その商品リストを公開すれば、買い手を探せるんじゃないかなあ。
勿論、定価の半額以下にはなると思うけれど。」

ハルはマニアでは無いので反応が冷たい。

ヒマンジ「俺も、竹千代さんの在庫が見たい。
安ければ買いますよ。」

マニアも乗り気である。

竹千代「君たちはハイエナかハゲタカかね。
まあ良い、近日中にリストを<公開>しよう。
10年後に<後悔>しなければ良いがなあ。」

通常、中古品や売れ残りの在庫商品の価値は、一旦ゼロになったと考えた方が良い。保管経費を考えればマイナスも発生する。それらが、フリー・マーケットやオークションで、値が付き取引されるのであれば、例え定価割れであってもプレミア(付加価値)が付いたと同じことである。買った時よりも高く取引されることを望む気持ちはわかるが、流行が去り、色褪せた商品が現金化するだけでも、得をしたと思うべきだろう。
流行を楽しみたい人は定価で、長い目でコレクションを楽しむのならば慌てる必要なないのかもしれない。極稀(ごくまれ)に、破格の値段で取引される商品もあるが、それを買う人間もまた稀なのである。いつ買うか、どこで買うか、それが勝負であり、醍醐味なのだ。

☆ 更新 2004/05/27 ☆

(マニアックな商品)

SHOP竹千代の在庫放出バーゲンは好評であった。
竹千代の希望もあって、特に大々的な宣伝は行わなかったが、ヒマンジを中心としたマニアの間で、噂がネットを駆けていた。この手の商品は、一般向けではない。客は量より質で選ばなければ、なかなか売れなかった。

竹千代「商品が売れる度に、嬉しさ半分、悲しさ半分の気持ちだ。」

長年大事に保管してきた商品が、安値で売られていく。素直に喜べるものではない。

ヒマンジ「フィギュアのレジン・キットは、一般の人から見ると、随分高価な気がする。
パッケージもお粗末で、パーツ(部品)もビニール袋に無造作に入れられているだけだ。」

商品内容を理解していないと、とても手が出る商品じゃない。

ゲン「でも、マニアが見れば違う。
メーカー、材質、サイズ、キャラクターを見れば、それにどれほどの価値があるかは、瞬時に判断できる。
定価では、とても買えなかったが、この値段ならば是非押さえておきたい、という気持ち沸々(ふつふつ)と湧き起こる。」

マニアは、何年も前の記憶や想いを胸に秘め続けている。そして、隙を見て飛びつくのだ。

竹千代「こういう商品は生産量が少ない。
首都圏を中心とした販売となる。
だから地方では、商品そのものを知る者が少ない。」

物が無ければ、購買意欲は湧かない。ホビー専門誌を購読している者でもなければ、その存在さえも知らない。

ハル「でも、ネット環境が整備されて、オンラインで容易に買い物が出来るようになった。フリー・マーケットやオークションもオンライン上に幾つもある。」

少数生産のマニアックな商品も、オンライン取引ならば可能だ。見本品や商品を全国の小売店に配るような商売は、初期の投資額が大き過ぎる。

竹千代「北海道や沖縄、全国各地から注文が届いているよ。
情報のスピードに地域的な距離は関係ないからね。」

後は、商品発送料金と支払方法の選択である。

竹千代「前にも言っていたが、"金融の公道"と"物流の拠点"があれば良いが、実際は金と商品の流れが、複雑なのが欠点だな。」

商売が成立した後、売り手と買い手の間で、必ず支払方法と発送方法を打ち合わせなければならない。予(あらかじ)め売り手が、決めておく場合もあるが、買い手の意見を尊重するのも重要なことである。

ハル「結局、商品代金+αが発生するから、買い手もαについて有利な方法を模索する事になるね。」

高額商品ならばαの比重は低いが、低価格のちょっとした商品の場合はαの設定が買うか買わないかの分かれ目となる。商品価格に納得しても、+αで諦めてしまうこともある。

竹千代「店頭販売のように、商品を手渡して、現金を受け取る。 そういう形の商売では、マニアックな商品は客層を広げていくことができないのさ。」

そこに行かなければ買えないでは、限られた顧客を相手に商売するしかない。大量生産して全国に一斉に商品を送り込むような商売ならば良いが、少量生産の場合は地域限定の商品となってしまう。

(たったひとつの冴えたやり方)

買い手は商品が届くかどうかが心配である。売り手は入金されるかどうかが気に掛かる。商取引が円滑に行われるかどうかのリスクである。

テツ「問題は、両者の本人確認が出来ているかどうか。
その一点で良いんじゃないか。」

両者が個人であれ法人であれ、確実に本人確認が行われていれば、トラブルが発生しても責任を追及できる。

ヒマンジ「あの呪文、たったひとつの名前は、個人は勿論だけれど、法人にも付けられることになる。
人は生まれると同時にたったひとつの名前が与えられて、法人も設立と同時にたったひとつの名前を持つことになる。
その名前は、口座名であり、全ての収入も支出もその口座を経由するんだ。」

つまり、互いに"たったひとつの名前"を明らかにしていれば、それが即ち本人確認となる。その呪文から逃れることはできない。不正行為に対しては、その名前で責任を問われることになる。

テツ「まあ、ヒマンジの言う通りに、たったひとつの名前を徹底できるのならば、現金そのものが不要になるな。
国民全員がIDカードを持ち、支払いの時はカードを翳(かざ)して、人差し指で軽くセンサーを叩けば良い。」

IDカードは、たったひとつの名前が登録されているだけの媒体である。さらに、パスワードとして指紋等の人体認証で確認する。カードだけでは駄目、人体認証だけでも駄目だ。両方が揃えば、たったひとつの名前の付いた口座から入出金できる。
IDカードには名前だけが記録されていて、残高はホスト・コンピューターで管理する。だからカードを改竄(かいざん)しても残高は変わらない。

ユキ「現在でも、ネット・バンクの口座にクレジット・カードの契約を結べば、現金レスの生活が出来るね。
でも、現実には日常生活に小銭はどうしても必要かな。」

現金という存在がある以上、現金を仮想空間にアップロードしたり、電子マネーを現金にダウンロードする手続きが必要になる。つまり現金預け払い機が必須だ。あの機械を通じて、現金はデジタル化したり、データが現金化するわけだ。

ジロ「深夜の現金預け払い機を狙って、ショベル・カーで丸ごと盗んでいくなんて、マンガみたいな事件が起きるけど、考えてみると危ないですよね。」

現金を一ヶ所の置くという事は、それだけでリスクが発生する。もし、現金が無く、全てが電子マネーならば、端末を襲っても1円にもならない。
オール電子マネー化して、操作はパソコンや携帯を使う。その他、人が集まる場所にも公共の操作端末を設置する。パソコンも携帯も端末も口座残高を持っていない。盗まれても、被害は物としての価値だけである。
ひとりの人間がひとつだけの口座を持ち、全ての収支をそこから行う。
その口座の入出金取引の明細を見る時、その人間の人生は、そこに余すところ無く綴(つづ)られることになるに違いない。

(親父ギャグ)

ヒマンジ「"たったひとつの冴えたやり方"だって思わないか。」

この"たったひとつの名前を基準とするシステム"について、ヒマンジが茶化して言う。

ハル「それって外国の小説のタイトルだろう。
最近、そういうタイトルの引用が流行ってるよな。
昔の曲名や本の題名が、新しい作品に使われたりする。」

一部分削除したり違う表現だったりするが、知っている者ならば、あれ、聞いたことがあるぞ、と過敏に反応する。

竹千代「20〜30年前のものだと、その出典が若い者にはわからない。
ひと世代違うと知識の質も異なってくる。
まあ、目くじらを立てるほどの事ではないが、知っていて使えばパロディのような"遊び"となる。知らずにタイトルの響きだけを利用するのはどんなものだろうか。」

30年をひと世代と考れば、意識的に資料や情報を検索しない人間には、全く未知の世界となる。若者が歴史を知るには、それなりの情報に目を通さなければならない。

ハル「古くても、知らない者にとっては新しい。」

古い物でも、その語感が現在に受けるならば、それも良いのかもしれない。

ヒマンジ「ちょっと嫌味だったかしら。」

ヒマンジは、敢えて古い小説のタイトルを引用した。これは、明らかにパロディとして用いている。パロディかどうかは、まわりの人間が、そのネタに気付いてくれるかどうかに掛かっている。知らずに、このタイトルに感動されては、洒落(しゃれ)にならない。

テツ「ヒマンジの冗談はそれくらいにして、話を元に戻そう。」

テツには、それが何の嫌味なのかわからない。書店に足繁く通うタイプではないのだ。書店マニアならば、書棚を眺めているだけで、読まなくても書名と作者くらいは自然と暗記するものである。

竹千代「ちょっと違う意味での親父ギャグなのさ。
知っていると面白い、パロディと同じ感覚の"遊び"なんだよ。
ギャグが寒いか暑いかは別にして、教養が試されたりする。」

何が教養かを論ずるのは難しいが、それなりに勉強しないと笑えないギャグでもある。"遊び"も洗練されていくにしたがって、知識が重要になってくる。その歴史背景も問題である。マニアにとっては、そのような知識の探求や調査が面白いのである。
与えられるだけの"遊び"ではなく。自ら探し求めていく"遊び"なのだ。古きを温めて新しきを知る。"遊び"もまた、かつてやりつくされたことの繰り返しでもある。新しい物になど、滅多に出会えるものではない。

竹千代「一度は飽きてしまったはずの"遊び"も時間をおいてみると新鮮に思える。
その繰り返しの中で、"遊び"も磨かれていくんだな。」

3ヶ月前だと流行遅れだが、30年前ならば新鮮に見える。人間という生き物の時間に対する感覚に過ぎない。新しいとか古いとか言う言葉も、結局は人間の時間間隔を基準に使われている。知らなければ新しい、世代が変わればリセットされるような感覚である。
だからこそマニアは過去を探る。必ず、同じ様な現象が過去にも起こっているはずなのだ。歴史を調べれば、事の本質に近付けるかもしれない。マニアの"遊び"に対する欲望は果てることがない。

(質量保存の法則)

竹千代「少々、脱線してしまいましたかな。
いや、これは出過ぎた真似を、年寄りは引っ込むことに致しましょう。」
ヒマンジ「何を申される御老体、また次の機会を。」

竹千代とヒマンジが掛け合いを終了した。
脇道もまた楽しいものである。
話を本題に戻す。話は電子マネーとそれに伴う現金不要論である。

ユキ「一番不安なのは、完全電子マネー化した時に、データの安全は保証されるのか、ハッキングによって残高を改竄(かいざん)されたりしないのか、というところだね。」

"現金"ならば、"物"として貨幣を持つ事によって安心できる。それを手に握っている限り安心というわけだ。但し、額が大きくなれば、逆に心配の種も増える。

ゲン「まあ、セキュリティ(保護)の問題が最も重要だ。
システムそのものの考え方が正しくても、不正を働こうとするものの存在を否定することはできない。」

システムの機能が完璧であることと、それに対して犯罪行為を仕掛けることは別問題である。犯罪者を基準にして、正しいシステムを否定するのは本末転倒と言えるだろう。

ヒマンジ「現実には完全なセキュリティなんて幻想なんじゃないか。
多少のリスクは伴うだろう。」

この世に犯罪者が居る限り、不正が無くなることはない。システムを強化するより、人の倫理観を正さなければならない。

ゲン「やり方はある。
セキュリティに対する考え方を変えるんだ。」

ゲンはそこで暫(しば)し間を空ける。

ゲン「犯罪者には、やりたいようにやらせる。
犯罪を未然に防ぐことはしない。
重要なのは、犯罪者の足跡を残すこと、その足跡を手繰って犯罪者を突き止めて責任を追及することにある。
そのためのシステムを完璧にするんだ。」

足跡とは何か、それはログ(履歴)である。たったひとつの名前が付けられた口座から、入出金処理が行われた場合には、必ず自分の名前と相手の名前が記録されたデータ・レコードが作成される。つまり、そのログ・データを調べれば、足跡を手繰ることができる。もし、ログ・データの存在しない入金があれば、それは不正な金という事になる。

ゲン「"質量保存の法則"っていうのを知ってるか。」
ハル「専門的なのは駄目だけど、基本的な事ならば。
エネルギーは消費しても無くなることはない、形を変えて常に存在する。
つまり、エネルギーそのものの総量は常に一定量だという理論だろう。」

誰もが学校で習った覚えがあるはずだ。ハル程度の知識ならば、一般教養の範疇だろう。

ゲン「市場を流通する"金"の量も一定なんだよ。
金は使えば無くなる、そう思っているかもしれないが、金が無くなることはない。
Aが金を使えば、それと同額を受け取るBが居る。Bは複数かもしれないし、Aも複数の可能性もあるが、"金"がAからBに移るという事実は絶対だ。
つまり、市場を流通する"金"の量は一定金額である。」

ゲンは、市場における金の量が、"質量保存の法則"におけるエネルギーの量と同じ様に一定なのだ、と言っている。
この総量自体は増減するが、その額をコントロールできるのは政府や日本銀行のみである。

(現金不要論)

ユキ「何かわかってきた。
現金が移動する時には、必ず自分の口座と相手の口座のふたつに取引が発生するんだね。
そして出金口座人の許可なくして、相手口座への入金は有り得ない。
自分の口座名、相手の口座名、移動金額は、すべてログに記録されて保存される。
取引の度に、市場を流通する金額の総量に増減が無いかチェックする。」

誰かが不正に他人の口座から金を移動させたり、自分の口座残高を改竄したりすれば、エラーが発生する。足跡(ログ)を追跡するか、それとも足跡(ログ)の無い口座を調査することになる。

ヒマンジ「かあ〜、やらせといてパクる(捕まえる)なんて、お人が悪い。」

ハッキングそのものを阻止するのではなく、整合性の取れない取引に対して監視の目を光らせる。勿論、可能な範囲でセキュリティは行う。常識的なチェックを行うだけで、悪意のない操作ミスならば、十分に対応できる。

ハル「たったひとつの名前を基準にして、一元管理を行えば、より完全なシステムが構築される。」
テツ「でも、欠点がひとつある。
現金さ、現金の存在が、そのシステムの漏れとなる。
総量チェックに誤差が生まれる。」

テツの指摘に、ゲンは、その通りと答えた。

ユキ「現金には足跡が付かないね。
お札ならば、番号で追い掛けることも理論的には可能だけど。
それに小銭なんか箪笥の裏に落ちたり、歩いていて下水溝に落として無くすことがある。
これって、市場から金が消えるってことだよね。」

電子マネーが市場から消えることはないが、一度現金化したものの消息は掴めない。現金は無記名性で足跡が残らない。なんでもありなのである。犯罪絡みの資金でも、金は金、持っている人間が自由に使える。汚い金でも、正常な金とまぜて掻きまわして配れば綺麗な金になる。マネー・ロンダリング(資金洗浄)である。第三者を経由すれば、足跡も無くなるのだ。

テツ「現金の存在がある以上、防ぐことのできない犯罪は多数ある。
ゲンの言うシステムさえも完璧にはなれない。
それでも、たったひとつ口座に対する考え方に、間違いはないと思うし、セキュリティも良いところを突いている。
セキュリティに関しては、侵入者から守ろうと思ったらきりがない。」

市場全体が巨大な簿記となる。その一冊の帳簿の中で金が移動するのだ。

そんな大きなシステムを本当に作れるのかって。
全国を網羅するようなシステムを物理的に作ろうと思えば難しいだろう。しかし論理的な世界ではシステムの大きさは関係ない。そのシステムを通過するデータ量が増大するだけなのだ。そこが道路や橋を作るのと異なる点である。コンピューターのプログラム・ソフトはひとつ作れば共有できる。一元管理することで精度を増しながら、シンプルにわかり易くなっていく。
使い易く安全なシステムとは、そういうものである。

☆ 更新 2004/06/01 ☆

(観戦記)

ハル「竹千代さんの話を聞いて、物事の歴史の重要さを痛感しました。
僕は、どちらかと言えば即興詩人タイプです。
コピーのようなキャッチ・フレーズならば良いけれど、過去の資料を読み込んで物語に仕上げるのは得意じゃない。」

ハルは、ネット・ゲーム"コマンダー"や"赤い悪魔"のこれまでのプロセス(過程)を記録に残したい、と思い付いた。これから始まる、決勝リーグのTV中継も克明な観戦記に綴(つづ)りたい。

ハル「それで、友人に声を掛けて、仕事を手伝ってもらおうと思ってるんです。」

ハルは主に、"赤い悪魔"の広報を担当している。今までは、即興で感覚的に次から次へと言葉を乱射すれば良かったのだが、"赤い悪魔"の活動にも時間と共に歴史が積み上がりつつある。それ以外にもネット・ゲームの歴史やコンピュータ・ゲームの歴史、そもそもコンピューター以前のゲームや遊びの歴史にまで踏み込んでみたい、という興味が湧いてきたのだ。そこで、ハルはゲーム一般に興味を持って、研究を続けている友人を"赤い悪魔"に誘ったのである。

セボンコ「ああ、どうもはじめまして。」

ハルの友人は、時代小説を書いたり、その合間を縫うようにして、資料を集めてゲーム史を編纂(へんさん)しようとしている。TV中継の観戦記を書いて、ネット上で公開すれば、多少はペンネームの宣伝になるかもしれない、とハルの申し出に賛同したのだ。

ユキ「そのハンドル名って何か意味あるの。」

セボンコというのは、あまり聞き慣れない言葉である。

セボンコ「ああ、これですか。
これは、ちょっと猫背とか、姿勢が悪いとか、という意味です。
背筋が伸びてない子供が居ると、大きくなったらセボンコになるぞ、って叱られる。」

地方の方言であるが、今では使われることが稀(まれ)である。本来の意味は、もう少し強く、おそらく差別用語や放送禁止用語に近いものかもしれない。しかし、子供の頃、言われた言葉は、いつまでも心に残るものである。それで、いつの間にかハンドル名に使ってしまった。

ヒマンジ「俺も良く子供の頃に言われたよ。
今、何時?
肥満児(ひまん時?)。」

少年時代のあだ名、良い意味でも悪い意味でも心の傷、歳を取ると逆にそれが愛(いと)しく思えて来る。子供の頃、嫌だったものが、客観的にもうひとりの自分として、素直に受け入れられるようになるのである。
物を書く時には、そういう微かな傷や想いが、とても重要だったりする。言ってみればコンプレックスが時を経て面白くなってくる。それに姿勢の悪さというのが、思いがけない視点を生み出す。背筋を伸ばして、まっすぐ前を見ていても、見えない物もあるのだ。

ユキ「結構、屈折してるんだね。」
竹千代「その屈折具合が"芸術"を生み"遊び"をより深いものにするのさ。」

形は様々だけれど、誰もが屈折した部分を持っている。ダイヤモンドのカットのように、光がうまく屈折してくれれば、見事が輝きを放つこともあるかもしれない。人間も何十年かやっていれば、"傷"や"過去"、"想い"が累積されていく。屈折もしようと言うものである。しかし、結局はその屈折の度合いが"個性"であり、その人そのものなのだ。

セボンコ「そういうことですので、よろしくお願いします。
このサイトの過去のログ見せてもらいましたが、あのフィギュアの話は面白そうですね。
もし、よろしければ、資料を提供して頂けませんか。
少し、調べてまとめてみたいと思います。」

何でも、資料を集め、時系列に並べて、物語に仕上げる。習性のようなものだ。様々な物語が絡み合い、縦糸となり横糸となる。壮大な物語が織り上がるのである。

竹千代「私の店なら、雑誌等の資料が何十年分もあるがね。
とても、デジタル化してネット上には上げられないよ。
調べるならば、店の方に来てくれ、協力は惜しまんよ。」

既存の本をデジタル化するには、ワープロでタイプし直すか、デジカメに撮影するしかない。どちらも、大変な作業だ。ネット上にアップロード出来ない以上、現物の所へ足を運ぶか、配達してもらうしかない。

セボンコ「ああ、そうですか。
地理的に、そんなに遠くないみたいだから、今度寄せてもらいます。」

セボンコは、自分の正体を知られることを、何とも思っていないのであった。

(ワープロ)

セボンコは言葉通りに、SHOP竹千代に参上して、倉庫に山と積まれた雑誌を根気良く調べ始めた。ノート型のパソコンを片手に、資料を次々に要約していく。必要に応じて、デジカメ(デジタル・カメラ)をパシ、パシと撮る。コピーを取るよりも早い。一枚、一枚の紙ならばコピー機で一気に写せるが、本となるとそういうわけにはいかない。
画像も文書もデータベースに取り込んでいく。
話を聞きつけたヒマンジも暇を見ては、SHOP竹千代に顔を出すようになった。

セボンコ「以前は、手書きで資料整理しなければならなかった。
手書きの文書は、写すだけでもひと苦労なんだよね。」

一度、文書をデジタル化してしまえば、必要な部分だけ、必要な場所に移動できる。データベース化すれば、キーワードから文書を検索できる。膨大な文書も場所を取らず、迅速に探し出せるわけだ。

ヒマンジ「原稿用紙とにらめっこしていると浮かばない文章も、キーボードが目の前にあるとスラスラ出てくる。」
セボンコ「小学生の頃、図画工作の時間に絵を描かされる。
白い画用紙を前に風景なんか描くんだけど、修正が効かないから、なかなか書き出せない。」

白い画用紙と原稿用紙は似ている。良く創作の世界では、頭を掻き毟りながら、原稿用紙を丸めては捨てる文豪が現れる。しかし、現実にはもったいないというより、ほとんど文字が書き込まれていない原稿用紙を捨ててしまう、という行為に抵抗を覚える。

ヒマンジ「それに比べると、ワープロは気持ちが楽だ。
いくらでも修正が出来るし、そのための機能も充実している。」

アメリカではタイプライターという文化があるが、日本ではワープロが一般に普及してからだから、この二十年ちょっと、1980年代に入ってからになる。要するにパソコンの普及と同時に浸透したと言って良い。

セボンコ「昔はワープロ専用機が多くて、OS(基本システム)や文書形式の違いで互換性がなかった。
折角、苦労して打ち込んだ文書が、他の機械では再生できないなんてことが日常茶飯事だった。」

現在、パソコンで作成された文書は、概(おおむ)ね互換性がある。つまり、一度デジタル化された文章は、打ち直すことなく自由に移動できる。サーバーにアップロードすれば、誰もが共有することが可能なのだ。

セボンコ「子供の頃、本を読むのは好きだったけど、特別に作文が得意だったわけじゃない。
第一、 書くのが面倒だったしね。
それが、ワープロの登場で変わった。ちょっとメモして、綺麗に整理ができる。」

新しい道具の開発が、眠っていた能力を開花させる。その道具の機能で、今まで心理的に苦痛だった作業が免除される。書き直しや、膨大な資料検索という煩(わずら)わしい作業が必要なくなる。そのような作業が軽減されて、純粋に創作活動に没頭できるとしたらどうだろう。
多分、新しい感覚を持った世代が生まれ、四半世紀(25年)も過ぎれば、それが当たり前という事になるのだ。

(年表)

セボンコ「それでも、図書館や倉庫で資料を漁るのも嫌いなわけじゃない。」

面倒なことは面倒だが、深海探査や密林調査をする冒険家のような、言わば知的探検である。それなりの面白さがある。意外な情報を入手した時、それは財宝を発見した時の喜びに似ている。

ヒマンジ「結局、コンピューターの有る無しを問わず、知的探究心があるかどうかは、その人間の"資質"によるだろうな。
コンピューターは道具として、その欲求充足の手助けをしてくれる。」

道具は道具、人は人。意味無くコンピューターを毛嫌いする人間も居るが、とどのつまりは道具でしかない。道具と言うことは、使う人間次第と言うことになる。

セボンコ「まずは、おおまかな年表を作るんだ。
情報を日付順に整理して、並べ替えていく。
フィギュアなんかの場合は、商品の発売日で並べる。後はメーカーやキャラクターでもソート(データの順番を並べ替える)できるようにKEYを付加しておく。」

商品名・メーカー・キャラクター名・素材・発売日をひとつのデータとして保存する。画像データがあれば付加する。入力されたデータ・レコードは、それぞれのKEY項目によって瞬時に並べ変えられる。

セボンコ「ところで、このイベント限定とか、限定生産とかいうのは、重要なの。」
ヒマンジ「イベント限定は、メーカーが集まって年に何回か開くイベントの会場でのみ販売される商品さ。
限定生産は、予(あらかじ)め決まった数量しか生産販売しない商品のことだ。
後で、プレミア価格を決める時の判断基準になったりする。」

限定生産の商品には、信用度を増すためにシリアル番号を振るケースもある。***/***のように分母に総生産数、分子に何番目の商品かが表示される。
版画のように、原版から複数の作品を製作する場合は、このようなシリアル番号が付加される。この番号が小さいほど価値が高いと言われている。フィギュアも型から造られるため、初期のものほど精度が高いというわけだ。

セボンコ「へえ〜、面白いね。
それで、生産量が幾つくらいだと希少(レア)なんだい。」

ヒマンジは首を傾げて悩む。

「わからない、決まっていない。未確定という他はない。
市場の大きさにもよるし、その商品にどの程度の支持があるかは不明だ。
ただひとつ言える事は、一般人は定価以上の金を払って買うことはないってことだな。」

プレミア価格は、熱狂的なマニアやコレクターの数によって決まる。
たとえ1個でも無名の商品に値が付くことはない。沢山あっても、人気のあるシリーズならば、高くなる。

セボンコ「この資料をまとめて、どんな商品に高値が付くのかマーケット・リサーチ(市場調査)するのも良いかもね。」

セボンコは、客観的に資料を見ているから笑っていられる。しかし、ヒマンジは違う。自分が所有する膨大なフィギュア・コレクションの市場価値が暴かれていくのである。

あの商品は、そんなに大量生産してたのか。
あれ、これって再販なのか。嫌に箱が綺麗だと思ったら。
限定生産と言うから買ったのに、ノーマルより数が多いぞ。

相手も商売だから、手を変え、品を変えて売ってくる。表示に嘘があれば違法だが、黙っている情報は、必ずしも違法ではない。ある意味、巧妙なトリックだが、流行り病の熱に浮かされた消費者は、面白いように罠に落ちていく。
しかし、それもまた楽しみ、遊びのうちだから、良い経験をしたと思い出の1ページに記(しる)すより他はない。

(絶版)

"絶版"という表示を良く見掛ける。
すでに生産を終了した商品のことである。しかし、商品サイクルの早い現代において、流行が終われば、即絶版になるのは当たり前のことなのだ。言って見れば、雑誌のような物で、賞味期間が過ぎれば、すぐに新しい商品が店頭に並ぶことになる。
況して、フィギュアなどは、型が古くなれば終わりだ。市場が小さいから追加生産もあまり無い。TV番組の影響で商売するならば、3ヶ月から1年で、流行は入れ替わる。
だから、発売から1年が過ぎれば、ほとんど"絶版"と言っても良い。
中には、ベストセラー商品が、何年か後に復刻されることはあるが、稀(まれ)である。しかも、復刻版を手にしたからと言って、完全にマニアの心が満たされるわけでもない。

セボンコ「確かに復刻版は綺麗だ。
けれども、どんなに昔通りに作っても、所詮は作り物に過ぎない。
その頃の気持ちを思い起こせても、作為的な気分は拭(ぬぐ)い切れない。」
ヒマンジ「やっぱりさあ、興醒(きょうざ)めがするんだよな。」

新品になって甦った商品と角が潰れたような骨董品を比べて見る。折角、これまで大切に保存してきたのにという気持ちと、簡単に同じ物を作るなという憤(いきどお)りが込み上げてくる。

ヒマンジ「共倒れなんだよ。
復刻や再販っていうのはさ。」

結果として新品も古品も、共に色褪(いろあ)せてしまうのだ。

セボンコ「デジタルには無い感覚だな。
データやプログラム・ソフトならば、幾つでも全く同じ物を複製できる。デジタルそのものは"0"と"1"の信号だから、劣化することはない。
それは、文章にしても映像にしても同じこだ。」

ゲーム・文章・映像・音楽、すべてデジタル化されたものは、劣化することがない。再生する手段が残されていれば、永久的な情報と言える。

ヒマンジ「でも、ゲームならば、ゲーム機の世代交代で互換性が保証されない。
その他の情報も、OS(基本ソフト)の革新や、再生ソフトのバージョン・アップで、再生できなくなるケースが無いとは言えないだろう。」
セボンコ「確かに、そういう過渡期はあるね。
ハードの補助記憶装置が、新しく変わってしまうこともあるからな。
でも、そういう場合は、過去の情報をコンバートして、新しい方式に対応できるようにするのが筋だと思う。
コンバート用のソフトや周辺機器の提供が必須だ。」

過去に積み上げた記録情報が、全く使えなくなるということがあってはならない。新と旧の間に変換ソフトを通せば、互換性を保てる程度の変更に止めなければならないだろう。問題はハードの刷新である。古くは紙テープ、磁気テープにフロッピー。今では、ハードディスク、CDロム、小型メモリーカードなどである。ソフトの問題とは別に、新しく取得した機器に、古い記憶媒体を再生するための装備がなければ、情報がそこで途切れてしまうことになる。

ヒマンジ「こまめに情報管理する奴ならば、切り替えの度にデータの移行をするだろうが、一般人はそこまでやらないな。
逆に、専門家ならば当然考慮するはずだから、多分大丈夫だろう。
記念写真を、メモリーカードに保存しておいたのに、気が付いたら再生できなくなっていたなんてことになったら、悲しいぞ。」

メモリーカードなんて規格が変わったら、と思うと恐ろしい気がする。大事ならばプリント・アウトすれば良いのだが、紙に変換すると、保存量が膨大になる。

セボンコ「どうやったら、"記録"を大切に保存できるかってことなんだよね。」
ヒマンジ「と言うことで、このフィギュアの歴史も、アップロードしちゃおうよ。」
ふたりは、赤い悪魔のサイトに年表をアップロードすることに決めた。基本的な項目は網羅したつもりだが、見落としや裏情報もあるだろう。後は、広く情報を求めて、年表に追加していくのが良い方法だと思う。そのような手法を用いて、様々な分野の年表を作っていけば良い。年表イコール資料だから、そこからいろいろな物語が生まれてくることになるのだ。

☆ 更新 2004/06/10 ☆

(TV中継)

決勝リーグが始まった。
TVの影響力とは恐ろしいものである。ネット上で展開していた頃は、何処か胡散臭そうな目で見ていた人たちまで、TV中継をやるとなると見る眼が変わった。この数十年のTVの歴史が、大衆に信用を与えてきたのである。
例えば、TVのCMに流れる商品ならば、品質に問題はあるまい。メーカーは、きっと大きな企業に違いない、と思い込ませるに足るだけの信頼関係を、TVは視聴者との間に築き上げてきたのである。
だから、多寡(たか)がネット・ゲームも、TVで放映されると、グレードがひとつもふたつも上がるのである。

ハル「放映時間帯は深夜でも、ビデオに録って見てる視聴者は多い。
逆に、そのビデオ・テープを仲間うちでまわしているらしい。
口コミの威力も凄い。」

まずは、上々の反響だった。
誰でも、この映像を見ただけで引き寄せられるはずである。しかも、音楽にも気を使っている。ゲームに興味の無い者でも、幻想アートとして楽しめるはずだ。

竹千代「グッズが飛ぶように売れる。
ナイフの売り上げの一部も、入って来るから、ひと財産出来そうだ。」

竹千代は、ようやく"赤い悪魔"への投資の、元が取れそうなので、嬉しい悲鳴を上げていた。竹千代にとって、"赤い悪魔"は、商売の一部である。勿論、その一員として、楽しんでも居たが、矢張り儲からなければ嘘である。

Z「ナイフの方も、かなり気を良くしてますね。
大会規模を拡大して、TV放映時間帯も移動させたい、と言ってますよ。」

Zは、こまめに"赤い悪魔"に情報を運んで来る。

Z「問題は、決勝リーグの天王山、"赤い悪魔"VS"白い天使"の一戦でしょうね。」

ベストを尽くして戦うのみ、赤い悪魔のメンバーの誰もが、そう答えるだろうが、Zや竹千代のような、商売絡みの人間にとっては、そんなに単純な問題ではない。大型玩具メーカー"ナイフ"がスポンサーとなって、ネットゲーム"コマンダー"を推進していくならば、この大会の優勝を是が非でも"白い天使"にと望むはずである。
今のところ、決勝リーグの結果は、赤い悪魔がスクランブルを降して、白い天使がグリーン・ベレーを破っている。スクランブルはオールスター・チームだが、全体のバランスが調整されていない。予選ならば無敵の強さを誇るだろうが、赤い悪魔を相手にしては歯が立たなかった。しかし、映像的には良いものが取れたと思う。互いに見せ場を作って、熱戦を繰り広げていた。
白い天使とグリーベレーは、まるでネットゲーム"コマンダー"の教科書を見るような、基本戦術の応酬を繰り返した。流石にグリーンベレーはベテラン・プレイヤーが揃っており、戦い方にそつがない。特殊工作隊のゲリラ活動には、白い天使も少々手を焼いていたようだ。しかし、最終的には、白い天使のプレイヤーの方が操作技術において優っており、時間が進むに従って、白い天使が優位に立っていった。戦略的には、グリーンベレーも負けはしなかったが、個々のプレイヤーの基本性能において、白い天使が頭ひとつ抜き出ていた。

