| Hiroshi Sakaguchi |
| 坂口氏について |
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1946年(昭和21年)11月12日生まれ (現在55歳・逮捕時25歳) |
| 身長 176cm |
| 4人兄弟の末っ子(ひろ坊) |
ボタロー氏管開存症(先天性のもので心臓病の一種) 地下に潜伏している時も体調が悪く、その様子を見て驚いた森氏の紹介で医者に診てもらった。医者曰く「たしかにボタロー氏管開存症ですが、今すぐ死ぬということはありません。無理をしないでいれば20代は大丈夫でしょう」との事だった。(参考:十六の墓標) 榛名ベースでも体調を崩し最後のあさま山荘でも、熱を出してしまった。 |
| 相手に限りなく合わせる性格 |
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「坂口菊枝さんを支える会」の世話人でもある高橋氏は、著書「語られざる連合赤軍」の中で坂口氏の性格を語っている。 高橋氏は「坂口弘 歌稿」や「あさま山荘1972」3部作の製作にも深く関わっている方である。 彼の短歌に惹かれ、先生に添削してもらえるようにと仲介役になった時の話。 「人と付き合う時に、相手に限りなく合わせる、相手との距離をうまくとることが出来ない、物事や状況に過剰な反応をするというのが坂口の人間性の特徴だと分かったのです。 そのことは、連合赤軍事件の全体で、坂口が果たした役割を瞬時に理解させるほどの衝撃で私を襲いました。坂口が活動を始めてから、その時々に人間関係を上手く保てなくて友人を失ってきた理由がよく理解出来たのです。」 本人自身も「人前で話も出来ない男だが、皆の先頭に立っているという気負いから発言できた」と言っている。 他にも永田氏や植垣氏が彼について語っているが、ここでは現在近い所にいる高橋氏の印象を大切にした。 |
| 坂東氏から |
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坂東国男氏と坂口は、1975年8月に決定的に違う方向に歩みだした対照的な関係である。 それは、日本赤軍がクアラルンプールのアメリカ、スウェーデン両大使館で起こした「同志奪還闘争」だった。この「同志奪還」では、7名が指名されたが連合赤軍の坂口氏と赤軍派のM氏(病気療養中)が出国拒否をした。 その後、坂東氏から永田氏の著書「十六の墓標」に対する返信として書かれた手紙が本となり発表された。それが「永田洋子さんへの手紙『十六の墓標』をよむ」である。 その中で「坂口同志への伝言」として彼宛てに書かれている一文がある。 この中で坂東氏は「統一公判をしていくはずだったのに結局、不統一公判になってしまった無念(坂口が分離公判を望んでいた時期であったから)や、自分が国外に出てしまい裁判に穴を開けてしまったこと」を詫びている。 そして最後にこう述べている。 《坂口同志の現在の考え、総括内容がわかるような文章などがあればどうかこちらへ送ってください。 私への批判やいいたいこと、やってほしいようなこともいろいろあると思います。それらも書いて手紙を下さい。 こうして遠くに離れていると共に苦労してきたこと、なつかしさ、君のあの人なつっこさなどばかり浮かんできて、ついついセンチメンタルになります。 時の流れが人をきたえ、あるいは風化させ、私のそんな想いもを、とつとつに感じさせるのかもしれませんね。》 この坂東氏の著書は国外で釈放されてから、9年後に発売された。さかのぼって考えると、もう18年も経っている。彼は今? |
| 変装 |
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1969年9月4日の革命左派による愛知外相訪米・訪ソ阻止の一環として行われた「羽田空港侵入火炎瓶事件」では、直前に行動隊長だったU氏が離脱してしまった。代わりに坂口氏がトップに立って行動したが、これにより逮捕され、1971年2月17日に起こした銃奪取事件(真岡市銃砲店)で永田らと共に、指名手配となる。 その後、逃亡生活を送り1972年2月28日に「あさま山荘銃撃戦」で逮捕されるまで、他のメンバーと同じように彼もそれなりに変装していた。 銃奪取の直後には、他のメンバーと連れ立ってパーマをかけに出掛けている。 また都内で行われた赤軍派幹部との会合の時は「パーマをかけ、眉を剃って黒く見える(スキー焼け風)ファンデーション」を顔に塗ったりして変装し、森氏の興味をそそっていた。 1972年2月16日、車で移動中、妙義で警官に「アベックを見かけませんでしたか?(森・永田のこと)」と聞かれたが焦ってしまった彼は車を急発進させた。その為、怪しまれてしまった。 その時の彼なりの「変装」を植垣氏が「兵士たちの連合赤軍」の中で語っている。 《・・・車輪をぬかるみにとられてしまった。私たちの車が動けなくなってしまうと私服たちも車を停め、降りて私たちの車の中をのぞき、坂口氏を注目していた。 私が、「どうしようか」と聞きながら坂口氏を振り返ると、坂口氏はほほをふくらませ必死に変装しようとしていた。 私は、その格好を見て笑ってしまい、こりゃ坂口氏に相談してもだめだと思って車から降りた。》 「兵士たちの連合赤軍」の、この場面で私も笑ってしまった。 その後ぬかるみから抜け出した。指名手配されていない車の中の2人に東京行きを指示し、彼ら(坂口・植垣ら3名)はベースに戻った。しかし車の2人は、地元住民の「山小屋にいた男女に違いない」という証言により「森林法違反」で逮捕された。 ほほをふくらませて変装した彼だったが、2月16日の時点で警察に「坂口弘」と感付づかれたのだろうか? 翌2月17日の朝日新聞には 《・・・山中に逃げた3人の中に、警視庁が凶悪犯人として2月1日に特別手配した10人のうちの過激派京浜安保共闘の幹部で昨年2月栃木県真岡市の銃砲店に押入った坂口弘(25)が含まれているのではないかとみて山狩りに全力をあげるよう群馬県警に16日夜指示した。》 と載った。 確定ではないが、ほぼばれていた。 この変装は、手軽に出来るが怪しまれること大である。 |
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