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紅茶がこれまで続いてきたのはまぎれもなく、来るひとたちがいたおかげ、そのことをたくさんのひとたちと一緒にお祝いしたくて、べんさんのコンサートを計画しました。
べんさんと出逢ったのは4年前、初めての川越紅茶が開かれた日でした。♪世界中の海が一つの海なら〜♪という歌をみんなで歌い、その時はまだ、べんさんが日本中の小さな子どもたちの心をとらえて離さない、知るひとぞ知る、川越在住のフォークシンガー・ソングライターだとはわたしはまったくと言っていいほど知りませんでした。
その後、川越紅茶仲間であり、べんさんのマネージャーでもあるなみちゃんからべんさんのCDを送ってもらったり、通信を読むうちに、こんな不思議な歌い手さんがいるんだ、とすこしづつひかれてゆきました。

そして去年の5月、金沢での小さな子どもたち向けのコンサートにでかけて、べんさんのめっちゃおかしい、ヘンな歌たち--「ハエをのみこんだおばあさん」「ゴキブリの歌」「お母さんと歯ブラシとお便所と」といった、タイトルからしてもう十分にヘンな歌たち--を聞いておなかの底から笑い、笑いながらいっぱい考えて、どきっとしたり気づいたり、子どもの気持ちをこんなふうに言葉にして歌えるおとながいることにびっくりし、とてもうれしくなったのです。

ここ何年か、紅茶には、元気なひとばかりではなく、元気じゃないひとやがんばりすぎて心がくたびれちゃったひと、不安で心が押しつぶされそうなひと、たちも少しづつやってくるようになりました。ためこんだ気持ちを、紅茶にきて誰かに聴いてもらったり、共感されたり、また逆に、以前つらい経験をしたひとならなお深く、似たような想いの人の話を聴けたりもする、そんなふうにいろんな人の気持ちをうけとめる「場」に、時間をかけて紅茶が育ってきたように私には思えました。
ああ、こういうひとたちとべんさんのコンサートの準備が一緒にできたらいいなあ、そして、ベンさんのヘンじゃない歌(も、もちろん彼はつくっているのです)、たとえば「僕と点数」や、「大丈夫だよ」や、「僕を笑わないで」や、「息子に」といった歌を、一緒に会場で聞けたら、楽しい歌を笑って歌えたら、どんなにべんさんのメッセージが心まで届くだろう、そう思ってべんさんに、紅茶20周年記念として、こどものころの忘れ物をとりにくるような気持ちになれる、大人向けのコンサートをお願いしたのでした。

当日は朝から秋晴れ。津幡の森林公園の中にある、会場のわくわく森林ハウスには朝早くからつぎつぎ仲間たちが集まり、森を背景にしたすてきなステージ作り、何枚ものかざぐるまフレンドシップキルトや安宅さんのキルトちきゅうも飾られ、コスモスやすすきや野の花があふれる、それはやさしい会場ができあがりました。
ここにお勤めのおじさんが、何度も首をかしげて「どうしてこんなにいろんな人が早くから集まってきて、こんなふうに自分から働くんだろう、不思議だ、不思議だ…」と言っていたそうです。お手伝いに来た誰もが、まるで自分のためのお祝いみたいにうきうきして、自分から仕事をさがして動いていたので、きっとそんなふうにみえたのでしょう。10代、20代の若い人たちもたくさん手伝ってくれてましたから、おじさんにはよけいに不思議だったでしょうね。もちよりお昼ごはんを30人ほどで分けあう様子は、まるで大家族のピクニックみたいでした。

たくさんのお客様がきてくださいました。切符を切ったり、パンフレットや、紅茶の20年を綴ったミニミニしおりを渡したりする役の6人は、全員が若い女の子たちで、みんなとってもうれしそう!お客様は、津幡に越してから出逢ったひとたち、金沢の大手町紅茶のときからのひとたち、それに遠くから駆けつけてくれた川越紅茶京都紅茶の仲間たち、茨城や京都、広島からもはるばると。そういうなつかしいひとたちと、この日のコンサートではじめてお会いするひとたちとで、べんさんのコンサートを通じて紅茶20周年という一期一会のときを共有できることが、ほんとに心からうれしかったです。
べんさんの、よく響く、太くてあたたかい声。ユーモアいっぱいの語りが会場にながれてゆきます。




                            
紅茶の時間
20周年記念コンサート






2003年10月18日
「紅茶の時間」20周年記念の
たかはしべんコンサートの日は
朝から晩までほんとうにすてきな
「紅茶」の20年間がぎゅっとつまったみたいな
わくわくする一日でした。
来られなかった方のために
ほんの少し、その日のおすそわけを。
2003.10.25更新
「僕に点数つけないで、5点、10点、20点
 僕の心につけないで、○も×も」 (僕と点数)

