日本キリスト教団京都教会

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第144号

いと高き所では栄光神にあれ (ルカによる福音書 2: 8〜21)


 クリスマスのキャロリングの起源を調べたところ、羊飼いのミサから来ていることを知りました。「このミサは、ベツレヘムでキリストが生まれたことを、天使たちより知らされた羊飼いが、キリストを拝みにかけつけた出来事を祝うものである。」であるならば、羊飼いたちは、どんな歌を歌いながら帰っていったのでしょうか、
 羊飼い、それは野宿の生活であり、その過酷な労働によって、人々からは敬遠され、差別され、ユダヤ社会の外に押しやられていた人々でした。彼らがそのような生活の中で拠り所としていたのは、自分たちベツレヘムの先祖には、あの英雄ダビデがいるということだったでしょう。彼らは、たき火で体を温めながら、自分たちの歴史をさかのぼって昔話に花を咲かせていたことが想像できます。
 そんな時でした。「すると主の天使たちが近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。」といいます。天使は言いました。「恐れるな。今日ダビデの町であなた方のために救い主がお生まれになった。この方こそメシアである。あなた方は、布にくるまって飼い葉桶の中に寝かされている乳飲み子を見つけるであろう。これが、あなた方へのしるしである。」
 彼らはその通り、ベツレヘムに行って、その乳飲み子のいる場所を探し当てました。それは宮殿のベッドの中ではなく、正に家畜小屋の飼葉桶の中でした。それは温かい宿屋の外、寒風吹きすさぶこの世の片隅でしたが、そこに羊飼いは自分たちの日常と重なるものを発見したのです。最も高みにある方が最も低みに生まれてくださったこと、それは彼らの日常がそのまま祝福されたことに他なりません。彼らが疎外感をなめてきた現実そのものが、今や飼葉桶を通じて祝福され、呼び出されているのですから。このことを知った時、彼らは神をあがめ、前進する者へと変えられました。
 さて、天使たちが彼らに救い主の誕生を告知した時、天使に天の大軍が加わって、神を讃美したといいます。「いと高き所には栄光、神にあれ、地には平和、御心にかなう人にあれ。」神に栄光、地には平和、それはイエスの誕生が天と地をつなぐできごと、天と地の間で天使が上り下りしていたヤコブの夢同様、今こそ天と地がクロスし、重なった有り様を、飼葉桶のイエスに出会って発見したのです。それは天がそのまま地に降り立ったこと、羊飼いのただ中に、私たちのただ中に救い主が誕生されたことなのです。
 従って、羊飼いたちが帰り道、歌った歌も「グロリア インネクセルシス デーオ」(いと高き所には栄光、神にあれ)だったに違いありません。          

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第145号

ベヘモットとレビヤタン ヨブ記40:15〜32
        京都教会 牧師  入 治 彦

 「聖書の中の動物たち」という本の中で動物学者の小森厚さんは、カバについてこう記していました。「カバはいつも水中にいて鼻先くらいしか見えないので、人気がありません。でも餌を投げ込んでやると、大口を開けるので、子どもたちには忘れられない動物になります」と。


 ヨブ記にも、カバやワニに似た神話的な怪獣が登場しています。ベヘモットとレビヤタンです。神は彼らを引き合いに出して苦難の人ヨブに「見よ、ベヘモットを。おまえを造った私はこの獣をも造った」と言って迫って来られました。これは一体何事でしょうか。
 義人ヨブは、律法的にも信仰的にも正しい人でしたが、突然災難に襲われます。他の部族に襲われたり、天変地異によって土地、財産を失い、使用人や家族までもが殺されてしまうという憂き目に遭います。
 ところが、ヨブは「主が与え、主は奪う」と言ってこれまでの姿勢を全く崩しませんでした。そんなヨブに追い打ちをかけるように、彼は重い皮膚病に冒されてしまいます。妻は「あなたはお人好し。神を呪って死ぬ方がまし」とさえ言いました。三人の友人たちは、同情心から彼を見舞いました。しかし、問答を繰り返すうちに、こういった災難は結局ヨブが冒した罪の結果なのだとして、彼を追い込んだのです。これに納得しないヨブの前に今度は第四の人物であるエリフが現れて、それは神の教育的試練なのだ、と言って説得しようとしました。度重なる苦難に人々の無理解が彼を追い込み、彼は益々孤独の淵に突き落とされていきました。
 ブラームスは、『二つのモテット』でこれを歌い「なにゆえ私は胎から出て死ななかったのか!」と6回にわたって『何故』という言葉を使って、ヨブの苦悩をあらわしています。
 神はついにヨブに嵐の中から答えられました。「これは何者か。知識もないのに言葉を重ねて神の経綸を暗くするとは。私が大地を据えた時、おまえはどこにいたというのか!」そう言って彼の目の前に神話的怪獣ベヘモットとレビヤタンを見せたのです。精神分析家ユングは「ベヘモットは食欲と性欲の象徴、レビヤタンは攻撃、悪、死の力の象徴」と解釈していますが、そんなグロテスク、マイナスの象徴とも見えるものさえ、神から見る時<神の傑作>だとヨブ記は伝えています。それによってヨブの近代的合理性、理屈、自己を中心として見て来た小さな世界をシュールにも圧倒したのです。
 存在そのものの重さ、ヨブが理屈を尽くそうと、それを凌駕して余りある、それを吹き飛ばしてしまうような存在の重さ、深さ。私たちが神と出会う所もそういう所ではないでしょうか。「見よ、ベヘモットを」と呼びかける神の声によって、新しい世界と人生が開けていくことを信じて歩んでいこうではありませんか。           

