野坂の浦 芦北町に野坂の浦が二つある不思議?
日本最古の歌集と言われる万葉集の中に、長田王(ながたのおおきみ)が詠んだといわれる詩で、
葦北の野坂の浦ゆ船出して 水島に行かむ浪立つなゆめ
と言う詩がありますが、その中に出てくる「野坂の浦」が芦北町には二箇所もあるのです。
それが何故二つあるかの謎は後回しにして、二箇所の野坂の浦をまず紹介いたします。
野坂の浦其のT (佐敷にある野坂の浦)
佐敷にある野坂の浦は、打たせ船で有名な計石にあります。国道3号線から計石小学校を目標に来ると、学校を通り過ぎた所に「御番所の鼻」と言う場所があり、ここが野坂の浦(其のT)と言われています。
注 案内板を見ると熊本県の指定です。
野坂の浦其のU (田浦にある野坂の浦)
田浦にある野坂の浦は国道3号線から「お立ち岬」を目標に進むと、途中の田浦港のすぐ傍にあり、此処が野坂の浦(其のU)と言われています。
そこで、此方の案内板を見ると芦北町の指定です。
野坂の浦が同じ町に二つある謎はこの案内板に隠れていそうです。ここ田浦は現在の芦北町(平成17年1月1日合併)になる前は、葦北郡田浦町でした。従って平成14年に指定されていますが、其のときには田浦町教育委員会が此処は「野坂の浦」として指定したはずです。つまり、両町が合併するまでは芦北町に一つ、田浦町に一つそれぞれ野坂の浦が在った訳ですが、平成の大合併で両町が一緒になったため、現在のような「野坂の浦」が同じ町に二つある珍現象が起きたものと考えられます。
私の勝手な推測でこの話を解決しようとは思いませんが、歴史を語る跡が沢山あると言う事は、それだけロマンがあって良いではないかと私は思います。
(何れ町にお尋ねして、その辺の所を確かめてみます)