「みんなと一緒じゃないって僕を笑わないで
 みんなと同じじゃないって僕を笑わないで」 (僕を笑わないで)

「僕の身体で間に合うのなら いつでも君に貸してあげるよ
 生きてる僕の心の音と 血の暖かさぐらいなら
 君のじゃまにはならないだろう」 (僕の肩を貸してあげるよ)

「大丈夫だよ 大丈夫だよ もうそんなに頑張らなくたっていい
 君は君のままでいい たった一人の君でいい
 大丈夫だよ 大丈夫だよ もうそんなにいい子でなくたっていい
 ゆっくりゆっくりゆけばいい 君は君の早さでいい」 (大丈夫だよ)


そして、炭鉱で働いていてよくお酒を飲む人だったお父さんを偲んで、べんさんがつくった「春の風・るらり」では、聞く人それぞれが自分の胸の中に生きている大切な人を想い出し、いい年の男の人も女の人も、若い子も、私も!なんだか胸がいっぱいになって涙がとまりませんでした。
いのちよりも大切なものがある、それは心。たとえいのちは死んでしまっても、誰かの中に生き続けてゆく心というものの存在がたしかにある、、そう想いながら聴いていました。
秋の森の中のようなステージと客席とがひとつになって、最後に「世界中の海がひとつの海なら」を手話もつけてみんなで歌いました。
あったかい、やさしい気持ちが、じわ〜んと広がってゆく感じでした。

コンサートが終るなり駆け寄ってきた、前からよく知っている女の子が、「大丈夫だよ」の歌はまるで私のことみたい!今日来てほんとによかった!ってどきどきする顔で泣きながら教えてくれました。あんまりうれしくって、べんさんにもそのこと、言いにいったそうです。彼女に限らず、この歌に限らず、べんさんの言葉が多くの紅茶仲間のなかにしみていったこと、みんなのとてもいい表情からよくわかりました。

ふりかえれば、コンサート当日に行き着くまでに、そうとは意図せず、なんとたくさんの楽しいプログラムがあったことでしょう。準備をすすめてゆくなかで、関わる一人一人が主役になって輝く場面が何度も何度もあったのです。それがほんとにすてきなことでした。紅茶カップの絵の、葉書サイズの切符づくりから、当日、お客様にお渡しする紅茶20年の歩みがわかる小さなしおりづくり、それを入れる和紙の小さな封筒づくり、その封筒をはさむ洗濯バサミには色をつけたうえに、ステンシルで紅茶のマークをつけたり、会場のあっちにもこっちにも花を飾ろうと、みんなに2リットルペットボトルの中味をたくさん飲み干してもらって、和紙で包んで花びんにしたり、べんさん似顔絵つきの会場までのたて看板づくりも何枚も、そしてコスモス畑にはいりこんで、両腕に抱えきれないほどのコスモスの花を摘み、軽トラックに山のように花を積んで走るうれしさ。どれもこれもほんとに楽しい作業でした。かりに一人でできることであっても、一人でしてしまわないことのよろこびやおつりを、わたしだけでなく、それぞれがいっぱい感じた半年余りでした。

自分の弱さを知っていたり、自分には力なんてない、何のとりえもない、と思い込んでいるひとはたくさんいます。そういうひとたちも、居心地のいい場所を見つけて、そこでは身の丈の自分でいていいんだ、とふっと感じることができて安心したら、いつのまにかやわらかないい顔で笑っていたりします。紅茶でも、いろんな準備作業でせっせせっせと手を動かしながら、特別これといった言葉かわさなくても、自分もべんさんのコンサートを一緒につくっている、という気持ちに一人一人がなっていったように思えます。前から来ていた人と、あたらしく来た人との間にも、そんな気持ちは伝染しあっていました。いくつもの、はじめてみる笑顔やはじめて聴く冗談っぽい口調や、伸びやかな笑い声や元気など・・・。
人と人の間にゆきかうやさしい空気は、一人ではどんなにがんばってもつくれない、協同でつくりあうものだ、とも気づかされました。

べんさんのコンサートをしてよかった。べんさんの歌と、コンサートをつくっていった仲間たちと、来てくださった方たちとから、この日、紅茶は大きな、しあわせな贈り物をいただいたのだと思います。
紅茶してきてよかったな、生きてるってうれしいな、出逢うってすごいことだな、これからも一緒に育っていきたいな、いろんな想いをこめて、

心から言います、みなさん、ほんとうにありがとう!!


                                                          2003・10・25
                        
                                                            水野スウ
11月16日「特別紅茶の時間」
藤田祐幸さんの"授業" 「ウラン兵器の現実ーイラクで考えた事」
11月26日「特別紅茶の時間」
賢治の時間+
紅茶20歳誕生日会