(プロフェッショナル)

決勝リーグに臨んでチーム"スクランブル"は、なかなか勝利を挙げることができなかった。しかし、勝率に相反して、視聴者の受けは最高であった。
黒騎士・将軍・ドラゴンは、個人技を遺憾なく発揮して、チーム・プレーよりも目立つことに徹していたのである。映像的には、意識的に悪役を演じて見せていた。さらに、バルキリーに女武者、魔女などの女性キャラを加えて、花を添えていたのである。視覚的な効果を十分に考慮した演出であった。
"スクランブル"は、個々の能力もほどほどなので、随所に見せ場を作っていた。

ハル「視聴者(客)は喜んでいる。
スクランブルは、美味しいポジションを確保したと言えるね。」
テツ「アマレスからプロレスへの転身だな。」

アマチュアは勝つことだけを考えて戦う。しかし、プロは見せることを考慮しなければならない。賛否両論あるところだが、視聴者(客)あっての商売である。プロ野球で、みんながバントしていては、つまらない。

竹千代「"赤い悪魔"は、今のところアマチュア・スタイルだな。
このままで行けるかどうかは、難しいところだ。」

竹千代は、"ナイフ"との関係を心配している。もう少し、ナイフの知名度を利用した商売を続けたいと考えていた。

ゲン「僕は、勝つことだけを考える。
スタイルや演出については、ハル、君が考えることだ。」

ゲンは、投げ出しとも思える発言をする。しかし、プレイヤーとは別にチームのイメージやスタイルを作っていく人間は必要だ。そして、その担当はハルなのである。

ハル「もう少し派手にやった方が良いかなあ。」

誰も答えてはくれない。仕方無くハルは、創作集団ジロに頼んで、デザインやアクセサリーに工夫を施してもらった。
次のゲームは"グリーン・ベレー"だ。
先週放映の"白い天使"VS"スクランブル"は、ゲーム中継で最高の視聴率を取ったそうである。ビデオ映えのする素晴らしい絵巻が繰り広げられた。今の技術では、これ以上のリアル・アクションは不可能だろう、という声もある。それに比べると、"赤い悪魔"VS"グリーン・ベレー"は地味である。

ヒマンジ「視聴率比べられるのは嫌だなあ。」

それを言われると辛いが、何でもありというチーム編成は難しい。デザインの統一性が取れないし、ユニット能力に影響が出れば、戦力のバランスを欠くことになる。見た目ばかりに気を配るわけにもいかない。

タカ「じゃあ、せめて派手に行こうぜ。
戦いだけでもさあ。」

特訓の成果もあり、タカはようやく自信を取り戻していた。新曲も体に馴染んできている。

ゲン「駄目だ。
敵を舐めていると、酷い目に遭うぞ。」

グリーン・ベレーは敵としては戦いやすい。オーソドックスなスタイルに固執しているために、行動の予想は付く。その反面、手堅い戦術を展開してくるので、相手の動きが読めているからと言って、簡単に倒せるわけではない。

ゲン「きちんと戦えば必ず勝てる。
しかし、隙を見せれば付け込まれる。」

ゲンは個人的には、グリーン・ベレーが気に入っている。戦略・戦術という意味では、最も楽しめるチームだと思っていた。このチーム相手に、どれくらいの力が発揮できるかで、"赤い悪魔"の基礎能力が試されることになるのだ。

(グリーン・ベレー)

敵は、手榴弾を投げ、機関銃を発射しながら、じわりじわりと進んでくる。
少し、進んでは、土嚢(どのう)で陣地を築き、敵勢力を駆逐する。そして、また前進するのだ。その正規軍とは別に、ゲリラ部隊が"赤い悪魔"の部隊を撹乱(かくらん)していた。
このような、基本戦術を駆使して来る敵に対しては、先に動いた方が不利となる。相手は、敵が射程距離に入るのを、虎視眈々と狙っているのだ。

ゲン「グリーン・ベレーで一番注意しなければならないのが狙撃兵だ。
どこから狙ってるかわからん、とにかく気を付けろ。」

狙撃銃は、射程が長い。威力は大したことがないのだが、正確に致命傷を与えてくる。命中ポイントによって、ダメージの算出値が異なる。しかも追加効果がある。腕に当たれば武器使用、足に当たれば移動に影響が出てくる。頭に当たれば、即アウトまで有り得る。

ハル「迷彩色の塗装をしているぞ。
ディスプレーからは、見え難(にく)いな。」

グリーン・ベレーは、TV放映を全く意識していない。だから、デザインカラーも背景色に馴染ませている。ルール上、背景と全く同じ色は使用禁止だが、近似色は許されている。キャラクターが動けばわかるが、じっとしているとかなり見え難い。うっかりすると見過ごしてしまう。気が付いたら後ろに回られて、ナイフで喉(のど)をザックリとなんてことになる。

ゲン「あれが戦いの本来の姿だ。
ゾクゾクするな。」

ルールに違反しているわけではない。TVを意識してプレーする行為の方が甘いのである。
両軍、互いに間合いを取りながら、均衡状態を保っていた。

ゲン「そろそろ天女部隊を突撃させろ。」
ハル「スプレーガン装備の天女部隊は、敵陣に突入してくれ。」

ハルの指示に応じて、ひらひらと天女が舞いを舞うように飛んで行く。背中にタンクを、手には噴霧機を持っていた。天女は、敵陣に飛び込むと、広範囲に色付きスプレーを巻き始めた。中には、早速撃ち落されて、塗料タンクごと自爆した天女もいる。辺りは一面、ペンキだらけである。

ハル「そろそろ良いだろう。
全軍突撃だ!」

見えない敵と戦うのは困難だが、相手の動きが見えれば条件は対等である。そうなれば、操作技術がものを言う。"赤い悪魔"のテクニックの方が一枚上のはずである。
赤い悪魔は味方に多大な被害を出しながら、どうにかグリーン・ベレーの総司令部を落とすことが出来た。基本の出来たチーム相手には、綺麗に圧勝することはできない。結果を見れば、僅差の勝利である。

タカ「阿修羅もかなり狙撃された。
画面の外から撃たれたんじゃ、躱すのは難しいぜ。」

ディスプレー画面をズームアウトすれば、いくらか広範囲を見渡す事が出来るが、それでも狙撃兵を捕らえることはできない。まわりに敵がいない状態で、注意していれば瞬間的に避けられるが、乱戦の最中に狙撃されては、どうにもならない。
少しずつ、体力を削られていくことになる。

ゲン「良い経験になったな。
狙撃部隊については、導入を検討してもいいだろう。」

手強い敵からは、長所を盗む。戦略的に効果があるのならば当然のことだろう。

どんなに無敵の戦略であっても、それを使用した時から破られる運命にある。
相手はその戦略を研究して破る手段を考案するだろう。自ら使用するかもしれない。策には奇襲的な要素があり、ほとんどの場合、相手が注意していれば躱すことができる。二度、同じ手は喰わない、ということだ。
だから、必殺の戦略は、ここ一番のために隠しておくものである。

(最終決戦)

"赤い悪魔"が"グリーン・ベレー"を破り2勝、"白い天使"も難なく2勝を上げていた。"グリー・ベレー"が1勝2敗で、"スクランブル"は3敗である。
この4チームが次回の決勝リーグに参加することが決定していた。第三回全国大会の上位2チームが、決勝リーグに加わり、6チームで次の決勝リーグを行う。そして成績下位の2チームが入れ替えとなる仕組みだ。
さて、残るは、第二回決勝リーグの最終戦のみである。互いに全勝同士、この最終戦に勝利した者が優勝者となる。"赤い悪魔"と"白い天使"、まるで筋書き通り、絵に描いたような決勝戦であった。

ジロ「狙撃手用の新キャラ"鴉天狗(からすてんぐ)"を造っておきましたよ。」

ジロは悩みを抱えていた。大型玩具メーカーのナイフから、フィギュアのキャラクター・デザインを一括して任せても良いという内諾を受けていた。しかし、条件がある。"赤い悪魔"のチーム編成を含めた戦略・陣形を教えろというものであった。
ジロを含めて、創作集団ジロとしては、大型玩具メーカーに抱えられてしまえば、"赤い悪魔"に居る必要はなくなる。SHOP竹千代の販売力では、メジャーな造型作家を目指す事は難しかった。 多分、これと似たような攻撃を、ナイフは"赤い悪魔"のメンバーに仕掛けているに違いなかった。
ジロは竹千代に相談する。

竹千代「みんな個人的な事情を抱えているからな。
物事には"目的"と"手段"がある。
結局は何が目的かを考えてみることだ。」

メンバー全員が、ゲームに勝つことを目的としているわけではない。ジロ自身は、プレイヤーではない。勝つことは宣伝に繋がる、だから勝って欲しいと願っているに過ぎない。
それからしばらくして、MrXからジロに連絡が届いた。

MrX「いやあ、どうも、話は聞いたよ。
君とユキに関しては、ネット企業"くじら"がバックアップするよ。
フィギュアの原型の件は、こちらからナイフに話をしよう。
もし、拗(こじ)れるようならば、"くじら"が資金協力して、SHOP竹千代からフィギュアのシリーズを出しても良い。」

ネット企業"くじら"も、TV中継の成功で、少々強気になっていた。ネット・ゲームに関する主導権を、大型玩具メーカー"ナイフ"に取られる前に、ここで確保しておきたかったのである。

MrX「チーム"赤い悪魔"は、ネット企業"くじら"が完全サポートする。
安心して戦ってくれたまえ。」
ジロ「でも、"ナイフ"との関係が壊れれば、白い天使の版権が取れなくなります。」

結局、元の木阿弥になりかねない。資金援助があっても、版権が無ければフィギュアは造れない。

MrX「ふふふ、そこで提案だ。
この決勝戦で勝った者が、フィギュアの作成権を一括取得する。 怨みっこ無しだ。」

MrXは、すでに、ナイフと交渉を始めている。誰が、原型を造ろうと企業としてはどうでも良い事なのだ。結局、売り上げは、"ナイフ"と"くじら"の折半となる。MrXとしては、"赤い悪魔"と"白い天使"の対立構造を企業ぐるみに拡大して、盛り上げようとしているに他ならない。フィギュアの使用権を巡る争奪戦は、言うなれば、覆面レスラー同士が互いのマスクを賭けて戦う真剣勝負にも似ていた。

MrX「ハル君、ネット企業"くじら"が公式に"赤い悪魔"のスポンサーに付くことを宣伝してくれたまえ。
フィギュアの作成権についてもだよ。」

MrXは、人が変わったかのように躁状態になっている。その影では、竹千代が笑っていた。当然のように、MrXと竹千代は裏で手を組んでいる。誰が何処で造ろうと、利益の何パーセントかは、SHOP竹千代に流れ込む。自らが表に出るのは、もう少し自己資本が充実してからだ。資金援助だけを当てにして、勝負するのは、リスクが大き過ぎる。
"欲望"と"理想"、"夢"が渦巻く中、ネット・ゲーム"コマンダー"は膨張を続けていくのである。

☆ 更新 2004/06/17 ☆

(指紋)

Z「良く推理小説で、犯人が犯行現場に付いた自分の指紋を必死に拭き取るシーンがあるけれど、あれって必要なのかなあ。」

ネット企業"くじら"からのバックアップ申し出に気を良くしたのか、赤い悪魔のメンバーは大分精神的な余裕が出てきた。このままでは、"白い天使"の引き立て役か悪役にされそうな、嫌な雰囲気が漂っていたからである。ハルの宣伝もあって、気分は一転した。
そこで雑談である。ミステリー談義に花を咲かせていた。

ヒマンジ「例え現場から指紋が取れたとしても、前科がなければ照合する指紋がないから役に立たない。
被害者の関係者でも、容疑者にならなければ指紋を取られることがないから、実質的には指紋を残しても、それが即決め手になることは少ないね。」

犯罪者が、被害者と接点を持たない限り、指紋だけではどうにもならない。

ハル「もし、指紋押捺(おうなつ)が義務付けられていたら、すぐに容疑者の一覧ができるね。」

該当する指紋を検索すれば、瞬時に容疑者のリストができる。

竹千代「何だか、無実なのに犯罪に巻き込まれそうで嫌だな。」
Z「全然関係無いのに不倫がばれたりして。」

強盗事件の捜査をしていたのだが、寝室から第三者の指紋が出てきた。調べてみたら奥さんが浮気してたなんてことになる。

テツ「指紋は、参考資料にはなるが、決め手としては弱い。」

それでも、誰もが指紋を登録すれば、便利には違いない。
もし、デジタルで本人確認する場合、KEYやパスワードに指紋を登録するようになると、指紋情報が散逸する。この情報が漏れて悪用されると大変なことになる。

ヒマンジ「指紋情報を、民間企業が持つのはちょっと怖いね。」

個別に指紋情報を持つのは、かなり危険を伴う。

ゲン「指紋照合センターみたいのがあれば良いのさ。」

指紋をチェックしたら、そのデータをオンラインで指紋照合センターに送る。センターは指紋を照合して"たったひとつの名前"を送り返してくる。その人が誰かは、"たったひとつの名前"で証明される。指紋データは、センターが一括して管理する。だから、実際に指紋チェックをする場所に、指紋データは存在しない。

ゲン「基本情報は、1ヶ所に置き、必要に応じて検索する。
ひとつの情報を、みなが共有するのさ。」

1ヶ所だけならば、十分に資金投入して、万全のセキュリティを構築すれば良いだろう。

Z「警察も指紋情報をデジタル化して、指紋照合センターに送れば、容疑者リストになって戻って来るんだな。」

送るとか、受け取ると言っても、郵便ではない。現実には瞬間的に処理される。指を翳(かざ)した瞬間、自分の名前が表示される。

(凍結)

指紋照合センターという、情報を一括管理する組織(システム)を提案したが、要するに本人確認を目的とする情報センターの意味である。"たったひとつの名前"をKEYにして、人体認証データや個人情報の詰まった情報バンクである。

ユキ「目の前に居る人物が誰なのか照会するための一括情報を管理する場所だね。」

端末を前にしてIDカードと指紋等をチェックすることで本人であることが確認できる。そのための照合用データは、個々に持たずに、一括して管理されるのが適当だろう。指紋等の人体認証では、あまり同じ人間はいないと思うが、100パーセントの確率でユニーク(同一でない)であることが証明されない以上、個人を特定するものとしては力不足である。アイテム認証として、カード等の物(キーアイテム)が必要となる。

ヒマンジ「指紋で大体わかるけれど、完璧とは言えないな。
それにIDカードと合わせれば二重チェックになる。」

本人確認をするための端末は至る所に設置、または携帯できるが、照合用データは一括して別の場所で管理されることが望ましい。個々に照合用データを持てば、それを悪用して他人に成り済ます技術が生まれてこないとも限らない。

テツ「当然、この本人確認処理も行う度に、照会用のログ(履歴)が残るんだろう。
この一括管理された情報にアクセスすれば、何時、何処の端末からなのか、必ず証拠が記録される。」

全ての足跡(ログ)は漏れなく記録される事になる。自分の知らない所で照会行為が行われていれば、犯罪と考えて良い。

ヒマンジ「犯罪者が居て、指名手配になる。
その場合、たったひとつの名前が付けられた口座は凍結(フリーズ)されて、犯人は干乾しにされちまう。」

現金を廃止した完璧なシステムでは、口座を押さえられてしまえば、どうにもならない。口座は名前と同じで、たったひとつしかないからだ。勿論、共犯者が居れば、物的援助を受ける事はできる。衣食住に必要な経費を他人が負担することができる。しかし、犯罪者は自分自身では、もう何も出来ない。何故ならば、何を利用するにも、本人確認システムを利用しなければならないからだ。もし、犯罪者が本人確認システムを利用すれば、すぐに所在が知れてしまう。
口座が凍結されてしまえば、その人間は社会的に抹殺されたのと同じことになる。
セボンコ「もし、そうなれば、行方不明の人を捜索するにも役立つね。
違法入国者は生活できない。
正式に入国した者は、仮の名前が与えられて、決められた期限だけ使用できる。
国籍を取得すれば、正式な名前が与えられる。」
ゲン「そんな必要はないんだよ。
"たったひとつの名前"を世界標準にすれば良いだけさ。」

人は生まれると同時に"たったひとつの名前"が与えられる。それは万国共通のものとなる。他所の国でも使えるのだ。但し、合法的な入国ならばという条件はある。
"たったひとつの名前"を持たない、または、口座が機能していなければ、日常生活に支障をきたすことになる。しかし、普通に生活している人間にとっては、何も変わらないのと同じなのだ。
端末を介した行動は全て記録が残るから、もし本人が希望して、情報をダウンロードすれば、自動的に日記が作成されることになる。
あの日、あんな所で缶コーヒーを2本買ってるな。そう言えば、と思い出した時、胸が少しキュンとなったりする。思い出が甦る。思い出したくなければ、メモリーの中に封じ込めておけば良い。記録は個人の所有物であり、本人の許可または特別な事情がない限り、引き出される事はないのだ。

(JANコード)

ヒマンジ「名前による呪いは、必ずしも"人間"にばかり影響するものとは限らない。
"物"にだって名前が付けられることによって呪いはかけられる。」

"人間"には、戸籍上の名前がある。"物"にだって、大概名前は付けられている。しかし、物に付けられた名前は一般名詞で、固有名詞というより普通名詞という方が多い。
たとえば、食品という物があって、それが肉・野菜・果物に分けられる。さらに野菜の中にもキャベツ・キュウリ・トマトと区別されるわけだ。

セボンコ「ヒマンジの理論によると、"食品"という名前よりは"野菜"、"野菜"という名前よりも"トマト"という名前のほうが強い呪文ってことになるな。」

その"物"という"個"をどれだけ特定できるかによって、呪文の強さが決まって来る。

ハル「それならば、あの商品に付いているバーコード、確かJAN(ジャン)コードって言うんだっけ、あれなんか強力そうな呪文だな。」

今では、ほとんどの商品に、あのバーコードが付いている。あれは、同一商品毎(ごと)に付けられた名前である。但し、同じ商品でも、少しパッケージの色が違ったり、イチゴ味とかメロン味などという違いの場合は、同じ商品と見做して、同じバーコードが付けられる場合もある。

ユキ「店のレジで、あのバーコードをスキャンすると商品名や金額がわかるシステムだよね。
それが全部レシートに印刷される。」

昨今では当たり前だが、二十年くらい前だと、レシートは金額しか印刷されなかった。バーコードの普及とポスレジの威力である。バーコードに対応する商品名や金額が、ポスレジまたはコンピューターに登録されている。

ユキ「ところで、生鮮食料品のバーコードってどうやってるの。」

肉・魚・野菜にメーカーが付けたバーコードは無い。しかし、商品はラッピングされて、バーコードのシールが貼られている。

ヒマンジ「商品としては、丸ごと1個のキャベツ、半分のキャベツ、4分の1のキャベツ、その他にも同じ1個でも重いのや軽いのがある。
同じバーコードを付けたら、レジで同じ金額になっちまう。
だから、魚の切り身や刺身、肉なんかは、インストア・コードを使うのさ。
貼ってあるバーコード・シールを良く見ると、商品識別コードの他に、数量・重量・金額なんかが印字されてる。スキャナーは、その数値を読み取って商品代金を表示するのさ。」

インストア・コードとは、店内専用コードの事である。店によっては、JANコードを一切使わず、インストア・コードのみ使用して、より細かく商品管理する場合もある。

ユキ「ところで、あのポスレジって、お客さんを待たせないようにスピードアップしているだけじゃなくて、売り上げ管理やってるんでしょう。」

ポスレジ=POS用のレジスターのことである。POSは(point of sales)は販売時点情報管理で、レジスターは金銭登録機である。勿論、あのような機械を導入する本当の意味は、商品が何曜日のどの時間帯にどれだけの数量が売れたか、記録を残すためなのだ。その記録と天気や気温、イベントなどの情報を付き合わせて、販売の参考資料にするのである。

ヒマンジ「本部じゃ、リアルタイムに売り上げを管理している。
今日は暑いからジュースが飛ぶように売れている。
店頭在庫が少ないから、倉庫から出して早く並べろ、なんてね。
現場の店員よりも正確な情報を、本部のコンピューターが教えてくれる。」

ポスレジを通過したデータは、オンラインで遥か遠くの本社に送られている。

(顧客管理)

ゲン「それだけじゃない。
ポスレジを通過した商品は、在庫管理データからマイナス1される。
その商品の在庫数が一定数量を割れば、自動的に商品発注データが、オンラインでメーカーや問屋に送信される仕組みだ。 しばらくして、商品が入荷する。数量を確認して、在庫データにプラスする。
その商品が店頭に並び、再びポスレジを通過するというサイクルだ。」

POSと販売管理とEOS(発注システム)の三つが一連のサイクルとなって機能している。その中核となっている管理コードが、JANコード(インストア・コード)ということになる。

セボンコ「そんな話を聞くと、あのバーコードも結構呪われてるんだね。」

セボンコは感心するが、バーコードによる管理などは、もはや日常茶飯事のことである。

ヒマンジ「最近は、デパートやスーパー、それにコンビニなんかで会員カードを作らせるところがあるだろう。
会員様は??パーセントの割引特典がございます、ってあれさ。」
ユキ「あ、レジ通る度に渡したカードを読み込んでる。」

ヒマンジは、わかったかな、という顔をする。
あの三つのシステムでは、足りないものがある。確かに商品売買に関する情報は入手できるのだが、一体誰がその商品を買ったのかがわからない。顧客情報が無いのである。
氏名・年齢・性別・職業などの情報と買い上げ商品の情報をマッチングさせれば、消費者の傾向を知ることができる。より、細かなサービスを提供できるのだ。

ハル「会員カードを読み込むことで、売り上げ情報が顧客データに累積されていくのか。」

相手は、自分がこれまでに何時・何を・どれだけ買ったのか知っているわけだ。

竹千代「それだって驚くことはない。
みんなクレジット・カードを持ってるだろう。
あれを使えば、全て個人の消費行動は、情報として記録されてるのさ。」

私たちは、日常生活において、知らず知らずのうちに、個人情報をいろいろなところに提供している。すでに、この世の全ての"人"や"物"には番号が振られて、管理されているのである。ただ、それに気付いている者といない者、気付いているが、どうでも良いと考えている者がいるだけである。
闇の世界では、混乱したコード(名前)を用いて収集したデータやリストが、商品として取引されていく。違法・合法は別として一般的に行われていることだ。民間企業における情報争奪戦とも言えるだろう。

ハル「番号を付けられることを嫌がる人、指紋の押捺を拒否する人は少なからずいる。
しかし、現実には、至る所で、我々は伏字の番号で管理されているんだ。
表向きは、戸籍の名前でも、実際には管理番号で処理されている。」

その事実を認識すれば、"たったひとつの名前"による管理も自然に受け入れられるはずである。

☆ 更新 2004/06/23 ☆

(企業対決)

大型玩具メーカー"ナイフ"率いる"白い天使"と新進気鋭のネット企業"くじら"が後援する"赤い悪魔"が、決勝リーグ最終戦で、優勝を争って激突することになった。
このニュースがネット上を駆け巡る。勝者は、フィギュアを含めた"コマンダー"グッズの版権問題で優位に立てるという条件付きの戦いである。

張孔堂「ここまで来たら、生中継でやりませんか。」

ナイフの宣伝部長が、これまでのビデオ録画からゲーム中継を生(なま)でやりたい、と申し込んできた。ナイフは、この対戦に絶対的な自信を持っている。

MrX「ほう、それは面白い。
受けて立ちましょう。」

MrXも引くに引けない。結果のわかっている録画中継よりも、生放送の方が断然面白いに決まっている。どうせやるならば、土曜日のゴールデンタイムにぶち込むくらいの覚悟で腹を括った。
張孔堂とMrXは、様々なスポンサーと調整を繰り返して、土曜日の八時から1時間枠で放映できるように承諾を得た。
CMで繰り返して、ゲーム中継を宣伝する。過去の試合のビデオから名場面を抜粋して流す。映画を見るような高品質の映像を惜しげもなく連発した。

MrX「ということで決勝は、生中継に決まった。
時間帯もこれまでの深夜枠じゃない。」

この決勝リーグの放映に成功すれば、ネットゲーム"コマンダー"もメジャーの仲間入りと言っても良いだろう。

MrX「それにしても、"ナイフ"の宣伝部長もなかなかのやり手だよ。」

土曜日のゴールデンタイムに枠を取るなどというのは、神業に近い行為であった。

セボンコ「張孔堂と言えば、江戸時代に由比正雪という軍学者が開いた塾の名前ですね。
その由来は古く中国の軍師、張良と孔明に肖(あやか)ったと言われています。」
テツ「由比正雪か、腹に一物ありそうだな。」

赤い悪魔のメンバーは、敵の出方を探りながらも、気分を高揚させていた。TVの生中継は、ビッグ・イベントである。これが成功すれば、ネット・ゲームの社会認知度が格段に上がるに違いない。

竹千代「企業イメージのアップにも繋がる。
勝ち負けは別としても、ITの最先端を走る企業という印象は悪くない。」

ネット・ゲームの中継は、次世代の娯楽、エンターティメントということになる。それに逸早くスポンサーとして参加することで、企業イメージを高めようという戦略だ。

竹千代「やることは、プロ野球やJリーグと同じ。
目的は企業宣伝だが、視聴者に"夢"を与えることもできるし、何よりも良質な娯楽を提供できる。」

野球やサッカーだけがスポーツではない。様々なスポーツがある。その中で人気があるもの、面白いものだけが、プロスポーツとして企業に運営されることになる。流行廃(はやりすた)りもある。キック・ボクシングやプロレス、かつては毎週放映されていたが、今では総合格闘技というものに形を変えている。視聴者の好みは、常に同じではなく、変化していく。だとしたら、ゲーム中継が、人気番組になったとしても、何の不思議も無い。球技や格闘技もゲームという意味では、コンピューター・ゲームと何ら変わりがないのである。

(競技人口)

ヒマンジ「もし、ゲーム中継が高視聴率を取ったら、俺たちプロゲーマーになれるのかなあ。」
テツ「まあ、プロ野球より高い視聴率を、長期間安定して取れれば、無いとは言えないな。」
タカ「つまり、俺たちはゲーマーに"希望"と"夢"を与える"星"になるのか。」

何千万や何億という年棒は、鉄の肉体にのみ与えられるわけではない。視聴率や宣伝効果という間接的に企業に利益をもたらす行為に対して支払われる。観客動員数や入場料は、プレー参加人数や会費に置き換えられる。

竹千代「まあ、そういうこともあるかもしれない。
しかし、ネット・ゲームがメジャーになれば、日本中や世界中から優秀なプレイヤーが集まる。
競技人口が増えれば、隠れた逸材が次々に現れるだろう。」

スポーツを含めた競技の世界では、競技人口というのが頂点に立つための難易度に大きく影響する。例えば、陸上競技や水泳ならば、誰もが子供のうちに経験するから、才能があれば比較的に見つけやすい。サッカーや野球もそれに準ずる。つまり、誰でも手軽にできるものほど競技人口が多く、その頂点を目指すことは難しいということになる。
オランダで柔道の達人となるべき素質を持った子供が居たとしても、彼が柔道と出会う確率や専門的な指導を受けることのできる可能性は、非常に低い。しかし、そういう逸材が宝くじにでも当たるように柔道と出会ってしまったら、東京オリンピックで日本柔道は総力を上げても、彼を止めることはできなかった。アントン・ヘーシンクという柔道家の話である。
逆に競技人口が、100人とか1000人というレベルならば、日本一になることも容易に違いない。
だから、ネット・ゲームも参加する人間が増えてくれば、今の地位が必ずしも保証されるとは限らないのだ。今はトップレベルでも、競技人口が増えれば状況は変わる。

テツ「甘くは無いってことだな。
プロ野球だって、昔は大リーグとは格段の実力の差があったが、今ではトップクラスの選手ならばメジャーリーグで活躍できる。 つまり、日本も野球の競技人口が増えて層が厚くなったってことだ。」

競技人口が増えて、その頂点がプロならば、当然質は高くなるというものである。

セボンコ「高校野球の商品化、甲子園なんかプロ野球予備軍的な扱いをしている。
良い悪いは別としても、その結果がメジャーリーグで通用する選手を生み出したんだ。」

甲子園でプレーする選手の中には、すでにプロが目の前にちらついている者も居る。高校生がクラブ活動で行うスポーツは幾らでもあるが、野球のように積極的にTV中継されるものは他にないだろう。同じスポーツなのに野球だけが特別なのだろうか。他のスポーツはTV中継される価値がなく、野球にのみ価値があるのか。

竹千代「今の高校野球には、プロ野球の延長的な視点があるんだ。
勿論、ある程度の視聴率も期待できる。」

視聴者が望むものを見せる。だから、価値とは視聴率に置き換わる。他の高校スポーツよりも高校野球を見たがる人間が多いから、予選(地方局)から決勝まで丸ごと中継されることになるのだ。
教育的な見地から見れば、どの高校スポーツも平等なはずだが、現実には視聴率がものを言うということになる。

ユキ「そこまで言われると悲しいね。
プロ野球も高校野球も見ないけれど。」

時代は変わり、チャンネルも増えた。見たい者が見たい番組を見る。視聴率の高い番組に、企業がスポンサーに付く。有料TVのように直接に集金する場合もある。どちらにしても、視聴者が望むものを提供するしかないのである。

(土曜の夜)

土曜の夜がやって来た。
プレイヤーは、各自端末(パソコン)の前で息を潜めるように開始のゴングを待っている。
しかし、8時になっても、プレーが始まることはなかった。オープニングの15分は、決勝リーグのこれまでの経過や、ルール説明に費やされていた。メイキングや裏話である。時間帯が移動したこともあり、初めて見る視聴者も多数いた。
ようやく、長い解説が終わった。
試合の開始である。
これまでとは比べ物にならないほどの観客がネット・ゲーム"コマンダー"に熱い視線を送った。

ハル「俺たちの名前は何だ!
前回大会の覇者"赤い悪魔"だ。
未だかつて一度も敗れたことがない、無敵の軍団だ。
昨日今日結成されたばかりのヒヨッコに負けるはずがない。
"白い天使"の翼を剥ぎ取り、地上に引き摺り下ろしてやれ。
俺たちは無敵の戦士だ。
さあ行け、目指すは敵の総司令部だ。」

ハルから激が飛ぶ。目標はプロゲーマーで、1億円プレイヤーだ。現実はさておいても、高い目標を掲げることは良い。その目標を目指すことで、現在の緊張感から解放される。夢が大きければ、現状の問題など取るに足らないものに思えるからだ。
両軍のアップが交互に映し出される。
"白い天使"の戦略は、シミュレーションの基本の"待ちの戦略"である。ユニット数の少ないチームは戦力を集中して、総司令部を守る。敵は必ず総司令部を狙って来るから守りながら戦うのだ。
対する"赤い悪魔"は防御線を張りながら、じわりじわりと進軍して行く。ユキの行進曲が、チームの士気を鼓舞して気分を高揚させる。"赤い悪魔"の戦略は、射程距離ぎりぎりまで進軍して、鴉天狗に狙撃させるというものである。敵の実力から見て、命中率は低いが、少しでも当たれば、敵は出てくるしかない。そこを一機ずつ撃ち落す作戦である。

ゲン「狙撃部隊、発砲開始。」

天使たちは、飛んで来る弾を紙一重で避ける。距離が十分にあるし、弾除けに専念できる状況ならば、ほとんど避ける事ができる。 しかし、完璧に躱せるとは言えない。キャラが重なったり、障害物で動けなかったり、流れ弾のように別の弾を避けたために当たるケースもある。だから、弾除けの名人は、弾を避けるのではなく、追い詰められないようにスペースを確保するのである。

テング「大体2〜3パーセントくらい当たってます。」

狙撃隊長が報告を入れて来た。"赤い悪魔"は、チーム編成で、ユニットのおよそ三分の一を狙撃隊に組み込んでいる。

ゲン「敵が動き出すまで撃ち続けろ。
動いたら即撤退。」

天使たちが動き出したら、狙撃隊を下げて、白兵部隊を前進させる。

ミカエル「幾ら最強の天使たちと言えども、全ての弾を躱せるわけではない。
かすり傷でも、判定に持ち込まれれば、致命傷となる。」

このまま動かなければ、僅差の判定負けまである。

ミカエル「総司令部は私が守る。
他の者は行きなさい。」

ミカエルは天使たちに進軍命令を下した。

(決戦)

"赤い悪魔"は、すでに"白い天使"の総司令部を遠巻きに囲んでいた。
鴉天狗狙撃隊の射程距離ぎりぎりのところで待機しているのだ。この位置ならば、天使たちの反撃を受けずに射撃できる。その結果、天使たちに僅かながらダメージを与えることに成功していた。

