30年目のEarly Times Strings Band「あなたの船」斉藤哲夫氏や岡林信康氏のバックでよく大阪へ行った頃、とあるイリュージョンは生まれていたと思う。気になる二人の男がいた。 当時の関西は骨太であり素敵に鄙びてもいた。 東京には心惹かれるものは何もなかった。中古レコード店を回り、見知らぬジャケットを手にするのがなにより好きだったし、一日中ジャズ喫茶やロック喫茶で一人、辞書を片手に詩を書いていたのもこの頃だった。きっと誰かが素敵な音楽を運んできてくれると思っていたに違いない。もはや水先案内人・Beatlesもなく、激化した闘争にも興味はなく、何冊ものなぐり書きのノートと五線紙の山が残った。 「はちみつぱい」で大阪の〝春一番〟に出た。懐かしい顔が素敵な歌を歌っていた。バリバリの大阪人の歌だ。松田幸一氏こと、アリちゃんである。〝歌じゃん!〟と思った。 大学の先輩に連れられて吉祥寺のとある家によく行った。作家の青野聡氏が住んでいて、夜毎、占いの研究家やら、なにか不思議な人々が集っては、車座になり宇宙の話やなにやらを語りあっていた。東京もすてたもんじゃないな思った。 青野氏がヨーロッパに行くことになり、家をまかされた。やがて懐かしい剛毛の男が傷だらけで転がり込んできた。村上律氏こと、律ちゃんである。だんだんミュージシャン連中も集まり騒々しくなっていった。深夜、近所から苦情もくるようになり、洋間に布団を張りめぐらし防音をしてしまった。こうなったらバンド結成が成りゆきだ。「Early Times Strings Band」と名乗り、テレビ、ラジオにパジャマのままで乗りこんだ。でもイリュージョンの完成にはもう一駒足りなかった。そうだ〝歌じゃん!〟の方である。 ここに、東京=ぼくと今井忍、竹田裕美子、大阪=律ちゃん、アリちゃん、助っ人ドラマー高橋至でレコードデビューしてしまったのだ。「はちみつぱい」よりも先であった。 裕美子嬢にはメイン・ヴォーカル曲がなかった。それで作ったのが「あなたの船」である。この曲から作り方が変わった。よく夢で見ていた光景を書き綴っただけのものである。作ったというより、放り出したものである。初めて他人が歌うのを想定してのものでもある。でもリハーサル止まりで四半世紀が過ぎた。その間、いろんな人が歌ってくれたけれど、新作での裕美子嬢の歌声は〝歌じゃん!〟となったのである。ぼく自身もなんとなくずっと歌ってはきたけれど、やっと〝歌〟になってきたと思うし、歌うことも楽しくなった。イリュージョンを積みこんだみんなの船はやっと素敵な港にたどり着いた。が、これからでもある。生きることはこういうことなんだと思う。歌ってきてよかった。 (01.10.7 渡辺勝)中日新聞原稿)
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