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大地に根ざした農民の「慟哭の詩」
羽田野一郎著
朝地町土地改良区史
( あさじまち とちかいりょうくし )

朝地町土地改良区史は郷土の歴史家 故羽田野一郎先生 が執筆されました。
朝地町の農業史を2つの水路(若宮井路、上坪井路)の造成・維持管理の観点から記した農業学史としての評価も高い書物です。
大分県立図書館、朝地町公民館などに所蔵されています。

1901年(明治34年)若宮井路開鑿当時の慶びの様子を表現した一節を紹介します。
ある古老(90歳)が7歳の時、近所の老若男女打ち連れだって通水の様子を見に出かけた思い出を語ってくれた。
「井路はかつての工事現場と違ってきれいに掃除されていた。
今か今かと待ち受けていた時、突然水が流れ始めた。干からびた隧道に始めて通った水の流れである。刻々と水かさが増し真っ黒に濁った水に板切れやごみが浮いて流れていき、蛙が泳ぎながら流されていった。皆大声を出して水の増えていくのを喜んで見ていた。そのようすが今でもはっきりと思い出される」という。(第1章第4節)

目    次
序章 風土・沿革 朝地町の地勢及び農民生活について鎌倉期に遡って解説しています
第1章 創始期の若宮井路 伊東俊次郎翁の足跡。開鑿から完成そして開田事業について。
第2章 発展期の若宮井路 笹無田石拱橋架設。
工藤虎彦翁の足跡。
第3章 近代化模索期の若宮井路 昭和初期から昭和30年代までの若宮井路について。
第4章 創始期の上坪井路 上坪耕地整理組合と斉藤正治翁の遺書。
第5章 発展期の上坪井路 昭和初期から昭和30年代までの上坪井路について。
第6章 朝地町土地改良区結成 町内7土地改良区の統合合併について
第7章 その他 役員名簿、年表
昭和62年12月発行 B5版 全422ページ (非売品)

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