テング「天使たちが一斉に動き出しました。」

天使が前進を始めた。敵は戦力を二手に分け、4〜5ユニットずつ固まって左右に進んだ。

ゲン「狙撃隊は、天使と一定距離を保ちながら後退、射撃と移動を交互に繰り返せ。」

狙撃隊は、天使の射程外を確保しながら射撃を続ける。下がり撃ちである。その間に白兵戦用の部隊が前進して、天使たちを迎え撃つ。

テツ「そろそろ天使と接触する。
重装歩兵を壁にして、中距離からもどんどん撃ち込め。」

"赤い悪魔"は左翼に戦力を集中していた。右翼には狙撃部隊のみ配置して囮(おとり)になってもらう。その隙に、全戦力を集中して、天使の半分を叩くという戦術だ。
仏教の守護者四天王をデザインした重装歩兵が、足並みを揃えて進む。持国天・増長天・広目天・多聞天である。中でも毘沙門天の異名を持つ多聞天を操るのがテツであった。
巨大な光が、赤い悪魔軍を照らし出す。
天使たちとの直接対決であった。
ガブリエル率いる天使が4人、光の輪を描くように襲い掛かってきた。周囲を小天使が舞っている。的確な運動を繰り返しながら休み無く攻撃を仕掛けて来る。例えて言えば、かつて戦国最強の武将と恐れられた上杉謙信公の得意陣形、"車懸(くるまがかり)の陣"を立体3次元で実践しているかのようであった。

テツ「車懸の陣とは恐れ入ったが、上杉謙信ならば毘沙門天のこちらが専売特許だ!」

テツは槍と盾を交互に使い、どうにか敵の攻撃を防ぐが、ダメージは予想以上に累積していった。

タカ「早く、俺を出せ。」

タカが何度も催促するが、今回の作戦では、ぎりぎりまで阿修羅を温存することに決めていた。対ミカエルに備えてである。他のプレイヤーでは、到底太刀打ちできないと判断したからだ。

ヒマンジ「おいおい、これじゃあ"赤い悪魔"のほとんどがやられちまう。」

攻撃の軸となる阿修羅がいなくては、戦力はかなり落ちる。それでも、ようやくガブリエルの部隊を倒した時には、全体の3分の2の戦力を失っていた。

テツ「ぐずぐずするな。
もう一方の天使部隊を撃ちに行くぞ。」

赤い悪魔は満身創痍(まんしんそうい)の状態で、残りの天使を追い掛けたのである。

ハル「今のところ状況はどうだ。」
ゲン「まあ許容範囲内という所だ。」
ハル「何とか、阿修羅とミカエルの一機撃ちに持ち込めれば良いんだが。」
ゲン「それをお望みならば、そうしよう。」

ゲンは残存戦力を入力して、細かな計算を始める。ハルの要請に応じて、ゲンも最高の演出をするために努力をする。今夜は、ネット・ゲーム"コマンダー"にとって最高のショーを観せなければならない。
そして、尚且つ勝利するのは、"赤い悪魔"でなければならなかった。

☆ 更新 2004/07/01 ☆

(脅迫)

決勝リーグの数週間前に遡(さかのぼ)る。
大型玩具メーカー"ナイフ"の支援を受けて盛り上がる"白い天使"に対して、"赤い悪魔"は意気消沈していた。幾らTVに出ても引き立て役や悪役では、面白くない。

ハル「何か良い手立てはないものか。」

ハルはゲンにメールを送って相談する。ハルとしても材料が無いことには宣伝のしようがなかった。

ゲン「そろそろ、奥の手を使うとするか。」
ハル「何か策でもあるのか。」
ゲン「いずれ使うつもりではいたんだが、なかなか吹っ切れなかったよ。」

後のことは任せてくれ、と言い残してゲンが消える。少し歯切れの悪い退場だが、ゲンがハッタリを言うとは思えない。ハルはことの推移を見守ることにした。

***

MrX「君は私を脅すつもりかね。」

MrXはゲンからブラック・メール(脅迫状)を受け取り、不快感を露(あらわ)にしていた。ゲンは、MrXにネット企業"くじら"が"赤い悪魔"の後援をするように強要していたのである。

ゲン「そんなに無理な話じゃない。
このままだとネットゲーム"コマンダー"は、"ナイフ"に喰われてしまう。
美味しい所は、全部持って行かれてしまいますよ。」

TV中継の成功により、"ナイフ"は株価を上げていた。ネットゲームのシステム提供は"くじら"、環境を作ってプレイヤーを集めたのも"くじら"である。"ナイフ"は、完成したところでTV中継に資金提供してスポンサーとなり、自社チームを参入させただけである。勿論、"ナイフ"の玩具メーカーとしての知名度が、TV中継の成功に一役買っていることは否定できない。

MrX「だからと言って、露骨に"ナイフ"の機嫌を損ねるようなことはできないよ。」

MrXは、"くじら"と"ナイフ"のパイプ役を務めている。両社の協調関係が拗(こじ)れるような真似は避けたかった。

ゲン「別に喧嘩をするわけじゃない。
互いにバランスを取って盛り上げたい、と頼んでいるだけなんです。」

ゲンは、MrXに対して強気な発言をする。

MrX「まあ、話はしてみるがね。
"くじら"が動くかどうかは保証できないよ、まず難しいだろうね。」

MrXは、鼻であしらうように答えを返した。

ゲン「そんなこと言っても大丈夫ですか。
もし、"赤い悪魔"が決勝で負けて、タカの正体が明らかになったら、まずいことになるんじゃないかなあ。」

ゲンは、タカの正体を調査するようにMrXに忠告した。"くじら"はプロバイダー事業も展開しており、会員の身元くらいはすぐにわかる。

***

翌日、MrXからゲンのもとに、感謝のメールが届いた。

MrX「アドバイスをありがとう。
"くじら"は、全面的に君たち"赤い悪魔"を支援することを決めたよ。」

今では"くじら"の社長を後進に譲り会長職にあるが、"くじら"の創設者でもありコンピューター産業の草分け、伝説的人物とされる橘龍蔵(たちばなりゅうぞう)氏の鶴の一声で、"くじら"の"赤い悪魔"の後援が決まった。

MrX「雲の上の人だと思っていたが、直々に呼ばれて、思い切り肩を叩かれたよ。」
ゲン「それは良かったですね。」

MrXは、出世街道への切符を手にして、躁状態にある。その話を聞いたハルは、何が起こったのか裏の事情は知らないが、この好材料をネタに広報活動を繰り広げたのである。

(堕ちていく天使)

話はゲーム中継、決勝戦に戻る。
テツ率いる"赤い悪魔"の主力部隊は、ラファエルとウリエル率いる天使部隊を迎撃していた。

テツ「強いなあ。
重装歩兵の壁が破れそうだ。」

先ほどのガブリエルたちとの戦いで、どのユニットもかなりダメージを受けている。もう黄色から赤色に変わり始めているユニットばかりだった。敵も少しは狙撃による被害を受けていたが、"赤い悪魔"ほどではない。数において、圧倒的に有利に見える"赤い悪魔"軍も、僅かな天使たちに思うように蹴散らされていた。

ゲン「下がりながら戦え、総司令部近くまで下がっても構わない。」

ゲンの指示に、"赤い悪魔"はじりじりと押されるようにして後退した。下がりながら戦えば、ダメージを軽減できる。その間、絶え間無く鴉天狗が狙撃を続けていた。

テツ「背水の陣だな。」

部隊は背中に総司令部を背負う。その後ろはエンド・ゾーン、もう逃げ道はない。

竹千代「そちらから来てくれれば助かる。
これでやっと助太刀できるぞ。」

総司令部には、少ないながら防御ユニットが配置されている。竹千代の大日如来も居た。その戦力をテツの部隊の援軍に向ける事ができる。ダメージを受けた部隊は、その間に補給・修理をすれば良い。
竹千代の大日如来が前線に出てくる。テツの毘沙門天とコンビで、ラファエルに槍を向けた。激戦を繰り広げた後、毘沙門天は光の矢に胸を貫かれた。それと同時にラファエルも翼を折るようにして落ちて行く。

テツ「後は頼む。」

テツが退場する。
竹千代は、残ったウリエルに向かった。
もう、"赤い悪魔"は数えるほどしかいない。ウリエルもまたふたりの小天使を侍(はべ)らせるのみであった。

ウリエル「阿修羅を使わずに、ここまでやるとは大したものだ。」
竹千代「そちらこそ、ミカエルを温存している。」

大日如来とウリエルは、互いに相手を倒して、少しでも大将戦が有利になるように狙っていた。その時、鴉天狗の狙撃弾が飛んで来た。

ウリエル「ええい、うるさい。」

ウリエルが強力な光を放った。周囲の鴉天狗が落ちる。かなり近距離から狙撃をしていたこともあったが、ウリエルも相当エネルギー消費の激しい技を使ってきていた。

ウリエル「行くぞ!」

ウリエルのまわりを飛んでいた小天使が、大日如来めがけて飛んで行く。
大日如来は、小天使に攻撃されるままでいる。どうせ追い掛けても落とすのは難しい。攻撃力はそれほどではないから無視だ。それより、ウリエル本体を狙う。大日如来は、"赤い悪魔"中最も硬いユニットである。
大日如来は、後光を発しながら総司令部まで下がる。総司令部まで下がれば、地形効果により最大の防御力が得られる。体力の回復もある。出て戦い、下がって回復、を繰り返して敵を攻め立てる。

ハル「ミカエルと阿修羅では、ユニットポイントでミカエルが上回る。
判定に持ち込まれては駄目です。
強行してでもウリエルを落として大将戦に持ち込んで下さい。」

ゲンの計算をハルが伝える。このままのヒット・アンド・アウェイでは時間切れまでありそうな状況だった。

(神の如き者)

大日如来もウリエル(神の火)の攻撃にはたじたじであった。
四大天使は、それぞれの"神"の名が添えられている。
ミカエル=神の如き者、ガブリエル=神の力、ラファエル=神の薬、ウリエル=神の火
名前には、そのような意味があった。
従って、ウリエルは炎の攻撃を得意とした。渦巻く炎の中で、大日如来は苦戦を強いられるのであった。

竹千代「援軍の予定はあるか。」

竹千代が悲鳴を上げる。

ゲン「残存ユニットに自爆装置を付けて送ろう。
敵に悟られないように注意を引き付けてくれ。」

補給・修理に戻ったダメージ量が"赤"になっているユニットに、爆弾を持たせて突撃させる。当たれば効果的だが、気付かれれば炎に焼き尽くされることは目に見えていた。

竹千代「タイミングを合わせよう。
そちらの指示と同時に、ウリエルにタックルするぞ。」

最後のチャンスである。そのタイミングで自爆兵が飛び付かなければ万事休すだ。

ゲン「よし行け!」

大日如来は、合図と共に駆け出す。大地が地響きを立てた。
しかし、その時、小天使が大日の足元を掬(すく)う。大日如来は咄嗟に小天使を踏み潰したが、バランスを崩して無様(ぶざま)に転んでしまった。

ウリエル「勝負あったか。」

ウリエルは軽く跳躍して、真逆さまに槍を突き刺した。昆虫標本のように、大日様は大地に貼り付けられてしまった。しかし、大日様もただやられてはいない。背中の上で勝ち誇っていたウリエルの左足首を掴んでいた。

竹千代「これで何とかなるか。」

ウリエルは、大日如来の太い手首に槍を突き立てる。この手を振り払い、ひとっ飛びすれば敵の総司令部であった。
その時、ウリエルはようやくレーダーの反応に気付いた。周囲に5〜6体のユニットの光点が見える。

ウリエル「罠を仕掛けたな。」

次の瞬間、火炎放射と爆風が同時に起こった。
ウリエルは、大日如来と共に跡形も無く吹き飛んでいた。
その噴煙が風に流されて吹き消えた頃、大きな光が"赤い悪魔"の総司令部を照らし出していた。
ミカエルの登場である。

ミカエル「ここまでやれれば上出来です。
後のことは、このミカエルに任せなさい。」

ミカエルはウリエルと大日如来の戦いを遠くで見守っていた。敢えて手助けはしなかったのである。

ミカエル「敵が阿修羅を出さない以上、手を出すのは無粋というものだ。」

ミカエルは、阿修羅の出陣を待っている。

ハル「どうやら、ミカエルも想いは同じらしい。
一機討ちを御所望のようだ。
タカ、準備は良いか、出撃だ!」
タカ「・・・、発進。」

タカにしては言葉少なに飛び出して行く。前回のエキシビジョン・マッチでの苦戦が尾を引いているのか。それとも、ミカエルの正体がテンだと感じ取って、二の足を踏んでいるのか。"赤い悪魔"の将来を決定する、この決勝戦のプレッシャーを意識し過ぎているのだろうか。
阿修羅は、ミカエルの前に立つ。
漆黒の翼が、一瞬、カメラを遮った。カメラがぐるりと移動する。 "赤い悪魔"と"白い天使"の決戦の熱気は、最高潮に達していた。

(頂点)

互いの総司令部など眼中にはない。
どちらかが、相手を完全に撃破するまで決着は在り得ない。

ミカエル「どちらが正しいか。
どちらが美しいか。
どちらが強いか。
いや、どちらが勝つのか、ここで決しましょう。」

ミカエルは、何枚もの翼を音も無く同時に羽ばたかせた。

タカ「なぜだ!」

阿修羅は、気合にも似た叫びを発しつつ六本の腕に持った剣をミカエル目掛けて振りかざした。
不満があるならば言えば良い。"赤い悪魔"を離れるならば、みんなに一言挨拶するのが筋というものだ。タカは、何度も自問自答した。しかし、自分を納得させる答えは、どこにもなかった。

テン(ミカエル)「まだ、わからないの。
あなたと戦いたかったからに決まっているじゃないか。
"赤い悪魔"の戦士たちは、みんなコマンダー史上最強のプレイヤー"タカ"と戦いたくて集まって来たんだよ。」

一緒に戦っているのは楽しい。でも、より高い所、もっと上を目指すならば、いつかは離れなければならない。最強のプレイヤーと仲間では、自分がトップに立つことはできない。
ミカエルは、たった一本の剣で、阿修羅の6本の剣を見事に捌(さば)いていく。

テン「リズムを変えてきたね。
でも、本質は変わらない。
僕はタカのすべてを知っている。」

ミカエルは、阿修羅の新しいリズムに慣れてくると反撃を開始した。神の剣が容赦なく阿修羅を攻め立てる。

タカ「それならば、俺はいつもひとりぼっちになる運命なのか。」
テン「そうだよ、あなたが勝ち続ける限り、常に戦い続けなければならない。」

勝者の定めである。勝ち残った者は、敗者のためにも勝ち続けなければならない運命を背負わされる。負けて楽になるか、さらなる高みへと精進するか、選ぶ道はひとつであった。

テン「頂点を目指す者はね、ひとりにならなけりゃならない。
一番上に立てるのはひとりだけなんだ。」

ミカエルの剣が阿修羅に振り下ろされる。迷いを振り切った快心の一撃であった。阿修羅の腕が一本千切れて飛んで行く。

ミカエル「阿修羅、このミカエルの剣の前に跪(ひざまず)け。
我が下僕(しもべ)となれ。
白き翼を与えよう、天使として生まれ変わるのだ。」

ミカエルの剣の重さに、阿修羅は膝を折った。ミカエルは圧(の)し掛かるように阿修羅に覆(おお)い被(かぶ)さる。このままでは、阿修羅はミカエルの前に平伏(ひれふ)してしまう他ない。
このまま、やられてしまうのか。
このタカ様が、テンの剣に押し潰されて、その家来にされちまうのか。しかし、それも一興かもしれない。誰かの指図通り、言われるままに戦うのも気楽かもしれない。チームの名誉を掛けて一機討ちをすることもない。あのギリギリの緊張感も、胃が痛くなるような興奮も味あわずにすむ。すべてのプレッシャーから解放される瞬間だ。

ハル「おい、このままじゃどうにもならない。
タカ、お前らしくもない、立って、戦え。」

タカから戦意が薄れていく。
頭上から剣を振り下ろすミカエルは、ひとまわりもふたまわりも大きくなったように見えた。

☆ 更新 2004/07/08 ☆

(壁抜け)

ユキの音楽が、士気高揚から怒りへと変わっていく。
こんな不甲斐ないゲームのために、何度も曲を作り直してきたのではない。"赤い悪魔"の勝利を信じればこそである。

ユキ「まったく、みそこなったね。」
テツ「これほど愚かな奴とは思わなかったぞ。
みんながここまでやって来た努力を、お前の一時期の感情で台無しにするのか。」

"赤い悪魔"のメンバーから、タカに向けた罵声が飛ぶ。応援の言葉はない。戦う意思の無い者に掛けるべき言葉は批難のみである。

ハル「甘ったれるんじゃないぞ。
仲間だから助けてくれるなんて思うなよ。
みんな、お前の強さを信じて集まって来たんだ。
だから、"阿修羅"のためなら、弾除けになって身を犠牲にしてでも戦ってきた。
最後には、"阿修羅"が勝利を手にするという希望があるからだ。」

誰もが納得する戦いをしろ、期待を裏切るな、それがエース・パイロット、最強のプレイヤーの宿命なのだ。

ゲン「タカ、お前は反射速度と状況判断能力でテンに劣る。
特に判断能力においては、かなりの差がある。
論理的に物事が考えられない。
但し、リズム感と間の取り方は天才的だ。そして、もうひとつ"感"が良い。言い換えれば"運"が良い。だから、お前は深く考えるな。本能に身を任せる。
ただ、感性の命じるままに戦えば良い。」

ゲンはタカの長所と短所をズバリ指摘する。褒めているのか貶(けな)しているのかわからない。
"赤い悪魔"から次々とメッセージが寄せられる。メッセージ欄が、休み無く流れて行く。タカは、敵からではなく、味方から集中砲火を浴びていた。

***

タカ「寄って集(たか)って人を馬鹿みたいに言いやがって、覚えてやがれ。」

タカもメッセージを見ながら、好い加減腹が立ってきた。ここまで共に戦ってきた仲間にここまで言われるのか、と思えば今にも爆発しそうな気分である。
しかし、現実には、ミカエルの剣の前に押し潰されそうな阿修羅であった。

タカ「何か逃げ道はないのか。」

タカは考えるが、無駄なことである。たった今、ゲンに指摘されたばかりだった。

ゲン「データの裂け目を探せ。」

ゲンの言葉に、タカはようやく閃(ひらめ)いた。
次の瞬間、阿修羅が僅かに身を捻る。すると、阿修羅の体が大地にめり込んでいた。阿修羅とミカエルの間に、隙間が生じて、阿修羅はミカエルの下から抜け出した。

タカ「へぇ、ざまあみろだ!」

阿修羅は見事に体勢を立て直して身構えていた。

ハル「壁抜けだな、初めて見たよ。」

壁抜けとは、ゲーム内のバグである。ゲーム画像内の障害物や壁に何回も体当たりしていると、極稀(ごくまれ)に通り抜けたり、嵌(はま)ったりすることがある。画像と画像の切れ目に隙間があり、たまたまその座標にキャラクターが、ぴったり合うと壁抜けが起きる。
画像のアドレス指定でプログラム・ミスがあるのだ。注意していても、膨大なデータの中には、そのようなミスが無いとは言い切れない。あっても、現象として発生する可能性は低い。
壁のデータを256個並べるとする。人間ならば、1〜256というアドレス(場所)を指定したいところだが、COMでは0〜255という指定をしなければならない。人間は1から数えるが、COMは0から始める。従って、メモリー上にはゼロという領域が存在する。だから、プログラマー(人間)が、うっかり1から記述すると、目に見えないくらい僅かな隙間(ズレ)が発生する。その隙間とキャラクターのアドレス(座標)が重なれば、壁抜け現象が起きる。

(孤高の戦士)

足元の岩に片足を掛けて、阿修羅が立つ。
腕を一本失っているが、五本の腕が太刀を構えていた。
黒き翼は、大地を転がった時の埃(ほこり)を軽く羽ばたきして落とした。

タカ「戦うことの意味がやっとわかってきたよ。」

タカは常に勝ってきた。誰かを目標にしたことはないし、競ったこともなかった。最初からトップ・プレイヤーとしての資質を備えていたのである。常に周囲から追われる者であったのに、その事実にさえも気付かなかったのだ。
多くの者が、タカに挑戦を挑み、自らの能力の限界を知った。去る者もいたし、"赤い悪魔"に参加する者も居た。

タカ「みんなゲームを楽しんでいるだけだと思っていたよ。」
テン「確かにそうかもしれない。
しかしね、トップ・プレイヤーたちは、楽しいだけじゃ我慢できなくなるんだ。
より上を目指したくなる。
あいつとぼくのどちらが強いか、試したくなるのさ。
馴れ合いじゃない、真剣勝負がしたくなるんだ。」

最初は、単にゲームを楽しもうと思い、始めるのかもしれない。次第に力が付き、周囲の中では、ほとんど負けることがなくなった。少し、緊張感が薄れる。今までいたグループを抜けて、試合を申し込む。外の世界にはもっと強い奴がいる。でも、もう少し腕を磨けば、勝てそうな気もする。そうやっているうちに、どんどんレベルが上がっていく。少しでも緊張できる相手を探して彷徨(さまよ)う。
気分が高揚するような勝負がしたいと感じるようになるのだ。

テン「天性の資質に恵まれているとね。
そういうのに気付かずに、ただゲームを楽しんじゃうんだ。
ぼくもそうだった。
あなたと出会うまではね。」

テンも、タカに会うまでは、何となくゲームをプレーしていた。普通にやっても勝てるから、本当の勝負の面白さに目覚めることがなかったのだ。しかし、タカに会って一変した。自分と同レベルの人間が居たのだ。始めは一緒にプレーできるだけで嬉しかった。自分の力を100パーセント表現できると思った。しかし、やがて、それだけでは満たされない自分がいることを認めないわけにはいかなかった。

テン「あなたも一度負けると、本当のゲームの面白さを実感できるかもしれない。」

ミカエルは大剣を構える。その姿は自信に満ちていた。

タカ「言いたいことはそれだけか。
そんなに、どちらが強いか知りたいならば教えてやろう。
世界で最も強いのは、この常勝将軍"阿修羅"様よ。
たしか、俺に白い翼を与えると言ったな。
そこまでしてくれなくても、欲しけりゃ自分で取りに行くぜ。
その翼を剥ぎ取り、お前を地面に引き摺り降ろしてやる。」

タカの言葉が終わるか終わらないうちに、ミカエルが襲って来る。阿修羅は二本の太刀で、それを受けて、残りの三本の太刀で切り返した。互いに飛び下がる。
タカの胸が熱くなる。鼓動の高まりがどうしようもない。快楽が津波のように全身を襲う。

タカ「やっぱり、戦うってのは良いよなあ。
理屈じゃない、体で感じるんだ。」

タカの、つまりは"阿修羅"の覚醒(かくせい)の瞬間でもあった。

(リズム)

ハル「やっと、その気になってくれたな。
一時は、どうなるかと思ったよ。」
テツ「まあ、根が単純だからな。
激励よりも罵声の方が効果的だ。」

ようやく、メッセージからも安堵(あんど)のため息が漏れ始めた。

タカ「後でメッセージをダウンロードするからな。
誰が何を言ったか、チェックしてやる。」

タカが怒りをぶつけてきた。テンションが上がり始めている。

ヒマンジ「タカ様、お怒り御尤(ごもっと)もでございます。
勝利の暁(あかつき)には、靴の底でも御舐(な)め致しますので、どうぞ御容赦を。」

冗談とも本気ともつかぬ謝罪のメッセージが上がって来る。もし、タカが勝てば、後が怖い。虐(いじ)められるのは必至であった。 ユキも機嫌を直したのか、曲が阿修羅用の戦闘曲に変わる。

***

テン「そう、本気で戦ってくれなきゃ、白い天使に移った意味がない。」

ミカエルの白い翼も歓喜に打ち震えている。
ミカエルと阿修羅の真剣勝負を誰もが望んでいたのだった。
ミカエルの前で阿修羅が舞いを舞う。その阿修羅にミカエルが斬り付ける。阿修羅は舞いながら華麗にミカエルの剣を捌(さば)いた。ミカエルは攻撃速度において阿修羅に優る。一撃の威力は大きいが連続攻撃では、KEY入力にロス(無駄)が発生するのだった。それに対して、阿修羅は曲のリズムに合わせて、空打ちすることなく、確実に剣を振って来る。手数において、阿修羅が完全に上回っていた。

テン「白い天使でもね、いろんな人たちと対戦したよ。
今じゃ伝説のゲーム名人とも戦った。
でもね、やっぱりあなたが最高だ。」

テンはミカエルに語り掛けながら、阿修羅の新しいリズム、行動パターンを読み取ろうと必死になっていた。新しい曲を掴み取れれば、優位に立てる。

タカ「ふふ、可愛い奴だ。」

阿修羅の太刀、ミカエルの羽を一枚切り落とした。羽はアクセサリー、ダメージポイントにはならない。つまり、当たり判定の外にある。まずプレイヤーが一番注意しなければならないのが、キャラ画像の大きさと実際の当たり判定である。当たり判定は、画像よりも小さいのが普通である。だから肉を斬らせても無傷という事もある。

阿修羅「羽を一枚ずつ剥ぎ取ってやる。」
ミカエル「もう飾りはいらない。
お前を跪(ひざまず)かせるまで戦うのみだ。」

阿修羅の太刀が次々とミカエルの羽を斬り落としていく。ミカエルも当たり判定の無い羽など見向きもしない。羽の見返りに阿修羅の腕を一本切断した。
互いの力は互角と言えるだろう。
敵の攻撃を避けながら、隙を見て打ち込む。緊張が続く。先に集中力が途切れた方が負ける。根気良く躱すこと、注意深く攻撃すること。
阿修羅とミカエルが戦う映像は、視聴者に不思議な感動を与えつつあった。何かこれまで見たことのない新しい世界。体験したことのない空間を提供したのである。

(勝利者)

曲のリズムに合わせて、打鍵する。
だから、ブレが少ない。しかも、流れに乗って行動するから疲れることがない。それどころか、一種の恍惚(こうこつ)状態となり、我を忘れて音楽に身を委ねるようになる。本能で動くタカならではの特性である。

テン「踊りの切れが増している。」

ミカエルは神経を研ぎ澄まして剣を振るう。張り詰めた糸のように、鋭い太刀筋であった。光の筋を描いて振り下ろされるミカエルの剣を、円を描くように阿修羅の太刀が弾いていく。互いに剣と太刀が流れるように、宙を裂いていく。

***

視聴率が、跳ね上がる。
反響の波は恐るべき数字となってTV局を襲った。

ハル「予想以上の出来だ。
シナリオを書いても、こううまくはいなかいよ。」
MrX「何としても阿修羅に勝ってもらわねば、私の将来が掛かっている。」

まずは成功だ。ここまで来れば、勝敗の行方は別にしても、ネットゲーム"コマンダー"の人気は不動のものとなる。商売繁盛間違い無しだ、と竹千代は北叟笑(ほくそえ)む。

テツ「ゲーマーたちの夢と希望の星だ。」

どちらが勝とうと、ネットゲームのプレーが、一級の娯楽であることは証明されつつある。そこにどれだけの商品価値を見出すかは、企業であり、その商品を買う消費者である。消費者つまりは視聴者が面白いと判断した時、その商品は一時的にせよ無敵状態となるのだ。

***

倒れ伏すミカエル、その上に馬乗りになる阿修羅、すでに阿修羅の腕は二本、太刀は一本になっている。阿修羅はその剣を両の手で逆手に持ち、今まさに突きたてようとしていた。
互いにに傷付き、翼は折れ、羽は千切れていた。
しかし、その双眸(そうぼう)は輝きを失わず、相手を射抜くように見据えている。
ミカエルは左の肘を付き、右腕で剣を振るおうとするが、体勢が悪く力がでない。阿修羅の太刀がミカエルの剣を跳ね飛ばした。 阿修羅が太刀を高く掲げる。
ふたりの目が交差する。
次の瞬間、阿修羅の太刀は、ミカエルの胸に吸い込まれるように滑り込んで行った。

ミカエル「神が死ぬか。」
テン「あなたと戦えて良かった。」

ミカエルの胸に阿修羅の太刀が突き刺さった瞬間に時が止まる。 この瞬間は、テンとタカにとって永遠の刻となるのだ。果てることの無い至福をテンは感じていた。真の喜びをテンは味わっていた。

戦闘の音楽が止み、哀悼の賛歌が流れる。
曲が変わった瞬間に、タカは恍惚状態から解き放たれた。いや、快楽の園から追放されたと言っても良い。波のように押し寄せて来た悦楽が、突き立てられた剣と共に、潮が引くように消えてしまったのだ。崖から突き落とされる。イカロスの翼が焼けて、墜落する。全くの救いようの無い喪失感に苛(さいな)まれるのだった。
阿修羅は、横たわるミカエルの骸(むくろ)を見下ろして、獣のように叫んだ。

☆ 更新 2004/07/15 ☆

(戦士の休息)

タカ「あんまり気にするなってことよ。
結局、天才ってのは孤独なものさ。」

"赤い悪魔"のメンバーは、最終的にチームを優勝へと導いたタカに、どんな仕返しをされるのか、と恐れていた。しかし、意に反してタカは妙に悟りきったような言葉を口にしたのだった。

タカ「戦っている間は、例え敵とでもひとつになれる。
同じ世界を共有できるんだ。
でも、倒した瞬間に、やっぱりひとりなんだなって気付くのさ。
勝ち続けるってのはさ、孤独なんだよね。」

時には、ライバルに対して、味方以上に共感を覚えることがある。互いにチームの勝敗を背負って戦う者同士、同じプレッシャーの中を、ここまで勝ち上って来た者だけが感じあえる共振である。同じ波長で震え合う瞬間がある。
しかし、その相手を倒さなければならないのが競技者の宿命なのだ。

竹千代「タカも成長したじゃないか。
みんな仲間だ、勝利のためにタカを支援する。
でもな、最後はひとりだ。
その覚悟がなけりゃ生き残れやしない。」

チームワークとは別の次元に勝負の世界がある。出会いがあり別れがある。今日は仲間だからと言って明日のことはわからない。いつまでも同じ連中と一緒に居られるとは限らない。今、共に戦う者たちがベストを尽くす。明日は味方が敵となり、敵が味方となるかもしれない。

ハル「いい感じになってきたな。
チームだからって、ベタベタすれば良いってものじゃない。
みんな自分の目的を持って進んで行けば良い。」

"赤い悪魔"は、そういう集団でありたいとハルは考えていた。

ヒマンジ「それはそうと、決勝のゲーム中継の反響はどんなだ。」

靴を舐めずにすんだヒマンジは、さっさと話題を切り替えたかった。

MrX「視聴率は勿論だが、その後の視聴者からの電話やFAXが凄かったよ。
大成功と言って良い。
それに、"赤い悪魔"が勝ったしな。」

MrXは躁状態を通り越して飛びそうな雰囲気を発散していた。

ジロ「最後の決戦は、絵的にも良かった。
最後に剣を突き立てるところは感動ものだ。
ジオラマ作って作品にしたいね。」

ジオラマとは、箱庭のような模型である。舞台や背景を作って、フィギュアを乗せる。名場面の3D(立体)再現である。

セボンコ「ちょっと気になるのがPTAや教育委員会。
少々、暴力的で残酷なんじゃないかとクレームをつけてくる。」

今までは深夜枠だったので問題は小さかったが、ゴールデンタイムに放映するとなると、必ずその手の問題が発生して来る。

竹千代「メジャーになるにしたがって、一般の反応を気にしなきゃならんようになる。
今まではマニア相手だったから、無条件に理解されたが、これからは違うぞ。」

新しい段階に踏み出そうとしている。場合によっては、極端な部分を削ってでも丸くしていかないと、一般客には受け入れてもらえない。マニアは面白ければ付いてくる。しかし、メジャーになるには、時には温(ぬる)めな対応を迫られることにも繋がる。

(クレーム)

予想した通り、幼い子供に見せるには暴力的過ぎるという苦情が寄せられて来た。しかし、これまでにも、プロレス、キック・ボクシング、総合格闘技などに対して同質の批判がされている。それを考えれば、ある程度までは許容範囲と言えるだろう。CGの特殊効果を押さえる事で、躱せるに違いない。ドラマの連続殺人事件、時代劇のN人斬りなどは、常に批評の矢面に立たされている。

ハル「別の問題が持ち上がってる。
あの決勝での壁抜けが八百長だと指摘する声が出ている。」

"白い天使"の支持勢力から、クレームが付いている。ほっておけば、次第に静まるだろう、と楽観視していたのだが、日に日に数が増える一方なのだ。もし、あの時点で壁抜けが成立していなければ、ミカエルの勝利で呆気(あっけ)なく終わっていたかもしれない。

