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 ◆ サンフランシスコ ◆(’96/8/12〜9/20: 19歳)

この頃は、あまり観光とか写真とか興味なかったので、カメラ持っていきませんでした。なので写真がありません。ついでに日記を書くという習慣もなかったので、曖昧な記憶でお送りします。

END




 サンフランシスコに行ったワ

海外デビューは大学2年(19歳)の時。ずっと前から外国には興味があったけれど、大学行くまではそんな大金を稼げるはずも無く。(高校も短期留学とかあるところじゃなかったし。)

アメリカに留学した友達の影響もあって、この頃は自分も 「留学」 というものにあこがれを持っていました。だから、下見も兼ねて語学学校に行くことを決意。

大学では希望者を募ってみんなで行く短期留学もあったんだけど、なぜかサンフランシスコに行きたかったし(←理由になってないじゃないか)、みんなで行ったら絶対日本語ばっかり話して英語が上達しないだろうと思って。

というわけで、
はじめての海外だというのに、無謀にも1人で6週間サンフランシスコの語学校へ。もちろん英語なんて全く話せません

語学学校が載っている本で学校を選んで、自分で手紙書いて申し込んだり、お金振り込んだり・・・。
当たり前だけど向こうから来る手紙などは全部英語なわけで、それをいちいち自分で訳さなければならかったので結構苦労しました。


 いきなり大失態

実際にサンフランシスコに行くときも、ホント大変でした。ハプニングの連続。

普通は2時間前くらいに空港のカウンターでチケット受け取って出国手続きして、1時間前くらいに搭乗ゲートのあたりにいるべきなのよ。だけど、何しろ初めてなもんで分からなくて。搭乗ゲートにいるはずの1時間前頃から出国手続きし始めちゃったのよ。だから出国審査で並んでる時点で、もう出発時間になりそうだったの。(海外経験ない方には、意味分からないかもしれませんね。)

おもいっきり呼び出しくらいました。あれって、来ない奴は置いていくってわけじゃないのよね。多分、私のせいで出発が15分くらい遅れました。かなりひんしゅくもん。
だって、何百人という人を待たせたってことでしょ?もし、次の飛行機の乗換え時間がすごく短かかったので、その15分のせいで乗り遅れた人がいたらと思うと、本当に申し訳ないです。何度もガイドブック読んで勉強したつもりだったのにぃ。出国の流れを知らないから、勘違いしてたんです。

今では、私が海外に行く時に空港で呼び出しくらってる人が結構いるので「私だけじゃないんだ」なんて思って笑い話にできるんですけどね、あはは(苦笑)。


■ 失敗は続く・・・

初めての機内食や、ドリンクサービスにも戸惑いながら、乗り継ぎ地点のロスに到着。
ここでも、また大変なことになりました。飛行機、乗り遅れました。もう、ロスの空港の広いこと。ロスの空港のことまでは調べてなかったわよ。(航空券買うときって、旅行代理店の人はそういうこと全然教えてくれないよね。誰にでもそうなの?自分で調べろって事なの?)

乗り継ぎ便のターミナルが、シャトルバスで行かなければいけないほど離れているって事を知らずにしばらくうろうろしてて、それを知った後でも、一体どのシャトルバスに乗ればいいかもわからないくてまたもうろうろ。(このころは、あまりにもシャイで外人さんに聞けなかった) 乗り継ぎ時間短かったからかなりあせったよ。

やっと日本人ツアーの添乗員さんらしき人を発見して、聞いて行ったものの、時すでに遅し。乗り継ぎ時間も短かったんだよねー。
私自身が、15分遅れのせいで飛行機に乗り遅れた人になるとは思わなかったわ。自業自得ってこのことね。
もう泣きそうだった。その辺にいたスチュワーデスに航空券を見せたら「あら、もう遅いわね(←憶測・もちろん英語)」みたいなことを言われたんだけど、次の便に乗れることが分かったので一安心。