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第146号
栄華を極めたソロモンでさえ ルカによる福音書12:22〜34
京都教会  牧師 入 治 彦

 ルイジ・コラーニというデザイナーは、「自然界に直線のものはなく、すべて曲線である。」という考え方に従ってデザインしていました。アッシジのフランシスコは、小鳥や狼に説教をしたと言われています。では、イエスは自然をどう考えておられたでしょうか。イエスは、こんな言葉を残されました。「空の鳥を見なさい。」「野の花がどのように育つのか注意して見なさい。」空の鳥や野の花に真理を教えてもらいなさいと勧められたのです。
 イエスが空の鳥、野の花と言われた時、具体的にどんな動植物を指して言われたのでしょうか。ルカ福音書によれば、それはカラスのことだとわかります。カラスとは日本でも外国でも決して好かれた鳥とは言えず、ユダヤでも忌むべき鳥と考えられてきました。また、野の花とは、ルカでは野原の花とあり、最近ではそれはアザミかアネモネだったろうと言われています。マリアアザミという花は、イエスから7つの悪霊を追い出してもらったマグダラのマリアの名前からとられたものですが、当時の価値観からすれば、重い病を負い、人々から疎まれた女性の名前でした。
 であるならば、イエスの指す空の鳥、野の花を、何かロマンチックな花鳥風月に関わるというよりも、野生は野生でも一癖、二癖はあるものを指していたと考えられます。それだけでなく、福音書は、「からすのことをよく考えてみなさい。種もまかず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。」「野原の花がどのように育つのかを考えてみなさい。」と言い、「働きもせず、紡ぎもしない」実に5回も否定的な言葉を使って、野の花、空の鳥とは無為徒食の役立たずと形容しています。
 ところが、そんな価値なきものを、神は要らないと言って炉に投げ込むのではなく、目をかけ、手をかけて養ってくださいます。自分自身のことを思い起こすと、小学生時分には学校でよくけんかをし、先生からは「協調性がない」と通知表に書かれ、動物の解剖のようなことばかりしていたので、残酷、冷たいと言われてきました。そんなこともあって、教会に通ってやさしい人間になりたいと思っていましたが、なれませんでした。しかし、10代の終わり頃、聖書を読んでいた時だったか、説教を聞いていた時だったか、突然「おまえは無理にやさしい人間になんかなるな。おまえは冷たい人間で良い。私が責任をとろう。」という声が聞こえてきたように思えて、肩の荷がストンと落ちました。自分がこう生きようと思う前から、あるがまま生きているいのちを尊び、慈しんでいてくださる神。
 医者の矢崎節夫さんは、「おかあさんが赤ちゃんを抱く時に頭が左側に来るように抱くのは、右手で他の用事をするためでなく、おかあさんの心臓の音を聞かせるためです。」と語っていました。存在と機能の転倒が現代社会の歪みを生んでいると指摘する人もいます。「ただ神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。」何を第一にすべきか、見誤ることの多い時代を過ごしていますが、明日を与えてくださる見えない方のみを求めて、天に宝を積むように生きていこうではありませんか。