ヒマンジ「まずいよなあ。
ミカエルのファンとしては納得がいかないよ。」

僅差の勝負である。ゲームのバグが、勝敗に影響したのでは、不満が募るばかりであった。

テツ「敵は、阿修羅に釈明させろと言ってるぞ。
それもバーチャルじゃなくて生身で出て来いと言っている。」

タカは、"赤い悪魔"のメンバーの中でも、特に正体を知られることに対して神経質になっている。そのタカに表舞台に立てというのも酷な話だ。

ゲン「一応、阿修羅には事情説明させてある。」

バーチャル映像としての阿修羅には、各方面に向けてメッセージを発信させている。壁抜けは極稀(ごくまれ)に発生する現象で、滅多には無いが、全く無いとは言えない。弾丸が身を掠めても、当たり判定の外ならばダメージにならない、または、あるポイントに座標を合わせると絶対に敵の弾が当たらないと言う様なプログラム上の盲点と考えるべきだろう。

セボンコ「敵の狙いとしては、タカさんを引きずり出したいんじゃないかなあ。」
テツ「ゲームそのものに、それほどの問題があるとは思えない。 良い勝負だったと思う。」

ゲームに"けち"を付けるのは、阿修羅のプレイヤーとテンを対決させるのが目的と考えて良い。生身の人間ならば、あのカリスマ性のあるミカエル(テン)に適う者は、まずいない。生身の人間同士を対決させる事で、"赤い悪魔"のイメージを一気に失墜(しっつい)させるのが目的なのだろう。

ヒマンジ「肥満体型で、長髪で、度の強い眼鏡をかけて、赤いトレーナーに、オーバーオールなんか着て、紙袋を提げた、見るからにオタクな奴が出て来たら、ちょっとまずいよなあ。」

敵は、ほとんどプロのアイドルとしても通用しそうなキャラクターである。その相手を務めるには生半可(なまはんか)なルックスでは通用しないのであった。

竹千代「"赤い悪魔"としては阿修羅を守るより仕方がない。
後は、タカの気持ち次第だな。
何も強制は出来んよ。」

この問題には、竹千代も頭を悩ませていた。折角、ここまでうまく来たのに、とんだ落とし穴である。生身の対決となれば、本人の努力だけでは、どうにもならない。見た目は、生まれつきのものなのだから。

ハル「MrXにも相談して前後策を考えるよ。」
ジロ「事業部長ならば、"くじら"の社内を青い顔で走ってたよ。」

ジロは、CGスタッフとして"くじら"に出入りするようになっていた。時折、MrXとも顔を合わせている。だから、MrXをハンドル名では呼ばず、取引先の上司として役職で呼ぶ癖が付いていた。

ハル「思っていたよりも大事になりそうだ。」

ハルの予感は的中することになる。タカ様疑惑は、大問題にと発展するのである。

(ルックス)

映画からTV、そしてネットへとメディアは形や質を変えつつある。その中で最もインパクトを放つのが映像や動画、それも生(なま)のものであった。中身や質が良くても、見た目が悪くては、視聴者に与える印象が悪い。だから、シナリオを書く者と演じる者が違うように、論理を組み立てる人間とスポークマンが必要不可欠となる。

***

テン「ぼくは、あの勝負に満足してるよ。
クレームは、"白い天使"が出しているんじゃなくて、視聴者つまりはファンの暴走なんだ。
ぼくには止めることはできない。
立場上、"赤い悪魔"を庇(かば)うのも変だろう。
勝負には負けたけど、悲劇のヒローとして、ミカエル人気は衰えることを知らない。
ぼくとしては、今の状況は、そんなに悪いとは言えない。
それに、ぼくもタカ様の正体が見たいんだよね。」
ハル「おい、冷たいぞ。」

ハルは、ゲンから漸く聞き出したメール・アドレスでテンに連絡を取った。タカ様疑惑で燃え上がる炎を、何とか鎮めようとの策である。しかし、テンは取り合ってくれない。それどころか、面白がっている。
志半(こころざしなか)ばにして散っていった天使たちにファンの人気は集まっていた。再戦を望む声も高い。結果としては、悪くない結末である。

***

テツ「"白い天使"のファンだけじゃない。
"赤い悪魔"の支持者の中からもタカの登場を期待する声がある。」

次第にチーム"赤い悪魔"のメンバーからもタカの正体を知りたがる者が出て来た。本心を言えば、誰もがタカに会いたいと思っていた。

ヒマンジ「せめて、レギュラーメンバーだけにでも、映像を送ってくれないかなあ。
それを見て対応を考えよう。
標準以上ならば、テクスチャーの技術を使って修正する手もあるしさ。」

テクスチャーとは、CGのテクニックで、画像の上に違う画像を貼り付けるものである。3DCGのワイヤーフレームに絵を付けたり、映画のスタントシーンでスタントマンの顔に主役の顔を貼ったりするのだ。

ジロ「プロモーションビデオならば出来るけどね。」
ハル「それで世間を納得させるのは難しいな。」

ハルも、こっそりとタカの情報が欲しいと思っている。タカの履歴書が手に入れば、それを検討して良い部分を引き出して強調すれば良い。姿形だけでなく、何か特技があれば、それを宣伝する。確かにゲームの腕は天才的だが、まわりに近い人間が大勢居るから際立たないのだ。

ハル「普通の何処(どこ)にでも居る人って感じを押し出したいんだ。
それが、仮想空間上では無敵のヒーローになれる。
イメージはかつて流行った"変身ブーム"だ。
正体を隠した主人公が仮面を付けた時、世界は一変する。」
テツ「それが良い、無難な線だ。
タカがどんな奴かわからんが、テンと同じレベルで競い合うのは危険だ。」

このイメージ戦略ならば、タカが普通の人でも構わない。その方が却(かえ)って親しみを増すというものである。

(変身願望)

変身願望、誰もが自分でない誰かになってみたいと夢想する。仮面を身に付け、違う自分を演じてみたいと思う。現実には難しいが、仮想空間内の限られた世界でならば可能だろう。現実の自分と仮想世界の自分とのギャップが大きければ大きいほど夢があるというものである。スタープレイヤーの正体が、イメージそのままのアイドルのようなのも良いが、極(ごく)、普通の人と言うのも悪くはない。
誰もが、ひょっとしたらスタープレイヤーになれるかもしれないという希望を持てるからだ。

タカ「やだね、絶対出ないね。」

タカの反応はにべもない。そんな義務は無いし、誰にも強制は出来ない。表舞台に出るか出ないかは、タカが一存で決めるべきことであった。

ヒマンジ「せめて、写真だけでも公開しようよ。
チーム内だけで良いからさ。」

写真を見れば、それで諦(あきら)めが付くかもしれない。その時は、"赤い悪魔"が一致団結して、タカを守る。もし、可能性があるのならば、脚色してでも、タカを仮想空間が生んだニューヒーローとして祭り上げる計算であった。

テツ「お前、前科でもあるんじゃないか。」

ハッカーとして、違法なシステム侵入や無断でデータをダウンロードした罪で追われているお尋ね者だろう、とテツは嫌味を言う。

タカ「挑発には乗らないぜ。
俺は悟りを開きつつある。
一段上の高みに昇ろうとしているんだ。」

タカは鼻で笑ったような答えを返した。以前のタカならば、テツに喰ってかかるところだが、近頃は軽く受け流す度量を身に付けつつある。

タカ「俺はプレーに専念する。
後のことはゲンとハルで何とかしろよ、考えるのがお前らの仕事だろう。
俺は本能担当だからさ。」

タカも負けずに矛先(ほこさき)を変えて、嫌味を返した。確かにタカの役割は、前回の決勝戦で見事に果たした。ゲーム外の雑事は主にハルの担当である。ゲンも、ゲーム内戦略の他に、多少は知恵を貸さなければならない。

ハルは痛い頭を抱えていた。MrXとも連絡は取れない。八方塞がり、四面楚歌である。

セボンコ「ネットゲーム"コマンダー"に関連したスクープ記事が出たみたいだ。
掲示板にアドレスを乗せるから、アクセスしてくれる。」

メンバーは掲示板に移動して、そのアドレスをクリックした。
そこは個人的なネットゲームの趣味のページだった。

記事「"赤い悪魔"の"阿修羅"の正体は?」

大見出しが掲げられた後、記事の全文が続く。その正体は、ネット企業"くじら"の創業者で会長、若い頃はアメリカ国防総省で電算機(コンピューター)開発に関わっていたと言う伝説の巨人、橘龍蔵の一族である、というものであった。

ハル「やられた!」

ハルは悲鳴を上げつつ思った。内心では、ゲンが情報を故意に流したのではないか、という疑惑が脳裏を掠めていた。これで、急にネット企業"くじら"が"赤い悪魔"の支援に動いた謎が解けた。タカが梃子(てこ)でも動かないのならば、裏から秘密を暴露する。ゲンならば遣りかねない戦術であった。

☆ 更新 2004/07/22 ☆

(代理プレイヤー)

あの暴露記事が真実なのかどうかはわからないが、その噂は瞬く間に広がっていた。情報のスピードは、その真偽ではなく、面白さによって決まる。人を驚かせたり好奇心を刺激する情報は、あっと言う間に蔓延するものである。

ハル「タカが消えた。」
ゲン「しばらくは、状況を見守るしかない。」

暴露記事の効果は覿面(てきめん)である。コンピューター産業の重鎮橘龍蔵の身内ということになれば、社会的ステータスは一気に上がる。ゲームプレーの実力は証明済みだから、アイドルのテンに対しても遜色のないところだろう。

ハル「本当のことなのか。」
ゲン「多分、間違いないと思う。」

ゲンが取得できた情報は、ほんのプロフィール程度のものだ。本人にはあったこともないし映像情報も無い。しかし、MrXに掛けたハッタリのブラックメールが効いた以上、橘家に関わっていることは間違いないだろう。

ハル「最初から知っていて"赤い悪魔"を計画したのか。」
ゲン「ああ、その通りだ。
だって利用価値がありそうだろう。」
ハル「じゃあ、俺のことも利用したのか。」
ゲン「君とのことは、タカを知る前からさ。
全くの偶然だよ、まさか君がこんなに"赤い悪魔"に入れ込んでくれるとは思わなかった。
ベスト・パートナーだ、信頼しているよ。」

何もかも仕組んだわけではない。タカという特殊な人間を見つけたことが、"赤い悪魔"の強い動機付けになっていることは否定しない。しかし、その後の活動や人材は、予定していたものではない。

ハル「他にも何か隠していることがあるんじゃないだろうな。」

ハルはゲンを問い詰める。あまり秘密主義の度が過ぎると互いの信頼関係に亀裂が入らないとも限らない。

ゲン「う〜ん、後ひとつあるかな。」

ゲンはハルを怒らせるのは得策でないと考えている。ハルはゲンに欠けているものを補ってくれる。"赤い悪魔"を実質的に運営しているのは、ハルの力であった。互いに協力すればこそ、これまでうまくやってこれた。
ゲンは、仕方なくとっておきの情報をハルに流すことにした。

ハル「何だって、そんなこと。
もしかしたら、登録者と実プレイヤーが別人ってことはないのか。」

ハルは、タカが橘一族の者ではなく代理プレイヤーなのではないかと、疑念を持った。会員登録者とパソコンを操作する人間が異なっていても、事実上は問題がない。

ゲン「それは確認しようがない。」

これは本人確認の問題に抵触する。会員登録する者とオペレーター(操作者)が同一かどうかを証明する手段はない。事(こと)ゲームに関しては、この二者が異なっていたとしても、違法でも何でもない。事実、竹千代なども、忙しい時は社員に代理プレーを委託する場合がある、と言っている。

ハル「この事は、レギュラーメンバーを集めて相談しよう。
噂ばかりが先行して、代理プレイヤーだったら、事態は余計に悪くなる。」

ハルの提案に、ゲンは渋々合意した。
この件は、全員で討論することになったのである。

(確認能力)

タカの正体を巡って湧き立つ"赤い悪魔"のメンバーに対して、ハルは自粛するように強く促した。タカが二重プレイヤーである可能性が出て来たからである。調子に乗って素性を強調したは良いが、結果的に間違いという事になれば、大恥を掻くことになりかねない。

ヒマンジ「本人かどうかを見極める手段は無いに等しいよ。
ここはタカ様、橘家御落胤(らくいん)説で押して行こうよ。」

どちらにしても、タカと思われる橘家一族の人間を"白い天使"のテンに対面させる。もしくはマスコミに曝すより解決法はないのだ。本人が出て来なければ、唯の憶測記事に過ぎない。

テツ「本人確認について、こんな事件があった。」

なかなか進展の無い"タカ様疑惑"を差し置いて、テツが類似話題を持ち出して来た。

テツ「家に泥棒が入り、通帳や印鑑が盗まれてしまった。
警察に届けた時には、すでに遅く泥棒は、その通帳を持って金融機関の窓口から預金をそっくり引き出してしまった、という話だ。」
ユキ「それは、お気の毒だねえ。」

話を聞く限り、可哀想(かわいそう)と言うより他は無い。

テツ「ところが被害者のAさんは、自分以外の者に対して預金の払い出しに応じた金融機関に、損害賠償を請求する裁判を起こしたんだ。」

テツの言葉にメンバーは、暫(しば)し考える。

ヒマンジ「だって、盗まれたのは被害者の責任だろう。
金融機関は、通帳や印鑑があれば、払っちゃうんじゃないの。」

メンバーの多くは被害者には同情するが、金融機関に責任があるとは思わない。

セボンコ「一面識も無い顧客に対して、その人が本人かどうかの確認なんて、始めから無理じゃないのかなあ。」

普通に考えれば、そういう意見が大勢を占める事になる。

テツ「盗まれた通帳は二行分あり、裁判の結果、片方は支払いを命じられ、片方は請求を却下された。」
ユキ「金融機関も責任を負う場合があるんだ。
きっと相当本人確認のチェックが甘かったんだね。」

このケースの犯罪は微妙で、場合によっては金融機関の手落ちと判断される事があるのだ。

ゲン「まず、冷静に考えてみよう。
現行の脆弱な社会システムにおいて、本人確認は不可能に近い。
従って、金融機関には本人確認能力が無いと判断しても良い。」

金融機関は保険証程度の身分証明書で本人確認が成立する。顔写真くらい確認したいが、写真付き身分証明書は、国民全員が持っているわけではない。それを理由に口座開設を拒否するのは商売上宜しくない。

ヒマンジ「あのビルに立て籠もった心神耗弱者や未成年の犯罪者に責任能力が無い、っていうのと同じあれか。」

最初から、その能力が無いとわかっている者に対して、責任を追及することは難しい。問題は、そのような仕事を任せたことにある。金融機関としては、予め顧客に対して、本人確認能力の限界を説明して、了解を得る必要があった。このような事態に対しての対応を明確にしなければならないだろう。

(暗証番号)

テツ「現実には、犯罪に巻き込まれたという意味で、金融機関も被害者とも言える。」

通帳と印鑑を持って来られれば、支払いを拒否することは難しい。そんなことをして、本当に本人だったら、顧客は気分を害することになる。

顧客「何で預けた金を下ろさせないんだ。」

顧客を怒らせることになる。悪意を持って、他人に成り済ますのは、ほんの一握りのあるかないかの事件である。ほとんどは、正当な資産の受取人なのだ。

ゲン「金融機関も被害者かもしれないが、確認努力という点では、十分とは言えないだろう。
近頃、金融機関では、窓口でも預金払い出しに暗証番号の入力を求めるケースが見られる。」

通帳・印鑑・身分証明書ならば盗めるが、暗証番号を物理的に盗むことは不可能だ。4桁の数字を、ズバリ当てるのは至難の技だろう。

ユキ「暗証番号の入力を顧客に求めれば、かなり犯罪を防げるかもね。」

暗証番号の入力ならば簡単な事で、技術的には随分前から可能だったはずだ。カバーの付いたテンキーのような機器があれば事足りる。

テツ「金融機関としては、顧客に対して余計な手間をかけさせることを嫌う。
二重三重にチェックをすることは、顧客を疑うことになる。
顧客も面倒なのを嫌がる。
サービス業としては、レア(希少)なケースに対して一般論を用いたくないんだ。」

正確な本人確認のために、あれこれ顧客に証明を要求することは可能だ。しかし、サービス業である手前、預けた金を下ろすのに、そんなに手順がうるさくては、客に逃げられてしまう。

テツ「本来ならば、盗まれたお前が悪いんだ、と被害者に言いたいところだ。
それでも、顧客の資産をお預かりして安全に運用するという職業柄、金融機関としては、面と向かって顧客に責任転嫁するのは、得策ではない。」

預けた資金を、見ず知らずの人間(犯罪者)に持って行かれるのでは、金融機関に預けた意味がない。箪笥預金、つまりは家に現金で置いても同じである。通帳と印鑑という小さな形に置き換えた分だけ、盗む方はやり易いと言える。

ハル「何か対応策はないのかなあ。」
セボンコ「もし、本人確認に限界があって、ミスを防げないと仮定しての話ですよ。
この手の事故に対して予(あらかじ)め保険契約を結ぶか、企業内で被害額に引当金を設定するような処理をすれば良いです。 もし、犯罪が発生した場合は諦めて、顧客に被害額を補填(ほてん)する。
金額にもよるけれど、信用を失くすよりは増しでしょう。」

裁判で顧客に勝ったとしても、良いイメージは残らない。それならば、いっそのこと、気持ち良く払った方が良い。引当金とは、事前に損害額を費用として計上するものである。貸した金の数パーセントは、おそらく未回収になるだろう、と予想して始めから費用として計算する貸倒償却(かしだおれしょうきゃく)のような考え方である。

ヒマンジ「お客様には御迷惑をお掛けしません。当行にて発生した被害は責任をもって補填させて頂きます、って言えば企業イメージを上げる宣伝にもなる。
あの金融機関に預ければ安心だ、すぐに噂になる。」

これはあくまで、本人確認に限界があると考えた場合の対応である。犯罪者が逃げているのに、被害者同士が裁判を争うのも辛いものだ。

(理想)

竹千代「法的に言うと、金融機関には口座開設時と大口取引の場合にのみ顧客に本人確認を求めることが出来る。
その本人確認は、住所・氏名・生年月日を証明できる公的書類の提示だ。」

義務付けられた本人確認は形式的なものである。写真は必ずしも必要ないから、通帳・印鑑・保険証がセットで盗まれれば、預金は払い出されてしまう。

ヒマンジ「これだと笊(ざる)に近いなあ。」

しかし、これが現実であり、これ以上のチェックをするかどうかは、それぞれの金融機関の裁量という事になる。

ユキ「隣がやらなきゃやらない。
隣がやるならば、仕方無いからやる。
基本的なスタイルだね。」

物事を相対的に見ている。隣と同じならばイメージダウンにはならない。全部悪ければ、自分だけが責められることはない。特別な事をやった場合、うまくいけば僻(ひが)まれて、失敗すれば袋叩きにあう。

竹千代「水清ければ、魚住まず。
資金も魚に似ている。あまりチェックが厳しいと、甘いところや濁(にご)ったところへと逃げてしまう。資金も性質上、あまり素性を知られたく裏金がある。」

民間企業である以上、利潤を追求するための濁った部分、闇が存在する。

セボンコ「そう考えたら、金融の基本的なところ、金の流れに関して言えば、民間は不適当なんじゃないかなあ。
純粋な金の流れは、明朗で澄み切った流れでなくちゃいけないと思う。
きちんとチェック機能が働いていることこそ望ましい。」

利殖や利潤を追求する金融は民間で、基本的な資金の流通に関しては公的に管理するのが適当だと考えるのである。

テツ「そこで、出て来るのが"たったひとつの名前を基準とするシステム"だな。
一言で言って理想的だよ。
本人確認ミスも発生しない。万が一、腕や目玉を移植して他人に成り済ましても、金の流れを調査すれば、犯人もすぐに特定できる。
現在の技術水準をもってすれば、十分可能なシステムだろう。
ある意味では、現在のシステムよりよほどシンプルで美しいとさえ言える。」

人体認証を使えば、本人確認は飛躍的に向上する。しかし、チェックするのは機械なので、それを破る裏の技術も発達するだろう。それでも、資金の流れを追えば、行き先を突き止めることができる。"たったひとつの名前を基準とするシステム"から見れば、現行の本人確認など形式的なものでしかない。今でも本気ならば、もう少し精度の高い本人確認は可能だ。
出来るのにやらないのは、罪ではないのだろうか。

(理想で終わらせるつもりはないさ。
仮想もSFも必ずしも嘘とは言えないんだよ。)

ゲンの呟きが発信されることはない。今はまだその時期ではないのだ。しかし、"赤い悪魔"が確実に発言力を増していくのも事実である。

☆ 更新 2004/07/29 ☆

(闇の部分)

人は皆、闇(やみ)の部分、影を持っている。
ここで言う闇や影とは、その人が持つ個人的な部分。疾(やま)しいものではない。プライバシーと言い換えても良い。その闇や影の部分を明かすかどうかは、個人の自由であり、他人に侵害されるべきではない。見せたり教えたりする義務はない。
人と人の繋がり、深いものもあれば浅いものもある。どんなに深い繋がりを持った人間でも、自分以外のひとり人間を完全に知る事は難しい。その人間の光の当たった部分、見える部分と付き合っていくしかないのである。

ヒマンジ「どうなってるんですか。
状況を教えて下さいよ。」

珍しく"赤い悪魔"のサイトに姿を現したMrXにメンバーの集中砲火が浴びせられた。現在、橘家に最も近い位置に居て、"タカ様疑惑"の真相を知る可能性の高いMrXに、誰もが注目していた。

MrX「勘弁してくれよ。
社に居ても針の筵(むしろ)に座らされてる気分だ。」

MrXは、ネット企業"くじら"で、ネットゲーム事業の部長職にある。破格の出世であった。橘龍蔵と親しいという噂も流れている。社内のやっかみも激しい。この前のゲーム中継の大成功もあり、部下やライバルも"タカ様疑惑"に行方を窺っていた。

張孔堂「次の大会のTV中継も掛かってるんだ。
早いところ、事件の真相を明らかにしたまえ。
私の立場も考えてくれ。」

大型玩具メーカー"ナイフ"のネットゲーム責任者の張孔堂が高飛車にMrXを責める。なりふりかまわず、敵陣(赤い悪魔のサイト)に侵入して来る。勿論、ゲスト用のパスワードをもらっている。"白い天使"が負けたこともあって、このところ周囲の風当たりが強い。TV中継そのものはうまくいったのだから、この勢いを引き継いで再戦に持ち込みたいところだ。
"タカ様疑惑"なんかで、折角の企画を潰したくはなかった。しかし、内心では、このまま"赤い悪魔"を疑惑で潰すことも考えないではない。そうなれば、ネットゲーム中継は"白い天使"の独壇場となる。

張孔堂「うちとしては、"赤い悪魔"さんの対応待ちなんですがねえ。」

張孔堂としては、怒るよりも、この一発逆転が期待できるスキャンダルを楽しんでいた。有利なカードを握ったというところか。

ジロ「張孔堂さんの御怒りは、御尤もですが、必ず近日中にこの件に関しては解決致しますので、どうか御容赦下さいませ。」

あの決勝で"赤い悪魔"が勝ったことにより、フィギュア原型の製作権は創作集団ジロが一手に引き受けることになった。そこでジロは、最近足繁く大型玩具メーカー"ナイフ"に通って"白い天使"のデザインデータを取っている。
ジロにしてみれば、MrXも張孔堂も大事なお得意先であった。もし、"赤い悪魔"がポシャるようならば、軸足を"ナイフ"に移すことも検討しなければならない。

張孔堂「私としても、巨人阪神戦のような好カードを、みすみす失いたくはない。
できることならば、この流れを持続させたいと考えていますよ。」

視聴者を引き付けるには、1強体制ではつまらない。実力が伯仲(はくちゅう)したもの同士が競う。そこに因縁が生まれて来る。そういう意味では、"赤い悪魔"と"白い天使"の再戦は、願っても無い好カードである。
MrXは、なかなかメッセージを返さない。誰もMrXに味方する者はいない。かと言って、タカのように姿を消せる立場の人間ではないのだ。この問題の責任を一身に負わなければならない。この勝負に勝つと負けるとで、MrXの将来は天と地ほどの差が出来るのだった。

(秘密)

MrXは、"くじら"の会長橘龍蔵を通じて、タカの正体を掴んでいた。
しかし、どうやってもタカは交渉に応じようとはしない。本人が断固拒否しているのだ。相手が橘一族なだけに、微妙な問題ではある。

橘「この件は部長、君に一任する。
うまく処理してくれ。」

タカは、金が欲しいわけではない。有名になりたいというのとも違う。生粋(きっすい)のゲームプレイヤーである。釣るためのエサが見当たらないのだ。しかも、相手は主君の筋の人間である。
下手な対応は、自らの命取りであった。

ハル「タカが橘一族である事は間違いないんですか?」

ハルは、その事だけが気に掛かる。広報担当としては、面白いからと言って嘘を宣伝するわけにはいかない。この一点だけでも確かならば、当座は凌げる。タカが、姿を隠したいというのならば、逆に利用して神秘性を増す演出を試みる手もある。
やんごとなき御血筋である事が確かならば、タカのカリスマ性を高める事も可能だ。

MrX「うむ、もうここまで来たら隠しようもない。
間違いない事実だ。」
張孔堂「ちぇっ!」

張孔堂の歯軋(はぎし)りが聞こえそうだ。それが事実ならば、"赤い悪魔"は、この局面を打開できるかもしれない。これで"赤い悪魔"を一気に追い落とす戦略は使えなくなった。

MrX「しかし、表に引っ張り出すのは無理だよ。
諦めてくれ。」

MrXの泣きが入る。

ヒマンジ「本人には会ったんですか?」

素性がしっかりしていれば何の問題も無い。後は実物を見たのかどうか、興味はその一点に絞られた。

ゲン「ネットゲームの会員登録は、間違いなく本人?」

ゲンが変な事を聞く。MrXは、すでに間違いないと断言していた。

ハル「と言うことは本当なんだな。」

ゲンがハルにだけ告げたタカの秘密がある。そのことが、今明らかに証明されたことになる。ハルは今後の広報活動についての戦略を、どのように練ったら良いか、思案した。

MrX「当面は、タカ様をミステリアスなキャラクターとして押してくれ。
説得は続けるが、時間がかかるだろう。」

MrXとしては、それ以上どうにもできない。

MrX「橘龍蔵会長に事の推移を報告して、橘家の御名前だけ御借りできるようにお願いする他は無い。」

ネット上や雑誌にスキャンダル記事として橘の名が出ることを了承してもらうしかない。会長はノーコメントで構わないが、否定発言は困る。曖昧にぼかしてもらうのが良い。

ヒマンジ「おっと、これは凄い。
張孔堂さん、面白い記事がネットに掲載されてますよ。」

ヒマンジは新しい情報をキャッチしたようだ。

記事「カリスマ・ネットゲーマー"ミカエル(白い天使)"、深夜に女性モデルと密会。」

マンションの前で、振り向きざまにフラッシュを浴びせかけられ、眩しそうに手を翳しているミカエルの写真がネット上に掲載されていた。その脇には、髪の長いモデルと思(おぼ)しき女性が寄り添っているが、後ろ姿のみで顔は見えなかった。

(スキャンダル)

張孔堂が、慌てて帰って行く。
ミカエルは、大型玩具メーカー"ナイフ"がバックアップするアイドルである。"ナイフ"の顧客層の大半は子供なので、不純異性交遊を連想させるような事件は御法度(ごはっと)であった。アイドルの悲しき定めである。

ヒマンジ「情勢は一挙に逆転だな。」

"タカ様疑惑"で追い込まれていた"赤い悪魔"が、逆に"白い天使"のミカエルのプライベートを暴くことになる。

セボンコ「タカ様が身分を隠すのも、ミカエルがデートするのも、どちらも犯罪じゃない。
それどころか、人として当然の権利じゃないかなあ。
寄って集(たか)って追い詰めるのは酷だよ。」

この手の暴露記事には同情論もある。

テツ「タカもテンも人じゃない。
奴らはスターなんだ、隙を見せれば、誰かに取って代わられる。」

トップの座を維持するということは、そのようなものである。スターになりたい者は幾らでもいる。スターで有り続けたければ、プライバシーくらい犠牲にしなければならない。

ヒマンジ「それにしてもミカエルやるなあ。」

ハル「あれくらいのアイドルならば、ファンは捨てるほどいる。
"ナイフ"もミカエルをアイドルとして育てるならば、もっと身辺のガードを固めるべきだろうな。」

やはり、玩具メーカー、独自のアイドルを立てるのに慣れていないのかもしれない。24時間監視を付けるくらいの厳重さが必要である。

ジロ「それにしても、ミカエルの相手、ちょっと日本人離れしたプロポーションしているなあ。
ちょっとそそられる、フィギュアにしてみたい。」

ジロが記事の写真、女の後姿を見て、驚嘆した。小柄なミカエルよりも明らかに長身である。

セボンコ「記事の見出しにモデルってあるけど、相手の身元はわかったのかなあ。」
ヒマンジ「いや、おそらく写真から推測した職業だろう。
見出しとしては、一般女性よりも、モデル・アイドル・女優なんかが良い。」

要するに唯のファンなのかもしれない。その一枚の写真と大見出しから、視聴者はいろいろと想像を膨らませるのだ。

ハル「"傷心の天使を優しく癒す女神"
こんなタイトルで"白い天使"を攻撃する記事を流そうと思う。」

前大会に惜しくも敗れたミカエルを女神が慰(なぐさ)めるという図だ。
広報担当のハルとしては、敵失を利用して叩くのが仕事である。誹謗中傷にならないようにミカエルに同情しながらも、深夜のデートをミカエル・ファンに強調するのが狙いだ。"白い天使"の象徴ミカエルの清純なイメージを壊すのが目的である。

セボンコ「そのコピーならば、嫌な感じはしない。
でも、じっくり想像してみると、ファンは退くかもね。」
ヒマンジ「ハルさんって、ずっと良い人かと思ってたよ、結構、恐いなあ。」

状況が一変して、"赤い悪魔"の中から忍び笑いが漏れてきた。

MrX「もう、ちょっと待ってくれないか。」

盛り上がる"赤い悪魔"にMrXが水を差す。

テツ「まだ、何か隠してることでもあるのかなあ。」

"赤い悪魔"メンバーの怒りの矛先が、MrXに向けられるのである。

(弁明)

MrX「ハル君、このスキャンダルを煽る前に、テン君に直接インタビューしたらどうかなあ。
君ならば、裏の直通ルートを持ってるんだろう。」

MrXは、少し時間を置いて、情勢を見極める必要性を説いた。ミカエルにも直(じか)に話を聞いた方が良い。

ヒマンジ「ミカエルとの遣り取りを、赤い悪魔のメンバーサイトで公開するならば良いよ。
ハルさんたちが、裏で話を付けるのは賛成できないな。」
セボンコ「それならば、いっそのこと、ミカエルを呼んでチャットをやろう。」

この記事をネタに"白い天使"を攻撃するのも良い。しかし、この場にミカエルを呼んで質問攻めにするのも面白い。

テツ「どちらにしても、俺たち"赤い悪魔"と"白い天使"は、ひとつ穴の狢(むじな)なのさ。
どちらが、スキャンダルで倒(こ)けても、ネットゲーム"コマンダー"として互いに傷付く事になる。」

テツの言葉は、尤(もっと)もである。相手を攻撃して一時的な勝利を手にしても、それがゲームでの純粋なプレーでない限り、イメージダウンは避けられない。

ハル「一応、テンと連絡を取ってみる。
みんながそれを望むならば、そうしよう。
ゲンもそれで良いな。」

ハルが妥協案を受け入れた。

ゲン「運をテン(ミカエル)に任せるか。」

ゲンはサイコロを投げるような気持ちで答えた。

***

テン「この数日、ずっと張孔堂に怒られていたんだ。」

大型玩具メーカー"ナイフ"としては、ミカエルの不注意な行動に激怒していた。これまで、あまりにミカエルがうまく演じてくれていたので、つい気を許したのである。今回のチャットには、張孔堂が保護者として同伴している。調子に乗って、昔の仲間に、ある事ない事喋られたのでは堪(たま)らない。

張孔堂「不穏当な発言があれば、即打ち切らせてもらう。」

"ナイフ"のガードは固い。それでも、嫌味な記事を流されるよりは増しなのである。

テン「正直に言うよ、あの人は、かなり古くからのメル友なんだ。 どうしても会いたいって言うんで、深夜を選んで会うことにした。 会うのは、あの夜が始めて、特に疚(やま)しいことは何もない。 女だって、あの時初めて知った。」

結構、長い付き合いなのだが、互いに相手の素顔は知らないのである。ハンドル名はテンを使っているが、それが近頃人気アイドルのミカエルと気付くことはないはずである。

ヒマンジ「メールで知り合った、まったく知らない者同士が出会ったら、片やアイドル、片やモデルなんて出来すぎだなあ。
それに深夜に会うのも、ちょっとねえ。」

邪推をすれば切りが無い。

テン「ぼくも、ほら、やっぱりアイドルだろう。
気を使って見つからないように夜にしたのさ。
でも、一番驚いているのは、ぼくの方さ。
意外だったよ、まさか・・・。」
テツ「まさか、何だ。
お前何か隠してるんじゃないか。」