と思いきや、チェックインカウンターのお兄さんが出国ゲートの場所の説明してくれてるんだけど、聞き取れないのでよく分からなくて。飛行機に乗り遅れてへこんでた私には、かなりの精神的ダメージ。困った顔をしてた私のために、わざわざ日本人のスタッフの人に電話をつないでくれたんだけど、なんだかとても情けない気持ちになりました。すでに1人で来た事を後悔

もっと恥ずかしかった出来事。入国審査で「危険な物を持ってませんか?」というようなことを聞かれるんだけど、(といっても英語の通じない日本人のために、あらかじめ紙に日本語で書いてある文章を見せて答えさせられるんだけどね。) 日本語の場合、「持ってませんか?」の答え方は「はい、持ってません」じゃない?でも英語だと「いいえ、持ってません」だから ‘No’ って答えないといけないわけよ。

でもその時はそれを忘れてて‘Yes’って答えてしまったのさ。だけど質問したお兄さんの方も、「持ってるわけない」って分かってるから質問しなおすんだけど、私は何回聞かれてもずっと‘Yes’って言うもんだから、「もういいよ」みたいな感じになっちゃった。きっと「まったく、またワケ分かんない日本人来たよ」とか思われてたんだろうな。
でもこれって、日本語の弱点だよね。このあとの語学学校の授業でも、何回もやらされたもん。

サンフランシスコでは、送迎サービスを頼んでたので(しかも日本人だったので良かった)無事にステイ先に行けました。空港からかなり遠かったので、送迎サービス頼んでなかったらかなり大変だった、絶対。
しょっぱなから波乱続きでした。やっぱり、初めての海外はツアー等の団体で行くことをおすすめします
(しかもアメリカは出国・入国カードとか書かなくてはいけないので、意外と分かりずらい。)


■ 初めてのホームステイ TOP




英語が上達するようになるため&アメリカの生活を体験するために、迷わずホームステイを選択。
私のホストファミリーは、母親と5歳くらいの男の子の2人家族。ホームステイって、家族がたくさんいる家にできるのかと思っていたんで、この時点ですでに想像と違うなあと思いました。一般の語学学校が提携しているステイ先って、母子家庭みたいに、家計が苦しい家がお金のために受け入れるみたいなのね。でも、ここの家は奥さんが弁護士だし、お手伝いさんのようなおばさん(ベビーシッターかな?)を昼間雇ってるみたいだったので、家計が苦しいから受け入れてるのか不明です。

おみやげに日本らしいもの(確か風鈴とか和紙を使ったペン立てとか)を持っていったのですが、そこの家は今までに何人もの日本人が来たみたいで、全然珍しそうじゃなかった。家に扇子とか飾ってあったしね。リアクションがいまいちで、ちょっとショック。

他の友達のステイ先に比べると、私のうちはいわゆる「当たり」でした。奥さんは料理上手で、ちゃんとご飯作ってくれるし、いい人。なんだけど、ガキがすんごいむかつくんだよ。一人息子だから甘やかされて育ったみたいで、すんごいわがまま。ちょっとしたことですぐいじけたりしてさ。私、子供って嫌いなよね〜。奥さんも、あまり叱ったりしないわけよ。

私の部屋は地下にあったんだけど、テレビも洗面台もついてて、きれいな、いい部屋でした。でもそんなんだから、家にいるときはほとんど部屋から出ること無かったんです。自分の部屋にテレビあるのに、わざわざ居間に行って見るのもなんだし、どうせガキがアニメとか見てるしね。なので家の人と会話するのは夜ごはんのときくらい

会話するっていっても、人と話すのが苦手な私は何を話していいかも分からないし、英語でなんてなおさら話すことないでしょ。食卓に3人で(うち1人はガキだし)話も広がるわけない。もう、どうしていいか分からなくて結構つらかった。そんなわけで、結局ほとんど会話もないままお別れでした。ホームステイの意味、ありません。

もっと積極的に話すべきだったのかなあ?でも、ホント何話していいかわかんなかったんだよお。みなさん、どうやって打ち解けてるんでしょうね。

この親子は、わたしを家に置いて、よく外出してました。ちゃんとごはん作っていってくれるからいいんだけど。
これじゃあ、なおさら会話もないわな。1週間くらい2人が家を空けていったことがあるのですが、その時なんと見ず知らずの男の人と一つ屋根の下に住まわせられました。