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第147号

 迷うことは楽しい?  マタイによる福音書2:1−12
   京都教会 牧師 入 治 彦


 ファミコンのゲームの中には、中央の教会へどうやってたどり着けるかといった迷路のゲームがあるそうです。実際、昔の教会や修道院には、庭園を迷路として刈り込んだ所がありました。そのゴールを目指して歩くことが良い癒しになっていたそうです。日本でもかつてはやった巨大迷路のコピーは「迷うことは楽しい」でした。
 聖書のクリスマスに関係する記事を読んでいますと、クリスマスのできごとについて思い悩み、迷った人たちの話が多く語られています。東方からやって来た占星術の学者たちも星に導かれて旅をした人たちでしたが、星を見失い、迷いながらも、イエスの居所を探し出し、帰り道は夢の知らせによって回り道をして帰った人々でした。
 彼らは、東方から見た不思議に輝く星に、ユダヤの新しい王の誕生したことを確信し、はるばるアラビア砂漠を越えて、新しい王を拝みに旅に出た人たちでした。彼らははるかなものに憧れを抱き、荒れ野の果てにあるものに大きな期待を寄せてやって来たのです。王の誕生と言えば王宮ともくろみ、ヘロデ王の住んでいた王宮を目指して旅をして来たのです。
 ところが、学者たちの意に反して、新しい王はエルサレムには生まれていませんでした。話を聞いたヘロデは内心穏やかではなく、祭司長、律法学者たちにこの件について尋ねると、それはミカ書によって、都エルサレムから南へ8キロの寒村ベツレヘムだとわかりました。エルサレムが平和の礎といったりっぱな名前であるのに対して、ベツレへムとは、パンの家といった全く日常的な響きのする名前でした。ただ一つ特筆できることがあるとすれば、この町からかつてダビデが生まれたということだけでした。
 しかし、不思議に輝く星があらわれたのは、ベツレヘムの上空だったのです。学者たちが、エルサレムからベツレヘムに進路を変えた途端、しばらく消えていたあの星が再び燦然と輝き、彼らを導いたではありませんか。彼らは、この小さなズレから大きな発見をしました。それは真実の王は、金殿玉楼の中にではなく、貧しく小さな馬小屋、飼い葉桶の中にいます方であることを知ったからです。強い者が弱い者を守るのは常識ですが、弱い者が逆に強い者を支えるところに人生の真実を知らされます。星と飼葉桶がしるしとなったところには、幼な子の無力が救いを伝える真実がありました。
 学者たちは、夢で元来たヘロデ経由の道ではなく、別の道を示されて、東方に帰っていきました。それは力の王に向かう道ではなく、無力の王キリストに仕える道でした。弱肉強食の強まるこの時代こそ、キリストにある無力を聖なるものとして発信していければと願っています。


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第148号
NOT ALONE
             マルコによる福音書4: 35〜41
京都教会 牧師 入 治 彦   

 琵琶湖博物館には、琵琶の形をした琵琶湖と竪琴の形をしたガリラヤ湖(キンネレテ湖:琴湖)を並列において説明がなされていました。どちらも突風が吹くことでも共通しているようです。
 イエスは、ガリラヤ湖畔で舟に乗られた時、弟子たちを促して「向こう岸へ渡ろう」と言われました。これまでの教えをどれだけ理解しているか、新しい一歩を踏み出すために、このように促されました。けれども、船が沖まで来た時、激しい突風に見舞われ、湖は大しけとなり、彼らが乗っていた船を襲ったといいます。嵐に見舞われた弟子たちは、寄せくる波に顔面蒼白、船の中を右往左往するしかありませんでした。風のあおり、高鳴る鼓動、浮き足立つ弟子たち。 
 ところが、この時あたふたする弟子たちとは裏腹に、船の端で高枕、うたたねしている人がいました。イエスです。「先生、私たちが溺れ死んでもお構いにならないのですか!」という声をよそに昼寝しておられたのです。助けを求める弟子たちの要請に、重い腰を上げられたイエスは、風と湖をにらみ二言「黙れ、静まれ!」と叫びました。その途端、嵐は静まり、湖はすっかり凪の状態を取り戻しました。
 ゲツセマネの園で、イエスが十字架という苦い杯を前に、悲痛な祈りをささげていた時、三度にわたって眠りこけていたのは弟子たち。嵐の中で眠りこけていたのはイエスでした。弟子たちは、自然の脅威にたじろぎました。イエスは、自然も人間をも恐れず、ただ神のみを畏れました。嵐のただ中で凪を先取りしておられるイエス。
 マルコによる福音書が執筆されたのは、紀元70年代。エルサレム神殿が崩壊し、ローマの皇帝ネロによるキリスト教徒に対して迫害が起こった頃のことです。その圧力が増してきた危機的な状況の中で、嵐のただ中に凪の状態を先取りされ、風と波に打ち勝たれた主が共に乗船してくださるとは、彼らにとってなんと深い慰めだったでしょう。
 東日本大震災から1年。今尚復興が進んでいるわけではありませんが、被災地に私たちが発信続けるべきメッセージは何でしょうか。震災直後に外国から教会に届いたメッセージの幾つかは「あなたたちを孤立させない。私たちが一緒にいるよ。」ということでした。私たちもまた被災地に聞き、インマヌエルの主を信じつつ、様々な形で「一緒にいる。」ということを発信し続けていければと願っています。



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牧師 入 治彦
巻 頭 言

京都教会報