テンの答えは、全く当たり障りの無いものである。ネットゲーマーにメル友が居たとしても、何の不思議も無い。そういう繋がりを持った世界である。関係が深くなれば、会ってみたいと思うのも良くある話だ。

張孔堂「みなさん、納得してもらえたかな。
こちらも誠意を見せたんだから、あまり酷い記事を書かないでくれよ。」

張孔堂はミカエルを引き連れてチャットから消えて行く。後には何も残らない。

***

テン「まさか、会いに来るなんて思わなかった。
マンションの前で張ってたんだ。
びっくりしたよ。」
ハル「MrXが住所を教えたんだろう。」
ゲン「他に行くところがなかったんだ、手負いの獅子だな。」

三人が裏メールで遣り取りする。
しばらくは、ミカエルに注目が集まる。ミカエルに泥を被せておけば良い。もうひとつの問題は、時間が解決するだろう。獅子(ライオン)も孤独に耐え切れず、動き出しているのだ。

☆ 更新 2004/08/05 ☆

(アルバイト)

ネットゲーム"コマンダー"は数々のスキャンダルに揉まれながらも、その人気を維持していた。フィギュアをはじめとするグッズの売れ行きも爆発的で、ネット上でのゲームプレイヤーの裾野を驚異的に広げていた。
この成功により、SHOP竹千代は莫大(ばくだい)な利益を上げていた。新興勢力、ベンチャー企業の新しき旗手などと、マスコミに持て囃(はや)されている。仮想空間上を漂っている埋もれた才能を拾い集めて"赤い悪魔"を組織した立役者として、高い評価を受けていた。新しい人材活用の形態として、注目を集めている。

ハル「僕たちは、互いを知らない。
仮想空間上でのみ出会った"星"たちだ。
その"星"が集(つど)う時、燦然(さんぜん)と輝きを放つ。」

ハルが"赤い悪魔"を宣伝するためのコピーを連発する。"赤い悪魔"は有志の集まりであり、互いの素性は知らない。才能だけを持ち寄って運営している点を強調した。互いの素顔を知らないところが、この企画の面白さである。
今までは成立しなかったが、ネット環境が整備されつつある中で、当然のように生まれて来た形態と言える。

竹千代「すっかり、仕掛け人にされちゃったなあ。」

竹千代は照れと、自分だけ表に出てしまった後ろめたさを隠し切れずに言う。

テツ「竹千代さんは、商売だから表に出てくれた方が、都合が良い。
こちらは、グッズの売り上げのお零(こぼ)れで、最近は少しリッチな気分だ。」

グッズの売り上げ利益の一部は"赤い悪魔"のメンバーに分配される。TV中継の出演料(プレー料)を合わせると、ちょっとした収入であった。

ユキ「当初の目的は達成したって感じだね。
それどころか、目が回るような忙しさ。」

ユキは曲を量産している。音楽の即興詩人として、売れっ子になりつつある。

ジロ「うちの創作集団もフィギュアの原型やイラストの依頼で寝る間も無いよ。」

"赤い悪魔"の現状は、概(おおむ)ね良好と言えた。

MrX「は、は、は、君たちの努力の賜物(たまもの)だよ。 良く頑張ったね。」

MrXは、どうやら"タカ様疑惑"を乗り切ったのか、余裕を見せていた。タカを出せという要望は絶えないが、当面は覆面プレイヤーで押し通すことを決めていた。

MrX「ところで、コマンダーの新作、いやバージョンアップ版なんだけれども、テスト・プレイヤーを募集しているんだ。
次の大会までは、かなり日があるし、希望者を募りたいんだが、勿論(もちろん)それ相応の謝礼をするつもりだよ。」

ゲームの新作を発表するためには、十分なテストプレイを行い、バグ(障害)を取り除いておかなければならない。その他にもゲームのバランスを十分に調整する必要がある。

ヒマンジ「はい、やります。」

ユキやジロたちとは違い、純粋なゲーマーたちは、特に収入を期待して集まったわけではない。しかし、現実には少なからぬ金額が口座に振り込まれはじめている。そうなると、面白くて止められない。好きなゲームで、収入が得られるならば、こんなに喜ばしいことはない。
"赤い悪魔"の主力メンバーのほとんどが参加することになった。

タカ「俺も参加するからね。」

久しぶりにタカのメッセージが届く。

ヒマンジ「殿、お戻りでございますか。
爺は心配して居りましたぞ。」

次々にタカを冷やかすようなメッセージが届く。これで、取り合えず"タカ様疑惑"は丸く納まったようである。しかし、"赤い悪魔"が、新たな困難に踏み出そうとしていることには誰も気付いてはいない。

(テストプレー)

テスト日は、不確定。直前に召集を掛けて、テスト環境を連絡するというものである。参加者はIDとパスワードを与えられて、呼び出しに応じてアクセスする形式であった。

MrX「まず、どのような条件でテストするのか、詳細な情報を、ゲン君宛てに送る。
ゲン君、君はそこで参加メンバーの人数を確認して、最善の作戦を立案してくれたまえ。」

何時やるかわからない。どんな状況でプレーするかもわからない。直前に与えられた情報と、兵隊を用いて戦略を立てなければならない。

MrX「参加者は、その都度(つど)人数制限が掛かる。
基本的には早い者勝ちだが、最終的な人選はゲン君に任せる。」

提示された報酬は、バイト料と呼ぶには破格なものであった。しかも、得点次第では上乗せもあると言う。

MrX「ゲーム中継では、高い視聴率が取れた。
言って見れば君たちはタレントだ、安くはない。」

連絡を待つように指示して、MrXは消えた。

***

ハル「テストプレーにしては大袈裟(おおげさ)だな。」
ゲン「ミカエルや将軍、特殊部隊にもバイトの話が伝わってる。」

著名なゲームプレイヤーのところには漏れなく参加募集が届いていた。但し、"赤い悪魔"のようなチーム単位ではない。個人宛てにメールが送られているのである。

ハル「オールスターか、MrXは何を企んでるんだ。」
ゲン「しばらく様子を見よう。
MrXが僕たちを騙して得をするとも思えない。
それに、僕たちには騙されて取られるものもない。」

それよりも、緊急招集のシステムを徹底させなければならない、とゲンは言う。24時間、パソコンを起動させ、使用できる環境にあるか。場合によっては携帯電話による連絡が可能か。それぞれのメンバーに、事情を確認しなければならなかった。

***

MrX「状況は以上の通りだ。
ゲン君、後は君たちの健闘を祈る。」

MrXからゲンの元にテストプレーの連絡が入ったのは、深夜の2時をまわった頃であった。ゲンは、まずメンバーのパソコンや携帯に向けて、一斉に同じ召集メールを発信した。それから、与えられた資料をもとに作戦の立案に取り掛かる。次第にメンバーから応答がある。

ゲン「テスト環境にログオンして、指示を待て。」

指令書には、2:30に作戦開始とある。プレイヤーは10名。開始まで残り10分を切ったが、集まったメンバーは5人だけであった。

軍曹「"赤い悪魔"の指揮下に入るように言われて来た。
よろしく頼む。」

軍曹は、チーム・グリーンベレーの中心的プレイヤーである。所属に関係なく、チームを編成しろということか。時間ぎりぎりに将軍が現れて、作戦行動は開始された。

(指令書)

マップ2時の方向から進入して来る敵を攻撃せよ。
但し、勝利条件は全滅、一部隊でもマップ8時の方向に辿り着いた場合は作戦失敗と見做す。味方部隊は10ユニットまで。作戦は2:30から3:30までとする。
ゲンに送付された指令書には、以上の文面と、詳細な地形情報、凡(おおよ)その敵戦力が添えられていた。

ゲン「メンバーは7人、軍曹と将軍をリーダーにそれぞれ4人と3人の2部隊に分ける。」

"赤い悪魔"からはタカとヒマンジ、他3名が参加していた。タカは、部隊リーダー向きではない。ヒマンジは、プレイヤーとしての技能は並みである。他の3名も似たり寄ったりだった。ここは、他チームとは言え、リーダーとして、実戦経験を積んだ者に頼む方が良い、とゲンは判断した。
チーム分けを終えると、2:30を待って行動を開始した。
軍曹の部隊と将軍の部隊は、敵の進路を予想して、その両側に移動した。

軍曹「地形や風景が、今までとは比べ物にならないほどリアルだ。
障害物も多く、見通しが悪い。」

背景のCGに懲り過ぎているのか、視界を遮(さえぎ)るように周囲に森が広がっていた。足元も段差が多く、カメラが安定しない。

ゲン「今度の"コマンダー"は、アクションよりシミュレーション要素を多く取り入れたのかもしれないな。」

ミッション(指令)クリア型のシミュレーションゲームなのかもしれない。おそらく敵ユニットはAI(人工知能)だろう。

将軍「敵戦闘部隊確認。
非戦闘車両3機を護衛するように、戦闘部隊約20機が取り囲んでいる。」

軍曹からも、同じ報告が届いた。但し、敵部隊の能力は外観からは判断できない。

ゲン「軍曹の部隊から攻撃を仕掛けてくれ、少し時間差を付けて将軍が反対からだ。」

ゲンの合図を待って、軍曹が手榴弾を投げる。火柱が上がり、敵戦闘部隊が周囲に機銃を乱射した。

軍曹「敵の武装は思ったよりも貧弱、もう少し手榴弾を使って中距離攻撃を繰り返せば、突撃も可能だ。」

ゲンは味方の被害状況を見ている。銃の乱射による被害は、予想外に軽微である。旧バージョンならば、1割か2割のダメージを受けてもおかしくはない。それが10パーセント以下のダメージである。

ゲン「このまま、中距離攻撃を継続。
3:00きっかりに突撃を開始してくれ。」

手榴弾やロケットランチャーを十分に打ち込んだ後、混成チームは敵部隊に突撃した。

タカ「溜まってた怒りを吐き出してやる。」

阿修羅は、これまで周囲に、不当な攻撃を受け、虐げられてきた怒りを爆発させた。六本の腕から光の矢を放ち、敵を次から次へと撃破していった。
3:00を回ると、敵部隊は10分とは持ち堪えられなかった。全滅したのである。

将軍「テストプレーなんだろうが、全然敵と味方の武装が違う。
まだ、バランスが取れてないな。」
軍曹「内容的には不満も残るが、いつ始まるかわからない戦闘というのは緊張感があって面白い。」

少々、物足りなさを覚えながらも、メンバーは戦闘結果に満足しながら落ちていく。
果たして、これは何だったのだろうか、と黙考するゲンであった。

(感想)

ハル「それでどうなの?」

テストプレーに直接関わっていないハルは、状況をゲンに訊ねた。あれから1ヶ月、テストプレーは不定期ながらも週に1,2回程度召集がかかっていた。

ゲン「どうと言うことはない。
退屈と言えば退屈だが、きちんと報酬は振り込まれる。
参加者に不足することはない。」

テストプレー終了後24時間以内に各自レポ−トを提出して作業完了である。後はネット上の口座にバイト料が振り込まれる仕組みだ。

ヒマンジ「あいつ、どんな生活してんのかなあ。
毎回欠かさず参戦してくる。」

タカのことである。どんな時間でも、必ずテストプレーに顔を出す。誰もが私生活を持っていて、曜日や時間帯によって、参加できるメンバーは、当然限られて来る。司令塔となるゲンにしても、一体普段は何をしているのだろうか。

テツ「俺はまだ1回しか参加してない。
平日は難しいよ、本業もあるしな。」

大体の参加希望時間帯を提出してもらっているので、無理の無い形でテストプレーは行われる。しかし、結果としてプレイヤーは偏(かたよ)ることになる。

ゲン「他チームとの混成になるが、来るのは一流プレイヤーばかりだ。
状況に応じて戦略を組み立てるという意味で、シミュレーションとしては悪くない。」

思ったよりも地味なゲームに仕上がっているが、天候や風向き、温度、湿度など、複雑なパラメーターが付加されている。炎の広がりや、風雨による環境を含めた作戦が要求された。

ジロ「ドラゴンチームは、声が掛からないって怒ってた。」
ゲン「多分、ユニットのポイント制限じゃないかな。
テストプレーは、ほとんどがゲリラ戦、奇襲をシミュレートしている。」

ドラゴンのような大型ユニットは、プレー条件で弾かれていた。
テストプレーは毎回決まったように、輸送車に味方が積まれ、開始位置に運ばれるところから始まる。総司令部は存在しない。時にはヘリコプターから目標地点に落下する場合もある。兎に角、味方ユニットは開始地点まで運ばれて、任務を遂行すると回収地点に集合すると言うものである。

MrX「いやあ、素晴らしい成果です、ありがとう。」

MrXがテストプレーの結果を賞賛した。流石(さすが)は一流プレイヤーの集団だ、と褒めちぎる。

ヒマンジ「レポートにも書きましたが、ちょっと物足りないなあ。」
MrX「難易度は修正するけどね、戦略や動きなんかを見せてもらっているんだよ。」

MrXは、近頃は会社を留守にする事が多い。会長の橘龍蔵の供をして、密かに活動しているという噂もある。今日現れたのは久し振りであった。

ゲン「多少の不満もあるだろうが、これは報酬を伴う仕事だ。
テストプレーだから仕方がないさ。」
MrX「そうそう、ゲン君の言うとおりさ。
こちらもゲームバランスを良くするように努力するから、協力してくれたまえ。」

ゲンは、テストプレーに対して肯定的な発言をする。それどころか、MrXの立場をフォローまでする。MrXもゲンに対しては一目置いているような態度であった。

ヒマンジ「ええ、勿論、喜んでお手伝いさせて頂きます。」

ヒマンジも決してふたりに逆らう気は無い。だって、こんなに美味しいバイト、他を探したって見つかるはずはないからである。

☆ 更新 2004/08/12 ☆

(引き抜き)

張孔堂「君たち、裏金を使って有望なゲームプレイヤーを引き抜こうとしているんじゃないだろうね。」

大型玩具メーカー"ナイフ"の張孔堂が、近頃噂になっている、著名なプレイヤーを集めてのテストプレーにクレームを付けてきた。"白い天使"では、会社の許可無くバイトをすることを固く禁じていた。したがって、"白い天使"からは、テストプレーに参加する者はいない。

張孔堂「バイト料を奮発しているそうじゃないか。
うちのメンバーも、中には参加したがるのがいてね、困っているんだ。」

ネット企業"くじら"は、難易度の低いテストプレーに破格なバイト料を支払っている、とプレイヤーの間で評判になっていた。

張孔堂「プレイヤーを甘いエサで釣って、引き抜こうと考えているのじゃないかね。」

誰でも勘繰りたくなる気持ちはわかる。何か狙いがあるとしか思えない。怪しいのである。

MrX「いえ、いえ、とんでもない。
純粋にテストプレーをお願いしているだけです。
でも、そんなに評判になっているのならば、バイト料も高くはないってことだな。」

MrXは余裕で張孔堂の追及を躱す。確かに標準的なバイト料から見れば額は多い。しかし、彼らはTV中継に参加したプレイヤーばかりである。それに、実際に労働力を提供してもらっているから不正なものではない。

MrX「常識的な金額の範疇ですよ。」

かなり割りの良いバイトだが、特別に目を剥くほどでもない。だが、これを一日8時間でひと月働けば、並みのサラリーマンでは追いつかない金額にはなる。

張孔堂「もしかしたら、君たちはゲーム界における某有名球団を目指しているんじゃないのかね。」

某有名球団とは、TV放映権を一手に握り、その収益を梃子(てこ)にして、有望若手選手や他球団のレギュラー選手を牛蒡(ごぼう)抜きにすることで有名なチームである。

MrX「御冗談でしょう、"くじら"がゲームプレイヤーに支払っている金額なんて、野球からみれば小遣いにもなりませんよ。」

プロ野球では、ドラフトが近付けば実弾(現金)が乱れ飛ぶことは周知の事実である。

ユキ「でも、どうして、あの球団ばかりがTV中継されるのかなあ。」

最もな疑問である。セ・パ両リーグの球団が優勝を競い、その勝者が秋に日本シリーズを戦う。しかし、現実にTV中継されるほとんどのゲームは、某有名球団である。不思議に思わない方がおかしい。

テツ「あの球団の所有は新聞社だけれど、系列にTV局を持っている。
マスコミ直結型の球団ならではの荒業(あらわざ)だな。」

某有名球団の人気の秘密を垣間(かいま)見ることができる。TV中継の威力が絶大であることは証明済み。その力を利用して、戦後プロ野球を担ってきた実績は揺るぎの無いものであった。

(プロ野球)

プロ野球に、かつてのような輝きはない。
娯楽の多様化と共に、ニーズが薄れ、TV中継の視聴率も低迷している。すでに、多額の赤字を抱えて球団経営そのものが立ち行かないところもある。本来、企業の広告塔、宣伝を担うべく球団に対して、企業が逆に知名度アップの努力をしなければならない有様である。

ヒマンジ「TV中継の無いチームは、ほとんど人目に触れることがない。
某球団との対戦がある時だけ、必要とされる。
パ・リーグに至っては、オールスター戦と日本シリーズのために存在するみたいだ。」

マニアというほどではない一般視聴者や野球ファンから見れば、そのように映るかもしれない。

ユキ「何だかドラマを見ているみたいだね。
主人公には、常にスポットライトが当たる。
脇役や他の登場人物にも日常生活はあるけれど、ドラマでは主人公と絡むシーンだけカメラが向けられるみたいな。」
テツ「主人公は収入があるけれど、脇役は苦しいらしい。
だからと言って、脇役が降りてしまうと、芝居そのものが成り立たない。」

スポーツをドラマに例えるのには異論もあるだろうが、単なる比喩である。
戦後、プロ野球は、某有名球団を核にして、TV中継という強力なメディアを駆使することによって、プロスポーツ界・TV界に君臨してきた。毎日、二時間以上に渡り、安定した視聴率を稼ぎ出すのは並大抵のことではない。しかし、その力がここに来て衰えを見せ始めている。要するに飽きられ始めたのだ。

セボンコ「どのチームにも平等に放映権を与えたらどうだろう。」

特定球団にTV中継を独占させずに、散らしたらどうだろうか、という意見である。中継だけではなく、収益も全球団で均等割りするという案もある。

竹千代「それもひとつの手だと思うが、どのカード(対戦)を放映するか選ぶのはスポンサーだからな。
人気の無いチームの対戦に金を払うのは御免だ。」

企業にとっては、野球界の存続が目的ではなく、宣伝媒体として価値があるかどうかが重要である。視聴率アップ=CM効果増大となるカードをスポンサーは望んでいる。

ハル「ファンが分散して、贔屓(ひいき)チーム以外のTV中継は見ないようになれば、マイナス要因となる可能性もあるな。」
ヒマンジ「結局、TV中継がスターチームやスタープレイヤーを生み出す。
現在は、ファンを集中させてTV中継を遣り易くさせているよな。」

スポーツ中継を楽しむコツは、贔屓のチームやプレイヤーに感情移入することである。両チームをバランス良く応援していては、盛り上がらない。さらに面白くするコツは、みんなで同じチームを応援することにある。その共感が盛り上がりを生み出す。

ゲン「でも同じ条件で、公正にプレーを行うならば、特定のチームばかり勝ち続けることはないだろう。」

ゲンの言うことは、正論であるが、現実には同じ条件などは有り得ない。事実、TV中継だけ見てもわかることである。

(それぞれの想い)

輝かしいスターがメディアに登場するのか、メディアがスターという虚像を創り上げるのか。兎に角、球場に足を運んでくれる観客が払う入場料による興行収入だけで、プロ野球が成り立っているわけではないようだ。

ヒマンジ「これでも以前は、プロ野球についちゃ、ちょっとうるさかったんだけどね。
周囲に熱く語り合える仲間がいなくてさあ。
だんだん冷めちゃったんだよね。」

ヒマンジのようなマニアと語り合うのは容易なことではない。まず、スポーツ中継が好きな奴を探して、その中で野球・サッカー・格闘技と振り分けていく。残った奴が、語り合うに足るレベルにあるかどうかは神のみぞ知る。しかも、贔屓(ひいき)球団が違えば、辛(つら)い。

MrX「私は逆だな、子供の頃はプロ野球に興味はなかった。
しかし、社会人になり、上司と話を合わせたり、営業で得意先を回るようになると、何か共通の話題が必要になる。それで、慌ててプロ野球の知識を仕入れたものだ。」

商談の合間にプロ野球の話を織り込んでおけば無難である。今日の天気を話すような、意味のない会話の繋ぎとして役立った。企業戦士たるもの、現実には平日のゴールデンタイムにTVを見ているような暇はない。深夜のニュースや新聞で結果だけを確認してから出社するのである。まわりの者たちも同じようなものではないか、とMrXは思っている。
そして秋、某有名球団が優勝したと言っては、集まって祝杯を挙げたりするから不思議だ。

MrX「近頃はプロ野球ネタもなかなか通用しなくなったなあ。
サッカーや格闘技も一応知識として仕入れてはいるがね。」

娯楽の多様化に伴い話題も多様化する。社会に出れば、年齢層の異なる人たちと接触する機会が増えるが、共通の話題となると難しい。そんな時にプロ野球ネタは、結構役に立っていた。

ユキ「わたしは、あのプロ野球中継の延長に我慢ができない。
どうせ最後まで放送できるかどうかわからないのに、延長するのは理解できない。
二時間ならば二時間、三時間ならば三時間の放送枠を最初から設定すればいい。」

プロ野球延長の所為(せい)で、後続番組が軒並みスライドするのが許せない。
ビデオ録画の関係である。野球中継のあるチャンネルは、後続番組をビデオ録画する場合に必要以上に気を使う。うっかりしていると、番組が欠けることになる。野球を見ない者にとって、これほど腹立たしいものはない。

竹千代「私の子供の頃は、野球と言えば某有名球団だった、今の比じゃない。
川上哲治監督率いる某有名球団は、長島・王といったスタープレイヤーを擁して、V9の偉業を成し遂げた、9年間も優勝を独り占めにしたんだぞ。
けれども、人気は衰えることを知らなかった。
子供たちは、みんなYGのマークの付いた野球帽を被り、ゴムまりさえあれば、バットやグローブが無くても野球に興じたものだ。」
ハル「今は野球をやるならば、学校のクラブ活動か地域のリトルリーグだね。
子供たちが集まって野球をして遊ぶ姿は少なくなった。」

野球は人数とスペースが必要だ。子供たちの遊びとしては廃(すた)れたと言えるだろうか。そういう子供たちが大人になる。野球は以前ほど身近なものではない。

竹千代「その後、長島は引退、監督としても某有名球団を率いたが、かつての熱狂的なファンは影を潜めた。」

長島の現役時代、監督時代、そして今、長島の人気がプロ野球人気に重なる。長島=スターと言っても良いだろう。長島によって引っ張られてきたプロ野球は、岐路に立たされている。

(ゴールデンタイム争奪戦)

セボンコ「僕たちの世代は、長島の現役時代を知らない。
語り口の奇妙な変な小父さん、という印象しかない。唯、周囲の人たち長島に払う敬意が普通ではないので、凄い選手だったんだ、と推測してます。
いつもの手法通り、僕としては野球の歴史資料や記録映像で長島を分析してみました。何と長島の引退は当時映画にもなっているんですね。」

観客席のファンも長島も涙々の引退セレモニーが、プレイヤーとしての歩みと共に映画化されていた。

ヒマンジ「俺も見たけどさあ、長島っていうネームバリューが先行して、感動が伝わらないんだよな、多分、同世代でなきゃわからない興奮なんだろうな。」
セボンコ「長島は一流プレイヤーだったけれど、その成績だけならば、同程度のプレイヤーは他にも居る。
同時期に同じチームでプレーした王は、成績の面で言えば、長島よりも上かもしれない。
ホームランで世界記録を樹立した時は騒がれたが、引退時はあっさりしていた。」
竹千代「それがスターと言うものさ。
王もスターだが、長島は別格なのさ。」

現在、プロ野球で長島・王に匹敵する選手は、メジャーリーグに移籍したイチローだが、どちらかと言えば王タイプのプレイヤーだ。野球道を探求する求道者というイメージが強い。

ユキ「野球に興味はないけれど、イチローが打つところだけ、ニュースで見たい。」

プロ野球を知らない者でもイチローの名前は知っている。それがスターだ。

ハル「日本のプロ野球にスターはいなくなった。
それどころか、企業と争いストライキを決行するとまで言っている。」
MrX「何を勝ち取ろうとしているのかわからないが、プロ野球がゴールデンタイムを明け渡すと言うのならば、我々としてはゲーム中継を強く押し込みたいね。」
張孔堂「実は私も同意見だ。スト大いに結構、その隙に成り代わってやろうじゃないか。」

プロ野球がストを決行すれば、当然のように毎晩ゴールデンタイムに二時間の穴が空く。それを埋めるためには、新たな番組が必要となる。ゲーム中継だけではなく、他のプロスポーツ(サッカー・格闘技)は勿論、ドラマやバラエティーもその穴を狙っているに違いない。野球以外のスポーツ選手・俳優・芸人・タレント・歌手、みんな穴を埋め自分の席を確保しようと画策するに違いない。

セボンコ「近頃、巨人戦の視聴率が下がったと言うけれど、他のカード(対戦)ならば視聴率が上がるのでしょうか。
巨人戦の視聴率ではなく、プロ野球の視聴率が下がったと考えるのが妥当なのではないかと。」

チャンネルが増えれば、以前より視聴率が下がるのは単純な算数である。視聴率が変わらなければ、それは算出方法に誤りがあるのだろう。取り合えず、習慣的に野球中継を見ていた人たちが、他チャンネルへと流れていく。何か面白いものを、と視聴者は常に模索している。

竹千代「認めざるを得まい。
正直なところ私自身、もう長い間、つまみ喰い(ニュース・新聞)派だからな。」

プロ野球中継の視聴率が下がっているのは厳然たる事実である。視聴率は人気の指標であり、それが下がればプロ野球の商品価値も下がる。商品価値の下がったプロ野球に対して、企業がコストを割高に感じるのは当然と言える。その結果、企業は球団を手放すことになる。スポンサーも他に視聴率が取れる番組で、放映料が安いものがあれば、乗り換えることもあるだろう。
長い間、TV界に君臨してきたプロ野球中継も、すでにその力を失いつつあるのは、隠しようも無い事実のようである。

☆ 更新 2004/08/19 ☆

(驚愕の事実)

ゲン「セボンコから、この資料が送られて来た時には、流石に驚きましたよ。」

セボンコがゲンに送った資料と言うのは、P王国で発行されている国営新聞であった。P王国とは、現在国連未加入国で、Q国王の一族を中心とした独裁軍事政権に支配された国家である。国内に埋蔵された膨大な石油資源を資金として、経済力・軍事力ともに侮れない国家であった。但し、周囲の国とは微妙な緊張関係にあり、欧米諸国とは全く交渉を持っていない。世界から孤立した、制御不能な危険な国家である。
そのP国が発行している新聞をネット上から拾い上げ、翻訳して転送したのである。各国の新聞記事を拾っては、コレクションするのが、セボンコの趣味でもあった。

記事「武器弾薬食料を輸送していた部隊が、正体不明のゲリラに襲われる。」

新聞の見出しは、そのようなものであった。最初は、Q国王一族に反感を抱く、P国内の反乱分子の仕業(しわざ)と考えられていた。しかし、いずれも輸送部隊は壊滅させられており、国内の反乱部隊には、そのような戦闘力があるとは考え難かった。

ゲン「この日付と時間、一致してるんですよ、被害状況も似ている。」

ゲンは、P王国軍が襲撃された日時が、ある事と同じなのを指摘した。

MrX「さあ、何のことを言っているのか、私にはさっぱりわからないよ。」

MrXは、とぼけている。

ゲン「かつて、橘龍蔵が、米軍の活動に深く関与していたというのは周知の事実でしょう。
最近では、防衛庁の高官としきりに会っているという噂もある。」

"赤い悪魔"もTVで名を売り、会員も増えている。"タカ様疑惑"でネット企業"くじら"の会長橘龍蔵の名が出て以来、会員たちから橘氏の情報が入って来るようになっていた。まさか、後を付け身辺を探っているわけでもなかろうが、かなり詳細な日常スケジュールまでわかっている。

MrX「会長の過去については、誰も良くは知らないんだよ。
米軍云々は、大袈裟な噂だろう。
防衛庁に出入りしているのは、ネット情報のセキュリティ(保護)問題で、アドバイスを求められているんだ。私も何度か、御供(おとも)した。」

MrXはゲンの追求をのらりくらりと躱す。しかし、ネットゲーム事業部の部長が、防衛庁に出入りするのは不自然と言えば言える。

ゲン「そこまでしらを切るのならば良いでしょう。
どうせ、これからも情報は集まって来る。
いずれ尻尾を掴んで見せますよ。」

ゲンは確信にも似た自信に満ちていた。

MrX「セボンコ君には、何か雑文やエッセーの仕事を用意しよう。
他の者は、この事は知らないね。」

突如、MrXが折れてくる。観念したのだろうか。セボンコに割りの良い仕事を提供すると申し出て来た。口封じと受け取っても良い。

MrX「それで、ゲン君、君の狙いは何だね?」
ゲン「まずは、真実が知りたい。
そして、内容によっては、僕も仲間に入れてもらえませんか。」

MrXは、少し考えさせて欲しい、と告げ落ちて行った。もし、ゲンの推測が的中しているとすれば、問題は大事である。事が公(おおやけ)になれば、この国を揺るがせかねない事件であった。

(レスキュー部隊)

記事「謎のゲリラ部隊、民間人を救う。」

セボンコは、MrXからの仕事を引き受けながらも、こまめに資料をゲンに送っている。この事件は、隣国との局地戦闘に巻き込まれてしまった民間人を、謎のゲリラ部隊が救助し保護したというニュースだった。

ゲン「ぴったり同じイベントをやらされたよ。
間違いないな。」

P王国の新聞記事など、この国で生活する者が目にすることはほとんどない。セボンコが見つけた事自体、奇跡とさえ言えた。

セボンコ「助け出された人たちは、謎のゲリラ部隊を"赤い風"と呼んで、称(たた)えているようですね。」

記事では隣国との戦闘となっているが、実はP王国軍による反乱分子虐殺らしい。この戦闘に巻き込まれた村は、反乱軍の幹部を多数輩出していた。

ゲン「皮肉なものだな。
ところで、このことは誰にも話していないだろうな。
勿論、ハルにもだ。」

セボンコは、ハルの紹介で"赤い悪魔"に参加して来た。だから、このことをハルに隠すことは、少々後ろめたい。

セボンコ「もう少し状況がはっきりするまでは、誰にも話すつもりはありません。
でも、場合によっては・・・少し怖くなってきましたよ。」

あまりのことの大きさにセボンコは動揺している。それが正常な感覚と言えるだろう。

ゲン「こいつら、P王国の反乱軍や隣国の国民たちにとっては、英雄なんだぜ。」

P国内に神出鬼没に現れて、P王国軍を倒し、民間人を救出する。周囲の反P王国の者たちにとってはヒーローであった。

セボンコ「彼らは、僕たちに何をやらせようとしているのでしょうか?」

セボンコが不安を隠しきれずに言う。彼らが誰で、僕たちが誰なのかは想像する他は無い。

ゲン「風が吹けば、桶屋が儲かる、この意味がわかるか。」

ゲンの問い掛けに、セボンコが雑学を紐解いた。

セボンコ「確か、風が吹けば埃(ほこり)が舞って、失明する人が出てくる。目の不自由な人は三味線を弾いて収入を得るようになる。三味線が売れると、材料の猫(皮)が少なくなる。猫が減ると鼠が増える。鼠が増えると、桶を齧るようになる。
だから桶屋が儲かる、そんなところですかねえ。」

かなりのこじ付けだが、すべての結果には原因が伴う。因果律(いんがりつ)である。桶屋が儲かったという結果には、風が吹いたという原因があったからなのだ。

ゲン「しかし、世の中は複雑化している。
遠く離れたP王国に"赤い風"という英雄が現れたという事象の原因を探ることは難しい。
幾つものサーバーを経由して、地球上を飛び交う情報のひとつが、その原因だとしても、それを探り当てることは不可能に近い。」
セボンコ「桶屋が儲かったこと、と、風が吹いたことは、無関係だと言うことですか。
いや、何の因果関係も無い、と言い張るつもりなんでしょう。」

セボンコは、ゲンの言わんとしていることを理解した。

ゲン「繋がりを証明するのは難しい、と言っているだけさ。
やってる本人たちも知らないし、送信する情報は、一打々々の点に過ぎない。
その点をすべて拾い集めて、やっと"赤い風"になるんだからな。」

風が吹いたから、桶屋が儲かる、と言っても誰も信じはしない。

(親父)