その人は奥さんの知り合いの人で、日本の大学に2年くらい留学してた人なので日本語ぺらぺら。(置手紙をしていったとき、漢字まじりの流暢な日本語で書いてあったのには、さすがに驚きました。「中華」とか書いてたし。)ちょうど住むところを探してる最中なので、留守の間だけ家にいさせてもらうことになったみたいです。日本語も話せるってことで。

それにしても普通、見ず知らずの人どおし(しかも年頃の男女、しかも人種が違う)を家に2人きりにしてもいいの
かよお。何かあったらどうすんだよお。(もちろん、何もありませんでした。) 日本語が分かるのをいいことに、会話はすべて日本語。またもや意味なし。

ここの家族とは、ほとんど会話も交流もなかったので別れもあっさりでした。朝早かったのもあるけど、前の日の夜にちょっと別れの挨拶した程度で、次の日見送りもありませんでした。「ウルルン滞在記」とか見ると、みんな泣きながら別れるでしょ。そういうの想像してたんだけどな、密かに。
私が溶け込もうとしなかったのも悪いんだけど、私が抱いていたホームステイ生活とだいぶ違いましたね。とりあえず、ホームステイはもうこりごりです。


 学校生活

学校は、さすがに日本人多かったです。ちょうど大学とか夏休みの頃だしね。あとはブラジル人もたくさんいました。その学校は、最低2週間から受け入れてくれるところだったので、入れ替わり立ち代わりいろんな日本人の人が来ました。

来る前は、「日本人の人とあまり話さないようにしよう。」なんて意気込んでたんだけど、結局いつも日本人とつるんでしまいました
楽しかったからいいんだけどね〜。ホームステイ先になじめなかったこともあって、やっぱり日本人がいると話したくなります。
私にとっては始めての海外だし、来る時からずーっと1人だったから、淋しかったのよー。
それにさあ、初級者クラスだからクラスメイトの外人さんも英語ほとんど分かんないわけで、そんな人同士が友達になったところで会話が成立するわけがないよね。

私はやる気まんまんで、午前と午後の両方のクラスを申し込んだんだけど、大概の人は午前中だけの授業でした。だから午後は人が少なくてなんか淋しかったです。午前は主に文法とかの授業で、午後はゲームとかをよくやっていたような気がします。(←日記とかつけてなかったんで、記憶が曖昧です。)午後はあまりためになってなかったような?
だから「つまらない」と言ってサボるクラスメイトもいました。私もサボりたかったけど、少人数のために授業してくれる先生にも悪いし(若くてかわいい、いい先生だったのよ)、授業料ももったいないので意地でも行き通しました。

お昼ご飯を食べた後、自分だけ学校に戻らなければならないのが憂鬱でした。友達は気を使ってくれて学校の近くで一緒にランチしてくれました。授業は半日だけにしておいて、もっといろんなとこに遊びに行ばよかったよ。どこかに出かけることも、いろいろと言葉の勉強になったりするもんね。


 印象に残るクラスメイト達

変な日本語を覚えたがるスイス人

「僕は汚い日本語を覚えたいんだ。」とか言って、日本人のみんなに教えてもらってました。汚いといっても「アホ」「バカ」「クソ」とか、そんな感じ。彼は特に「クソ」という言葉が気に入ったらしく、彼が「クソ」と言っては、私達が「クソって言うな!」と返すのが、しばらくの間、挨拶みたいになってました。
あと、「私は」の「は」っていうのは何だ?と質問されて困った覚えもあります。よくスイスチョコレートを貰いました。彼はマッターホルンの近くに住んでいるらしい。

「h」を発音できないフランス人

この人だけじゃなく、フランス人はみんなそうらしいのですが、フランス語では「h」を発音しないので、言えないんだそうです。フランス人はクラスに1人しかいなかったので、この子(パリの大学生の男の子)だけが集中攻撃受けてました。
‘I have had a happy holiday here.’と言うのが、本当につらそうでした。