MrX「話は聞いたよ、選挙に出るんだって。」

MrXは半ば面白がっている。

竹千代「まだ、決まったわけじゃない。
親父が後を継げって、うるさいのさ。」

竹千代の実家は地方の造り酒屋である。かなりの土地を持った資産家でもあった。父親は県会議員を四期務めるほどの地方の実力者だ。因(ちな)みに、"竹千代"の名は、実家で造っている酒の銘柄である。
竹千代とMrXは、ちょっとは名の知れた私立大学で同期だった。その後、ふたりが、大型玩具メーカーに就職したことは以前話した。竹千代は独立して玩具屋に、MrXはネット企業に移籍している。

竹千代「玩具メーカーに就職した時の親父の怒りは、想像を絶するものだった。
それからと言うもの、勘当(かんどう)同然、音信不通だよ。」

それが突然、ネットゲームのTV中継やSHOP竹千代が、マスコミに取り上げられるようになって、急に連絡を取って来たのだ。

親父「ゲームや玩具など、所詮一時的な流行物(はやりもの)だ。
折角、名前を売ったのだから、これを機会に地元で私の後を継げ。」

もともとが地元の名士である。多少の知名度と血縁関係があれば、県議会に押し込むことも難しくはない。

竹千代「それにしても誰から聞いたんだ。」

多寡が地方議会の選挙である。MrXの耳に入るような話とも思えなかった。

MrX「実はな、お前の選挙区から出ている国会議員に悪い噂があるんだ。」

竹千代の選挙区から出ている代議士と言えば、地味な政治家で世間一般の知名度は低いが、過去に大臣を経験している最大与党のベテラン議員だった。

MrX「その先生が暴力団関係者から900万の不正な資金援助を受けたらしいのさ。
それが、近々マスコミに報道されることになっている。
額は小さいが相手が悪い、間違いなく議員辞職に追い込まれるだろう。」
竹千代「近頃の汚職もスケールが小さくなった。
1千万割れで元大臣が辞めるのか。」

竹千代は他人事のように感想を述べた。

MrX「俺も近頃じゃ政治家先生とも付き合いがある、防衛庁にも出入りが許されているんだ。」

MrXは、旧友を前にして口調が砕けてきた。

竹千代「それはまた、随分と偉くなったもんだな。」

竹千代は軽く受け流した。

MrX「その失脚する議員の後釜を探しているんだが、なかなかこれと言う人材がいない。」

先生は高齢で、黒い噂がたっては、再度選挙に出ても勝てる見込みがない。与党としても議席を確保するために、新人を立てなければならなかった。

MrX「そこで白羽の矢が立ったのが、竹千代、お前というわけさ。」
竹千代「何だって・・・」

竹千代はネット上では、上げられぬ叫びを上げていた。
竹千代が父親から聞いていたのは、地元の県会議員の話である。それさえも受けるかどうかは迷っていた。しかし、今、MrXが持ち込んできた話は、国会議員である。一体、何故そのような話になったのか、何か裏で動いているのか。限り無く猜疑心を膨らませる竹千代であった。

(看板政策)

玩具・ゲーム・娯楽・遊戯、どれも社会的には一段下に見られがちである。子供に夢を与える。大人たちに夢を取り戻させる。しかし、飽きられたら終わり、次から次へと新しい刺激を提供していかなければならない。一体、どれだけ社会のために貢献しているのか、と問われれば、即座に返す言葉がない。
竹千代は、ホビーショップという仕事に誇りを持っている。これからも続けるつもりである。しかし、実家の父親から、政治家への道を選んでみないか、と言われて少し考えた。マスコミに注目されている今、新しい一歩を踏み出してみるのに良い機会なのかもしれない。
例え、地元に戻って政治活動を行ったとしても、ネット環境が整備されていれば、リアルタイムに都心の店に指示が送れる。最近では店頭販売よりもネット通販の方で売り上げが多いくらいだ。週に一度くらいは上京する必要もあるだろうが、後は社員に任せて、毎日しっかりとネットで会議を行えば良いだろう。

MrX「御存知の通り、与党は近頃元気がない。
そこで看板となる政策やスローガンを求めているんだ。」

確かに、このところ与党は最大野党に押され気味だ。世間というのは刺激が無くなると、新しい物を欲しがる。今を変えれば、少しは良くなるかもしれない、という発想である。

MrX「そこでだ、近頃ネットを活用して、急成長を遂げたベンチャー企業の旗手が、政界に進出しようとしている、という噂を聞き付けたわけだ。」

与党は、通販を中心としたネット事業の推進を看板に、新しい需要を掘り起こそうと考えている。そのスポークスマンとなる政治家を探していた。既存の政治家に"IT"を語らせるのは、少し酷な部分もある。

竹千代「俺がスポークスマンなのか、看板政治家かよ。」
MrX「それに一部政治家の間で、"たったひとつの名前を基準とするシステム"に興味が集まっている。
ネット事業推進の核に"たったひとつの名前を基準とするシステム"を据えようという考えだ。」

パクルくらいならば、丸ごと飲み込んで利用しようという腹である。TV中継の人気も、一時的には選挙に利用できるというものだ。"たったひとつの名前を基準とするシステム"は、社会システムを確かなものとして、通販の安全性を飛躍的に高める。

MrX「ネット企業"くじら"も、お前を支援する。
何と言っても、この政策は"くじら"にも利益をもたらすことになる。」
竹千代「一体、そんな筋書き、どこで作ってるんだ。」

筋書きを書いている者は、意外に近くにいた。MrXは、その出来上がった筋書きを橘龍蔵に渡して、後は政治家連中のもとへと届けられたのである。

MrX「いいか、TV中継でネットゲームの人口は増大した。
ネットゲームの対象年齢は高い。数年後には選挙権を持つか、もうすでに持っている連中もかなりいるだろう。
そういう奴らは、ネット通販の旨味(うまみ)を知っている。
リスクはあるが、安くて良い物が手に入る。」

安全で簡単に取引できることが証明されれば、ネット通販事業は飛躍的に拡大する。

竹千代「ははあ、うまく行ったら利用する。
倒(こ)けたらXX真理教の教祖並みの扱いをする気だな。」

与党政治家としては、世論の反応を見て、好感されたら党内に取り込むつもりだ。失敗したら知らん顔で見捨てるつもりである。それでも、選挙の期間中は、裏からの支援は惜しまないという約束だ。

MrX「まあ、何から何まで、保証された甘い話なんて無いさ。
ある意味賭けだが、十分に挑戦してみる価値はあると思うぞ。」
竹千代「俺を道化師(ピエロ)にするなよ。」
MrX「その時は、玩具屋の看板になれるさ。」

ふたりは声にならない笑い声を漏らす。
すでに竹千代の腹は決まっていた。

☆ 更新 2004/08/26 ☆

(政治家)

ヒマンジ「おい、冗談だろう。
竹千代さん、国政選挙に出るんだって。」

竹千代出馬の噂は、赤い悪魔の間に瞬く間に広がった。しかし、メンバーのほとんどが半信半疑である。話があまりに飛躍し過ぎている。

ハル「本人に話を聞いたら、今考えているところだって言ってた、本気らしいぞ。」

本人に確認しても、まだ信じられない。近頃、雑誌やTVで取り上げられ、顔も多少は売れてきている。しかし、いきなり、政治家に転身というのは、どんなものだろうか。

テツ「ゲーム中継やホビーショップの方はどうするんだ。」
ハル「プレイヤーを続けるかどうかはわからないが、ネットゲームにはこれまで通り関わる。店の方は、店長代理を置いて営業続行、竹千代さんは地元に帰って通販事業に力を入れるそうだ。」

ネットゲームに関しては、何処に居ても同じだ。事実、メンバーのほとんどが各地方の在住者である。物理的には離れていても、論理的にはいつでもひとつになれる。それに地方議員ならば地元に居なければならないが、国会議員ならば都内で活動する事も多い。

ユキ「どういう心境の変化なのかなあ。」
セボンコ「剣豪の宮本武蔵も、思想家の孔子も、最終的には政治家を目指したと言いますよ。」

二刀流で有名な武蔵も、ある時期からは政治を志している。剣豪も年をとれば弱くなる。武蔵も三十を過ぎてからは、真剣勝負を行っていない。巌流島の決闘が、最後の大勝負と言っても良い。

テツ「何で剣術使いが政治家になれるんだ。」
セボンコ「その頃の大名家には、兵法指南役という役職がありました。
殿様に剣術を指導するのが職務です。
つまり、兵法指南役は殿様の師匠であり、相談役を兼ねるようになったのです。」

殿様の師匠という立場から、藩政に影響力を及ぼす者も居たのである。

ヒマンジ「将軍家兵法指南役柳生但馬守宗矩(やぎゅうたじまのかみむねのり)なんかが有名だな。
二代将軍秀忠の頃に、柳生は徳川家に異心を抱く大名家に隠密を放って、難癖(なんくせ)付けては取り潰したんだ。」

江戸幕府の草創期には、再び天下を覆(くつがえ)そうと企む者もいたに違いない。そうでなくとも、外様大名の領地を奪って、身内の者に与えようと考えたのだろう。

セボンコ「武蔵も、最初は将軍家兵法指南役を目指した。しかしうまくいかずに、次は尾張徳川家へと流れ、結局は肥後細川藩の客分という身分に落ち着いたのです。」

年老いた剣豪が名を残すには、流派を立てて大道場の主となるか、大藩の兵法指南役になるしか道はなかった。
剣術によって辿り着いた境地を、政治に生かしたいと考えたとしても、不思議ではない。

(志)

剣術の腕をどれだけ磨いても、所詮は人殺しの技術である。しかも、年と共に、その力は衰えていく。真剣勝負を続ければ、いずれ敗れることは当然の事であった。名声があるうちに弟子を取り、流派を継承する。城下町に道場を開けば藩士が集まり、先生、先生と慕ってくれる。藩士の多くが弟子ということになれば、自然と影響力を持つようになる。藩の重臣が弟子ともなれば、やがて兵法指南役に推挙したいという話も舞い込んで来るだろう。すでに藩内には多くの弟子が居て、気が付けば流派が藩政の派閥になっていたりする。

テツ「当時の剣術は武士の嗜(たしな)み、誰もが道場に通った。
そこで指導者としての地位を固めれば、政治への道が開けるというわけだな。」

剣術そのものに価値があった時代の話である。

ユキ「それじゃあ、孔子の方はどうなんだい。
確か、子曰(しいわ)くっていう、あの論語を書いた人だろう。」

古きを温めて新しきを知る、とか、三十にして立つ、とかいう論語である。孔子の言葉を集めて論語を編纂したのは弟子たちだと言われている。

セボンコ「孔子は学校の先生でした。勿論、当時は私塾ですがね。
教え方が独創的だったのか、いろんな層の人たちが孔子を慕って集まり、遠くからは学者が教えを乞いに来たそうです。」

孔子は人の道や徳、とくに仁についてわかりやすく説いたらしい。そこであの論語のような短い言葉で標語を作り、それを一文々々解説していったのだと思われる。今で言うCMのコピーの走りであろう。お経のような長い文章を読ませるよりも、大見出しで人を引き付け、その意味を丁寧に話して聞かせるのである。

ヒマンジ「論語ってさあ、孔子の弟子たちが、孔子の死後、各地に散らばった師の言葉を拾い集めて編纂したんだろう。
孔子の辿った道を旅して、その言葉を探すなんて、かっこ良いよなあ。言葉の蒐集家、コレクター心をくすぐる話だぜ。」

コレクターが集めるのは物ばかりとは限らない。ある人物の心の断片を探し求めるのも、また楽しくないはずはない。話は脱線した。

セボンコ「孔子の弟子たちの中には、政治家への道を進む者が居た。時には、誰かを推薦して欲しいと大臣ほどの者が、孔子を訪ねて来ることもあったんだ。
そこで孔子も、人に教えるだけではなく、自ら政治家への道を進みたいと思うようになった。」

当時、孔子はすでに、近隣諸国に名が知れ渡るほどの名士になっていた。弟子たちも、いろいろな国で政治の要職に付いていた。孔子はその弟子たちの伝手を頼って、各地を旅した。どの国でも孔子は賓客として厚遇されたのである。

セボンコ「しかし、孔子は何処の国でも政治家としての要職を与えられることがありませんでした。」

孔子の名声に見合うだけの要職を、用意することは難しかったのである。その名声ゆえに、孔子の政界への道は困難を極めた。客分として、時折(ときおり)国主へのアドバイスをしてくれる程度で良い。孔子が長く滞在してくれれば、その国にとって名誉なことである。

セボンコ「孔子は、ある時期、弟子たちと志(こころざし)について語り合っています。
弟子たちが、それぞれに壮大な夢を語る中、老いた孔子は微笑みながら言いました。
志とは、ある晴れた春の日に、気の会う友と、数人の童を連れて、美しい川のほとりで遊びたいものだ。」

その時の孔子の心境は如何許(いかばか)りか、と想像すれば痛々しい。もう好い加減、拗(す)ねていたかもしれない。

ヒマンジ「結局、あれだろう、失意の孔子を救ったのは、死後孔子の言葉を拾い集めた蒐集家たちの執念だったってことだな。孔子マニアの熱意が、論語を生み、後世に孔子の功績を語り継いだってことだ。」

孔子の功績は論語として残った。武蔵は五輪書を残したが、武蔵を有名にしたのは講談や小説によるところが大きい。どちらにしても、孔子も武蔵も政治家としては、不遇であったようだ。

(地域格差の是正)

テツ「宮本武蔵や孔子の話はわかったけれど、竹千代さんもそんな高尚なことを考えて政治を目指しているのか。
武蔵も孔子も、言って見れば、その道の達人の域に到達した人だろう。」

目標を高く掲げるのは良いが、流石に玩具屋の社長と比較するには大き過ぎる。

ハル「勿論、そんなに尊大なことを考えているわけじゃないと思う。
最初は地方議員の選挙に出ないかという話だったらしい。
それが、地元の国会議員が汚職で摘発されて、その後釜ってことになったんだ。」
ヒマンジ「でも、そんなに簡単にはいかないだろう。」

幾ら何でも、知名度だけで政治経験の無い者が、当選するとも思えない。

ハル「それが、そうとばかりも言えないんだよ。
政党や企業が、竹千代さんの後ろ盾になるらしい。」

竹千代も当初の意志に反して、巨大な流れの中に巻き込まれようとしていた。

ハル「現在、この国の与党は野党に押されて、かつての強大な力を失いつつある。」

この国は戦後、一時的な政権交代はあったにしても、そのほとんどがひとつの政党によって支配されてきた。現在の最大野党でさえも、与党からの枝分かれ的な色彩が強い。

ハル「最大与党としても、何とか人気を回復しようとして、誰もが興味を持ち、わかりやすい看板政策を模索しているんだ。
そこで、候補のひとつとなったのが、パソコンや携帯を用いたネット上での通信販売の普及ということになる。
より安全性を高め、誰にでも手軽に楽しめるショッピング。
しかも、居ながらにして、全国各地の何処とでも取引ができる。
買い物における地域格差を無くすことによって、消費者の購買意欲を刺激するのさ。
経済を回復するには、まず消費者がモノを買わなければ始まらない。」
テツ「それで近頃、玩具の通販事業で、名を売ったSHOP竹千代の経営者の登場というわけか。」

日常品は最寄の店で買う。しかし、趣味の物となると、好みが多様化するために、必ずしも身近の店に置いてあるとは限らない。玩具もそうなのだけれど、衣服のように流行に敏感な商品は、生産数が少なかったり、地方では販売されないケースが多い。地方在住者が、そのような商品を欲しいと望めば、通販しかない。しかし、通販は相手の顔が見えず、不安が付きまとう。

ハル「そこで、我が"赤い悪魔"のサイトでも話題になった"たったひとつの名前を基準とするシステム"が重要となる。」
ヒマンジ「ええ、あれですかあ。」

ヒマンジが呻きを上げた。あれは、顔の見えない者同士が互いに本人確認を行うための究極の手段であった。

テツ「あのシステムは、経済だけじゃない。
全ての社会システムに影響を及ぼす根幹となるものだ。
確かに実現には"政治"の力は欠かせないな。」

決して一般の人たちに理解できないほど複雑なものではない。現在の技術力をもってすれば可能なことの積み重ねである。但し、政治的な力が無ければ実現できないのも事実であった。

ハル「誰かが掛け声を掛ければ動き出す。
自分が何者であるかを証明しよう。
僕たちは、世界でたったひとつの名前を持つべきなのだ。」

(キーワード)

須(すべか)らく情報システムを構築するためには、まず第一にコード体系を定めなければならない。どのような単位で情報を集めるのか、どのようなグループに情報を振り分けるのか、どのような順番に情報を提供するのか、すべてはコード体系の設計によって決まってくる。この時点で、システムの要(かなめ)は決まった、と言っても良い。
この世界には、カエルやオケラやアメンボも生きているが、その中心はヒトである。つまり、社会システムの基準となるものはヒトである。そのヒトを識別するのに必要なのが名前だ。
つまり、社会システムのマスターKEYとなるコードは名前なのである。そのマスターコードが曖昧なままでは、システム構築は最初から間違っていると言う他はない。
インターネットで情報検索する時にキーワードを入力する。すると膨大な情報の見出しが表示されるが、どれが欲しい情報なのかは、すぐにはわからない。余分な情報もあれば、漏れている情報もあるだろう。データ全体をKEYとして考えているからだ。
漠然とある言葉について調べたいのであれば、それも良いだろう。しかし、明確な目的を持って、情報を収集するためには力不足である。いや、力が有り余って散漫になっていると言えば良いだろうか。
実務としての情報検索を行うためには、明確なKEYが必要となる。多くも無く、少なくも無い、正確な情報が求められる。

ヒマンジ「"たったひとつの名前を基準とするシステム"の発案はゲンだろう。
確かに、"赤い悪魔"のメンバーも意見は言わせてもらったけどさあ。」

何故かゲンには敬称が付かない、呼び捨てである。
いくら選挙に出るからと言って、竹千代がそのアイディアを持ち出すのは、許されることなのだろうか。一言挨拶があっても良いのではないか。

竹千代「いやあ、すまない。
話が煮詰まってから、君たちにお願いするつもりだったんだよ。」

ついに竹千代が姿を現した。竹千代も調整に忙しく、なかなか時間が取れなかったのだ。

ゲン「これは、特定の業種に利益も齎(もたら)すというものではない。
けれども、このシステムは未来を展望した時、不可欠な要素なのだ。
資金の流通を円滑にして、商取引の安全性を増す。情報の迅速かつ正確な収集によって、無駄な労力を削減する。治安の維持にも力を発揮する。長期的な視野に立った時、経済復興にも繋がるだろう。
しかも、道路や橋を作るのに比べれば、コストは低い。論理的なシステムを一元化するのだから、安くならないはずがない。
僕ならば構わないよ、社会に貢献できるのならば、惜しむものじゃない。」

ゲンは、かなり協力的だ。利益を度外視した社会サービスと言っているが、新しいシステムを利用したニュービジネスも生まれて来るだろう。チャンスは誰にでも平等にある。

ゲン「後は、君たちの了承が得られれば問題はない。
勿論、竹千代さんが選挙に出ればの話だが。」

ヒマンジを始めとした"赤い悪魔"のメンバーも、ゲンにしては珍しい長演説に呆気に取られていた。予(あらかじ)め原稿を用意していたのかもしれない。しかも、社会への貢献と日(のたま)う。まるで別人のようだ。

ヒマンジ「ゲンが良いって言うのならば、異論はない。」

"赤い悪魔"のメンバーも快く了承してくれた。

ハル「話が無事まとまったところで、竹千代さん。
選挙に出る決心は固まりましたか。」

ほんの少し間が空いた後、BGMにワーグナーの"ワルキューレの騎行"が流れる。勇ましい曲に心が奮い立つ瞬間だ。一同、固唾を呑んで待つ。

竹千代「不肖、この松平竹千代、国政選挙に出馬することを決意致しました。
この"赤い悪魔"での宣言を出馬第一声とさせて頂きます。」

嘘のようだが、この松平竹千代は彼の本名である。徳川本家とは関係ないが、おそらく家臣に与えた松平性の子孫かもしれない。今となってはわからない。竹千代の父は、襤褸切れのような家系図を後生大事に見せびらかしているが、真贋は定かではなかった。
どちらにしても、竹千代の出馬は冗談ではない。

☆ 更新 2004/09/02 ☆

(パンダ)

ハル「原稿はあれで良かったかな。」
ゲン「ああ、上出来だ。
僕が、思っていることをそのまま相手に伝えようとすると誤解を招く。
だから、君に脚色してもらうのが良い。」

ゲンは理屈を考える。それをハルが言葉で飾るのである。

ハル「"たったひとつの名前を基準とするシステム"に対しては、公共の利益に繋がる社会サービス、社会に貢献するというイメージを強調してみた。
特定の企業に利益を与えるのではなく、誰もがその恩恵を受けられる、という印象を与えるように考えてみた。」

政治的なスローガンとして用いる以上、妥当な戦略である。しかし、特定の企業に利益を与える必要があるならば、別の戦略が立てられないわけではない。理論があって、それをどのように宣伝していくかによって、戦略は多様化していく。

ゲン「損して得取れ、まずは竹千代を勝たせる努力が必要だ。 もし、竹千代が当選するようなことにでもなれば、十分に元は取れる。」

このシステム本体は利益を生み出さないが、使い方次第では、大きな付加価値を創造する。

ハル「いろんな意味で、竹千代さんには看板になってもらわなければならない。
政界に進出すれば、社会的な評価が上がる。
そうなれば、発言力を増すことになる。」

つまり、玩具やゲームの世界からスターを押し出すのだ。プロ野球や他のスポーツ界からも少なからぬ者が政界に進出している。やはり、業界から政治家を輩出すれば、良い意味で格が上がるというものである。

ゲン「当面は、タレント議員で構わない。
客寄せパンダだ。」

パンダは珍獣だ。客は珍しいものが大好きだ。瞬間的にでも注目を集めることが出来れば、何がしかの商品を売りつけることが出来る。そこで芸を見せて、客を喜ばせることが出来れば言う事はない。

ハル「あいつ、意外に面白いな、と客が拍手をくれれば、こっちのものだ。」

ゲンもハルも、竹千代を好きなように玩具にしている。但し、ゲンもハルも裏方だ。集まってくれたお客様に、竹千代がどんな芸を見せるのか、準備するのが役目である。ちゃんと種を仕込んで、舞台の上の竹千代に渡さなければならなかった。

ゲン「大衆を喜ばせるには、欲しい商品を、どこよりも安く手に入れられる、そのための仕組みの確立を、前面に出せば良い。」
ハル「あんまりストレートに言うのは品がないから、少し暈(ぼか)しながら。」

物価が下落するデフレ現象が起きている。しかし、情報化社会の効率化により、実際にコストダウンしているケースもある。
確かな情報による、生産量の調整。北海道で発生した売れ残り在庫を、沖縄で処分する。十分に情報が行き渡っていれば、売れる商品もある。
これまで消費者は、物理的に移動できる範囲の店でしか商品を購入しなかった。つまり、その人の移動力の範囲内で商品を選んでいたことになる。自動車を運転する者は、歩く人よりも、より多くの商品を比較検討できる。
それが高度情報化社会では、物理的な移動力ではなく、情報収集力によって選べる商品の幅が広がるようになる。その中で、消費者は妥当な値段の商品を買うことになる。

(オイルショック)

竹千代「昔は良かったのかもしれん。
TVでCMを流せば、全国の消費者が揃って同じ商品を買ってくれた。」

竹千代の少年時代の話である。子供たちが皆YGの帽子を被り、若者がスマイルバッジを身につけていた頃だ。TVは絶大な力を持ち、そのCMは大衆に強力な影響力を及ぼした。

MrX「私の育った地方では、国営放送を除くと民放は1局しかなかったな。
その地方では、そのひとつしかない民放を誰もが見るから、売れ筋商品は一目瞭然だったよ。
今じゃ、チャンネルが増えて、リモコンからはみ出しそうだが。」

少ないTVチャンネルは、大衆の価値感を統一するのに役立った。当然、企業の販売戦略も遣り易かったに違いない。誰もが遅れまいと同じ物を欲しがった。
今は情報が多様化して、誰もが少しずつ違った物を求める。他人と全く同じ物を持つことを嫌がる傾向さえある。だから単純な大量生産や大ヒットが難しくなった。しかも、商品の寿命が短くなっている。

セボンコ「確か、その時代には、オイルショックという事件がありましたね。」

その時代とは、今から30年くらい前のことだろうか。
セボンコは現在、MrXの私設秘書のような立場にあった。"赤い悪魔"の足跡を残したり、竹千代の政界進出の記録を取ろうとしている。

MrX「あれはドルショックの影響もあったんだろうな。
1ドル=360円の固定為替相場から変動為替相場へと移行した。円は高くなり、ドルは下落していった。経済が不安定になる中で、突如として今世紀中にも石油が枯渇するなんて噂が流れ始めた。」

嘘のような話だが、あの時、大衆はパニックに陥っていた。ガソリンや灯油の値段が上がっただけではなく、全ての商品が高騰し始めたのだ。

竹千代「あのトイレットペーパーの買占めは一体何だったんだろうな。
紙は木から作るんだろう?」

オイルショックの象徴的な現象は紙の値段が吊り上がった事だ。何でも、紙を精製するのに石油を使うからだと言われていたが、本当のことはわからない。

MrX「全ての商品は輸送に自動車を使う。
だから子供心に、石油が上がれば、全ての商品価格は上がるんだと思ってた。」

誰もが良くわからなかった。それでも情報に踊らされて、集団ヒステリーを起こしていた。

竹千代「少年マンガ週刊誌があるだろう。
あれ100円以下だったのが、一気に200円まで上がった。 しかも、一時期は、今の半分くらいまで薄くなったことがあったな。」

身の回りの物の値段が二倍以上になることも珍しくはなかった。

MrX「今はデフレ、デフレと騒いでいるが、あの頃のインフレに比べれば、静かなものだ。あの時の大衆の怒りにも似た感情は、今では想像もつかないだろう。」

企業はデフレを恐れ、大衆はインフレに怒る。
オイルショックが収まり、この四半世紀(25年)、物価の変動は緩やかだ。いや、それは表向きのことだけかもしれない。定価だけを見てもわからない真実がある。裏では価格が2分の1に下落している場合もある。

セボンコ「今でも、時折り、石油枯渇は話題になります。
それに、最近は原油が高騰していますが。」

セボンコの問いに、ふたりは複雑な心境だ。

MrX「勿論、いつかは無くなるだろうな。」
竹千代「定例イベントと言えなくも無い。」

今回の原油高騰は、テロに端を発した戦争の結果が、さらにテロを誘発しているという側面がある。原油の輸送が、何処かで滞(とどこお)っているのだろうか?真相は不明だが、原油価格は狂ったように高騰している。

(原油高騰)

竹千代「社会不安が起こると、必ず原油高騰ということになる。」
MrX「今回はテロの続発という事象が社会不安の元凶となっているな。」

戦争が起きる。テロが頻発する。このような社会的な不安を引き起こすような事象が発生すると、必然的に原油が高騰する。決して、石油が枯渇するから、原油が高騰するわけではない。

竹千代「不安心理を静めるため、もしもの時に備えて、個人は生活必需品を買い込む。
企業や国家という団体ならば、石油または原油を確保しようとする。
短期的にでも自給自足ができる体制を整えようとするんだ。」
MrX「当然、物価は上がり、原油は高騰する。
そこに付け込んだ投機筋から、もうすぐ石油が枯渇するぞ、という噂が流される。
石油は限りある資源だから、使えばいつかは無くなる。枯渇するというのも嘘とは言い切れない。
しかし、騒ぎが治まれば、原油価格は暴落する。その損失は、庶民がしばらくの間、高いガソリンや灯油を買わされることで埋め合わせすることになる。」

原油の高騰が、ガソリンや灯油の実売価格に反映されるのは数ヶ月後のことである。結局、大衆が付けを払い、投機筋や石油関連企業が利益を吸収する。

セボンコ「つまり、石油枯渇が原因ではなく、社会不安が引き金となって、買い溜めが始まる。
そこに意図的な情報が流されて、大衆を"扇動"すると考えて良いですね。」

セボンコは、竹千代やMrXから体験に基づく歴史的事実を引き出し記録する。

竹千代「まるで詐欺のように聞こえるかもしれないが、商売と情報の関係はそういう事だ。
如何(いか)にして大衆を"扇動"するか、心理的に追い込んでいくかが商売のコツだな。
消費者だって、"扇動"という名の"流行"に乗って楽しんでいるのさ。」

まるで、キツネとタヌキの化かし合いである。本当は、タネは見せないのが良いのかもしれない。知らなければ幸せ、なんてこともある。

MrX「ところで、君の息子は元気かね。」

突然、MrXは話題を変えてきた。竹千代には、大学に通っている息子が居る。

竹千代「あいつなら、進学と同時に家を出た。
学費だけを負担しているが、今じゃ家にも寄り付かない。
元々無口な奴だったが、何をやっているんだか。」
MrX「私も彼が幼い頃に数回会ったことがある。
どこか大友克洋のマンガに出てきそうな子供だったのを覚えている。」

竹千代は学生結婚をしていた。MrXとも同期の女性である。

竹千代「うちの元気がどうした。
何か問題でも起こしたのか?」

竹千代の息子の名は元気という。

MrX「君の息子は、実に凶悪な男に成長したようだな。
危険この上ないが、頼もしいかぎりだ。」

MrXの思わせぶりの発言に、竹千代は戸惑っていた。一体、竹千代の息子元気が、MrXとどんな関わり合いを持っていると言うのだろうか?

(息子)

元気は、これと言って個性のある子供ではなかった。学業の成績は良かったが、目立つこともなく、一切問題も起こさなかったのである。家に居ても言葉は少なく、感情表現に乏しい子供であった。親の目から見れば、手の掛からない子供であったが、どこか張り合いの無い息子だった。
その元気も進学をきっかけにして、家を出て部屋を借りた。すぐにアルバイトでも見つけたのか、どうやら生活費は自分で工面しているらしい。そうなると、ますます家とは疎遠になる。今では何をしているのか皆目検討がつかない。

竹千代「あれのことについては、本当に良くわからんのだ。」

心配はしているが、呼び付けてどうこうという問題ではない。母親とは、時折り連絡を取っているようなので、聞いてみるが要領を得ない。無事にやっているから大丈夫だと言う。そう言われれば、そうかと思う。つい仕事が忙しくて後回しにしてしまうのだ。

MrX「君は本当に気付いていないのか。
君の息子は"赤い悪魔"のメンバーなんだよ。」

MrXは、"赤い悪魔"のメンバーの素性を調べていて、見覚えのある名前があるのに気付いた。通常、特定の会員でなければ氏素性を調査することは難しいが、プロバイダーのネット企業"くじら"ならではの調査力である。"赤い悪魔"のメンバーをバイトに使うに当たって、かなり詳細な調査を済ませてあった。

竹千代「何だって、あの中に元気がいるのか。」

竹千代は頭の中で、メンバーの名前を数え上げて見た。

竹千代「まさか、タカじゃないだろうな、あの問題児の。」

タカのはずがない。タカは橘一族に関わっている。
そこでMrXは、最近"赤い悪魔"のメンバーを中心にして行っているテストプレーのバイトについて正直に話した。

MrX「これは防衛庁の機密事項に属するのだが、実は彼らを使って実戦の戦闘シミュレーションを行っていた。
それを、君の息子に嗅ぎ付けられて大変なことになっている。
私も、彼らに言われるまでは詳細な事実について知らされていなかったのだ。」
竹千代「お前ら"赤い悪魔"を使って何てことをやってるんだ。」

竹千代は怒りを露(あらわ)にした。

MrX「彼らは、ネットゲームを通じて経験を積み、高度の戦略を身に付けている。
既存の概念に囚われず自由な発想で戦術を組み立てるのさ。」

その発想を研究するのが、テストプレーの目的だ、とMrXは聞かされていた。

MrX「しかし、事実はそれ以上だった。」

その事実に竹千代の息子は気付き、MrXに脅しをかけてきたのである。

MrX「ネットゲームに橘龍蔵が関わってきたのも、P国で活動している謎の軍事部隊も、"たったひとつの名前を基準とするシステム"も、君の政界への進出も、すべてはひとつに繋がる。
君の息子が書いたシナリオの一部なんだよ。
そうだ、"赤い悪魔"のゲンの正体が、君の息子なんだよ。」
竹千代「ゲンの正体が元気なのか。」

考えて見れば、竹千代を"赤い悪魔"に引き込んだのもゲンだ。
タカを仲間にするように強く薦めたのもゲン。
システムの提案者もゲン。
そして、急に政界への道が開けた竹千代は、ゲンの実の父親なのだ。

MrX「すべてに彼が関わっている。
いや、ある方向に導こうとしているのじゃないかな。」

竹千代が実の息子の正体に気付かないように、MrXもゲンの本当の狙いはわからない。
ひとつだけ確かなことは、ゲンの思惑通りに、シナリオは進行しているという事実であった。

☆ 更新 2004/09/09 ☆

(親子)

プレイヤーの手元にカードが配られていく。そのカードを一枚一枚めくりながら、プレイヤーは勝負を組み立てていく。一枚のカードに意味はなくとも、何枚か揃えば役ができる。そこに戦う意味が生まれて来る。

ゲン「最初から計画していたわけじゃない。
しかし、意識的に行動しなければ、計画はここまで進みはしなかった。
次々と舞い込んでくる好カードを利用しない手はないだろう、父さん。」

目の前には面白いカードがある。その幾つかのカードから想像力を働かせれば、物語が生まれて来る。シナリオが出来上がるというものだ。

竹千代「お前は父親までを利用しようと言うのか。」

竹千代はMrXから話を聞くと、すぐに息子の元気と連絡を取った。

竹千代「話は聞いた、すぐに会いたい、店で待っている。」

竹千代の息子は、メールを返して、父親のもとへ出向く事を約束した。今、SHOP竹千代の応接室に親子は向かい合っている。直接に顔を合わせるのは一年振りくらいだろうか。それが毎日のようにネットで出会っていた、と思えば皮肉なものだ。

ゲン「今、言っただろう。
すべては偶然の積み重ねさ、偶々(たまたま)田舎(いなか)の爺ちゃんから親父のところに地方政界進出の話がきた。地元じゃ、代議士先生が汚職で失脚しそうだって言うじゃないか。
ちょうどその頃、Xと親密な関係になっていたんだけど、そのXは中央政界とパイプを持ち始めていた。そこで、今度補欠選挙が行われそうな選挙区に、ちょっと面白そうな男がいるから、何とか後押ししてもらえないだろうか、という話になる。
巡り巡って、松平竹千代のもとに国政選挙に挑戦してみないか、という打診がいく。」

竹千代でなくとも良かった。"赤い悪魔"関係の人間で、政界への道が開けるのならば誰でも良かったのだ。もともと、竹千代を赤い悪魔に誘ったのは、彼が玩具やゲームに関するプロだからである。親友のMrXが、ネット企業"くじら"の社員であることも承知の上だ。

竹千代「駒が揃ったというわけか。
お前は、田舎の爺さんとそっくりだな。
他人を自分の駒のように思っている、何でも自分の思い通りになると考えているわけじゃないだろうな。」

竹千代はそんな父親に反発して家を出た。今、目の前に居る息子を見ていると、まるでその父親を見る思いであった。裏にまわって人を操る。表面には出たがらないが、権力志向が異常なほど強い。

ゲン「田舎の爺ちゃんも、親父には期待していたんだよ、他の多くの人たちもそうさ。
それが、学校卒業したら玩具屋だなんて、あの人たちから見れば大きな裏切りだった。
もっと、他に幾らでも選べる道があっただろうに。」

ゲンは冷ややかに父親を見ている。
竹千代は、吹き上げるように怒りが込み上げてきた。思わず、拳を強く握り締めていた。目の前に居るこの男を殴ってやりたかった。ゲンの顔が田舎の爺さんの顔に重なり、竹千代を見下ろしていた。
その憤りを、どうにか納めることが出来たのは、周囲の期待の重圧に嫌気がさして、飛び出してしまったことに対する自責の念もあっただろう。結局、玩具屋だけでは満たされず、政界への道を選んでしまったのは、その結果でもある。

竹千代「それで、いったいどうしたいんだ。」
ゲン「もう動き出しているさ、後戻りは出来ない。
父さんは、当面選挙のことだけ考えてくれれば良い。
田舎に帰れば、選挙が三度の飯より好きな連中が暖かく迎えてくれるよ。」

田舎の爺さんは、このところ十(とお)も若返ったように溌剌と選挙の準備をしていた。まわりには子分が集まって来る。息子の国政選挙出馬に湧き返っていた。

ゲン「それから、ふたりの関係は内密に、知っているのはXとセボンコだけだ。」

セボンコは口が堅い。記録係に徹している。これからも、すべてに立会い、すべてに関わること無く、正確な記録を残す。それがセボンコの役所(やくどころ)となる。残された記録に基づいて、後世になってから歴史は評価されることになる。

(バーチャルな関係)

仮の名前を名乗り、仮想空間上で出会う複数の人々は、互いにその素性を知らない。実は、実生活において、互いにかなり親しい間柄であったとしても、ここでは全く初心(うぶ)な関係となる。しかも、名前を変えれば、すべてはリセットされる。ひとつの人格が消えて、また新しい人格が生まれる。

ゲン「父親の敷いたレールの上を歩くのを嫌って家を出た男が、今度は息子の口車に乗って生きて行かなきゃならないなんて、面白くはないだろうけれど、仕方がないじゃないか。」

結局は周囲の思惑に流されていく。ようやく自分の意思で決断したと思ったら、それを息子に利用されていただなんて。とんだ道化師(ピエロ)だ。

竹千代「お前が私を利用するのは良いだろう。
しかし、事前に説明するのが筋というものじゃないか。」

何も言わず、自分だけが事情に精通したまま、他人を操ろうとした行為を竹千代は怒っていた。まず、最初に状況を知る権利が自分にあるはずなのだ。

ゲン「情報の速度は加速している。
現実の社会もそれに合わせて歩みを速めている、駆け出し始めているのさ。
説明している暇なんかなかった、あんたは選挙のことで、方々飛び回っていたから。」

事態の進展は、あまりにも早い。ゲンの書く筋書きが現実となるのか、結果として集まって来る情報が、シナリオとなるのか、どちらかわからなくなっている。

ゲン「タイミング良くアクセスしたら、物凄い勢いで流されて行くんだ。」

ゲンの意思だけで、世の中が動くわけではない。ところどころに、喰い付きそうなエサを蒔く。それがあちらこちらでヒットしているのだ。

竹千代「ネット上での通信販売で成功したベンチャー企業の旗手、ネットゲームのTV中継の仕掛け人、しかも、実家は地元では知られた資産家で政治的なコネも持っている。
そんなエサをちらつかせて、政治家の気を引いたというわけか。」

竹千代は自らの利用価値を査定してみた。

ゲン「それだけじゃ、政治家が動いたりはしない。
ちょっと、やばいことに関わったかもしれない。」

ゲンは言葉を濁らせた。

竹千代「まだ何か隠しているのか、あのバイトの件だな。」

竹千代は必死で怒りを押さえている。

ゲン「最近、MrXからの依頼で、防衛庁にレポートを提出しているんだ。
それ以上は僕からは言えない、いや、本当のことは誰にもわからない。」

ゲンはMrXから渡された資料に基づき、戦略分析の報告書を作成していた。バイトの方は、そろそろ大会が近づいているので、中断している。P国では、"赤い風"が消息を断っていた。

竹千代「もう良い、私は明日から地元に戻って、有力者たちのところへ挨拶まわりしなければならない。しばらくは、こちらを留守にする。
お前がそこまで隠し事をするのならば、こちらにも考えがある。 今後一切、お前を息子とは思わん。
会うのは、これ切りだ。
これからは、"竹千代"と"ゲン"の関係だ。」

つまり、ふたりは実生活での親子関係を切り、仮想空間上での同志としての関係を選択した。親子だと思うからこそ、隠し事にも腹が立つ。他人だと思えば良い。
ゲンはしょげ返って、返事もしない。ショックは隠しきれない。

竹千代「それにしても元気、お前いつの間にか良く喋るようになったな。」
ゲン「状況が僕に、それを望んでいるのさ。」

それからふたりは黙りこくる。
やがてゲンはふらりと立ち上がり、SHOP竹千代を後にした。

(選挙)

選挙は運動が始まる前から、確実に取れる票がある。政党や企業における組織票である。選挙運動は、無党派層などの浮動票を如何にして取り込むかの戦いである。固定票プラス浮動票、それが勝敗を決する。

ゲン「竹千代は、機嫌良く地元へ帰って行ったよ。」

ゲンは素っ気無く言う。裏の事情は敢えて話さない。身内の恥を曝すつもりはない。

ユキ「雑誌の取材写真を見る限りじゃ、結構男前だね。
写真映りも悪くないし、四十台前半という若さも良いね。」

竹千代は、そこそこ見栄えのする中年男である。

ハル「地元の選挙対策本部でも作戦を練っているだろうけど、こちらとしてもネットを活用した情報戦略で後押しをしなければいけないね。」

"赤い悪魔"としても、大会の準備をしながら、有志を募って竹千代応援部隊を組織しようと考えている。

ヒマンジ「選挙の街頭演説や辻説法、あれって1ヶ所大体15分以内だろう。うまくやれば1時間に4ヶ所、一日に30ヶ所くらいかなあ。」
セボンコ「でも、あの演説、頑張ります、努力します、戦います、って言う文句を削ると、問題点の羅列しか残らない。解決策の具体例はなかなか出て来ない。」

与党の候補者演説は、そのような感じになる。逆に野党は具体案を打ち出して来るが、実現性が薄い。選挙で議会の過半数を占めなければ、何もできない。

テツ「与党は、なかなか具体的なことが言えない。
言えば選挙公約になる。」

与党政治家は、当選すれば言ったことを実際にやらなければならない。そういうことは党内で決定した事項以外口に出すのは拙(まず)い。だから、候補者は喉を枯らしながら、抽象的なことしか言えないのだ。

ゲン「まあ、そんなところだろうな。」
ハル「だからこそ、15分、いや正味10分以内で聴衆を引き付け、何かを耳に残すような演説を考えなければならない。
そのためには何が必要か、それは竹千代さんでなければ発言する意味のない内容を前面に押し出すことにある。発言内容が、発言者にとって必然性を持つものでなければならない。」

政治家は、オールラウンドに物事を語る。年金問題を語りながら、実は年金を払っていないケースもある。つまり、その政治家にとって年金は身近なものではなく、普段は全く意識していない。しかし、問題が盛り上がれば語らないわけにはいかない。政治家を民意のスポークスマンと考えれば、そういう事件が起きるのも不思議ではない。
逆にエイズ問題のように当事者が街頭演説すれば、効果は倍増する。

セボンコ「政治家も絞り込んだひとつの問題意識を持って出馬して欲しいね。
何をやるかよりも、まずは当選することが先みたいだ。」

一応選挙区の代表なので、何でもやらなければならないのが実情だ。

ゲン「竹千代ならば、ネット通販を通じての市場の活性化だ。
そして、そのために"たったひとつの名前を基準とするシステム"の確立が必要となる。」

政治的なのは後者で、前者は民間な部分ではある。しかし、選挙民を引き付けるには、何か美味しいエサが必要となる。

ヒマンジ「焦点を暈(ぼか)しても仕方がない。
候補者全員で同じ言葉を連呼しても、聞く方にしてみれば、退屈を通り越して騒音にもなりかねないしな。」

個性的な演説を行うのは難しい。多分、強制的にこれとこれとこれは演説に盛り込めという指示が、与党から通達されるに違いない。それを加味すると、独自の演説部分は5分以下になるだろうか。その中で、"たったひとつの名前を基準とするシステム"の有益性を強調することが出来るだろうか。戦いは始まったばかりである。

(議会を制する者)

選挙の結果、議会の過半数を確保した政党またはその集まりを与党、与党に属しない政党を野党と呼ぶ。与党は政権を担当することになるので、その発言は実行力を伴う。逆に野党は、与党の政権運営に不満があれば、批判することになる。
野党は攻撃側、与党は守備側になる。野党は歯切れ良く政権を批判し、我こそが政権を担当するに相応しいと誇示する。与党は、それをのらりくらりと躱しながら政権に固執するのだ。
ところが、最大野党またはその集まりが、選挙で過半数に近い議席を獲得して、ひょっとしたら政権を奪えるのではないか、というところまでいくと状況が一変する。野党の発言は次第に歯切れが悪くなっていく。もしかすると、今発言している内容は、近々公約と受け取られるかもしれない。次の選挙で議会の過半数の議席を奪えば、自分たちが与党になる。その時の攻撃材料にされるのではないか。
与党・野党の議席が伯仲すると、不思議なことに両者の主張が似通ってくる。誰が政権を担当したとしても、物事が180度転換することはない。同じ人間のやることに大きな違いはない。
それでも、野党は与党との違いを鮮明にし、対立軸を打ち出さなければならない。しかし、迂闊なことを言えば、その発言が後々政権の命取りともなりかねないのだ。

ゲン「議会制民主主義の原則、議員は選挙区民の多数決、議会は議員の多数決で決まる。
議会を制しない限り、政策は実行されない。」
テツ「しかし、議会の決定と国民の意思は必ずしも一致しない。」
ハル「そこが政党政治、組織票のトリックというわけだ。」

国の方針は、国民の多数決で決まるわけではない。議員の多数決で決まる。その議員は政党の方針に従わなければならない。国民は個々の案件に対して意見を持つが、政党は複数の案件を加味して、集団として決定を下す。結果は同じにはならない。
政党は個々の議員の意向を無視してでも、統一して全体として動く。それが議会での力となる。政党政治の約束事である。

ゲン「今さら、民主政治を議論しても仕方が無い。
問題は議会を制する者の力が必要だということさ。」
ハル「僕たちは政治家になりたいわけじゃない。
況して、特定の政党の利益のために動くわけでもない。
目的があって、それを達成するために、政治力が必要なんだ。
だから、松平竹千代を応援する。」

政治家は、何かひとつ目的を持てば十分だろう。様々な国家の運営実務は官僚がやっている。

ゲン「"たったひとつの名前を基準とするシステム"は、システムを構築する前にやらなければならないことがある。
それは、"たったひとつの名前"を是(これ)と定め、国家の意思において宣言することだ。」
ハル「そのためには、この国で一番偉い者の力が必要だ。
議会を制する者の、頂点に立つ者が宣言しなければならない。」
テツ「そこからすべてが始まるというわけか。
具体的に形を造るのは、後でも良い。まずは、国民に"たったひとつの名前"を徹底させることだな。」
ヒマンジ「氏名を記述するような書類には、必ず"たったひとつの名前"を併記しなければならないようにする。
そうすれば、瞬く間に"たったひとつの名前"は、様々なシステムの中にデータとして浸透していくことになる。」
ユキ「"たったひとつの名前"が当たり前のように使われるようになった頃、金融の公道システムが構築されるんだね。
その時、資金の流れを含めた公的システムと民間システムはひとつの基準において結ばれることになる。」

目的は明確だ。その手段として、政治というプロセスを踏まなければならない。面倒なことだが、それがルールだ。だが、たったひとつ確かなことがある。
このシステムはこの国の未来に向けて、必要不可欠なものなのである。

☆ 更新 2004/09/16 ☆

(家庭の事情)

MrX「君たち親子の問題は解決したかね。」
ゲン「余計なことをしてくれましたね、黙っていてくれた方が良かったよ。」
MrX「いずれはわかることだ。
それに私は、君の両親と学生時代からの知り合いだし、君の小さな頃も知っている。
竹千代に何も話さないわけにはいかないよ。
しかも、彼は君のシナリオ通りに政界への道を歩こうとしている。」

MrXは、松平家とは家族ぐるみの関係にあった。竹千代とゲン、ふたりの素性を知っていて黙っているわけにはいかなかったのだ。

ゲン「そのことはもう済んだから良いですよ。
お手数かけて申し訳ありませんでした。」

珍しくゲンが頭を下げた。これ以上、家庭の問題に首を突っ込まれては遣り難くなる。この仮想空間上では、互いがもっとドライに付き合えるはずだ。それが、この世界でのルールであり、魅力でもあった。親子だ、親友だ、という柵(しがらみ)は、束縛以外のなにものでもない。

ゲン「それより、防衛庁の件について話し合いましょう。」
MrX「あの件は、もうじき終了する。
君が後2,3枚のレポートを提出すれば、完了だよ。」

今度は、MrXがこの話題を避けようとしている。あれはただのバイト、テストプレーに過ぎない。それ以上でも、それ以下でもない。セボンコが、海外の新聞に目を通さなければ、誰も気付かなかったことなのだ。

ゲン「それで通ると思っているんですか。
テストプレーの資料、P国の新聞記事、すべてこちらに保存してありますよ。
こいつを公にして、御恐れながらと訴え出れば、マスコミが飛び付いて来るでしょう。
取り敢えず、ネットで情報公開という手もある。」

ゲンはMrXに脅しをかける。手札は揃っている。マスコミは政治的圧力でブレーキが掛かることもあるが、ネットで公開される情報は止めようがない。

MrX「だから、君の望み通り、竹千代に与党の支援を取り付けたじゃないか。
それ以上、深入りすると、君自身が危険に曝されることになるぞ。」

MrXも脅されたからと言って、もう見せるカードはない。それどころか、ゲンの身を案じていた。

MrX「多くを望み過ぎてはいけない。」

MrXはゲンを嗜める。もし、このことを表沙汰にしようとしたら、どのような政治的な圧力が掛からないとも限らない。情報漏洩を防ぐためならば、ひとりやふたりの人間を社会から消し去ることもないとは言えない。

ゲン「確かに、この資料だけでは、ちょっと面白い話にはなるけれど、決め手には欠ける。
僕の望みは真実なんですよ、それさえ教えてくれたら、このことは忘れても良い。」
MrX「何と言われても、私も知らんのだ。」

MrXは知らぬ存ぜぬの一点張りだ。ここで終わりにしなければ、ゲンはどこまでも泥沼に足を突っ込んでいくことになるだろう。友人として保護者として、それだけは何とかして喰い止めなければならなかった。

(ボタン)

目の前にボタンがある。赤いスイッチだ。君は、それが何のボタンなのかは知らない。もし、このボタンを押したら何が起こるのかを想像しながら、周囲を歩いているうちに、何かに躓いて転ぶ。君は、うっかりボタンに手を触れてしまった。
何も起こらない。確かにカチッとした手ごたえはあった。何だ、つまらない。君はその場所を去る。翌日、新聞に何処かの国がミサイルを誤射したという記事が載っていた。ちゃんと管理しなければ駄目じゃないか、と憤りを覚えるが、遠い出来事である。
もし、あのボタンとミサイル発射に因果関係があったとしても、それを説明することは難しい。ボタン押した本人さえも、そのことをすでに忘れていた。
殺意(相手に危害を加えようとする意思)も悪意(そのことの意味を知っていて行うこと)もない。事件が発生しても、犯罪は立証できない。悪くても事故、ほとんどは誰も気付かない無関係な出来事である。

カーネル「初めまして、私のことはカーネルと呼んでもらおう。
身分は明かさないが、君の想像通りの人間だ。
MrXが答えられなかった疑問には私が御相手しよう。」

MrXはゲンの質問に対応できなくなり、防衛庁の人間に助けを求めた。カーネルは、ゲンのレポートを審査する役職にあった。一度、本人と話がしてみたいと思っていたところにMrXから援軍要請がきた。
ゲン「カーネルと言えば、軍隊では大佐ですね。
日本の自衛隊ならば一佐と呼ぶのかな、随分偉い方の登場だ。」

ゲンも流石に軍人の登場には、驚いていた。

カーネル「まず、最初に言っておく。
もし、君があの情報に基づき在らぬスキャンダルをマスコミに発表すると言うのならば、それが公表される前にマスコミに報道規制を掛ける。
その後、速やかに、君たちに対して、テロ活動を目的とした危険宗教集団として逮捕する手続きをとっても良い。逃げる者がいるならば、破防法(破壊活動防止法)を適用することになるだろう。 君たちを社会から確実に抹殺することになる。
そうしないのは、君たちを潰すよりも、利用した方が得だと考えるからだ。」

カーネルは、機先を制して、ゲンに圧力を掛ける。脅しに屈することなどないという意思表示である。

ゲン「いきなり、我々を脅すのですか?」

カーネル「軍とは、他国と外交交渉を行う上で恫喝の意味合いを持っている。
つまり、軍の存在は敵に与える脅威以外の何者でもない。
ということは、我々は恐喝のプロということになる。」

交渉が決裂すれば、すぐにも戦う用意がある。その意思を示す存在が軍である。

ゲン「本職にはかなわないなあ。
ネットを使えば情報を流すことは可能だ。
しかし、その結果、テロ集団か狂信的グループに仕立て上げられたんじゃたまらない。
降参しますよ、参りました。
でも、あの件に関しては、話を聞かせてもらえるんでしょう。今日はそのために来た。」

ゲンは下手に出た。こちらの脅しが効く相手ではない。それならそれで、何とか情報を聞き出したかった。

カーネル「私自身も、大きなプロジェクトの一部に過ぎない。
君のシナリオは軍にも関わっているが、社会全般に対して政治的に影響を及ぼすだろう。
私に話せるのは、軍関係の中のほんの一部に過ぎない。」

このカーネルという軍人も、"たったひとつの名前を基準とするシステム"の存在に気付いているようだ。もともと軍隊組織というのは、システムが明確に確立している。RPGゲームのレベルアップや経験値のシステムは、軍隊を参考にしたとも言われている。事実、兵士たちは認識番号によって管理されていた。

(懐柔)

核兵器を保持する。軍備を拡充する。その意味するところは、他国に対する脅迫に他ならない。周囲の国家と外交交渉を行う上で、事を有利に運ぶためのデモンストレーションに過ぎない。従って、最低でも外交相手国と同等の戦力を配備しなければ、対等な交渉は行えないのである。互いに、同程度の軍事力を持つことで、バランスを取り抑止力としている。

カーネル「別に君たちを脅すつもりはない。
唯、軽率な行動を取らないように、アドバイスしているだけだ。」

ゲンが、問題を公表すれば面倒なことになる。捻り潰すことは可能だが、無傷では済まないだろう。

カーネル「君のレポートは読ませてもらった、素晴らしいものだ。 "赤い悪魔"の活躍も何本かビデオを見せてもらっている。
君たちは、誰に命じられるわけでもなく、勝利という目標のために統率されたチームとして、鍛え上げられてきた。」

カーネルは、ネットゲームでの"赤い悪魔"の戦い振りを賞賛した。

ゲン「ほう、今度は猫撫で声で、我々を懐柔するんですか。
さんざん脅しておいて、次は目の前に飴玉をちらつかせる。
まるでやくざか地上げ屋だな。」

ゲンも少々カーネルの言葉に神経を逆撫でされた。

カーネル「政治的な手法だ。
敵を追い詰めておいて、逃げ場所を用意する。
こちらにとって都合の良い場所に追い込むのだ。」

カーネルは、"赤い悪魔"を潰す気は無い。利用したいのだ。

ゲン「今のところ、そちらが一枚上手なようだ。」

ゲンは、いずれ尻尾を掴んでやる、と歯噛みしながらも、今は従う他はないと観念した。

カーネル「君たちのテストプレーも君のレポートも、P国で起きた事件と無関係ではない。
君たちには、実際の作戦行動を行う前に、シミュレーションを行ってもらった。
その結果を参考にして、実戦行動を行った。」

単なる参考である。軍事活動を行う前には、ボード上でシミュレーションを行う。この行為が、ウォーシミュレーションゲームの原点になっている。
"赤い悪魔"は実戦行動と同じ環境を与えられ、仮想空間上でシミュレーションを行っていたということになる。

カーネル「確かに君たちの戦術を参考にしたという事実は認めるが、物理的には何の関係もない、と言い切ることが出来る。」

"赤い悪魔"の行動を参考にして立案された作戦は、カーネルによって上層部に提出される。それが、どこに流れて行くのかは、軍人たるカーネルには知らされない。詮索することも許されない。

ゲン「P国で軍事行動を行っている"赤い風"はどこの国の軍隊なんですか?」

カーネルは、少し間を置く。

カーネル「正体不明だ、我が国の軍隊でないことは確かだ。
多分、誰かが、地元の反国王勢力に資金・武器、そして作戦を与えて支援していると思われる。」

君たちもそうだが、我が国も"赤い風"に対して物理的には何の関与もしていない。勿論、武器の中のひとつの部品、ねじ一本が日本製だったとしても、そこまでは関知しない。
例え、武器や兵器と言えども、解体すれば部品やパーツに過ぎない。部品やパーツを作る者にとって、それが何に使われるかは、重要な問題ではない。それらを寄せ集めた時に初めて武器や兵器として成立するのである。

(鉄人28号)

心から平和を愛する者が居る。産油国の内戦による原油高騰を企む石油業者も居る。隣国の脅威に怯える小国の首脳、世界の盟主足らんとする大国の指導者も居るだろう。町工場で特注部品を作る者、それを集めて兵器を組み立てる武器マニア、兵器を高額で横流しする武器商人も居る。それを運んで利益を得る密輸業者も居る。遠く地球の反対側には、大国の意向には従わざるを得ない国がある。そこでは娯楽のためにゲームを作っていた。そして、それを楽しむ多くのプレイヤーが居る。
それぞれの思惑を胸の内に秘めながらも、ある一点に対して利害が一致した。"赤い風"の正体が何かと問われれば、そういう意思の集まりとも言える。

ゲン「我々は、ゲームを楽しみ、それで僅かなバイト料を得ることで利害が一致したということなのか。」

カーネル「例えばの話だ、誰も全体像を知らない。
各国から集まった、ほんの一握りの人間だけが、その真実を知っている。
ほとんどの人間は、歯車のひとつとして何も知らされずに、彼らに操られることになる。」

この国の力など当てにはしていない。要は、共犯者として片棒を担げということなのである。悪事に加担させておけば、後々問題が表面化した時、対処が楽だ。

ゲン「我々は、ゲームで遊んでいただけだって言うんですか。」
カーネル「事実そういうことになる。
たまたま、君や私のように事の真相を、推理した者が居たとしても、それを告発しようとすれば消される。あくまで、推測であり、確証はどこにもない。」

こんな荒唐無稽な話を信じる者は居ない。しかし、技術的にはそれほど難しいことでもない。これはあくまで実験的な試みであり"赤い風"はプロトタイプであった。

ゲン「誰もが自分の役割だけを分担した。それ以上でもそれ以下でもない。実際に手を下したのは、P国の反乱分子ということならば、誰からも文句は出ない。」

ゲンはカーネルの反応を窺う。

ゲン「でも、"赤い風"の正体は、P国の反乱分子じゃない、違いますか。
もし、彼らが"赤い風"ならば、民衆に正体を明かして士気を鼓舞するはずだ。」
カーネル「これ以上深く関わっても得る物は何も無いぞ。」

カーネルは前置きしながらも、おそらくこの男は気付いているに違いない、と理解した。

カーネル「上層部では、この作戦のコードネームを"鉄人28号"と呼んでいる。
それで意味はわかるな。」

鉄人28号とは、太平洋戦争の末期、日本陸軍が金子・敷島両博士に依頼して開発したロボット・無敵兵士の呼称である。戦後、鉄人28号は金子博士の息子正太郎に操縦されることになり、平和のために戦うというマンガ・アニメである。

ゲン「かなり古いマンガなので詳しいことはわかりませんが、言いたいことはリモコンってことでしょう。」
カーネル「もう、これ以上は何も言えない、後は想像に任せる他はない。
君もこれだけ秘密に関わった以上、軍の監視下に置かなければならない。
ついでに、私の仕事も手伝ってもらおうか、側に置いておいた方が安心だ。」

カーネルは質疑を打ち切り、再び恐喝に切り替えた。

カーネル「話せて良かった、君は、期待通り使えそうな男だ。」

何て高飛車な物言いをする男だ。それが軍人なのか。ゲンは不機嫌な気分を味わいながらも、この軍人は以外に好意的なのかもしれない、と思った。かなりの情報を提供してくれた。しかし、それと引き換えに、ゲンは当面の自由を失ったのである。

☆ 更新 2004/09/23 ☆

(間奏曲)

第3回全国大会の予選が始まった。
ゲンは、"赤い悪魔"を訓練しながら、合間を見てカーネルのもとにレポートを提出している。ゲンはコードネーム"鉄人28号"の作戦全容について、推測をレポートにまとめてカーネルに提出したが、答えはない。はじめから期待はしていないが、沈黙が何を物語っているのかを想像すると恐ろしい。いっその事、強い命令口調で否定してもらいたいくらいだった。

ハルは、ネットゲームそのものには、深く関わっていない。専(もっぱ)ら、竹千代の選挙活動をネット上から支援している。竹千代の選挙区にも、"コマンダー"のプレイヤーが少なからず居るので、呼びかけて選挙協力をお願いしていた。ようやく、組織めいたものが出来つつある。松平竹千代のホームページを立ち上げて、その人柄や政策を紹介していた。

「演説では、キーワードを連呼してもらう。
詳しい内容は、そのキーワードから検索してもらうようにしたい。」

さて、果たして、選挙区のネット人口がどれほどのものかわからないが、政策に関してはホームページで確認してもらう方が良い。そのためには、アドレスを配布するよりもキーワード検索で上位に表示される工夫をする方が現実的だ。

タカは、以前に比べると随分無口にはなったけれど、欠かさず練習には参加して来る。タカを中心としたチーム"赤い悪魔"は、日に日に精強さを増していた。
全国大会決勝の1週間後に選挙が行われる。タカも大会に勝つことで、間接的に竹千代の選挙応援をしていた。
タカの素性を詮索しようという空気は、このところ収まっている。それどころか、禁句になっていた。神経がピリピリと張り詰めて、詰まらないことを言えば爆発しそうな雰囲気が漂っていた。

ヒマンジは、テストプレーのバイトが無くなって、がっくりしている。大会に向けての緊張はあるが、収入減には気落ちしていた。プレイヤーレベルが、それほど高いわけではないヒマンジにとっては、ゲームプレーでのチーム貢献度で査定される収入よりも、バイトで得る収入の方が、割りが良かった。

ヒマンジ「部長、またバイトをお願いしますよ。」
MrX「しばらく、予定はないな。」

MrXはにべもなく答える。MrXは、この件に関しては、二度と関わり合いになりたくなかった。

テツは、淡々と練習に励んでいる。

テツ「メンバーも随分代わったな。」

チーム"赤い悪魔"も常に新しいメンバーを補充している。ハルがレギュラーから外れたように、すでにゲームプレーからは引退したものも居る。それでも何らかの形で"赤い悪魔"に関わっていたり、単に遊びに来る者も居る。"赤い悪魔"=ネットゲームというわけではない。

ジロを含めた"創作集団ジロ"は、売れっ子デザイナーとなり、その名をメジャーに連ねようとしていた。仕事は休み無く舞い込み、消化するのも難しかった。
ところが、そのジロが問題を起こしたのである。かつて、ジロが"赤い悪魔"に参加する前のことだ。ジロが投稿したマンガが、雑誌に掲載されたことがある。そのマンガを発見したマニアが、そのネタを週刊誌に売り込んだのだ。

(エロ)

功成り名を遂げた者にも、苦境の時代はあったに違いない。喰うために、自らの主義主張を捻じ曲げてでも、気に染まぬ仕事を請け負うこともあるだろう。しかし、後々そのような物が、表に出てくることがある。権力があれば、差し止めることも出来るだろうが、それが元で命取りとなることも無いとは言えない。

ジロ「あれに関しては、何も恥じてはいない。
勿論、喰うために描いたと言えなくも無いが、作品として自分のポリシーを捨てたわけじゃない。今見れば、多少の行き過ぎの表現があったかもしれないが、当時の自分として納得して発表したものだから。」

ジロは何時に無く強弁する。その作品に対して、過去の過ちとは考えていないようだ。

ハル「一応、作品は見せてもらった。
まあ、内容的に許容範囲だとは思うが、雑誌そのものが良くない。
他の作家の掲載作品もあまり感心は出来ないな。」

ジロの作品は、"赤い悪魔"の会員サイトからリンクできる場所に公開された。会員は自由に閲覧できるようにしてある。

ヒマンジ「"週刊エロエロ"だろう。
あれって、結構仲間内で人気があるんだ。一時期、回し読みしてた。ジロさん、あれに描いてたのか。」

"週刊エロエロ"は、成人向けエロマンガ雑誌である。成人向け図書であり、法に触れるというものでもない。決して否定するものではないが、一般には眉をひそめる向きもあるだろう。

テツ「まあ、ジロに関しては、"赤い悪魔"発足当時から随分と無償で協力してもらってきたし、昔の作品に対して、我々が文句を言う筋合いは無いのじゃないか。」

テツの言葉は尤(もっと)もである。ジロがどんな仕事を請けようと、口出しするのは可笑しい。

セボンコ「確かに法に触れない以上、自由な表現は認められるべきです。
しかし、世間一般では、そうとばかりは言えません。
恐怖・暴力・残酷・猥褻、このような表現は、時には見る者を不快にさせる。相手に、あらかじめ見る意思があるのかどうか確認する必要があるでしょう。
未成年者に限って言えば、大人に判断を委ねなければなりません。」

成人雑誌や成人映画は、本人の意思があって選択すべきものである。一般に公開する、誰の手にも届く場所に置く、ということがあってはならない。

ハル「ジロを責めているわけじゃない。表現の自由を侵すつもりも無い。
問題なのは、ネットゲーム"コマンダー"を成人向けや年齢制限には出来ないということなんだ。
映画や雑誌では出来る過激な表現も、TVとなると許されない。TVは多くの視聴者が利用して、ある意味で垂れ流す可能性がある。」
ユキ「TVを見るという強い意志を持たずに、何となくスイッチだけ入れてある。
そこに恐怖・暴力・残酷・猥褻という極端な表現があれば、視聴者に与える刺激は大きいね。」