■ ヨセミテ国立公園 TOP

週末に、学校主催の小旅行がしばしばありました。このときは、サンフランシスコにある他の語学学校に通う人達と合同の、どこかのツアーのようでした。ほとんど日本人。学校に申し込みの掲示がしてあったときは、日本人の友達が帰国していなくなったときだったんで、行きたいけど一人ではちょっとなーなんて思ってたのです。でも、ちょうど2人組の女の子達がクラスに入ってきたので、そんなに親しくもなってないのに誘って行ってきました。この人達は、とても面白い人達で、かなり楽しかったです。

そのわりにあまり覚えてないんだけど、良いところでした。(←いい加減) これぞアメリカの大自然だーって感じ。あまりメジャーじゃないみたいだけど、
お勧めです。

このツアーの解散が、夜の10時頃にサンフランシスコのどっかの駅着で、それから自分のステイ先まで一人、バスで帰らなければなりませんでした。最初は結構人がたくさん乗ってたんだけど、だんだん降りていって。しまいには運転手と私2人だけになってしまいました。めちゃくちゃ怖かったよぉ。幸い無事に家に帰れたけど。


■ サンフランシスコあれこれ

ここは坂がとても多いしかも急。だからサンフランシスコ市内は歩くとなると大変です。車の運転も大変よね。常に坂道発進だもの。私だったらあんなとこ、マニュアル車では怖くて運転できません。(する時なんてないけど)

サンフランシスコと言えば、名物はケーブルカー。私は1、2度しか乗ってないと思います。週末はやはり始発点に行列ができます。車内もぎゅうぎゅうです。でも、坂を登りきったとこから海が見えたときはとても感動します。

クラムチャウダーも名物みたいです。私が行ったお店では、クラムチャウダーとパンが別々になってるものと、パンの中にクラムチャウダーが入ってるものと、2種類あるみたいでした。友達は、パンで包んであるのを食べたかったのに注文を間違ったらしくて別々のがきたので、私が交換してあげました。腹に入れば一緒だけどね。パン包みの方のパンは固くて食べにくそうだったよ。

ショッピングセンターがたくさんあるので、学校帰りはしょっちゅう、うろついてました。
初めてのピアスの穴はサンフランシスコで開けました。どこかのショッピングセンター内にある、普通の雑貨屋さんみたいなところで両耳1000円くらいで出来たと思います。安いのはいいんだけど、そこの店員である普通のねーちゃんが開けます
今は自分で簡単にできるから、特に安いという感じでもないですね。

フィッシャーマンズ・ワーフ(漁港)にも、お店がたくさんあって楽しめます。週末はものすごい人です。強烈だったのはアザラシの大群がいたこと。(もちろん、野生ではありません。)どこからともなく「ウォッ、ウォッ」という泣き声がすると思って行ってみると、アザラシでした。しかもめちゃくちゃ臭い。あまりにも多すぎて気持ち悪いです。

ジャパンタウンというところがあるんですが、人がほとんどいなくて、とてもしょぼい感じです。行く人はあまり期待しないで行ってください。少し日本料理店があるくらいで、たいしたものありません。日本の食材を売ってるスーパーや、日本の本を売っている本屋さんもあります。(←そりゃあ、ジャパンタウンというくらいですから) いんちき五重塔もあります。


市内から対岸にある町に船で行くのもおすすめです。天気がいいと、そこからサンフランシスコのビル街が見えます。ゴールデンゲートブリッジの横を船が通っていくので、これまた感動です。

 ゴールデンゲートブリッジは渡ってません。遠くから見ただけ。何しにいったんでしょう?でも私的には遠くから見れただけで満足だったんですよね。


■ 最後に

アメリカというところは、でかすぎて隣町までが遠いです。だから日帰りでちょっとどこかに行くというのは難しくて週末でも、あまり遠出しませんでした。ショッピングセンターとかも行き過ぎて最後の方は飽きてしまいました。
でも、サンフランシスコはいいとこです。人はやさしかったし、チャイナタウンとかあるから東洋人がいても珍しくないし。食にもあまり困らないんじゃないかな。
                 


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