映画館に足を運ぶ、雑誌を買うという行為は、自らの意思が強く反映される。しかし、家庭のTVとなると、少々状況が異なる。誰がいつ見るかわからない。
法に触れない範囲内であれば、恐怖・暴力・残酷・猥褻という表現を楽しむことに何の問題もない。しかし、それは、その意思を持った者や、その集まりの中での話である。一般に公開する情報ではないだろう。

ハル「ゲーム中継はメジャーにしたい、そのための階段を一歩一歩昇って来た。
それを今は大事にしたい。」

下手に隠すよりは、正直に真実を伝えよう。ハルはジロの作品をネット上で公開した。勿論、ハルを含めた"赤い悪魔"のメンバーが検閲した上である。内容的に許容範囲と判断したからだ。後は、見たいという意思があれば、会員でなくとも"赤い悪魔"の通常サイトから誰でも閲覧できる。
見るか見ないかは、本人の意思に委ねる他はない。

(本能)

ハルには守らなければならないものがある。
勿論、創作集団ジロもそうなのだけれど、何よりもここまで育て上げて来た"赤い悪魔"の存在が何よりも重要だった。TV中継の成功や、竹千代の政界進出も、そのためには傷ひとつ付けるわけにはいかない。"赤い悪魔"がメジャーになって行くために、足枷となるもの、イメージダウンになるものに関しては、極力避ける努力をしなければならなかったのである。

ハル「反応は悪くない、どうやら小火(ぼや)で済みそうだ。」

雑誌に掲載されたジロの作品は、"赤い悪魔"としてネットに公開した。それを見た者たちからたくさんの意見がメールや掲示板に寄せられてきたが、概(おおむ)ね好意的と受け取れるだろう。中には、十分に芸術作品としての鑑賞に堪えるものだという者も居る。

ジロ「今の自分の作品とは違うけれど、作品群の中のひとつのプロセスとして見て欲しい。
あの時の自分が居て、今の自分がある。
あれは作品群の歴史の中のヒトコマなんだ。」

ジロとしては、過去の自分の作品を否定する意思は毛頭無い。内容も決して悪いとも言えない。但し、掲載雑誌や他作家の掲載作品を見ると、矢張り胸を張って見せて回れるとも思えない。

ハル「この件に関しては、決着ということで良いね。」

ハルは選挙の応援や全国大会の準備に忙しい。

ヒマンジ「ジロさんのことは置いといて、もう少し過激な表現について話し合いたい。」

ヒマンジとしては、少々消化不良気味である。さらに、恐怖・暴力・残酷・猥褻について考えを深めたかった。

ヒマンジ「理屈では言い表わせないけれど、なぜか心魅(こころひ)かれるのが芸術だろう。
ある意味で過激な表現も芸術と言えるんじゃないかなあ。
例え、見る者に不快感を与えたとしても、その刺激に意味がある。」

ヒマンジは、ハルの立場を理解しながらも、良識的な対応に不満を抱いていた。

テツ「生物の本能が求めるままに表現したものを芸術と呼ぶのには抵抗があるな。
見たいから見る、それだけじゃない気がする。
だが、すべてを否定する気もない。」

人間が生理的に要求するものを提供する。それが芸術かと言われれば違う。しかし、それは、理性を超えて人間を引き付けるだろう。

ハル「古今東西を問わず、神代の昔から、性的なものには商品価値がある。
それは認めないわけにはいかない。しかし、本能直結型の作品を芸術と呼ぶのは相応しくない。」

だからと言って、性的な表現と芸術をまったく切り離せるのかと言えば、それも難しい。すべては性なるものに繋がる。まるで精神分析医夢判断のフロイトが登場しそうだ。

セボンコ「その辺の感覚は料理に似ている。
何か食べれば空腹を満たすことは出来る、ここまでは本能です。
でも、もっと美味い物が喰いたい。あの料理が喰えないならば、死んだ方がましだ。ここまでくれば、実に人間的かな。」

単に欲望を満たすことが目的ではない。より美味い物、優れた物、美しい物を追い求める心が必要なのだ。快楽の追求とも言える。

(線引き)

性欲や食欲など、本能を直撃するようなものは、商品になりやすい。実にわかりやすいのである。商品の説明など必要ないだろう。"暴力"にしても、自ら実行しないにしても、誰にも破壊願望があり、フィクションの世界でヒーローが、その願望を満たしてくれれば、胸がすっとする。"残酷"に関しては、人の心の奥底に潜む加虐的(サド)・被虐的(マゾ)な嗜好を刺激するのだろう。恐怖に至っては、まさに怖い物見たさと言える。

ユキ「だからと言って、何でも有りというわけにはいかないよ。
人間には、倫理感や罪悪感がある。
行き過ぎた表現に関しては、精神的な制御(ブレーキ)が掛かるものじゃないかな。」

商品として成立するからと言って、何をやっても良いというわけには行かない。

セボンコ「人は本能だけで生きているわけじゃない、理性がある。 そこが動物と人間の違いですね。」

快楽を追求する。成熟した大衆が望む者を提供しようと心掛ける事によって、やがて表現の行き過ぎが発生することになる。そうなった時に、道を踏み外さないように、引き戻してやる力が必要になる。

ハル「道徳なんて言葉は、説教じみていて使いたくはないが、誰もが心の中に持っている制約のようなものがあるだろう。
これは箇条書きにして列挙できるものじゃない。」

具体的な条項を並べなくても、人はそれを判断できると思いたい。

ヒマンジ「でも、そこに被害者が発生せず、有志が秘密クラブに集まり、裏で何をやろうと、それは自由だと思うよ。
一般に公開するのでなければ、許される範囲は拡大するだろう。」

確かに、公序良俗に反する行為であっても、具体的な被害が発生せず、お互い納得した者同士が行う行為に対して、とやかく言うのは野暮かもしれない。

テツ「ビデオ屋でも書店でもそうだろうけど、物によっては棚やスペースを分けるくらいの配慮は必要だろうな。
いくら何でも過激なのを店頭に並べるのはどうかな、その道の専門店なら別だが。」

全部一緒に並べるのには、やはり問題がある。過激な表現に関しては別枠を設定するのが良心的だろう。そこへ足を向けるかどうかは、個人の判断に委ねるしかない。これも"遊び"のひとつだから、一般論を適用するわけにはいかない。

MrX「私や竹千代も若い頃は、表現の自由について語り合ったものだ。
この問題に関しては、何が芸術で何が芸術でないか、のようなもので難しい。
ただ、答えは明確だ。入り口で制限を設けるか、中で一般に公開出来るものと出来ないものを振り分けるしかない。
そこで問題なのは中間的な作品となる。その線引きを巡って、いつの時代も紛糾する。互いに綱引きを続けて、その境界線は時代によって左右されることなる。」

店に商品を並べる、ディスプレーする。イベント会場や展覧会で作品を展示する。見せる側が選択するべきなのか、見る側が選択しなければならないのか。それによって、観客は強く引き付けられたり、逆に引いたり離れたりする。
メジャーとなり、一般大衆の支持を集めたいと考えるならば、表現方法に十分注意を払わなければならない。表現の自由を過信して、それを振り翳しても、付いて来てくれるのは、一部のマニアということになり兼ねないのである。

☆ 更新 2004/09/30 ☆

(産地直送)

テン「後ろめたさを感じながら楽しむ遊びか。
そういうのってゾクゾクするよね。」
ハル「楽しみ方は、人それぞれ、だから否定はしないが公認するわけにもいかない。
人間の中には、そういう領域があるな。」
テン「良いよなあ、また昔みたいに"赤い悪魔"の討論に参加したいな。」

テンは、"白い天使"での待遇に不満があるわけではない。十分に良くしてもらっているが、反面物足りなさも感じていた。チーム内で、ひとつの問題に対して語り合う機会は少なかった。

ハル「しかし、ライバルチームのエースを会員サイトに呼ぶわけにはいかない。
"赤い悪魔"のチーム戦略について、協議する場でもある、秘密厳守だから無理だな。」

テンは時折り、ハルのところに愚痴を零しに来る。勿論、仮想空間上での事だ。本人が望めば、何時でも連絡は取れるようにしてある。

テン「ところで、竹千代さん、選挙に出るんでしょう。
ネットゲーム界の代表という意味合いもあるから、僕も選挙応援に行こうかな。
これは"赤い悪魔"という問題じゃなく、ネットゲーム全般の将来に関わるイベントだから。」

選挙の応援にアイドルが駆け付けるというのも、客寄せには面白いかもしれない。

ハル「アイデアとしては面白いけど、まずは全国大会が先だな。 大会が終了してから、選挙まで1週間あるから、もしかしたらお願いするかもしれない。
MrXから張孔堂を通すことになる。」

他社のアイドルタレントを借りるとなれば、簡単にはいかない。上を通さなければ、実現しない企画だろう。それでも、依頼してみる価値はありそうだ。

テン「それで竹千代先生は出馬にあたり、何を訴えていくつもりなの?」
ハル「ひとことで言えば、売り手が商品を高く売り、買い手が商品を安く買えるシステムの構築を目指しているんだ。」
テン「へえ、そんなこと出来るの。」

誰もが不思議に思うだろう。売り手が高く売れば買い手は損する。買い手が安く買えば売り手は損をする。単純に考えれば、そのようになるはずだ。

ハル「商品の値段は、製造原価+利益で決まってくる。
しかし、実際には生産者が商品を生産してから、消費者の手に届くまでには、幾つかの中間業者が存在する。商品価格は、その中間業者を通る度に、彼らの利益が上乗せされて、高くなっていくのさ。
商品価格=製造原価+生産者の利益+(中間業者の利益X業者数)+小売店の利益
となるわけだ。」
テン「ははあ、その中間的な要素を排除しようという魂胆だね。」

極力、生産者と消費者を近づける。中間業者や小売店の利益を商品価格より引けば、生産者の利益に多少上乗せしても、買い手は商品を安く買うことが可能だ。

ハル「中間業者の役割は、買い手を見つけ出すことと、商品の流通を円滑に行うことにある。その手数料として、利益を得ているわけだ。」
テン「売り手が買い手を自分で見つけることが出来る。
生産者と消費者を直結することが出来れば、売り手は高く、買い手は安く取引を行うことが出来るってことか。」

生産者は、販売業務を他社に委託している。その分、手数料を取られているわけだ。小売業は店舗を構えて商品を陳列することで客(消費者)を集めている。

ハル「売りたい者の情報と買いたい者の情報、これを1ヶ所に集めてやれば、生産者と消費者は、需要と供給によって結びつくことが出来る。
後は、支払いと配送の問題となる。」

資金の流れと物流については、過去にも話している。

テン「誰でも安全に取引を行うために必要なシステムを構築するためのもの。
つまり、売り手と買い手の正体(素性)を確定するための手段。
"たったひとつの名前を基準とするシステム"が必要となるんだね。」
ハル「竹千代さんには、それを訴えてもらいたいんだ。」
テン「凄いなあ、でも、聴衆が付いて来てくれると良いけれど。」
ハル「だから、"売り手は高く!買い手は安く!"
そのコピー(宣伝文句)だけで良い。
興味があれば、詳細をホームページで解説するようになっている。」

数分間の街頭演説で理解してもらおうとは思わない。しかし、キャッチコピーと考えれば、こんなところだろう。やることなすこと初めてなのだが、日に日に面白くなっていくハルである。かなり本気であった。

(橘邸)

こういうのを御屋敷と呼ぶのだろうか。門を抜けてから玄関まで、歩くには少々距離がある。散歩を楽しむのならば良いが、訪問が目的ならば、かなり億劫である。それは庭と呼ぶよりは自然公園のようであった。それでいて、手入れは十分に行き届いている。
ゲンとカーネルは、門番が運転する電気自動車に乗せられて、橘(たちばな)邸の玄関へと運ばれていった。白亜の豪邸、こんな建築物が都心に存在するとは、全く驚く他は無かった。

「お待ちしておりました。」

品の良い老紳士が、ふたりを屋敷に招き入れる。古い映画に出て来るような執事である。
天井がおそろしく高い。まるで振るような照明器具に、眩暈を起こしそうであった。
長い階段を橘龍蔵氏が、ゆったりと降りて来た。写真で見るよりはずっと若く見えた。何よりもその長身と厚い胸板に圧倒された。日本人離れした彫りの深い容貌と相俟って、ここは異国の空間ではなかろうか、と錯覚するほどであった。

「さあ、まずはこちらへ。」

低いが良く通る声で橘龍蔵は、ふたりを促した。
ふたりは、幾つもある応接間のひとつに通された。暖炉には火が赤々と燃えている。沈み込みそうなソファーに腰を下ろした。

「医者には止められているのだが、君たちもどうかね。」

橘龍蔵は、葉巻をふたりに勧める。

「頂戴致します。」

カーネルは受け取り、ゲンは辞退した。葉巻に火が点されて、辺りに紫煙が漂う。馥郁(ふくいく)たる香りなのだろうが、ゲンのようなタバコも吸わない者にとって、葉巻の香りは強烈であった。 しばし、葉巻の香りを楽しんだ後、カーネルが口を開いた。

「彼は、松平元気、ただ今与党から出馬しております松平竹千代の息子です。
現在は、私の個人秘書のような仕事をお願いしております。」

カーネルがゲンを橘龍蔵に紹介した。カーネルと橘龍蔵は旧知の間柄のようだ。今日は、ゲンを橘龍蔵に引き合わせるためにやって来たのである。

「君のことは、うちのネットゲーム事業部長から聞いているよ、私が橘龍蔵だ。」

橘龍蔵は含み笑いを浮かべながら、ゲンを品定めした。龍蔵がゲンに興味を持ち、屋敷に連れて来るようにカーネルに命じたのである。

「初めまして、松平元気です。お噂は予々(かねがね)、御目にかかれて光栄です。」

ゲンは緊張している。一般庶民にすれば、このような屋敷に一歩足を踏み入れた時から、地に足が着いた気がしない。

「君は来春卒業のようだが、進路は決まっているのかね。」

龍蔵が何気なく訊ねた。

「はい、自衛隊に入隊したいと考えております。」

ゲンの即答に、龍蔵は大きく煙を吐いたのである。

(自衛隊)

「君の出身校ならば、幾らでも就職先は選べるだろう。」

龍蔵は怪訝な表情を浮かべた。ゲンは、最も有名な国立大学の学生である。進路に自衛隊を選択すると言えば、誰もが驚くに違いない。龍蔵にしても、できれば自分の会社"くじら"に招きたいと考えていた。

「私としても反対はしたのですが、本人の意思が固いものですから。」

カーネルもゲンの決断には戸惑っていた。

「もし、良かったら、その真意を聞かせてもらいたいものだな。」

龍蔵はソファーの背に凭れ掛かりながら聞いた。数ある企業を蹴ってでも、自衛隊を選んだ理由を知りたかったのである。面白い答えを期待していた。

「何も理由を知らされずに利用される側より、全てを仕組んで他人を利用する側に回りたい、と考えたからです。」

ゲンは上目遣いに龍蔵を見つめていった。その反応を窺っている。これで橘龍蔵は気分を害するだろうか。何も説明せずに、"赤い悪魔"を利用したのは、目の前に居る橘龍蔵である、とゲンは推察していた。

「ほう、君は軍に所属すれば全容が見えると考えているのか。
軍も、結局は誰かの指示で動いているとは思わないか。」

どうやら、この若者は、システムに薄々感付いているようだ。野放しにするのは危険だが、どうするか。軍に入れるのも良いが、私の手元に置いても良い。

「実務が学べれば、と考えています。」

ゲンは真相究明の足掛かりが欲しい。カーネルを利用してシステムの解明を狙っていた。こうして大御所である橘龍蔵に面会できたのも収穫にひとつと言える。

「そうだ、大佐、あの情報戦術部隊の構想はどうなっている。」

龍蔵は、話題をカーネルに切り替えた。情報戦略部隊と情報戦術部隊は異なる。通常の情報戦略部隊とは、敵軍の情報を探ったり、噂を流して撹乱する。味方部隊の現状を把握して、無駄の無い補給を行うための情報センターのことである。
情報戦術部隊とは、その名の通り、情報を用いて実戦を行う部隊のことであった。
INFORMATION TACTICAL COMMANDER 略して"ITC"と呼ばれているが、その実体は不明だ。

「すでに、準備室を設置して、来春から正式に発足する手筈になっております。」

カーネルは淀みなく答えた。

「そうか、用意は整っているのか。ならば、君もやるのかね。」

龍蔵はゲンの腹を探るように言った。どうせ、そのつもりなのであろう。おそらくは、ITCをエサにカーネルがゲンを誘ったに違いない。お膳立ては出来ていたのだ。少し惜しい気もするが、この若者を自衛隊に譲ることにするか。まあ、情報戦術部隊に配属されるならば、"くじら"とのパイプに使っても良い。

「ITCへの配属を希望しております。」

しばらく、カーネルのもとでアルバイトしているうちに、ゲンまで軍隊口調になっていた。

「君は、知っているかね。
ITCの本部は"くじらビル"の地下3階に設置される。これは、軍内部でも極秘事項だ。上層部でも一部の者しか知らん。君もスーツを着て、会社員のような顔をして、くじらビルに出社することになる。
君は、軍と"くじら"によって、二重に監視される事になるのだ。」

"自衛隊"だろうと"くじら"だろうと、すでにゲンの利用方法は決められていた。当面は橘龍蔵の駒として操られることになるだろう。

「この件に関わった時から、すべては覚悟の上です。」

ゲンは腹を据えて答えた。ゲンは小さな棘(とげ)である。何かの拍子に刺さった棘が少しずつ肉に喰い込んでいく。やがて、血管に達して、心臓へ向かって流れていく。
ゲンは今、権力の中枢に近づいていく快感を覚えていた。

(孫娘)

「失礼なことは承知の上ですが、ひとつだけ教えて頂けないでしょうか。
一体、貴方の目的は何なのですか。」

今日の訪問は、ゲンにとって、この質問がすべてであった。目の前に居る伝説上の人物橘龍蔵の本心を知りたかったのだ。勿論、初対面の若造に龍蔵が本心を明かすはずはない。それでも訪ねてみないではいられなかったのである。

カーネル「松平君、そのような質問は、少々無礼ではないか。」

カーネルは強い口調で、ゲンを咎(とが)めた。

「まあ、良いではないか、若いというのは、怖い物を知らない。」

龍蔵は穏やかに笑みを浮かべながら葉巻を吹かした。

「そうだな、私はナショナリスト(愛国者)ではないと言っておこうか。
人は誰もが自分の身が可愛い。家族も大事だ。郷土が繁栄すれば良いと願う。そして、自分の国を愛する。それが愛国者だ。自分の視野の基準を何処に置くかによって、敵と味方が決まって来る。真の愛国者は、この国のためならば、自己を犠牲にすることも厭わない。
しかし、愛国者にも欠点がある。自国の利益のみを追求するあまり、世界平和という観点を持てないところだ。
私は、世界に貢献したいと考えている、この答えで納得してもらえるかな。」

龍蔵は余裕の表情で答えた。
自分を基準にするのか、地域を基準にするのか、それとも国を基準にするのか。それによって、利害関係が異なってくる。家族を犠牲にして、国のため尽くすのか。地域の繁栄のために国全体の利益に反することもあるのか。何が基準かによって決まる。

「世界とは、全人類という意味ですか。」

ゲンは"世界"という曖昧(あいまい)な表現の意味を問い質した。

「概念として、それが一番大きな単位だ、そういう意味だよ。」

地球外に生命体が存在しない限り、人間の集団として、これより大きな単位は無い。

「信じてもよろしいのですね。」

ゲンは橘龍蔵に念を押すように言う。その時、ゲンは信じたいと願った。

「君次第だな。」

橘龍蔵は、答えをはぐらかした。答えようの無い質問であった。すでに松平元気は、自分の虜(とりこ)である、と龍蔵は確信していた。

「大変不躾(ぶしつけ)な質問を致しまして申し訳ありません。」

カーネルが割って入り、龍蔵に深く詫びた。軍人ならば、上の者に真意を訊ねるなど、あってはならないことである。疑うことは許されない。

「固い話は、これくらいにしよう。
ついでと言っては何だが、孫を紹介したい。
出来ればITCの方で面倒を見てもらいたいのだが。」

龍蔵は執事を呼んだ。孫を呼んでくるように命じたのである。龍蔵は、身内の者を情報戦術部隊に入れるつもりらしい。間もなく、ノックの音が響いた。

「入りなさい。私の孫娘だ、紹介しよう。」

ドアを開けて、若い娘が入室して来た。すらりと背の高い髪の長い女性である。
その姿を見た時、ゲンは、あのテンと一緒にスキャンダル写真を取られた女の後姿を思い浮かべていた。すべては重なる。ゲンは、初対面の女を、親しみを込めて見つめたのである。

☆ 更新 2004/10/07 ☆

(国連軍)

人は、自分が所属する組織や団体の利害に沿うように行動する。例え、世間一般には間違っていると言われるような行為でも、そのグループ内で正しいと判断される行為であれば、自己正当化して行う場合がある。絶対的な価値感よりも、狭義における集団の中での価値感が優先されるわけだ。それは、そのグループが、その人間を守り、利益を与えてくれるという前提によって成り立つ。
この国が、国連のために軍隊を用意したとする。何かの弾みで、国連と我が国の利害は相反して対立してしまった。この国連のための軍隊は、一体誰のために働くことになるのか。そもそも、国連の軍隊とは、自国の利益のために活動するものではなく、各国の共通の利益のために行動しなければならない。従って、愛国者は思想的に国連軍としての適正を欠くことになるだろう。
何を基準に行動すべきか。それが問題なのである。
ゲンは、カーネルのもとで、ITCの準備を手伝いながら、橘龍蔵の言葉を反復していた。
龍蔵は、かつてアメリカ国防総省で、コンピューター開発の業務に従事していた。そこで、ある一定の成果を上げた龍蔵は、アメリカとこの国の政府のパイプ役を務めるために日本に送り返されたのである。表向き龍蔵は、"くじら"という情報処理関連の会社を立ち上げて、新進気鋭の実業家として名を売ったが、その実は政府間における軍需産業の情報交換の役割を担っていた。

カーネル「直接には軍事目的ではないにしろ、この国でも関連製品は作られている。
TVゲームのCPU(中央演算処理装置)にしても、軍事転用は可能だ。」
ゲン「そうとは気付かないところで、我々も軍事利用されているんですね。」

橘龍蔵は、"くじら"という企業を通じて各国の軍部と取引を行ううちに、この国やアメリカという枠を超えて活動するようになっていった。決して、表面化することはないが、各国要人と強力なネットワークを築き上げたのである。

カーネル「情報革命により、世界は狭くなった。
利害の基準が、必ずしも国家単位とは言えない時代になってきたのだ。」

ITCは、自衛隊内部でも一部の者しか、その存在を知らない。もし、ゲンの予想が的中しているとすれば、この部隊はこの国のために戦う軍隊ではないのかもしれない。回線が接続されていれば、いや電波が届く範囲ならば、どのようなところでも活動できる軍隊。それがITCの正体だとすれば、国境など取るに足らないものとなる。

カーネル「君は若いから、"鉄人28号"の解釈が完全ではない。 鉄人はリモコンで操縦されるロボットだ。アトムじゃない。自分で考えることも喋ることもない。ただの道具だ。
リモコンを握る人間に操られるままに、"善"にも"悪"にもなれる。」

ITCとは、"鉄人28号"そのものなのだ。そこには国家を超越した意思が存在する。彼らはリモコンを握り、命令を下す。それが、どんな命令であったとしても、鉄人28号は従うのみなのである。

(ゲン)

ゲンは、このところ心なしか浮ついている。あの橘邸を訪問してからのことだ。立志伝中の人物橘龍蔵に出会い、その高い志に直に触れたというのもある。正式にITC(情報戦術部隊)の一員に加わったというのもゲンの士気を奮い立たせた。しかし、何と言ってもゲンの心に揺さぶりをかけたのは、龍蔵の孫娘の貴美(たかみ)の存在であった。
貴美は、ゲンの親しみを込めた視線に対して、見ず知らずの他人に向ける冷ややかな笑みを返して来た。形式的な挨拶を交わしただけで、何のシグナルも送っては来なかったのである。
貴美は、まだ二十歳になったばかり、選ばれたお嬢様だけが通う某有名女子大の学生であった。ゲンも決して背の低い方ではないのだが、ふたりの視線の位置はほぼ同じ、女性としては長身である。長い黒髪を棚引かせた、細身の引き締まった体付きは、見る者を魅了するだろう。少々、目元がきつい印象を与えるが、それが却って高貴さを引き立てていた。

「ITCで御一緒させて頂けるそうですね、光栄ですわ。」

貴美は物怖(ものお)じしない態度で、大佐とゲンに接する。その立ち居振る舞い、言葉遣い、どれをとってもあのタカを想像することは出来なかった。ゲンは、やはり別人なのかと思ったが、別人ならば、龍蔵が敢えて貴美をITCに送り込むはずはない。
今、目の前に居る女性こそが、"赤い悪魔"のエース・パイロットのタカなのだ。
ゲンは、貴美の指先ばかり見つめている。細く長い綺麗な指である。この指が、仮想空間上で数限りない敵を打ち砕いてきたのだ。いや、仮想空間上だけではない。現実の世界でも活躍している。
タカは、事の真相を何処まで知っているのだろうか。龍蔵から全てを打ち明けられているかもしれない。いや、そのような重大事に身内の者を巻き込む人間が居るだろうか。

「あの・・・、貴美さんの御趣味は。」

ゲンはどもりながら話しかけた。タカが何を何処まで知っているか探りを入れるためだ。もしかしたら、タカはゲンの正体に気付いていないのかもしれない。その可能性は十分にある。龍蔵とMrXが黙っていれば、ゲンの正体が知られるはずはない。

「ピアノを少々嗜(たしな)みますのよ。
今はインターネットに熱中していますの。
それから・・・、嫌いなのは地雷を踏まされることかしら。
それにマスコミもあまり好きではありませんのよ。」

貴美は、ようやく素顔を覗かせた。カーネルは貴美が何を言っているのかわからない。龍蔵は、葉巻を吹かしながら笑っている。

「とても良い御趣味ですね。」

ゲンは引き攣(つ)ったような笑みを返した。間違いないタカだ。そして、ゲンの正体にも感付いている。

「まるで見合いのようだな。」

龍蔵のからかうような言葉に、嫌だわお爺様、と貴美は楽しそうに笑う。カーネルも複雑な表情を浮かべて笑った。ゲンも笑わないわけにもいかずに、困ったような顔をして笑った。

その貴美の笑顔を思い浮かべながら、ゲンは物思いに耽るのである。

(タカ)

橘貴美(たちばなたかみ)、橘家の令嬢として生まれる。橘龍蔵の長男の娘で、上に兄がふたりいる。祖父龍蔵の血を強く引いているのか、彫りの深い日本人離れした容貌をしていた。橘家の娘というステータスと合わせて、何処にいても人目を引く娘であった。
幼い頃からピアノを学び、素人にしては卓抜した技量を持っている。長じてからは、テニスや乗馬、スポーツも一通りこなす才女であった。

「ピアノは嫌いじゃないけれど、それほど音楽に特別な才能があるとは思わないわ。」

貴美にとって、ピアノも他のスポーツも、お嬢様としての素養に過ぎない。地区大会で上位に入賞できる程度の実力があれば、それで十分であった。橘家のお嬢様という肩書きと、優れた容姿があれば、何も競ってまでトップを狙うこともない。

「まあ、お嬢様にしては、なかなかやるわね。」

周囲から、そのような評価が得られれば良いのである。パーティーでピアノを演奏して、ゲストに対して乗馬やテニスの相手を務める。それだけの技量があれば良い。勉学においては、兄ふたりに期待が掛けられているので気楽なものだ。自分は幼稚園から大学までエレベーターに乗って進むだけで良かった。

「私は私、肩書きの無いところで生きてみたかったの。」

貴美は、そんな環境を甘受しながらも、違う自分を探し求めていた。
そこで貴美が見つけたのが仮想空間、ネット上の世界である。
ネット上では、生まれも容姿も関係無い。仮の名前だけあれば良い。貴美は、ようやく自由を満喫できる世界を見つけたのである。

「TVゲームなんて、それまでプレーしたことはなかったの。
やらされたのは社交的なことばかり、いかに他人と付き合うかなのね。」

貴美にとって生活の全ては、橘家の令嬢としての交際術を学ぶことにあった。

「私って、もともと才能があったのかしら、天才なのね。」

貴美は、仮想空間上を漂ううちに、アクション系と呼ばれるゲームを次々にクリアしていった。ピアノ演奏で培ったリズム感が役に立ったのか、その腕はみるみる上達していった。兄の部屋に忍び込んで市販ゲーム機でプレーしたり、変装してこっそりゲームセンターに行ってチャレンジしてみるのだが、どれも貴美には簡単に高得点が出せたのである。

「そして、ネットゲーム"コマンダー"に辿り着いたの。
ここでは、私が橘だなんて誰も知らない。
誰も私の容姿なんて気にしない。
でも、私はこの世界では女王なの。
いえ、女王じゃない、チャンピオンでキングなんだわ。」

ゲームプレイヤー"タカ"の誕生である。現実世界でのお嬢様が仮想空間で最強の戦士として生まれ変わった。

「私は、ただ、プレーを楽しみたかっただけ。
それを利用するなんて許せない。」

ゲンを許せない。そして何もかも知っていて、手の中で遊ばせていた祖父が憎かった。けれども、どうにもできない。結局、この麻薬にも似た快感から、抜け出せないことをタカ自身が最も良く知っていたからである。

(ハル)

ハルはしきりに腕時計に目をやる。これから"くじら"ビルで、全国大会のゲーム中継を、MrXと打ち合わせする予定になっていた。遅刻しそうなのである。ハルは信号が青になるのも待ち切れず、早足で横断歩道を渡り始めた。
まったく、テンの奴には手を焼かされる。ハルは、今までテンと喫茶店で会っていた。人目に付かない店を選んで、ひとりで来るように言ったのだが、テンは取り巻きの女の子たちを連れて、肩で風切って現れた。

「こっそりとひとりで抜け出して来たんだけど、みつかっちゃった。」

白いセーターに白いジーンズ、茶髪のカツラに黒いサングラス、これで目立たなかったら不思議という他はない。しかも、サインペン片手に、ファンに愛想を振り撒いている。根っから、こういうのが好きなのだ。
ハルはテンと竹千代の選挙応援について打ち合わせするつもりだったのだが、これではとても無理だ。一応、ハルとテンは"赤い悪魔"と"白い天使"という仇同士の間柄なので、公然と会うことは難しい。それでもハルの方は、面が割れていないのが救いなのだ。

「へえ、貴方がハルなの。」

実は、ハルとテンは今日が初対面である。テンがどうしてもハルに一度会ってみたいと言い出したのだ。どちらにしても、選挙絡みでテンとは会っておかなければならなかった。

「ああ、そうだよ。
こちらはTVやネットでいつも拝見させてもらっているけどね。」

ハルは立ち上がってテンに手を差し伸べた。小柄のテンと比べるせいか、結構背が高い。体育会系という感じでは無いが、しなやかな体をしていた。優しそうな顔立ちをしている。年のころは二十台の半ばくらいか。
マネージャーさんかしら、とファンの間から憶測が流れた。

「思っていた通りの人だ。」

テンは嬉しそうに笑いながら、ハルの手を握った。ふたりは当たり障りの無い会話を交わした。重要な話はネット上で交わせば良い。今日はふたりの顔合わせが目的だ。
ちょっとお手洗い、とテンが席を立つ。なかなか戻って来ない。ハルが心配して様子を見に行くと裏口のドアが空いている。やられた。逃げられた。そして、ハルはファンにもみくちゃにされて、今ここに居る。
ハルは"くじら"ビルの自動ドアを擦り抜ける。
広い玄関フロアを渡り、エレベーターホールに駆け付けた。今まさに目の前でエレベーターが閉じようとしていた。ハルは長い右手を差し伸ばして、ドアのセンサーにタッチする。エレベーターのドアが申し訳ないように開いた。ハルは体を滑り込ませた。中には若い女性社員がひとり、もしかしたらアルバイトかもしれない。名札の色が少し違う。

「地下行きですけれど。」

にっこりと微笑み、落ち着いた声音で女性社員はハルに言った。 ハルは振り返り、下の尖った三角マークが点灯しているのを確認した。

「これは失礼、間違えたみたいだな。」

ハルもその女性社員に微笑みを返すと、慌ててエレベーターを降りようとした。ちょうどその時、黒いスーツに身を固めた若い男が、ハルと軽く肩を擦れ合わせて、入れ違いにエレベーターに入って来た。ふたりは何事もなかったようにすれ違った。
エレベーターのドアが音も無く閉まる。

「ちょっと素敵な人ね。」
「え、あ、そうかな。」

ゲンはタカの言葉に考え事を中断されて、無表情に答えた。
三人を中心とするこの物語は、まだ序章に過ぎない。

☆ 更新 2004/10/14 ☆

( 第一部 完 )

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